ヤクザと犬

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ボディガード

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そういえば、向野さんと2人きりというのは初めてのことかもしれない。
俺は基本的に組長につきっきりで、組長の仕事が始まれば向野さんは部屋の隅にじっと立っている。
組長と話しているときに、たまに組長が向野さんに話をふって、3人で会話することもなくはないが、ほぼ皆無。
つまり、話すのもほぼ初めてのようなものだ。

組長の前で他の人間と話すと明らかに機嫌が悪くなるので、今まで当たり障りのない関係ではあったが、この機会に少し仲良くなりたいな、とは思った。

組長が会合に出かけた後、もう夕食の時間なので、自室で1人で食べようと思っていたところ、何故か食事係ではなく、向野さんが食事を運んできた。

「向野さん、どうしてあなたが夕食を?」
「組長に、毒味はお前がしろと言われたので。」
おいおい組長、毒味って。何時代だよ。
まあ組長の過保護は今に始まったことではないので、ツッコミは心にとどめた。

「毒味は問題ありませんでした。どうぞ。」
「ありがとうございます。ところで、向野さん、食事は?」
「私は後でいただきますので。御園さんは気にせず召し上がってください。」
「いや、どうせ食べない気なんでしょう。どうせボディガードするなら一緒に食べましょう。一人で食べてもおいしくないですし。」
それからしばらく押し問答が続いたが、結局向野さんが折れ、俺の部屋で一緒に食べることになった。

向野さんはずっと組長の直属で、ある抗争で役に立ったのをきっかけに出世したらしい。
組長の武勇伝や、組の関係図など、組長が教えたがらないことをたくさん聞けて、とても面白かった。


「ところで、なんで御園さんは近藤組に?」
至極当然な疑問である。俺のようなひょろひょろの若造が、なんでこんなところにいるのか。
隠すことでもないし、なぜか向野さんに聞いて欲しい気持ちもあり、身の上話もした。
向野さんは真剣に聞いてくれ、心のつっかえがとれるような気分だった。

「そうだったんですか…。でも、御園さんは凡人なんかじゃないですよ。田嶋のところでの話は聞いています。かなり、キレ者だったって。
私、最初は半信半疑だったんですけど、組長のそばにいるときのあなたを見て疑う余地がないと思いました。
空気はよく読むし、洞察力もある、冷静で、的確。あなたは組長に必要なお方ですよ。」

思ってもなかった言葉に、俺は驚いた。そんな風に評価してもらっていたなんて…。
常々田嶋さん含め前の事務所の仲間たちは俺のことを過大評価しすぎだと思っていたが、こう大勢に言われると自信がなくなってくる。

客観視するのは得意だったが、自分のことは見えていないのかと、少し不安になったが、褒められているのだ、素直に受け止めることにした。

「そう言っていただけて、嬉しいです。組長の役に立てるように、がんばります。もし抗争が始まれば、弾除けでもなんでも…」
言い終わらないうちに、向野さんに遮られた。
「そんなこと言わないでください!それは俺たちの役目です!御園さんは、安全なところで、組長といてください!」
かなり必死な形相で言われ、思わず、はい、と頷いてしまった。
だが、向野さんは一回熱くなるともう止まらないらしかった。

「そもそも、その自己犠牲はなんなんですか!組長のために死ぬとか、もっと自分のことを考えてください!
前回だってそうですよ!あんな…あんなことをしてまで、田嶋なんかのために!
あなたがそんなことをする必要なんてないんです!
嫌なら、組長のいない間にいなくなったって、誰もあなたを責めませんよ!」

向野さんは俺からあえて目をそらしてそう言った。顔は汗をかいていて、必死なのが見て取れた。
俺のために、こんな風に思ってくれる人がいるのか…と思うと、嬉しかった。

「向野さん…」
俺は、向野さんの顔に手を添えた。
一瞬彼はびくっとなったが、ゆっくりと、手の上に自分の手を重ねた。
「簡単に、死ぬなんて言わないでくださいね…お願いですから…」


なぜか子犬のような目で懇願され、かわいくて笑ってしまった。

「わかりました…言いませんよ、もう。」
それでも、苦しそうな目をしたままの向野さんに、いてもたってもいられず、思わず軽くキスをしてしまった。

「な、なななななななな、な、今」
「あ、すいません。思わず。組長には秘密にしてくださいね。」

真っ赤な顔をして後ずさる向野さんを見てかわいいな、と思いながらも組長にバレるとやばいな、と思い返す。

ぶんぶんぶん、と真っ赤なまま頷く向野さんを見て、またからかいたくなってしまったが、それはまたのお楽しみにしておこう。

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