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ぐるり南方旅行編
魔動船に乗ろう
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さて、今日はポリーヌさんが待ちに待った魔動船の見学会だ。
「ふおー!早く港へ行くぞー!」
と朝からうるさい。
約束の時間にはまだ早いのだが、これ以上は宿の迷惑になりそうなので、早めに馬車で出かけることになった。
今日は、船を見学に行くチームと、街を散策するチームに分かれた。
船チームは、僕、師匠、ポリーヌさん、セラフィン君、ジルベール隊長だ。
馬車の中で脚をパタパタして、鼻歌を歌い、目を輝かせているポリーヌさん。
「楽しそうですね、ポリーヌさん」
「そりゃーもうね。この2日間お酒も飲めないし、これしか楽しみがなかったんだから」
あー、そういえば禁酒の刑でしたね。
「あー、はーやっく♪港に着っかないっかなー♪」
ポリーヌさんの調子っぱずれな歌を聞きつつ馬車は進む。
港に到着し、事務所へピエールさんの名前を伝えると、担当者が出て来た。
お互いに軽くあいさつし、注意事項を聞く。
余りにもポリーヌさんに落ち着きが無くて、担当者の視線が痛いので<精神干渉/鎮静>をかけてみた。少しはましになったかな?
そしていよいよ内部に案内される。
初日に見たときは2隻だった魔動船が、今日は目の前の1隻だけだった。
タラップを登って甲板に出ると、そこは走り回れるほど広い場所だった。
「うわー、広いね」
「か~、これが船の上かよ」
セラフィン君とジルベール隊長も感嘆の声を上げる。
この甲板だけでも、屋敷の庭と同じくらいありそうだ。
係員に案内されて、まずは甲板の真ん中にあったこの船で最も高い場所、操舵室に上った。見晴らしが凄く良くて、船の周囲をぐるりと見渡せた。
あ、僕らの宿が見えた。
舵輪や望遠鏡、色々と機器類が並んでいるが、良く分からないな。この蓋つきの管は何だろう?
「それは伝声管ですね。船内のあちこちにつながっていて、指示を伝えるのに使います」
なるほど、通信用なんだ。意外と原始的な原理なんだな。
改めて死霊術が既存技術と隔絶しているのを感じた。
次は、甲板から1つ下に降りて船室を見学した。客室は思いのほか広かったが、船員用の部屋はスゴイ狭かった。うん、船乗りにはなりたくないな。
食堂やトイレも見学した。
僕は、船旅をするならこういう設備を使うんだな、程度に思ってた。
しかし、ジルベール隊長は他の船に乗った経験があるようだ。
「うわ~、豪華だなこりゃ。庶民からすると羨ましい限りだぞ」
これでも、他の船に比べるとかなり充実しているらしい。まずいな、僕はもう庶民用の船には乗れないかもしれない。
そして、次の船倉はあっさり通過して、いよいよ本命の機関室を見に行く。
「来た来た来たー!」
ポリーヌさんの興奮が最高潮だ。
いきなり駆けだそうとしたので、ジルベール隊長が首根っこを捕まえて、僕が<精神干渉/鎮静>をかけた。
「ダメですよ、ポリーヌさん。次やらかしたら1巡り(8日)の禁酒ですよ」
「はっ!ご、ゴメン。つい興奮して」
機関室にいる間はジルベール隊長に首根っこを掴んだままにしてもらった。
「こちらの巨大な魔力貯留装置で周囲から魔力を集めて動力源としています。船を動かす仕組みとしては、船の前方から海水を取込み、魔道具で水流を加速し、船の後方の管から高速で噴き出すことで前進します。これはイカという海の生物の動きを真似して実現した仕組みです」
へぇ~、そんな仕組みだったのか。水の上を水の力で進むわけか。良くできてるなぁ。
ポリーヌさんは室内にいた技術者を捕まえて質問攻めにしていた。
床に這いつくばって機械の下をのぞき込んだり、蓋の穴から中をのぞき込んだりと、大忙しだ。
「えっと、迷惑でしたら止めますので」
「いいえ、まだ時間もありますし、大丈夫ですよ」
僕が心配して聞くと、係員さんは苦笑してそう言ってくれた。
「こんな大きな船、何の素材で作っているんですか?」
僕も気になっていたことを質問してみた。
「基本は鉄ですね。骨組みも鉄で、船底と船首の板も鉄です。側面は木の板です。鉄には錆び止め加工を錬金術で施してあります。船の外側は錬金術で作った防水素材で覆っていますよ」
「鉄で作って、沈まないんですか?」
