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北方防衛戦編
戦争終結
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一方城塞都市方面へ向かった敵国部隊はどうなったか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【敵国軍視点】
西側の運搬路を進んだ部隊では、空が赤く染まる夕暮れ時、森を抜けた斥候がようやく待望の村落を発見していた。
刈り入れの終わった畑が広がり、木製の柵に覆われた集落がその向こうに見えた。
あれなら住人の規模は300人に満たないだろう。
報告を聞いた指揮官は即座に襲撃の準備を命じると、陽が落ちるのを待って夜襲をかけることにした。
完全に夜の帳が落ちた頃、騎乗した兵士が村の門を目掛けて突進しながら、火矢を射かけて威嚇する。
村人たちが悲鳴を上げて逃げまどう姿を想像していたが、妙だ。悲鳴が上がらないし、誰も逃げて行かない。
火矢の明かりで門の内側が照らし出された。
そこには、装備を整えた屈強な男達がずらりと並んでいるのが浮かび上がった。
「撃てぇ!」
村の中から号令が聞こえたと同時に、大量の矢と攻撃魔術の光が飛んできた。
突進の勢いがついていた騎乗兵たちは為す術なく、バタバタと倒れて行った。
ワァー!と鬨の声が上がり、槍を構えた王国兵士が村の中から次々に飛び出し、落馬した敵国兵士を突き刺していく。
「やべぇ、逃げろ」「撤退だ!」
生き残った敵国兵士は一目散に森の方へと逃走を開始したが、森の方からも大量の王国軍兵士が姿を現した。
前後を挟まれ逃げ場を無くした敵国兵は抵抗むなしく討ち取られていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
備蓄基地を奪還した翌日の夜明け頃。
司令部には、東西の運搬路を進んできた敵国部隊を見事に討ち果たしたと報告が入った。
朗報で足が軽くなった王国軍の本隊は、ついに国境砦に到着する。
砦の門は開け放たれており、敵兵の姿は無く、砦はもぬけの殻だった。
王国軍の接近を知り、国境の向こうへと逃げ帰ったのだ。
特に苦労もなく国境砦は奪還された。
王子の勝利宣言で、全軍が鬨の声を上げる。
これにて、戦争はひとまず終わりを迎えた。
国境砦奪還の報はいち早くリアーヌ王妃陛下に伝わり、国王陛下と共に喜びを分かち合ったという。
侍従長は陛下から戦勝祝いの準備を指示されて首を傾げていたが、1刻(2時間)後に最速のはずの魔術逓信で戦勝報告が届き、さらに首を傾げることとなる。
王都サイユは一気に戦勝祝いの準備で賑わい始める。
第一王子のシャルル殿下が、見事に軍を率いて北方の賊徒どもを蹴散らしてしまった、敵は王子の威光に慄いて戦わずに逃げて行った、と言った噂がサイユを中心に国内へと広まっていった。
一方で、北方辺境伯については、家来が裏切って北方の賊徒どもを招き入れたとか、ろくに戦わず砦を明け渡した腰抜けだ、とか散々な噂が、これまたサイユを中心に広まった。
シャルル王子殿下の凱旋パレードがサイユで華やかに開催され、人々は歓呼と喝采で迎えた。
この戦争において見事な勝利で初陣を飾ったシャルル王子殿下は、成人を迎えてはいないものの十分な功績ありとして、帰着後すぐに王太子として選定され、驚くほど速やかに式典が開催された。
戦勝祝いに引き続き王太子選定のお祝いが重なり、サイユの都民は沸きに沸いた。
その裏で、北方辺境伯家は断絶の上、その一族が処刑となり、貴族の間には激震が走った。
北方諸国の軍を意図して国内に引き入れた罪と、王子暗殺未遂の罪に対する処罰であると、国王陛下から貴族たちへ通達があった。
以前のビュルレ伯爵家と合わせ、第一王妃派閥から再びお家断絶&一族処刑という重罪人が出たことで、貴族たちが第一王妃派閥に向ける視線はとても厳しいものとなった。
寄り親の大貴族に従っていただけの貴族たちは、こぞって派閥を離脱し距離を置いた。
こうして最大派閥だった第一王妃派は急速に縮小し、頑固な血統主義者のみが属する鼻つまみ者の集まりとなり果ててしまった。
離脱した大部分の貴族は王太子シャルル殿下を支持する「王太子派」に合流し、実質的には第二王妃リアーヌ陛下の影響力が高まる結果となった。
北方辺境伯家の断絶に伴い、王妃リアーヌ陛下の御尊父であるルパーブ伯爵が陞爵され侯爵となり、旧北方辺境伯領の領主に封じられた。今後は北ルパーブ領と呼ばれるようになる。
そして、ルパーブ侯爵の次男マリユスが子爵位を叙爵され、ルパーブ領改め南ルパーブ領の領主に封じられた。
