隣の夜は青い

No.26

文字の大きさ
上 下
20 / 38
『教え子』

05

しおりを挟む
 そうして準備をし終わったころ、浦瀬と面谷がコンビニの袋を持って帰ってきた。
 面谷は浦瀬の後ろに隠れてしまっている。まあ、面谷の方が身長が十五センチは高いから、見え見えなんだけど。

「臨、なんで今更人見知り発揮してんだよ」
「だ、だって……シラナイヒトコワイ……」
「はあ? まあいいか」

 浦瀬はため息をついて、改めて俺たちに向き直った。

「録音方法なんだけど、二人同時に撮ってみようと思う。そっちの方が効率いいし」
「二人? 俺のほかに誰かいるのか?」
「あ、先生には言ってませんでしたっけ。ギターだけじゃなくて、メジのボーカルも今日録音するんです」

 浦瀬にそう言われて、驚いて一芽を振り返った。

「え? けど、もらった音源に一芽の声は入ってるけど……」
「それ、この前練習で撮ったのをキラくんが仮で入れてるんだよ。そのときあんま本調子じゃなかったから、今日はがんばる!」

 一芽はそう当たり前のように言うけど、俺はビビった。これが練習段階? 十分上手いのに。
 そのあと、浦瀬は自前のノートパソコンを開いて、ライン録音がどうとか音質がどうとか俺たちに難しい話をする。
 要するに、パソコンから浦瀬が作ったボーカルとギターなしの音源を流して、それに合わせて一芽と俺が歌と演奏をすればいい、と言う話だった。

「何回でも撮り直せるんで、まずやってみましょう」

 一芽はマイクの前に、俺はギターのストラップをかけて立った。
 やり直せると言われても、これまで録音なんてしたことないし、ステージ上のライブとはまた別の緊張を感じる。
 そう思っていたら、つんつんと肩をつつかれた。

「せーちゃん、緊張しなくて大丈夫だよ」
「……ああ」

 そのいつもの一芽の笑顔に、俺も肩の力を抜いた。
 浦瀬は、パソコンを操作した。

「じゃあ、録音いきます」

 新曲『プロミネンス』は、ギターの高音から始まる。
 雷みたいに一際目立つエレキギターのメロディはカッコよくて、奏でるだけで高揚した。
 そこに乗る、一芽の歌声。
 音源よりもずっと生き生きとした、どこまでも突き抜けるような歌い方に、思わず彼を見た。
 一芽もこちらに気づいて、俺に笑う。

「『ーー酸素がなくたって、僕らは熱くなれる』」

 俺のギターと一芽の歌が一体化する。
 やっぱり……誰かとする音楽って、めちゃくちゃ楽しい。

「……す、すごい!!ライブみたい!!」

 曲が終わった瞬間、面谷は興奮気味に拍手を送った。
 一方の浦瀬は、パソコンを見て頭を抱えていた。

「んー……どうしよ」

 その様子に、一芽が不安げに聞いた。

「どっか変なとこあった?」
「いや……何回か撮り直して一番いいの選ぶはずだったんだけど、二人とも完璧で……」

 その言葉を聞いて、一芽と俺はハイタッチした。

「『文通P』からの一発オッケーやったー!!」
「リアルでその呼び方やめろ」

 一芽が言った聴き慣れない単語を、浦瀬は否定する。
 思わず笑って聞いた。

「『文通P』? 何だそれ」
「キラくんが昔個人で活動してたとき、リスナーに付けられてた名前。たしか、動画投稿したときのキャプションがめちゃくちゃ手紙みたいだったからだっけ?」
「うるさいな。最初だからどんなふうに書けばいいかわからなかったんだよ」
「ほらこれ。すごく丁寧なんだよ」
「へー」
「おい、先生に見せびらかすな」

 一芽にスマホの画面を見せられると、お手本のような丁寧な文面でご挨拶と曲の概要が書いてある。
 けれどそれよりも、その投稿の日付がまだ浦瀬が高校生現役のころでビビった。さすがは天才と謳われるだけある。

「浦瀬、育ちがいいもんな」
「別に、普通ですけど?」
「いやいや何言ってんだ、だって中高一貫私立のC南通ってたお坊っちゃんだろ?」

 わざわざ否定した浦瀬にニヤッと笑って、そうからかう。
 その情報は初耳だったようで、一芽は驚いたように浦瀬を見た。

「そうなの?!」
「だ、だって……親が受験しろって……」
「あと、家タワマンだっけ?」
「別に育ちがいいってわけじゃ……」

 否定できない浦瀬は狼狽え、ついに隣の面谷にわざとらしく泣きついた。

「の、臨~、先生がいじめるぅ~」
「き、キラくんが泣いちゃった!この人でなし!!」
「はは、ごめんって」

 そう笑っていると、横から何か視線を感じた。
 見ると、一芽はじとっとした目で俺を見ていた。

「ふーん……せーちゃん、誰にでもそうやっていじるんだ」
「い、いや、これはコミュニケーションであって……」
「あはは。真中先生、基本ドSですよね」

 一芽の反応を面白く思ったのか、浦瀬は泣き真似をやめて笑う。

「まあ、ドSって本来性癖のサディズムを指す言葉だから、性格悪いって言った方がいいか」
「性格悪いは普通に悪口だろ」
「サディズムって?」

 浦瀬の訂正に、一芽は聞き返す。俺を無視するな。

「知らないか? 恋人を痛めつけたり、苦しませたり、支配したりするのに興奮する性癖のこと」

 浦瀬の説明に、一芽は感心したように、

「へえー! じゃあせーちゃんはドSであってるんじゃない? この前とか、」

 まずいことを言われそうになったので、慌てて手元のギターを弾いた。

「せ、せっかくスタジオ借りてるんだし、駄弁ってないで演奏しないか?」
「そうですね。先生との約束ですし」

 浦瀬は俺の言葉に同意して、隣の面谷の肩をポンと叩いた。

「じゃ、臨。ドラムよろしく」
 
 それまで傍観者としてやりとりを見ていた面谷は、一拍置いて飛び上がった。

「ぼぼぼぼぼ僕?!?!?!」
「やれないとは言わせない。お前、中高どっちも吹部でドラムしてたよな?」
「な、なんでそれを……?!もしかして今日は最初からそのつもりで?!」
「察しが良くて助かる。どうせボクが送ったデモ音源、めちゃくちゃ聞いてるんだろ」

 浦瀬は満面の笑顔でそう言って、面谷をドラムの方に押しやった。

「そ、そんな、三人ともプロなのに無理だよぉ~~~ドラムなんてもうしばらく叩いてないし」
「つべこべ言わずやれ」
「ハイ………………」

 突きつけられたスティックを、面谷はしおしおと受け取る。
 浦瀬は二段のシンセサイザーの前に立ち、慣れた手つきで音を調整してから、顔を上げた。

「臨、カウント頼む」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

熱中症

こじらせた処女
BL
会社で熱中症になってしまった木野瀬 遼(きのせ りょう)(26)は、同居人で恋人でもある八瀬希一(やせ きいち)(29)に迎えに来てもらおうと電話するが…?

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...