「中に水が入らない限り沈むことはありませんよ」
そうか。中の空洞のおかげで浮くってことか。
「所用時間はどのくらいかかるのじゃ?」
師匠も質問する。
「この港から一番近いサンブルヌまでは片道半日ですね」
「何!半日じゃと!」
「はい。魔動船は馬車より速く、何より休憩で停まることが無いので所要時間は圧倒的に短いですよ」
え?サンブルヌって王都サイユの近くの港だよね。馬車だと7~8日かかるはず。たったの半日でそこまで進むなんて。
師匠も驚いた様子だ。
むくむくと、実際に動いている所を見てみたい気持ちが大きくなった。
「サンブルヌ行の魔動船はいつ出ますか?」
「今日の夕方に出港して、明日の朝にサンブルヌに着く便がありますね。その次となると3日後の夕方になりますね」
乗るなら今日これからの便か。どうしよう。
「何々!魔動船に乗るの?」
ポリーヌさんが食いついてきた。セラフィン君も期待の眼差し。
よし、アネットさんと相談だ。通信を繋ぎ、事情を説明すると。
「それでは、これから皆で港に向かいますね。宿には連絡を入れておきます」
ということで、みんなで行くことになった。
「ご利用いただきありがとうございます」
案内係の人が満面の笑みで一礼した。
港で待っていると、馬車でアネットさん達がやってきた。
宿に置いていた荷物も全部持って来たらしい。
僕は明日には帰ってくるつもりだったけど、何があるか分からないので念のため、と言う事だ。
2台の馬車ごと魔動船に搭乗して、馬車を預けると、僕らは客室へと向かう。
「ふわぁぁ、広いですー!本当にお船の中なんですか?」
船内廊下を移動しているだけでも、ココちゃんが目を真ん丸にして驚いている。
アネットさんとニコレットさんもやや驚いているみたいだ。
ナナさんは、ふ~んて感じだった。
到着したのはこの船で一番広い客室で、一番前の左舷から右舷までを占めるスイートルームだ。透明なガラスの窓が贅沢に使われていて、船の正面と左右の様子を見ることができるようになっている。
ポリーヌさんは手荷物を部屋に置くと、すぐに外に駆け出して行った。ちょっと心配だな。
「僕も行ってくるね」
「しゃーない、俺も行こう」
セラフィン君とジルベール隊長が追いかけて行った。ありがとう、これで一安心だ。
アネットさんがお茶を入れてくれて、のんびりしていると、カラーンコローンと出港の鐘が鳴り響いた。
船底の方から振動と共に低い音が唸りを上げて、魔道具が起動した気配があった。
窓から外を見ると、夕焼けで赤く染まる空の下、港の景色が少しずつ動いている。馬車と違ってこっちが動いている感じがしないので、窓の外が動いているように錯覚してしまう。
セラフィン君から通信が入る。
『テオ君、凄いよ見てみて』
<感覚公開>しているみたいなので、接続して見てみると、船尾から下を見ているようだ。
船の後ろから泡立つ水流が何本も勢いよく噴き出しているのが見えた。機関室で聞いた説明通りだった。本当にこんな大きな船が動いてしまうんだな、と感心する。
岸壁から随分離れたなと思うと、その水流がさらに勢いを増した。すると、身体が船尾の方にグンと引っ張られる感じがして、前に進むのが分かった。
「おお、凄い勢い」
窓から外を見ると、風景が流れるように後方に過ぎ去っていく。
「これ、馬の駈足くらい速い」
「なるほどのう、この速さで休み要らずならば、半日で到着するのも頷けるというものだ」
ナナさんと師匠が窓の外を見ながら驚いていた。
その後、僕らは陽が落ちて暗くなるまで窓の外を眺めていたのだった。
興奮冷めやらぬポリーヌさんと、お守りのセラフィン君とジルベール隊長が戻ってきたので、皆で食堂へ行き夕食にする。
船上にも関わらず高級レストラン並みのお料理が出てきて、とても美味しかった。
ふと、近くのテーブルのお客さんが、今朝ポントニーの砂浜に流れ着いた遺体と幽霊船を関連付ける推測を話しているのが聞こえた。それ、正解ですよ。
食事後、師匠とナナさんとジルベール隊長が隣のバーカウンターでお酒を飲んでいくというので、そこで分かれた。
僕は部屋に戻ると眠気に襲われ、ふかふかのベッドで気持ちよく眠りについた。
翌朝目が覚めてすぐ、左舷側の窓を見ると陽光に煌めく海面がどこまでも広がって見えた。ときどき海鳥の飛ぶ姿が見えるけど、それ以外は何もない。
と思ってたら、遠くで煙のようなものが海上に見えた。なんだあれ?