また、北方辺境伯の陰謀を見抜き、王太子暗殺を未然に防いだのみならず、敵国軍の撃退に多大な貢献があったとして、レスコー子爵が伯爵に陞爵された。
短期間のうちに2度の陞爵を果たしたことで、レスコー新伯爵には貴族たちの羨望と賞賛の視線が集まった。
この時同時に、レスコー新伯爵はペリゴール領の領主に封じられ、ペリゴール伯爵は南隣のナンティア領主に封じられる、という一見すると奇妙な転封が行われた。なお、没落したままのナンティア伯爵家はこの時ついに断絶となった。
その後、旧ペリゴール領は「北ペリゴール領」、ナンティア領は「南ペリゴール領」と名前を変えることになる。
この戦争の論功行賞の場では前代未聞のことが起こった。
なんと、王太子殿下が戦場で持ち歩いていた”ネズミのぬいぐるみ”に対して、銀星剣盾勲章が授与されたのだ。
叙勲の理由は「敵兵の放った流れ矢より身を挺して王太子殿下を守り抜いた功績」だった。
戦場にいなかったものは呆気に取られ、中には嘲笑する者もいたが、戦場に出た者で叙勲を軽んじるものは皆無だったと言う。
この珍事は瞬く間に王都に広まり、「史上初の叙勲を受けたネズミ」として語り継がれることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして。
国内で戦争の動揺が収まった頃、北方諸国との停戦交渉で得た新たな領土に関して発表があった。
国王陛下は、北方諸国との国境沿いに延々と東西に細長い領地を確保し、第一王妃の父親であるドルレアク公爵に与えたのだ。
先の戦で特に功績があったわけでもない公爵に何故、と誰しもが思った。しかし疑問はすぐに氷解する。
国王陛下は公爵に命じたのだ。
「国境を護るため領地の東から西まで長大で堅牢な城壁を建設せよ」と。
貴族たちは皆、これを懲罰であると理解した。ここ最近の2件の暗殺未遂事件の黒幕について、誰もが疑いを持っていたからだ。
この沙汰の後、頑固な血統主義者たちでさえ、もうドルレアク公爵家に近づこうとはしなかった。
ドルレアク公爵家はその財のすべてを城壁建設につぎ込まざるを得なくなり、急速に衰退の道を辿った。
第一王妃も王宮の片隅に追いやられ、孤立無援の”触れてはいけない存在”になり果てるのだった。
後世では、この故事から「壁を作らせる」が厳しい罰を与える意の慣用句として用いられるようになる。
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【敵国軍視点】
西側の運搬路を進んだ部隊では、空が赤く染まる夕暮れ時、森を抜けた斥候がようやく待望の村落を発見していた。
刈り入れの終わった畑が広がり、木製の柵に覆われた集落がその向こうに見えた。
あれなら住人の規模は300人に満たないだろう。
報告を聞いた指揮官は即座に襲撃の準備を命じると、陽が落ちるのを待って夜襲をかけることにした。
完全に夜の帳が落ちた頃、騎乗した兵士が村の門を目掛けて突進しながら、火矢を射かけて威嚇する。
村人たちが悲鳴を上げて逃げまどう姿を想像していたが、妙だ。悲鳴が上がらないし、誰も逃げて行かない。
火矢の明かりで門の内側が照らし出された。
そこには、装備を整えた屈強な男達がずらりと並んでいるのが浮かび上がった。
「撃てぇ!」
村の中から号令が聞こえたと同時に、大量の矢と攻撃魔術の光が飛んできた。
突進の勢いがついていた騎乗兵たちは為す術なく、バタバタと倒れて行った。
ワァー!と鬨の声が上がり、槍を構えた王国兵士が村の中から次々に飛び出し、落馬した敵国兵士を突き刺していく。
「やべぇ、逃げろ」「撤退だ!」
生き残った敵国兵士は一目散に森の方へと逃走を開始したが、森の方からも大量の王国軍兵士が姿を現した。
前後を挟まれ逃げ場を無くした敵国兵は抵抗むなしく討ち取られていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
備蓄基地を奪還した翌日の夜明け頃。
司令部には、東西の運搬路を進んできた敵国部隊を見事に討ち果たしたと報告が入った。
朗報で足が軽くなった王国軍の本隊は、ついに国境砦に到着する。
砦の門は開け放たれており、敵兵の姿は無く、砦はもぬけの殻だった。
王国軍の接近を知り、国境の向こうへと逃げ帰ったのだ。
特に苦労もなく国境砦は奪還された。
王子の勝利宣言で、全軍が鬨の声を上げる。
これにて、戦争はひとまず終わりを迎えた。
国境砦奪還の報はいち早くリアーヌ王妃陛下に伝わり、国王陛下と共に喜びを分かち合ったという。
