隣の夜は青い

No.26

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コンプレックスの二乗

05

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   ☆☆☆

 レースカーテン越しに注ぐ、窓からの光で目が覚める。

「うっ……」

 体を起こそうとすると、ずきんと鈍い痛みが腰に走って、ぱたりと仰向けの状態に戻った。
 瞬時に昨夜の情事を思い出して、思わず隣で眠る彼を見た。

(せーちゃん……今回もめちゃくちゃにエロかったな)

 あとオレが思ってたより、かなりドSだった。まさか手首を縛られるとは……。
 けれど引くどころか思い出しただけで顔が熱くなって、また心臓がドキドキしてくる。
 ……ていうか、

(無理矢理されるのってなんか……興奮する……)

 ついそんなことを思ってしまって、慌てて首を横に振る。
 いやいや、オレはノーマルだから。別にMとかそんなんじゃないし?!

(それに……えっちなこともいいけど、もっと話したいな)

 こんなにかっこよくて上手い人と夜を共に過ごせるのは、側から見たらきっと願ったり叶ったりなのだと思うんだけど。
 初日のときみたいに、他愛ない話で笑い合っていたい。もっと、せーちゃんのことが知りたい。

「オレ、やっぱりピュアすぎるのかな……」

 思わずそう呟きながらぼんやり彼の寝顔を見つめていると、せーちゃんが目を開けた。

「……ん……」
「あ、おはよ」

 オレが見つめていたことに気づき、せーちゃんもこちらに向き直った。
 せーちゃんは目を細めて、オレの頬を指で撫で、

「おはよ。……この前も戸成の方が早く起きてたよな」
「睡眠時間短くても大丈夫なんだよね」
「へえ、若者はいいな」
「若者って。二歳しか違わないでしょ」

 お互いに笑い合う。
 けれど、せーちゃんはふわふわとあくびをして、布団をかけなおした。

「眠い……もう少し寝てて良い?」
「うん。朝ごはん食べる? 作っとこうか?」
「ん、たべたい……一芽の……」

 そうまどろみながら言ってすぐ、せーちゃんは寝落ちる。

(……可愛い……)

 すやすやと寝息を立てる彼を見て、ついそんなことを思ってしまう。
 いつもかっこいいのに、こうやってたまに可愛いからずるい。
 せーちゃん、寝起き弱いのかな。ていうか、今オレのこと『一芽』って下の名前で言わなかった?

(ずっと下の名前で呼んでいいのに)

 そう思って、オレもそっと彼の頬を指で撫でた。
 日にあたっていない白い肌。きっと休日も仕事の勉強でいつも忙しんだろう。
 ……すごいなぁ。

「………………」

 とりあえず朝食を準備しようと、オレは起こさないようにそっとベッドから降りた。




「めちゃくちゃ美味しい」
「本当?」

 ピザトーストと野菜スープを作って出すと、せーちゃんはまた喜んで食べてくれた。

「全部うまい。レストランでバイトしてるって言ってたけど、厨房の方で働いてるのか?」
「そうだよ。個人営業のとこなんだけど、まかないの作り方とかも教えてもらってるんだよね」
「へえー」

 そう話しながら、夢中でパンを頬張る彼を見つめる。

「せーちゃんの味の好み、もっと教えてよ。甘いのが好きとか、辛いのが良いとか」
「んー、正直なんでも好きなんだよな。けど甘すぎるのは苦手かも」
「ふんふん」
「あと、和食とか中華が好きかな」
「そうなんだ! 普段もご飯派?」
「いや……最近はあんま食べてなくて……食べるときはコーヒーかヨーグルト」

 それを聞いて、思わず「え……」と声が漏れる。

「ちゃんと食べてよ……夜もあんまり食べないって言ってたよね?毎日それだとほんとに体壊しちゃうよ?」
「……わかってるけど……」

 オレが言うと、せーちゃんは気まずそうに目を逸らす。

「仕事、そんなに忙しいの?」
「結構忙しい。就業時間以外でもすることがあってさ……」

 それを聞いて、ふと良いことが思いついた。

「オレ、隣に住むの来月からだけど……今度から、ごはんオレが作って持ってこようか? せーちゃん、ほっといたら死んじゃいそうだし……」

 そう提案すると、せーちゃんは動揺したようにオレを見た。

「え?! う、嬉しいけど……なに、この、毎朝味噌汁作ってくれの逆バージョンみたいな……」
「プロポーズっていうか介護だと思う」
「あ、ハイ……デイサービス、お願いします……」

 オレがズバッと言い切ると、せーちゃんは大人しく頷いた。

「……けど、それならお礼しないとだよな。もちろん食費は渡すけど、他に俺からできることはないか?」
「え?」

 その話を聞いて、すぐに思い当たることがあった。
 せーちゃんは、高校生の塾の先生だ。それなら……。
 ……いや、けど。

「今のところはないかな。でもこうして話したいから、いつも一緒に食べたい!」
「え、そんな可愛いこと言ってくれんの?」

 せーちゃんはちょっと照れたように笑う。

「じゃあ、なんか他に思いついたときは言えよ」
「……うん」

 オレも、頷いて微笑み返した。
 本当の『お願い』はどうせ無駄だと思って、口には出さなかった。
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