<身体強化/視力>でよく見てみると、何かが動いている。
あ、多分クジラだ。尾びれらしきものが見えた。てことはさっきのはクジラの潮吹きというやつだったのか。
しかし、大きいなぁ。魔動船に比べれば小さいけど、この前退治した幽霊船と同じくらいはあるよね。
そう言えば、あの時クジラの幽霊を捕獲していたな。
そして、クジラの素材を使った船なら、憑依させて動かすことができていた。
と、そこまで考えて閃いた。
綺麗な船を用意して、そこにクジラの使鬼を憑依させたら、自動で動いてくれる船が出来上がるんじゃないのか?
こういうのはピエールさんに相談だな。
「クジラの素材を使った船ですか。大きさにもよりますが、商船で良ければ中古の船が安く手に入るかと」
「なるべく骨や皮をたくさん使っている船が良いんだけど」
「畏まりました。手配いたします」
ピエールさんは早速、懐から”通信機”を取り出すとどこかに伝言を残したようだ。
そう言えば、実際に使われている所を始めて見た気がする。
「通信機はどうですか?」
「素晴らしいの一言に尽きます。このように旅先でもすぐに依頼を出せるので非常に助かっております」
とピエールさんがにこやかに絶賛してくれた。
甲板に出て外の景色を眺める。右舷側に陸が広がっており、向かう先に港が小さく見えてきた。
身を乗り出して海面を見ると、魔動船が波を蹴立てて進む様子が分かる。海面が動く速さから、この魔動船がどれほど速いのか改めて実感した。
「テオ様、危ないですよ」
ひょいっと後ろから抱きかかえられてしまった。
「ごめん、アネットさん。そのまま支えてて」
「はい。お気をつけくださいね」
こうしてよく見ると、船の側面からも何か所か水流が噴出している場所があると分かった。船の向きを変えるのに使うのかな?
