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縁は異なものー妹の選択ー
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“縁”とは辞書で“関係を作るもの”という意味らしい。私には痛々しいほどに、その“縁”という言葉に思い入れがある。
というのも、私にはが実際に自分と人との間にある“縁”が見えるのだ。姉以外のだれにも言ったことがない秘密だが、たとえ言ったところで信じてもらうのは難しいだろう。
私が見ている“縁”は白い絹糸のようなもので、私の体からの伸びていき、それは私と“縁”のある人間へとつながっている。
そして私にはもう1つ特別な能力がある、いや私にとっては呪いの類だろうか。それは知り合い、友人たちとの“縁”を切る力だ。ただ縁を切るだけの力ならまだいい、使わなければいい話だ。
ただ、この能力を使うと私と縁を切った人間に幸運が訪れる。そしてその幸運は私と縁が深ければ深いほど大きくなる。私がこの能力に気が付いたのは小学生のころだ。当時の友人の1人との“縁”を、何気なく切ってしまった。すると、その友人はとある病にかかっていたのだが、たちまち治ってしまった。
その友人に訪れた幸運に私はもちろん喜びたかったが、なぜだか心の底から喜ぶことが出来なかった。まるで、テレビのニュースで知らない誰かの幸運を伝えられているようで、うれしい気持ちはあるのだが、その感情は決して仲の良い友人に向けるような熱量を帯びていなかった。私は子供ながらに、直感的に悟った。これが“縁”を切るということなのだろうと。
そして、その友人とは関わりあうことは次第になくなっていき、数日後には全く会話もしない赤の他人になってしまった。
その後、私は何度か友人が困った場面に逢い、そのたびに“縁”を切ることで友人に訪れた不運を救った。そんなことを繰り返すうちに私から延びる“縁”の糸は3本になってしまった。1本は母親、もう1本は父親、そして最後の一本は私の眼前で苦しんでいる姉とつながっている。
余命1カ月——そう宣言された姉は、初めこそ取り乱したが、時が経つにつれて次第に自身の死を受け入れるようになっていった。そして、姉は以前のような溌剌とした様子は見る影もなく、次第にだが確実に衰弱していった。
姉は見舞いに来る多くの友人たちには気丈に振舞っていたが、その姿はどこか痛々しく、私はそんな姉を見ていられなかった。
何度も何度も何度も何度も私は自分と姉の“縁”を切ろうとした。姉妹の“縁”ならきっと、奇跡は起きる……はずだ。なのに、どうしても切ることが出来なかった。
私に残された唯一の絆なのだ。——我ながらひどい妹だと思う。大好きな姉の命と自分との“縁”を天秤にかけて即決できないのだ。
姉の命の砂時計は日に日に減っていったが、私はついに最後まで決断を下すことは出来なかった。
姉はついに意識があることの方が少なくなっていき、もういつ何時、息を引き取ってもおかしくない状況になった。
「お姉ちゃん……」
私は返事がないことが分かっていたが、思わず眠る姉に向かって呼び掛けた。
「……ん」
かすかに、だが確かに姉は少しうめき声をあげ、そして瞼がわずかに開いた。
「お姉ちゃん!?私だよ!分かる?」
私は思わず身を乗り出して姉に語り掛けた。
「……うちは死ぬんか?」
弱々しい声で姉はつぶやいた。私は答えることが出来ず、うつむきながら唇をかんだ。
「まだ死にとぉないなぁ……」
かすれた声で姉はつぶやくと、かすかに開かれた瞼から一筋の涙がこぼれた。
……私は何を迷っていたのだろうか、姉と他人になったとしてもそれが何だというのだ。例え姉とはもう二度と心から笑いあえなくなったとしても、姉が生きてくれていればそれでよいんじゃないのか。
覚悟を決めた私の顔を見て、姉は不安そうな顔で私の名前を呼んだ。
「あ、葵?」
私は覚悟が揺らがないうちに、手を伸ばすと自分と姉の間にある“縁”の糸を、姉との“縁”を—―、断ち切った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あの日から1か月の時が経った。私は今、姉の名前が刻まれた墓の前に立っている。墓の周りの掃除をし、線香を焚き、墓の前で手を合わせる。この行為は贖罪だ。
結局のところ、私と姉の“縁”を切ったところで奇跡は起こらなかった。私と姉の縁の力がその程度の物だったのか、もう覆ることがないことだったのかは分からない。
私は姉との縁を失い、姉への感情も失い、姉自身も失った。どこで間違えてしまったのだろうか、もっと早くに姉と縁を切るべきだったのだろうか。
