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『教え子』
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そうして準備をし終わったころ、浦瀬と面谷がコンビニの袋を持って帰ってきた。
面谷は浦瀬の後ろに隠れてしまっている。まあ、面谷の方が身長が十五センチは高いから、見え見えなんだけど。
「臨、なんで今更人見知り発揮してんだよ」
「だ、だって……シラナイヒトコワイ……」
「はあ? まあいいか」
浦瀬はため息をついて、改めて俺たちに向き直った。
「録音方法なんだけど、二人同時に撮ってみようと思う。そっちの方が効率いいし」
「二人? 俺のほかに誰かいるのか?」
「あ、先生には言ってませんでしたっけ。ギターだけじゃなくて、メジのボーカルも今日録音するんです」
浦瀬にそう言われて、驚いて一芽を振り返った。
「え? けど、もらった音源に一芽の声は入ってるけど……」
「それ、この前練習で撮ったのをキラくんが仮で入れてるんだよ。そのときあんま本調子じゃなかったから、今日はがんばる!」
一芽はそう当たり前のように言うけど、俺はビビった。これが練習段階? 十分上手いのに。
そのあと、浦瀬は自前のノートパソコンを開いて、ライン録音がどうとか音質がどうとか俺たちに難しい話をする。
要するに、パソコンから浦瀬が作ったボーカルとギターなしの音源を流して、それに合わせて一芽と俺が歌と演奏をすればいい、と言う話だった。
「何回でも撮り直せるんで、まずやってみましょう」
一芽はマイクの前に、俺はギターのストラップをかけて立った。
やり直せると言われても、これまで録音なんてしたことないし、ステージ上のライブとはまた別の緊張を感じる。
そう思っていたら、つんつんと肩をつつかれた。
「せーちゃん、緊張しなくて大丈夫だよ」
「……ああ」
そのいつもの一芽の笑顔に、俺も肩の力を抜いた。
浦瀬は、パソコンを操作した。
「じゃあ、録音いきます」
新曲『プロミネンス』は、ギターの高音から始まる。
雷みたいに一際目立つエレキギターのメロディはカッコよくて、奏でるだけで高揚した。
そこに乗る、一芽の歌声。
音源よりもずっと生き生きとした、どこまでも突き抜けるような歌い方に、思わず彼を見た。
一芽もこちらに気づいて、俺に笑う。
「『ーー酸素がなくたって、僕らは熱くなれる』」
俺のギターと一芽の歌が一体化する。
やっぱり……誰かとする音楽って、めちゃくちゃ楽しい。
「……す、すごい!!ライブみたい!!」
曲が終わった瞬間、面谷は興奮気味に拍手を送った。
一方の浦瀬は、パソコンを見て頭を抱えていた。
「んー……どうしよ」
その様子に、一芽が不安げに聞いた。
「どっか変なとこあった?」
「いや……何回か撮り直して一番いいの選ぶはずだったんだけど、二人とも完璧で……」
その言葉を聞いて、一芽と俺はハイタッチした。
「『文通P』からの一発オッケーやったー!!」
「リアルでその呼び方やめろ」
一芽が言った聴き慣れない単語を、浦瀬は否定する。
思わず笑って聞いた。
「『文通P』? 何だそれ」
「キラくんが昔個人で活動してたとき、リスナーに付けられてた名前。たしか、動画投稿したときのキャプションがめちゃくちゃ手紙みたいだったからだっけ?」
「うるさいな。最初だからどんなふうに書けばいいかわからなかったんだよ」
「ほらこれ。すごく丁寧なんだよ」
「へー」
「おい、先生に見せびらかすな」
一芽にスマホの画面を見せられると、お手本のような丁寧な文面でご挨拶と曲の概要が書いてある。
けれどそれよりも、その投稿の日付がまだ浦瀬が高校生現役のころでビビった。さすがは天才と謳われるだけある。
「浦瀬、育ちがいいもんな」
「別に、普通ですけど?」
「いやいや何言ってんだ、だって中高一貫私立のC南通ってたお坊っちゃんだろ?」
わざわざ否定した浦瀬にニヤッと笑って、そうからかう。
その情報は初耳だったようで、一芽は驚いたように浦瀬を見た。
「そうなの?!」
「だ、だって……親が受験しろって……」
