隣の夜は青い

No.26

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神様に願わずとも

01

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「『全員第一志望校合格』?」
「読み上げなくていいって」

 一月一日、元旦の昼頃。俺と一芽は近場の神社へ初詣に来ていた。
 街中にありながら結構広い神社で、参拝客も多いし屋台も出ていて賑やかだ。
 一芽は俺が絵馬に書いた文字を覗き見してから、明るく微笑んだ。

「生徒思いだね」
「……言っとくけど、この『全員』の中にはお前も入ってるからな」

 俺は筆ペンのキャップを閉め、一芽に言った。

「高卒認定試験、八月だろ? そこで試験に合格すれば、専門学校なら年内に申し込めるし合否が決まる」
「……絶対合格してみせる」

 はっきりと宣言した一芽に、俺もにやっと笑って頷いた。
 一芽はまだ書いていない自分の絵馬を掲げ、

「じゃあオレは『ライブ大成功』って書こ!」
「いいな。それも今年俺が叶えたいことだし」

 そうして、書いた絵馬を隣同士の高い位置に飾った。

「そう言えば、せーちゃん今日は眼鏡なんだね」
「ああ、コンタクトつけるのが面倒でさ。近場だしいいかなって」

 一応学業成就の御守りを買った後、何となく一芽と屋台をぶらつく。

「あ、そのチョコバナナ咥えるふりして。こんな感じで。写真撮るから」
「……なんかそれ、ちょっと卑猥じゃない?」
「それはわかるのか……チッ」
「舌打ち良くない」

 一芽がホワイトチョコレートのかかったチョコバナナを買ってきたので、それを舌を出して舐める様子を写真に収めようとしたら、残念ながら断られた。
 ……と、そんなとき。

「あれっ、真中先生ー?」

 女子の声で、突然そんな呼び名が疑問形で聞こえた。
 振り返ると、そこには二人の女子。どっちも知っている人物だった。

「おー、篠原に相川」
「あけましておめでとうございます」
「あはは、先生私服じゃん。変なの!」
「ほっとけ」

 高一Aクラスのイケイケギャル(たぶん死語)の篠原と相川だ。
 清楚ボブストレートヘアの篠原が比較的真面目で敬語を使う方、背中まで伸びる巻き巻き髪の相川が世界を完全に舐め切ってる方。どっちも美少女である。
 相川はにやにやしながら俺を見上げ、

「真中先生ぼっち?さみしー」
「は?舐めんな。友達と一緒だから」

 そう言って一芽の方を見ると、一芽は女子高生たちに小さく手を振った。
 相川は一芽を見て、篠原にひそひそと話しかける。

「ねえ、あの人サイクラのメジくんに超似てない?」
「た、確かに……」
「え、オレのこと知ってるの?」

 一芽が驚いて声を上げると、その声を聞いて二人も目を丸くした。

「え?!ほ、本人?!」
「うそ、そんなことある?!あっ、握手してください!!」
「わー、嬉しいな!街中でこんなこと言われたの初めてだよ」

 二人はきゃあきゃあ騒いで、一芽と握手を交わす。
 篠原はカバンからスマホを取り出し、

「もしよかったら、写真一緒に撮ってもらってもいいですか?!」
「あっ、あたしも!撮りたいです!」
「こらこら、やめろ。困ってるだろ」
「あはは、写真くらい大丈夫! むしろ、応援してくれてありがとう」

 俺は止めに入るが、一芽は快く受け入れた。
 そうして三人は何枚か写真を撮る。なんなら一芽も自分のスマホで記念に撮っていた。

「てか先生も撮ろ!」
「断る」
「なんでよ!?」

 一芽のチョコバナナを守りながらカメラのフレーム外に逃げる俺を見て、相川は頬を膨らませる。
 俺はため息をつき、

「生徒と塾外での写真なんて、保護者に見られて変な風に取られたらどうすんだ」
「それでクビにされたらウケる」
「ウケるな」

 そんなこんなで二人は一騒ぎしたあと、これからカラオケに行くと言って去っていった。
 まるで台風が過ぎ去った後のような気分だ。

「女子高生って世界最強の生き物だよな……」
「あはは。いつも会ってるせーちゃんが言うならよっぽどだね」

 屋台で昼食を済ませたあと、俺たちも家に帰りながらそんな他愛ない話をする。
 すると、一芽はふと思いついたように俺を見た。

「そういえば、せーちゃんと写真一枚も撮ったことないね」
「あー、確かに」
「今、一緒に撮らない?」
「いやいや、そんなJKみたいな」

 俺が茶化して笑うと、一芽はスマホを持ったまま俺をチラリと見て、

「けど……せーちゃんと一緒にいない時、寂しいときとか見返したい……」
「………………」

 俺は思わず頭を抱えた。
 ………………流石に可愛すぎるだろこいつ!!!