海面を見てると、パシャっと波間から何かが飛び出してきた。
「イルカだ!」
「あれがイルカというものなのですね。初めて見ました」
3頭くらいのイルカが魔動船と並走しながら、時折海上にジャンプして現れる。
「船と競争してるのかな?」
「案外、テオ様を見に来たのかもしれませんよ」
「まさか~」
そう言えばイルカはお遊びが好きと聞いた。それならと思い、<冷光>で僕の頭の大きさくらいのオレンジ色の光球を作って、海面の方まで飛ばしてみた。
すると、イルカが1頭、その光球を目掛けてジャンプしてきた。
「おおー!」
光球を動かしてみると、やっぱりその光球目掛けてジャンプしているようだ。
「ははは!スゴイ、スゴイ!」
「よくあんなに正確に飛び跳ねるものですね」
二人でしばしイルカと戯れていると、魔動船の速度が落ち始める。
ふと顔を上げると、港町がかなり大きくなっていた。間もなく到着のようだ。
イルカたちもいつの間にかいなくなっていた。
そのまましばらく、アネットさんに抱えられたまま、近づいてくる港町を眺めていた。
「ふおー!早く港へ行くぞー!」
と朝からうるさい。
約束の時間にはまだ早いのだが、これ以上は宿の迷惑になりそうなので、早めに馬車で出かけることになった。
今日は、船を見学に行くチームと、街を散策するチームに分かれた。
船チームは、僕、師匠、ポリーヌさん、セラフィン君、ジルベール隊長だ。
馬車の中で脚をパタパタして、鼻歌を歌い、目を輝かせているポリーヌさん。
「楽しそうですね、ポリーヌさん」
「そりゃーもうね。この2日間お酒も飲めないし、これしか楽しみがなかったんだから」
あー、そういえば禁酒の刑でしたね。
「あー、はーやっく♪港に着っかないっかなー♪」
ポリーヌさんの調子っぱずれな歌を聞きつつ馬車は進む。
港に到着し、事務所へピエールさんの名前を伝えると、担当者が出て来た。
お互いに軽くあいさつし、注意事項を聞く。
余りにもポリーヌさんに落ち着きが無くて、担当者の視線が痛いので<精神干渉/鎮静>をかけてみた。少しはましになったかな?
そしていよいよ内部に案内される。
初日に見たときは2隻だった魔動船が、今日は目の前の1隻だけだった。
タラップを登って甲板に出ると、そこは走り回れるほど広い場所だった。
「うわー、広いね」
「か~、これが船の上かよ」
セラフィン君とジルベール隊長も感嘆の声を上げる。
この甲板だけでも、屋敷の庭と同じくらいありそうだ。
係員に案内されて、まずは甲板の真ん中にあったこの船で最も高い場所、操舵室に上った。見晴らしが凄く良くて、船の周囲をぐるりと見渡せた。
あ、僕らの宿が見えた。
舵輪や望遠鏡、色々と機器類が並んでいるが、良く分からないな。この蓋つきの管は何だろう?
「それは伝声管ですね。船内のあちこちにつながっていて、指示を伝えるのに使います」
なるほど、通信用なんだ。意外と原始的な原理なんだな。
改めて死霊術が既存技術と隔絶しているのを感じた。
次は、甲板から1つ下に降りて船室を見学した。客室は思いのほか広かったが、船員用の部屋はスゴイ狭かった。うん、船乗りにはなりたくないな。
食堂やトイレも見学した。
僕は、船旅をするならこういう設備を使うんだな、程度に思ってた。
しかし、ジルベール隊長は他の船に乗った経験があるようだ。
「うわ~、豪華だなこりゃ。庶民からすると羨ましい限りだぞ」
これでも、他の船に比べるとかなり充実しているらしい。まずいな、僕はもう庶民用の船には乗れないかもしれない。
そして、次の船倉はあっさり通過して、いよいよ本命の機関室を見に行く。
「来た来た来たー!」
ポリーヌさんの興奮が最高潮だ。
いきなり駆けだそうとしたので、ジルベール隊長が首根っこを捕まえて、僕が<精神干渉/鎮静>をかけた。
「ダメですよ、ポリーヌさん。次やらかしたら1巡り(8日)の禁酒ですよ」
「はっ!ご、ゴメン。つい興奮して」
機関室にいる間はジルベール隊長に首根っこを掴んだままにしてもらった。
「こちらの巨大な魔力貯留装置で周囲から魔力を集めて動力源としています。船を動かす仕組みとしては、船の前方から海水を取込み、魔道具で水流を加速し、船の後方の管から高速で噴き出すことで前進します。これはイカという海の生物の動きを真似して実現した仕組みです」
へぇ~、そんな仕組みだったのか。水の上を水の力で進むわけか。良くできてるなぁ。
ポリーヌさんは室内にいた技術者を捕まえて質問攻めにしていた。
床に這いつくばって機械の下をのぞき込んだり、蓋の穴から中をのぞき込んだりと、大忙しだ。
「えっと、迷惑でしたら止めますので」
「いいえ、まだ時間もありますし、大丈夫ですよ」
僕が心配して聞くと、係員さんは苦笑してそう言ってくれた。