「あと、家タワマンだっけ?」
「別に育ちがいいってわけじゃ……」
否定できない浦瀬は狼狽え、ついに隣の面谷にわざとらしく泣きついた。
「の、臨~、先生がいじめるぅ~」
「き、キラくんが泣いちゃった!この人でなし!!」
「はは、ごめんって」
そう笑っていると、横から何か視線を感じた。
見ると、一芽はじとっとした目で俺を見ていた。
「ふーん……せーちゃん、誰にでもそうやっていじるんだ」
「い、いや、これはコミュニケーションであって……」
「あはは。真中先生、基本ドSですよね」
一芽の反応を面白く思ったのか、浦瀬は泣き真似をやめて笑う。
「まあ、ドSって本来性癖のサディズムを指す言葉だから、性格悪いって言った方がいいか」
「性格悪いは普通に悪口だろ」
「サディズムって?」
浦瀬の訂正に、一芽は聞き返す。俺を無視するな。
「知らないか? 恋人を痛めつけたり、苦しませたり、支配したりするのに興奮する性癖のこと」
浦瀬の説明に、一芽は感心したように、
「へえー! じゃあせーちゃんはドSであってるんじゃない? この前とか、」
まずいことを言われそうになったので、慌てて手元のギターを弾いた。
「せ、せっかくスタジオ借りてるんだし、駄弁ってないで演奏しないか?」
「そうですね。先生との約束ですし」
浦瀬は俺の言葉に同意して、隣の面谷の肩をポンと叩いた。
「じゃ、臨。ドラムよろしく」
それまで傍観者としてやりとりを見ていた面谷は、一拍置いて飛び上がった。
「ぼぼぼぼぼ僕?!?!?!」
「やれないとは言わせない。お前、中高どっちも吹部でドラムしてたよな?」
「な、なんでそれを……?!もしかして今日は最初からそのつもりで?!」
「察しが良くて助かる。どうせボクが送ったデモ音源、めちゃくちゃ聞いてるんだろ」
浦瀬は満面の笑顔でそう言って、面谷をドラムの方に押しやった。
「そ、そんな、三人ともプロなのに無理だよぉ~~~ドラムなんてもうしばらく叩いてないし」
「つべこべ言わずやれ」
「ハイ………………」
突きつけられたスティックを、面谷はしおしおと受け取る。
浦瀬は二段のシンセサイザーの前に立ち、慣れた手つきで音を調整してから、顔を上げた。
「臨、カウント頼む」
面谷は浦瀬の後ろに隠れてしまっている。まあ、面谷の方が身長が十五センチは高いから、見え見えなんだけど。
「臨、なんで今更人見知り発揮してんだよ」
「だ、だって……シラナイヒトコワイ……」
「はあ? まあいいか」
浦瀬はため息をついて、改めて俺たちに向き直った。
「録音方法なんだけど、二人同時に撮ってみようと思う。そっちの方が効率いいし」
「二人? 俺のほかに誰かいるのか?」
「あ、先生には言ってませんでしたっけ。ギターだけじゃなくて、メジのボーカルも今日録音するんです」
浦瀬にそう言われて、驚いて一芽を振り返った。
「え? けど、もらった音源に一芽の声は入ってるけど……」
「それ、この前練習で撮ったのをキラくんが仮で入れてるんだよ。そのときあんま本調子じゃなかったから、今日はがんばる!」
一芽はそう当たり前のように言うけど、俺はビビった。これが練習段階? 十分上手いのに。
そのあと、浦瀬は自前のノートパソコンを開いて、ライン録音がどうとか音質がどうとか俺たちに難しい話をする。
要するに、パソコンから浦瀬が作ったボーカルとギターなしの音源を流して、それに合わせて一芽と俺が歌と演奏をすればいい、と言う話だった。
「何回でも撮り直せるんで、まずやってみましょう」
一芽はマイクの前に、俺はギターのストラップをかけて立った。
やり直せると言われても、これまで録音なんてしたことないし、ステージ上のライブとはまた別の緊張を感じる。
そう思っていたら、つんつんと肩をつつかれた。
「せーちゃん、緊張しなくて大丈夫だよ」
「……ああ」
そのいつもの一芽の笑顔に、俺も肩の力を抜いた。
浦瀬は、パソコンを操作した。
「じゃあ、録音いきます」
新曲『プロミネンス』は、ギターの高音から始まる。
雷みたいに一際目立つエレキギターのメロディはカッコよくて、奏でるだけで高揚した。
