隣の夜は青い

No.26

文字の大きさ
上 下
38 / 38
火属性現る

04

しおりを挟む
「先生さよーならー」
「気をつけて帰れよ」

 最後の授業が終わり、教室から出ていく生徒を、ホワイトボードを消しながら見守る。
 そして、教室には誰もいなくなった……と思ったら、相川だけが残っていた。
 いつも一緒にいるもう一人のギャル・篠原は、確か今日は風邪で休みだ。

「どうした?相川」

 相川はカバンの上で頬杖をついて、俺をじっと見つめて……そしてこう聞いてきた。

「せんせ、首のそれキスマ?」
「っ……!!」

 慌てて、その視線の先にあった首元を抑える。
 しまった。さっきの休み時間、ネクタイを緩めていたのを忘れてた。

「ち、がう、これは……そう、蚊に刺された」
「この季節にぃ?」
「……くっ……」

 いや、言い訳が我ながら下手すぎる。
 俺が黙っていると、相川はにやにやしながら席を離れ、顔を覗き込んできた。

「教えてくれないなら、塾長先生に聞いてこようかなぁ」
「……お菓子で見逃してくれませんか」
「しょうがないな~」



 二人で、塾の向かいのコンビニへ寄る。
 外は凍えそうなほど寒かったが、星と月は明るかった。
 板チョコを買ってやると、早速相川は箱の封を切って、一口かじった。

「先生、やっぱ彼女いたんだぁ。隅におけないねぇ」
「……広めるなよ」
「広めないよー。どんなひと? まさか、うちの塾の中にいる?!」
「いや、職場は関係ない」

 俺は一緒に買ったコーヒーを一口飲んで、そして相川に笑って答えた。

「どんな人、か……ま、可愛いかな」
「あは、なんか先生がそういうこと言うとキモ」
「おい。聞いておいてお前」

 相川はけらけら笑って、首を傾げた。

「その人と結婚するの?」
「ん~、どうだろ。まだ付き合ってそんなに経ってないしな……」
「えー、なにそれ。結婚したいんだったら早くそれっぽいこと言っとかないと、逃げられちゃうよー?」
「ははは」

 思わず笑う。女子高生のくせに、ませたことを言う。
 逃げる? 一芽に限ってそれはないだろ。だって俺のこと、めちゃくちゃ好きだし。

「そういえばさ、ずっと気になってたんだけど」
「ん?」

 相川は、キラキラした目で俺に聞いた。

「サイクラのメジくんって、先生の友達なんだよね! 家近いの?」
「ごめん、そういうのは言えない」
「えー。てか、なんで先生とメジくんが知り合いなの?」

 それを聞いて、どう返答するか少し考える。
 まあ、もしこいつがライブに来るんだったらどうせバレるだろうし、言ってもいいか。

「……実は」

 周囲に聞こえないように、相川に耳打ちした。

「……えー?!先生ライブでギターやるの?!」
「しーっ!!声が大きい!!」
「だから知り合いだったんだ! てか先生ってギターリストだったの?!」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。昔弾いてた縁で、今回誘ってもらえたんだ」
「へぇ……すごいなあ……」

 相川は俺を見つめ、また一口板チョコをかじる。
 そして、ぽつりと呟いた。

「うちさ、本当はトランペット奏者になりたかったんだよね」
「……え?」

 それは予想外の言葉に、思わず聞き返した。
 相川は、ローファーでコンクリートをつつきながら、静かに話す。

「吹部でずっと吹いてて、楽しくて、レギュラーにも選ばれてたから、このままプロになりたいって思ってたの。けど、中学生んとき親に反対されたんだ。だって、プロ目指すんだったら、音大とか行かなきゃ無理じゃん? 学費クソ高いし」

 相川の言葉は、痛いほどわかった。俺も同じような理由で、一度音楽を辞めていたから。
 相川はチョコレートのついた唇をぺろっと舐め、そして笑った。

「先生みたいに、大人になってからもトランペットやれるかな」
「うん。やれる」

 俺は、断言した。そして、彼女の肩を叩く。

「とにかく今は、目の前のことを頑張れ。来週期末だろ」
「はぁ~がんばりますか~」


しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

絶対服従執事養成所〜君に届けたいCommand〜

ひきこ
BL
少数のDomが社会を支配する世界。 Subと診断された者にはDomに仕える執事となるため英才教育が施され、衣食住が保証され幸せに暮らす……と言われているのは表向きで、その実態は特殊な措置によりDomに尽くすべき存在に作り変えられる。 Subの少年ルカも執事になるほかなかったが、当然そこには人権など存在しなかった。 やがてボロボロに使い捨てられたルカと、彼のことをずっと気にかけていた青年との初恋と溺愛とすれ違い(ハッピーエンド)。 ◆Dom/Subユニバース設定の世界観をお借りしたほぼ独自設定のため、あまり詳しくなくても雰囲気で読んでいただけるかと思います。ハードなSM的描写はありません。 ◆直接的な描写はありませんが、受け・攻め どちらも過去にメイン相手以外との関係があります。 ◆他サイト掲載作に全話加筆修正しています。 ※サブタイトルは試験的に付けており、変更の可能性があります ※表紙画像はフリー素材サイトぴよたそ様よりお借りしています

上司と俺のSM関係

雫@更新予定なし
BL
タイトルの通りです。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

わるいむし

おととななな
BL
新汰は一流の目を持った宝石鑑定士である兄の奏汰のことをとても尊敬している。 しかし、完璧な兄には唯一の欠点があった。 「恋人ができたんだ」 恋多き男の兄が懲りずに連れてきた新しい恋人を新汰はいつものように排除しようとするが…

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

水泳部合宿

RIKUTO
BL
とある田舎の高校にかよう目立たない男子高校生は、快活な水泳部員に半ば強引に合宿に参加する。

処理中です...