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コンプレックスの二乗
02
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☆☆☆
今週も光の速さで一週間が過ぎ、土曜日が来た。
世間はすっかり来週の十二月二十五日に向けてクリスマスムード。帰り道の一軒家たちも、ベランダや庭にイルミネーションを飾っている。
俺はといえば……クリスマスは特に何も考えていない。
明日の戸成の約束は断り、それ以降ラインは見てなかった。
別に、戸成のことを嫌いになったわけじゃない。
ただ……。
「……音楽なんて……」
俺も実は昔、音楽をやっていたことがある。
けれど高校の半ばでスッパリやめて、真面目に勉強をして国立大学進学。就職して、平均よりも高い月給で働いている。
それでいいと思っている。音楽なんて成功するやつは稀の稀だ。それに、大した金にもならないし。
けれど……いまだに音楽をやってるやつを見ると、なんていうかモヤモヤする。
認めたくないけれど、俺の心のどこかで音楽に対する未練とか、成功しているやつへの嫉妬とか、そう言う気持ちがあるんだ。
今はまだお互いのことを深く知らないから良いかもしれないけど、これ以上関わるのはよくない。だから俺は自分の心の平穏のために、戸成との縁を切った。
(はあ、戸成としたかったな……いや、このこと考えるのはやめだ)
今日こそ、配信されてるAVでも見て機嫌を直そう。そう思って冷たいコンクリートを踏む足を進めた。
しかしアパートに着くと、そこには見覚えのある派手髪の男がいた。
「せーちゃん!」
そう俺のあだ名を呼ぶ彼から、目を逸らす。
そうだ、そういえばこいつは俺の家を知ってたんだ。
「なんだよ、家まで来て……」
「だって、急に約束断って既読もつかないし……オレ、悪いことしたのかなーって」
そう言って、戸成は手元をいじりながら、困ったように目を泳がせる。
しゅんとしている彼も可愛い。……いや違う、俺はもう決めたんだ。
「ワンナイトのつもりだったんだよ。つまりヤリ捨てってこと。怒っていいぞ」
俺は眼鏡を掛け直し、嘘をついてそう最低な男を演じる。
しかし戸成は軽蔑なんてせず、ただ困惑したように俺を見つめていた。
「えっでも、本気になりそうって……それにまた会おうって、あのとき……」
「……っ」
痛いところを突かれる。
……ああそうだよ、お前のこと、ちょっと好きだったよ。
喜怒哀楽が激しくて可愛いし、顔も声も好みだし。夜はそれはもう最高だったし。朝ごはん作ってくれたときは、柄にもなくときめいたし。
……でも。
「……だいたい、家まで来るなんてストーカーかよ」
自分の気持ちに蓋をして、戸成にそう冷たく言う。
けれど戸成は、急に得意げに胸を張って、俺の隣の部屋……以前浜崎さんが住んでいた部屋を指差した。
「大丈夫! オレ、ここに引っ越すことにしたから」
「は……はあ?!」
思わず大きな声が出て、慌てて声を落として詰め寄る。
「ひ、引越し……?! 嘘つくな」
「本当だよ。ほら見て、契約書」
そう言って戸成は、得意げに俺に紙を突きつける。
それは、確かにこのアパートの賃貸云々について書いてあった。
「……な、何で、俺にそこまで……」
お前は今をときめく有名なアーティストなんじゃないのか、他に相手なんていくらでもいるだろ。
って喉まで出かけたけど、それは飲み込んだ。
「だって、オレ……せーちゃんのこと、本気で好きになっちゃったみたいだから」
少し顔を赤らめてそう言ってきた戸成に、俺も心拍数が跳ね上がる。
……いや、何ドキドキしてるんだ。早く振り切れ、俺。
「諦めようって思っても、あの夜のこと思い出したら、全然納得できなくて……ずっとせーちゃんのこと考えちゃうんだ。こんなこと、初めてで……」
けれど俺が逃げる間もなく、戸成は上目遣いで、
「嫌いなら、どこか嫌いかはっきり言ってよ。それで諦めるから……」
「……ッ、ああもう……!」
俺は戸成の腕を掴んで、自分の家に引き入れた。
「…っ、ん、ふ……」
すぐに扉の鍵を閉め、玄関の壁に戸成を押さえつけてキスをする。
「ん、ッ」
上顎を舐めると、びくりと戸成の腰が震えたのがわかった。