そこに乗る、一芽の歌声。
音源よりもずっと生き生きとした、どこまでも突き抜けるような歌い方に、思わず彼を見た。
一芽もこちらに気づいて、俺に笑う。
「『ーー酸素がなくたって、僕らは熱くなれる』」
俺のギターと一芽の歌が一体化する。
やっぱり……誰かとする音楽って、めちゃくちゃ楽しい。
「……す、すごい!!ライブみたい!!」
曲が終わった瞬間、面谷は興奮気味に拍手を送った。
一方の浦瀬は、パソコンを見て頭を抱えていた。
「んー……どうしよ」
その様子に、一芽が不安げに聞いた。
「どっか変なとこあった?」
「いや……何回か撮り直して一番いいの選ぶはずだったんだけど、二人とも完璧で……」
その言葉を聞いて、一芽と俺はハイタッチした。
「『文通P』からの一発オッケーやったー!!」
「リアルでその呼び方やめろ」
一芽が言った聴き慣れない単語を、浦瀬は否定する。
思わず笑って聞いた。
「『文通P』? 何だそれ」
「キラくんが昔個人で活動してたとき、リスナーに付けられてた名前。たしか、動画投稿したときのキャプションがめちゃくちゃ手紙みたいだったからだっけ?」
「うるさいな。最初だからどんなふうに書けばいいかわからなかったんだよ」
「ほらこれ。すごく丁寧なんだよ」
「へー」
「おい、先生に見せびらかすな」
一芽にスマホの画面を見せられると、お手本のような丁寧な文面でご挨拶と曲の概要が書いてある。
けれどそれよりも、その投稿の日付がまだ浦瀬が高校生現役のころでビビった。さすがは天才と謳われるだけある。
「浦瀬、育ちがいいもんな」
「別に、普通ですけど?」
「いやいや何言ってんだ、だって中高一貫私立のC南通ってたお坊っちゃんだろ?」
わざわざ否定した浦瀬にニヤッと笑って、そうからかう。
その情報は初耳だったようで、一芽は驚いたように浦瀬を見た。
「そうなの?!」
「だ、だって……親が受験しろって……」
「あと、家タワマンだっけ?」
「別に育ちがいいってわけじゃ……」
否定できない浦瀬は狼狽え、ついに隣の面谷にわざとらしく泣きついた。
「の、臨~、先生がいじめるぅ~」
「き、キラくんが泣いちゃった!この人でなし!!」
「はは、ごめんって」
そう笑っていると、横から何か視線を感じた。
見ると、一芽はじとっとした目で俺を見ていた。
「ふーん……せーちゃん、誰にでもそうやっていじるんだ」
「い、いや、これはコミュニケーションであって……」
「あはは。真中先生、基本ドSですよね」
一芽の反応を面白く思ったのか、浦瀬は泣き真似をやめて笑う。
「まあ、ドSって本来性癖のサディズムを指す言葉だから、性格悪いって言った方がいいか」
「性格悪いは普通に悪口だろ」
「サディズムって?」
浦瀬の訂正に、一芽は聞き返す。俺を無視するな。
「知らないか? 恋人を痛めつけたり、苦しませたり、支配したりするのに興奮する性癖のこと」
浦瀬の説明に、一芽は感心したように、
「へえー! じゃあせーちゃんはドSであってるんじゃない? この前とか、」
まずいことを言われそうになったので、慌てて手元のギターを弾いた。
「せ、せっかくスタジオ借りてるんだし、駄弁ってないで演奏しないか?」
「そうですね。先生との約束ですし」
浦瀬は俺の言葉に同意して、隣の面谷の肩をポンと叩いた。
「じゃ、臨。ドラムよろしく」
それまで傍観者としてやりとりを見ていた面谷は、一拍置いて飛び上がった。
「ぼぼぼぼぼ僕?!?!?!」
「やれないとは言わせない。お前、中高どっちも吹部でドラムしてたよな?」
「な、なんでそれを……?!もしかして今日は最初からそのつもりで?!」
「察しが良くて助かる。どうせボクが送ったデモ音源、めちゃくちゃ聞いてるんだろ」
浦瀬は満面の笑顔でそう言って、面谷をドラムの方に押しやった。
「そ、そんな、三人ともプロなのに無理だよぉ~~~ドラムなんてもうしばらく叩いてないし」
「つべこべ言わずやれ」
「ハイ………………」
突きつけられたスティックを、面谷はしおしおと受け取る。
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