「こんな大きな船、何の素材で作っているんですか?」
僕も気になっていたことを質問してみた。
「基本は鉄ですね。骨組みも鉄で、船底と船首の板も鉄です。側面は木の板です。鉄には錆び止め加工を錬金術で施してあります。船の外側は錬金術で作った防水素材で覆っていますよ」
「鉄で作って、沈まないんですか?」
「中に水が入らない限り沈むことはありませんよ」
そうか。中の空洞のおかげで浮くってことか。
「所用時間はどのくらいかかるのじゃ?」
師匠も質問する。
「この港から一番近いサンブルヌまでは片道半日ですね」
「何!半日じゃと!」
「はい。魔動船は馬車より速く、何より休憩で停まることが無いので所要時間は圧倒的に短いですよ」
え?サンブルヌって王都サイユの近くの港だよね。馬車だと7~8日かかるはず。たったの半日でそこまで進むなんて。
師匠も驚いた様子だ。
むくむくと、実際に動いている所を見てみたい気持ちが大きくなった。
「サンブルヌ行の魔動船はいつ出ますか?」
「今日の夕方に出港して、明日の朝にサンブルヌに着く便がありますね。その次となると3日後の夕方になりますね」
乗るなら今日これからの便か。どうしよう。
「何々!魔動船に乗るの?」
ポリーヌさんが食いついてきた。セラフィン君も期待の眼差し。
よし、アネットさんと相談だ。通信を繋ぎ、事情を説明すると。
「それでは、これから皆で港に向かいますね。宿には連絡を入れておきます」
ということで、みんなで行くことになった。
「ご利用いただきありがとうございます」
案内係の人が満面の笑みで一礼した。
港で待っていると、馬車でアネットさん達がやってきた。
宿に置いていた荷物も全部持って来たらしい。
僕は明日には帰ってくるつもりだったけど、何があるか分からないので念のため、と言う事だ。
2台の馬車ごと魔動船に搭乗して、馬車を預けると、僕らは客室へと向かう。
「ふわぁぁ、広いですー!本当にお船の中なんですか?」
船内廊下を移動しているだけでも、ココちゃんが目を真ん丸にして驚いている。
アネットさんとニコレットさんもやや驚いているみたいだ。
ナナさんは、ふ~んて感じだった。
到着したのはこの船で一番広い客室で、一番前の左舷から右舷までを占めるスイートルームだ。透明なガラスの窓が贅沢に使われていて、船の正面と左右の様子を見ることができるようになっている。
ポリーヌさんは手荷物を部屋に置くと、すぐに外に駆け出して行った。ちょっと心配だな。
「僕も行ってくるね」
「しゃーない、俺も行こう」
セラフィン君とジルベール隊長が追いかけて行った。ありがとう、これで一安心だ。
アネットさんがお茶を入れてくれて、のんびりしていると、カラーンコローンと出港の鐘が鳴り響いた。
船底の方から振動と共に低い音が唸りを上げて、魔道具が起動した気配があった。
窓から外を見ると、夕焼けで赤く染まる空の下、港の景色が少しずつ動いている。馬車と違ってこっちが動いている感じがしないので、窓の外が動いているように錯覚してしまう。
セラフィン君から通信が入る。
『テオ君、凄いよ見てみて』
<感覚公開>しているみたいなので、接続して見てみると、船尾から下を見ているようだ。
船の後ろから泡立つ水流が何本も勢いよく噴き出しているのが見えた。機関室で聞いた説明通りだった。本当にこんな大きな船が動いてしまうんだな、と感心する。
岸壁から随分離れたなと思うと、その水流がさらに勢いを増した。すると、身体が船尾の方にグンと引っ張られる感じがして、前に進むのが分かった。
「おお、凄い勢い」
窓から外を見ると、風景が流れるように後方に過ぎ去っていく。
「これ、馬の駈足くらい速い」
「なるほどのう、この速さで休み要らずならば、半日で到着するのも頷けるというものだ」
ナナさんと師匠が窓の外を見ながら驚いていた。
その後、僕らは陽が落ちて暗くなるまで窓の外を眺めていたのだった。
興奮冷めやらぬポリーヌさんと、お守りのセラフィン君とジルベール隊長が戻ってきたので、皆で食堂へ行き夕食にする。
船上にも関わらず高級レストラン並みのお料理が出てきて、とても美味しかった。
ふと、近くのテーブルのお客さんが、今朝ポントニーの砂浜に流れ着いた遺体と幽霊船を関連付ける推測を話しているのが聞こえた。それ、正解ですよ。
食事後、師匠とナナさんとジルベール隊長が隣のバーカウンターでお酒を飲んでいくというので、そこで分かれた。
僕は部屋に戻ると眠気に襲われ、ふかふかのベッドで気持ちよく眠りについた。
翌朝目が覚めてすぐ、左舷側の窓を見ると陽光に煌めく海面がどこまでも広がって見えた。ときどき海鳥の飛ぶ姿が見えるけど、それ以外は何もない。
と思ってたら、遠くで煙のようなものが海上に見えた。なんだあれ?