何度考えても答えは出てこない——。ただ分かっているのは、自分の中に何の感情も残っていないことを否定したいがためだけに、今日も明日もその先もきっと私は姉の墓参りに来るのだろうということだけだった。
というのも、私にはが実際に自分と人との間にある“縁”が見えるのだ。姉以外のだれにも言ったことがない秘密だが、たとえ言ったところで信じてもらうのは難しいだろう。
私が見ている“縁”は白い絹糸のようなもので、私の体からの伸びていき、それは私と“縁”のある人間へとつながっている。
そして私にはもう1つ特別な能力がある、いや私にとっては呪いの類だろうか。それは知り合い、友人たちとの“縁”を切る力だ。ただ縁を切るだけの力ならまだいい、使わなければいい話だ。
ただ、この能力を使うと私と縁を切った人間に幸運が訪れる。そしてその幸運は私と縁が深ければ深いほど大きくなる。私がこの能力に気が付いたのは小学生のころだ。当時の友人の1人との“縁”を、何気なく切ってしまった。すると、その友人はとある病にかかっていたのだが、たちまち治ってしまった。
その友人に訪れた幸運に私はもちろん喜びたかったが、なぜだか心の底から喜ぶことが出来なかった。まるで、テレビのニュースで知らない誰かの幸運を伝えられているようで、うれしい気持ちはあるのだが、その感情は決して仲の良い友人に向けるような熱量を帯びていなかった。私は子供ながらに、直感的に悟った。これが“縁”を切るということなのだろうと。
そして、その友人とは関わりあうことは次第になくなっていき、数日後には全く会話もしない赤の他人になってしまった。
その後、私は何度か友人が困った場面に逢い、そのたびに“縁”を切ることで友人に訪れた不運を救った。そんなことを繰り返すうちに私から延びる“縁”の糸は3本になってしまった。1本は母親、もう1本は父親、そして最後の一本は私の眼前で苦しんでいる姉とつながっている。
余命1カ月——そう宣言された姉は、初めこそ取り乱したが、時が経つにつれて次第に自身の死を受け入れるようになっていった。そして、姉は以前のような溌剌とした様子は見る影もなく、次第にだが確実に衰弱していった。
姉は見舞いに来る多くの友人たちには気丈に振舞っていたが、その姿はどこか痛々しく、私はそんな姉を見ていられなかった。
何度も何度も何度も何度も私は自分と姉の“縁”を切ろうとした。姉妹の“縁”ならきっと、奇跡は起きる……はずだ。なのに、どうしても切ることが出来なかった。
私に残された唯一の絆なのだ。——我ながらひどい妹だと思う。大好きな姉の命と自分との“縁”を天秤にかけて即決できないのだ。
姉の命の砂時計は日に日に減っていったが、私はついに最後まで決断を下すことは出来なかった。
姉はついに意識があることの方が少なくなっていき、もういつ何時、息を引き取ってもおかしくない状況になった。
「お姉ちゃん……」
私は返事がないことが分かっていたが、思わず眠る姉に向かって呼び掛けた。
「……ん」
かすかに、だが確かに姉は少しうめき声をあげ、そして瞼がわずかに開いた。
「お姉ちゃん!?私だよ!分かる?」
私は思わず身を乗り出して姉に語り掛けた。
「……うちは死ぬんか?」
弱々しい声で姉はつぶやいた。私は答えることが出来ず、うつむきながら唇をかんだ。
「まだ死にとぉないなぁ……」
かすれた声で姉はつぶやくと、かすかに開かれた瞼から一筋の涙がこぼれた。
……私は何を迷っていたのだろうか、姉と他人になったとしてもそれが何だというのだ。例え姉とはもう二度と心から笑いあえなくなったとしても、姉が生きてくれていればそれでよいんじゃないのか。
覚悟を決めた私の顔を見て、姉は不安そうな顔で私の名前を呼んだ。
「あ、葵?」
私は覚悟が揺らがないうちに、手を伸ばすと自分と姉の間にある“縁”の糸を、姉との“縁”を—―、断ち切った。
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あの日から1か月の時が経った。私は今、姉の名前が刻まれた墓の前に立っている。墓の周りの掃除をし、線香を焚き、墓の前で手を合わせる。この行為は贖罪だ。
結局のところ、私と姉の“縁”を切ったところで奇跡は起こらなかった。私と姉の縁の力がその程度の物だったのか、もう覆ることがないことだったのかは分からない。
私は姉との縁を失い、姉への感情も失い、姉自身も失った。どこで間違えてしまったのだろうか、もっと早くに姉と縁を切るべきだったのだろうか。
何度考えても答えは出てこない——。ただ分かっているのは、自分の中に何の感情も残っていないことを否定したいがためだけに、今日も明日もその先もきっと私は姉の墓参りに来るのだろうということだけだった。
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