強くて抱きしめて、もっと深くキスをする。戸成もそれに応えて、俺の腰に手を回した。
まだ暖房もつけていないのに、戸成の熱でだんだんと体の芯が熱くなっていく。
しばらくそうしてから口を離す。かけていた仕事用の眼鏡もポケットにしまって、裸眼で彼を見下ろした。
「その……知ったんだ、お前が歌手だってこと」
俺の言葉に、戸成は目を見開く。
「そ、そっか……オレのこと知って……」
戸成は俯き、俺の腰から手を離した。
けれどその次に出た言葉は、予想もしていない話だった。
「……オレなんて、頭良いせーちゃんとじゃ釣り合わないよね」
「え?」
「歌手とか、この先もずっと売れるかわからないし……塾の先生みたいにちゃんとした職業じゃないしさ」
「ち、違う、そういう話じゃない!」
戸成の肩を掴み、彼の視線を引き上げさせる。
俺は正直に話した。
「俺も、昔音楽やってたんだ」
「……せーちゃんが?」
「ああ。だからお前が音楽やってるって知って、昔のこと思い出すのが嫌だったんだ。……お前のことを軽蔑してるわけじゃないし、別に嫌いになったわけじゃない」
気まずい思いで、そう言い終える。
けれど戸成は目を瞬かせ、そして驚いたように言った。
「『嫌いになったわけじゃない』? ……オレのこと、す、好きだったってこと?!」
「違っ、おい、都合よくとるのやめろ! 『キライじゃない』だけだ!」
まるで子犬のような純粋無垢な目をして喜ぶ戸成に、俺は必死に否定する。
けれど俺の本心は戸成のことを嫌いになれなくて……それに身体が触れていると、またキス以上のこともしたくなってしまう。
「じゃあ、せーちゃんと一緒のときは音楽の話はしない。せーちゃんはオレのこと、ただのフリーターの年下だと思ってよ」
「…………」
「それでもダメ?」
その条件は長続きしない気がする。けれど、そんな今後のことを考えて断る冷静さが、今の俺にはなかった。
戸成が『良い』と言っているのに、なんでダメなのかと、そんなに重要なことかと、俺の身体……というか下半身がずっと訴えている。
「せーちゃん?」
「……いいよ、とりあえず、それで試しに付き合おう」
ああ、今日が土曜日じゃなかったら、俺ももう少し賢かっただろうに。
今週も光の速さで一週間が過ぎ、土曜日が来た。
世間はすっかり来週の十二月二十五日に向けてクリスマスムード。帰り道の一軒家たちも、ベランダや庭にイルミネーションを飾っている。
俺はといえば……クリスマスは特に何も考えていない。
明日の戸成の約束は断り、それ以降ラインは見てなかった。
別に、戸成のことを嫌いになったわけじゃない。
ただ……。
「……音楽なんて……」
俺も実は昔、音楽をやっていたことがある。
けれど高校の半ばでスッパリやめて、真面目に勉強をして国立大学進学。就職して、平均よりも高い月給で働いている。
それでいいと思っている。音楽なんて成功するやつは稀の稀だ。それに、大した金にもならないし。
けれど……いまだに音楽をやってるやつを見ると、なんていうかモヤモヤする。
認めたくないけれど、俺の心のどこかで音楽に対する未練とか、成功しているやつへの嫉妬とか、そう言う気持ちがあるんだ。
今はまだお互いのことを深く知らないから良いかもしれないけど、これ以上関わるのはよくない。だから俺は自分の心の平穏のために、戸成との縁を切った。
(はあ、戸成としたかったな……いや、このこと考えるのはやめだ)
今日こそ、配信されてるAVでも見て機嫌を直そう。そう思って冷たいコンクリートを踏む足を進めた。
しかしアパートに着くと、そこには見覚えのある派手髪の男がいた。
「せーちゃん!」
そう俺のあだ名を呼ぶ彼から、目を逸らす。
そうだ、そういえばこいつは俺の家を知ってたんだ。
「なんだよ、家まで来て……」
「だって、急に約束断って既読もつかないし……オレ、悪いことしたのかなーって」
そう言って、戸成は手元をいじりながら、困ったように目を泳がせる。
しゅんとしている彼も可愛い。……いや違う、俺はもう決めたんだ。
「ワンナイトのつもりだったんだよ。つまりヤリ捨てってこと。怒っていいぞ」
俺は眼鏡を掛け直し、嘘をついてそう最低な男を演じる。
しかし戸成は軽蔑なんてせず、ただ困惑したように俺を見つめていた。