「はあ、全く……仕方ないな」

 なんか変な汗かいてきた。俺は眼鏡を外し、掲げられたスマホの内カメラに目線を向けた。
 一芽は撮ったツーショットをしばらく満足げに見つめて、そして再び俺の方を向く。

「待ち受けにしていい?」
「流石にそれは恥ずいからやめてくれ」
「じゃあラインの背景!」
「……まあ、それくらいなら」

 ピュアすぎてこっちが照れる。
 ……けど、写真、か……。

「……俺も、一緒に撮っていい?」
「もちろん!」
「じゃあ、俺の家で撮ろ」

 そう言って微笑むと、一芽はよくわかってないように首を傾げて、微笑み返した。



「…………ハメ撮りとか聞いてないんだけど?!」
「明るいうちからするセックスは最高だな」

 恋人同士で撮影ってなったらこれしかないだろ。
 組み敷いてスマホのカメラを向けると、一芽は焦ったように俺を見上げ、

「そ、それ、絶対ネットとかにあげないでよね……!」
「どうしよっかな」
「せーちゃん?!」
「あはは、悪い悪い。上げるわけないだろ」

 俺は一芽の服のボタンを外しながら、目を細める。

「一芽のこんなエロい姿、俺以外のやつに見せてたまるか」

 そうして現れた白い肌を、指でつうっとなぞる。
 一芽は頬を赤らめ、

「……オレだって……」
「ん?」
「せーちゃんのかっこいいとこ、見られたくないし……」
「へえ?一芽、独占欲あるんだ?」

 そう恥ずかしそうにもごもご言う一芽が可愛くて、ますます加虐心が増していく。
 一芽は少し不機嫌そうに俺を見上げて、

「あるよ。今日だって、せーちゃんがJKに話しかけられてるの見て、正直ちょっと不安になった……二人とも可愛かったし」
「いや、女子高生は恋愛対象外だから、流石に」
「本当に?美少女でも?」
「ほんとほんと」
「オレしか好きじゃない?」

 その言葉に俺が何か返す前に、一芽は慌てたようにぱっと自分の顔を手で覆った。

「わーあー!!なんでもない!!」
「え?なんでだよ」
「オレ……付き合うといつもこういうのが女々しくてめんどくさいってよく言われて嫌がられて、ッ……!」

 俺はスマホを置いて一芽の手を除け、身を屈めてキスをした。

「……心配しなくても、一芽しか好きじゃないよ」

 こんなに一緒にいて楽しくて、身体の相性が合って、一緒に何かをがんばろうって思えて……それにいじりがいがある可愛い恋人、他にいない。
 俺の言葉に、一芽は照れたように、でも嬉しそうに目を細めた。

「せーちゃんは、オレがファンの子に囲まれてても不安にならないの?」
「一芽のこと、俺でしかイけない身体にするから平気」

 そう宣言すると、一芽は動揺したように目を見開く。
 何か言われる前に、俺はその口にさっきよりも深いキスを落とした。



「次、いつ会えるかな。また来週の土曜とか?」

 行為が終わった後。帰り際、玄関で一芽は俺にそう聞いた。

「それが、今月前半しばらく仕事が忙しいんだ。また連絡するよ」
「そうなんだ……けど、オレもちょうど引越し落ち着くまで忙しいかも。家具とか買い替えたくてさ」
「そっか、家隣になるの楽しみだな」

 そう言って笑い合う。
 そして、目が合って……どちらともなくキスをした。

「……じゃあね」
「うん」

 唇が離れ、一芽は手を振ってドアを開けた。
 がちゃりと、そのドアが閉まった後。
 俺は数秒置いて、そして壁に頭を押し付けた。

「あ~~、やっぱ泊まってもらえばよかった……」

 そう呻き声を上げて、ずるずる床に落ちる。
 年末から頻繁に会っていたせいで、これから二週間近く会えないなんて寂しすぎる。泣いてしまう。一芽ロス。
 いや、明日が仕事だから早い時間に解散したいと言ったのは俺だけど。……俺だけど!

「……朝までやって、本業蔑ろにするわけにも行かないだろ」

 そう自分に正論を言い聞かせ、気持ちを切り替える。
 そして、靴箱の上に飾った卓上カレンダーを見上げた。

「『全員第一志望校合格』……やってやる」

 大学入学共通テストまで、残り十五日。

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