侍従長は陛下から戦勝祝いの準備を指示されて首を傾げていたが、1刻(2時間)後に最速のはずの魔術逓信で戦勝報告が届き、さらに首を傾げることとなる。
王都サイユは一気に戦勝祝いの準備で賑わい始める。
第一王子のシャルル殿下が、見事に軍を率いて北方の賊徒どもを蹴散らしてしまった、敵は王子の威光に慄いて戦わずに逃げて行った、と言った噂がサイユを中心に国内へと広まっていった。
一方で、北方辺境伯については、家来が裏切って北方の賊徒どもを招き入れたとか、ろくに戦わず砦を明け渡した腰抜けだ、とか散々な噂が、これまたサイユを中心に広まった。
シャルル王子殿下の凱旋パレードがサイユで華やかに開催され、人々は歓呼と喝采で迎えた。
この戦争において見事な勝利で初陣を飾ったシャルル王子殿下は、成人を迎えてはいないものの十分な功績ありとして、帰着後すぐに王太子として選定され、驚くほど速やかに式典が開催された。
戦勝祝いに引き続き王太子選定のお祝いが重なり、サイユの都民は沸きに沸いた。
その裏で、北方辺境伯家は断絶の上、その一族が処刑となり、貴族の間には激震が走った。
北方諸国の軍を意図して国内に引き入れた罪と、王子暗殺未遂の罪に対する処罰であると、国王陛下から貴族たちへ通達があった。
以前のビュルレ伯爵家と合わせ、第一王妃派閥から再びお家断絶&一族処刑という重罪人が出たことで、貴族たちが第一王妃派閥に向ける視線はとても厳しいものとなった。
寄り親の大貴族に従っていただけの貴族たちは、こぞって派閥を離脱し距離を置いた。
こうして最大派閥だった第一王妃派は急速に縮小し、頑固な血統主義者のみが属する鼻つまみ者の集まりとなり果ててしまった。
離脱した大部分の貴族は王太子シャルル殿下を支持する「王太子派」に合流し、実質的には第二王妃リアーヌ陛下の影響力が高まる結果となった。
北方辺境伯家の断絶に伴い、王妃リアーヌ陛下の御尊父であるルパーブ伯爵が陞爵され侯爵となり、旧北方辺境伯領の領主に封じられた。今後は北ルパーブ領と呼ばれるようになる。
そして、ルパーブ侯爵の次男マリユスが子爵位を叙爵され、ルパーブ領改め南ルパーブ領の領主に封じられた。
また、北方辺境伯の陰謀を見抜き、王太子暗殺を未然に防いだのみならず、敵国軍の撃退に多大な貢献があったとして、レスコー子爵が伯爵に陞爵された。
短期間のうちに2度の陞爵を果たしたことで、レスコー新伯爵には貴族たちの羨望と賞賛の視線が集まった。
この時同時に、レスコー新伯爵はペリゴール領の領主に封じられ、ペリゴール伯爵は南隣のナンティア領主に封じられる、という一見すると奇妙な転封が行われた。なお、没落したままのナンティア伯爵家はこの時ついに断絶となった。
その後、旧ペリゴール領は「北ペリゴール領」、ナンティア領は「南ペリゴール領」と名前を変えることになる。
この戦争の論功行賞の場では前代未聞のことが起こった。
なんと、王太子殿下が戦場で持ち歩いていた”ネズミのぬいぐるみ”に対して、銀星剣盾勲章が授与されたのだ。
叙勲の理由は「敵兵の放った流れ矢より身を挺して王太子殿下を守り抜いた功績」だった。
戦場にいなかったものは呆気に取られ、中には嘲笑する者もいたが、戦場に出た者で叙勲を軽んじるものは皆無だったと言う。
この珍事は瞬く間に王都に広まり、「史上初の叙勲を受けたネズミ」として語り継がれることになる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それからしばらくして。
国内で戦争の動揺が収まった頃、北方諸国との停戦交渉で得た新たな領土に関して発表があった。
国王陛下は、北方諸国との国境沿いに延々と東西に細長い領地を確保し、第一王妃の父親であるドルレアク公爵に与えたのだ。
先の戦で特に功績があったわけでもない公爵に何故、と誰しもが思った。しかし疑問はすぐに氷解する。
国王陛下は公爵に命じたのだ。
「国境を護るため領地の東から西まで長大で堅牢な城壁を建設せよ」と。
貴族たちは皆、これを懲罰であると理解した。ここ最近の2件の暗殺未遂事件の黒幕について、誰もが疑いを持っていたからだ。
この沙汰の後、頑固な血統主義者たちでさえ、もうドルレアク公爵家に近づこうとはしなかった。
ドルレアク公爵家はその財のすべてを城壁建設につぎ込まざるを得なくなり、急速に衰退の道を辿った。
第一王妃も王宮の片隅に追いやられ、孤立無援の”触れてはいけない存在”になり果てるのだった。
後世では、この故事から「壁を作らせる」が厳しい罰を与える意の慣用句として用いられるようになる。
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