「えっでも、本気になりそうって……それにまた会おうって、あのとき……」
「……っ」
痛いところを突かれる。
……ああそうだよ、お前のこと、ちょっと好きだったよ。
喜怒哀楽が激しくて可愛いし、顔も声も好みだし。夜はそれはもう最高だったし。朝ごはん作ってくれたときは、柄にもなくときめいたし。
……でも。
「……だいたい、家まで来るなんてストーカーかよ」
自分の気持ちに蓋をして、戸成にそう冷たく言う。
けれど戸成は、急に得意げに胸を張って、俺の隣の部屋……以前浜崎さんが住んでいた部屋を指差した。
「大丈夫! オレ、ここに引っ越すことにしたから」
「は……はあ?!」
思わず大きな声が出て、慌てて声を落として詰め寄る。
「ひ、引越し……?! 嘘つくな」
「本当だよ。ほら見て、契約書」
そう言って戸成は、得意げに俺に紙を突きつける。
それは、確かにこのアパートの賃貸云々について書いてあった。
「……な、何で、俺にそこまで……」
お前は今をときめく有名なアーティストなんじゃないのか、他に相手なんていくらでもいるだろ。
って喉まで出かけたけど、それは飲み込んだ。
「だって、オレ……せーちゃんのこと、本気で好きになっちゃったみたいだから」
少し顔を赤らめてそう言ってきた戸成に、俺も心拍数が跳ね上がる。
……いや、何ドキドキしてるんだ。早く振り切れ、俺。
「諦めようって思っても、あの夜のこと思い出したら、全然納得できなくて……ずっとせーちゃんのこと考えちゃうんだ。こんなこと、初めてで……」
けれど俺が逃げる間もなく、戸成は上目遣いで、
「嫌いなら、どこか嫌いかはっきり言ってよ。それで諦めるから……」
「……ッ、ああもう……!」
俺は戸成の腕を掴んで、自分の家に引き入れた。
「…っ、ん、ふ……」
すぐに扉の鍵を閉め、玄関の壁に戸成を押さえつけてキスをする。
「ん、ッ」
上顎を舐めると、びくりと戸成の腰が震えたのがわかった。
強くて抱きしめて、もっと深くキスをする。戸成もそれに応えて、俺の腰に手を回した。
まだ暖房もつけていないのに、戸成の熱でだんだんと体の芯が熱くなっていく。
しばらくそうしてから口を離す。かけていた仕事用の眼鏡もポケットにしまって、裸眼で彼を見下ろした。
「その……知ったんだ、お前が歌手だってこと」
俺の言葉に、戸成は目を見開く。
「そ、そっか……オレのこと知って……」
戸成は俯き、俺の腰から手を離した。
けれどその次に出た言葉は、予想もしていない話だった。
「……オレなんて、頭良いせーちゃんとじゃ釣り合わないよね」
「え?」
「歌手とか、この先もずっと売れるかわからないし……塾の先生みたいにちゃんとした職業じゃないしさ」
「ち、違う、そういう話じゃない!」
戸成の肩を掴み、彼の視線を引き上げさせる。
俺は正直に話した。
「俺も、昔音楽やってたんだ」
「……せーちゃんが?」
「ああ。だからお前が音楽やってるって知って、昔のこと思い出すのが嫌だったんだ。……お前のことを軽蔑してるわけじゃないし、別に嫌いになったわけじゃない」
気まずい思いで、そう言い終える。
けれど戸成は目を瞬かせ、そして驚いたように言った。
「『嫌いになったわけじゃない』? ……オレのこと、す、好きだったってこと?!」
「違っ、おい、都合よくとるのやめろ! 『キライじゃない』だけだ!」
まるで子犬のような純粋無垢な目をして喜ぶ戸成に、俺は必死に否定する。
けれど俺の本心は戸成のことを嫌いになれなくて……それに身体が触れていると、またキス以上のこともしたくなってしまう。
「じゃあ、せーちゃんと一緒のときは音楽の話はしない。せーちゃんはオレのこと、ただのフリーターの年下だと思ってよ」
「…………」
「それでもダメ?」
その条件は長続きしない気がする。けれど、そんな今後のことを考えて断る冷静さが、今の俺にはなかった。
戸成が『良い』と言っているのに、なんでダメなのかと、そんなに重要なことかと、俺の身体……というか下半身がずっと訴えている。
「せーちゃん?」
「……いいよ、とりあえず、それで試しに付き合おう」
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