ヤクザと犬

美国

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後悔

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NO SIDE


「はははっ、ああ、あいつらいい気味だ。今まで俺を虐げてきた罰だよ。」
御園を売ったことによって近藤組のNo.2の座を手に入れた田嶋は行きつけの酒場を貸切で宴を開いていた。
「俺も今や若頭だ。組長以外、誰も俺に逆らえないんだからな。いずれ組長も引き摺り下ろして、近藤組を俺のものにするんだからな。」
彼の目は出世と野望に満ち溢れ、ギラギラと熱く燃えていた。


それからしばらくは、田嶋は絶好調であった。今まで頭を下げさせられていた相手が手のひらを返したようにぺこぺこ低姿勢で媚を売ってくる。それをいいことに部下をうまく使い手柄を立て、地位を確立していく。
もしかしたら、田嶋が組長になる日もそう遠くはないかもしれない…外部ではそう思う者も少なからず出てきた。


だが、3ヶ月ほど経つと、田嶋の調子も狂ってきた。10数年田嶋に付き添ってきた古株の仲間でも、彼が息を乱したり動揺したりなど、平静でない様子など1度も目にしたことがなかった。しかし、この数日、彼は明らかにおかしかった。
その整った顔を引き立てるように後ろにかっちりと流していた黒髪も、最近はセットされていないことが多くなり、スーツはシワだらけで、挙句は風邪を引くなど散々な始末。
時間には厳守の彼が、大事な会合にギリギリで到着するなどの光景も見られた。隈もひどく、あまり眠れていないようにも見える。
普段は薄ら笑いを浮かべる程度で、感情を表に出すことはない彼が、部下に怒鳴り散らすなど日常茶飯事となりつつあった。



だが、事務所の部下たちは不思議には思わなかった。最初から、こうなる事は分かっていたのだ。御園を手放した時点で、こうなる事は…。


「なんでこのくらいできないんだ!!!空気を読め!!臨機応変に対応しろ!」
「無理言わないで下さいよ~。そんなこと昔は求めなかったじゃないですか~。」
今日も、田嶋の怒鳴り声が響き渡るが、ずっと出世できずにいる下っ端のチンピラは、もうどうすることもできなかった。
「なんだと?俺に口答えする気か?」
「そうじゃないっすけど、御園さんと同じレベルのものを俺に求められても無理っすよ~。」

下っ端は図らずして口にしたようだが、それは核心をついた言葉だった。事務所の者たちが確信していた、田嶋の失態はそこなのである。

「は、は?御園だと?」
「御園さんは何でもないようにやっちゃいますけど、俺たちには無理ですよ~。」


田嶋に実感はなかったが、御園は田嶋の身の回りにおける雑事、スケジュール管理、来客への対応まで全てを一人でこなしていた。
御園にしてみれば、これまでの苦労からなんでもないことではあったが、並の人間には膨大な情報を処理するその作業は不可能であった。
田嶋のスーツは彼が仕立て、クリーニングに出し、クローゼットに戻す。スタイリング剤も合った物を毎期新しく用意する。暖房の強くなる時期は加湿機を持ち込む。食事にも配慮がなされ、感染病が流行れば外出は避けるような日程を組むなど。体調も徹底的に管理されていた。

日常の雑事だけではない。
組の仕事においても、御園は注意を怠らなかった。一つ頼めば、何倍もの成果になって返ってきて、頼まなくとも、大抵のことは済んでいることも多かった。
次第に田嶋は御園に頼り切っていたが、ミスがあることはなく、問題もなかった。

だが、御園以外に同じ仕事を頼むとなると、やはり最初は注意深くなり自らでもチェックをするようになる。そうすれば、やはりミスは幾つか明らかになってきて、完全に任せることはできなくなり、田嶋の負担にもなってきていた。
同じ仕事をするにしても、御園がいるのといないのでは効率が全く変わっていた。田嶋は睡眠時間を減らして仕事をすることも多くなり、田嶋の体力は限界にきていた。



知らず識らずのうちに、田嶋は御園無しでは生きてはいけなくなっていたのだった。

だが、それだけではなかった。御園だって来たのはたったの3年前。それまでは田嶋だけでやってきていたのだ。
それがここになって急に崩れ始めたのは、御園の仕事能率を失ったということだけでは説明がつかない。


田嶋はその原因が全くわからなかったようであるが、皆は気づいていた。しかし、田嶋に直接進言するものはいなかった。


「ざまあみろ…」
小さく、二宮が呟いた。
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