<身体強化/視力>でよく見てみると、何かが動いている。
あ、多分クジラだ。尾びれらしきものが見えた。てことはさっきのはクジラの潮吹きというやつだったのか。
しかし、大きいなぁ。魔動船に比べれば小さいけど、この前退治した幽霊船と同じくらいはあるよね。
そう言えば、あの時クジラの幽霊を捕獲していたな。
そして、クジラの素材を使った船なら、憑依させて動かすことができていた。
と、そこまで考えて閃いた。
綺麗な船を用意して、そこにクジラの使鬼を憑依させたら、自動で動いてくれる船が出来上がるんじゃないのか?
こういうのはピエールさんに相談だな。
「クジラの素材を使った船ですか。大きさにもよりますが、商船で良ければ中古の船が安く手に入るかと」
「なるべく骨や皮をたくさん使っている船が良いんだけど」
「畏まりました。手配いたします」
ピエールさんは早速、懐から”通信機”を取り出すとどこかに伝言を残したようだ。
そう言えば、実際に使われている所を始めて見た気がする。
「通信機はどうですか?」
「素晴らしいの一言に尽きます。このように旅先でもすぐに依頼を出せるので非常に助かっております」
とピエールさんがにこやかに絶賛してくれた。
甲板に出て外の景色を眺める。右舷側に陸が広がっており、向かう先に港が小さく見えてきた。
身を乗り出して海面を見ると、魔動船が波を蹴立てて進む様子が分かる。海面が動く速さから、この魔動船がどれほど速いのか改めて実感した。
「テオ様、危ないですよ」
ひょいっと後ろから抱きかかえられてしまった。
「ごめん、アネットさん。そのまま支えてて」
「はい。お気をつけくださいね」
こうしてよく見ると、船の側面からも何か所か水流が噴出している場所があると分かった。船の向きを変えるのに使うのかな?
海面を見てると、パシャっと波間から何かが飛び出してきた。
「イルカだ!」
「あれがイルカというものなのですね。初めて見ました」
3頭くらいのイルカが魔動船と並走しながら、時折海上にジャンプして現れる。
「船と競争してるのかな?」
「案外、テオ様を見に来たのかもしれませんよ」
「まさか~」
そう言えばイルカはお遊びが好きと聞いた。それならと思い、<冷光>で僕の頭の大きさくらいのオレンジ色の光球を作って、海面の方まで飛ばしてみた。
すると、イルカが1頭、その光球を目掛けてジャンプしてきた。
「おおー!」
光球を動かしてみると、やっぱりその光球目掛けてジャンプしているようだ。
「ははは!スゴイ、スゴイ!」
「よくあんなに正確に飛び跳ねるものですね」
二人でしばしイルカと戯れていると、魔動船の速度が落ち始める。
ふと顔を上げると、港町がかなり大きくなっていた。間もなく到着のようだ。
イルカたちもいつの間にかいなくなっていた。
そのまましばらく、アネットさんに抱えられたまま、近づいてくる港町を眺めていた。
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