隣の夜は青い

No.26

文字の大きさ
上 下
6 / 38
コンプレックスの二乗

02

しおりを挟む
   ☆☆☆


 今週も光の速さで一週間が過ぎ、土曜日が来た。

 世間はすっかり来週の十二月二十五日に向けてクリスマスムード。帰り道の一軒家たちも、ベランダや庭にイルミネーションを飾っている。
 俺はといえば……クリスマスは特に何も考えていない。
 明日の戸成の約束は断り、それ以降ラインは見てなかった。

 別に、戸成のことを嫌いになったわけじゃない。
 ただ……。

「……音楽なんて……」

 俺も実は昔、音楽をやっていたことがある。
 けれど高校の半ばでスッパリやめて、真面目に勉強をして国立大学進学。就職して、平均よりも高い月給で働いている。
 それでいいと思っている。音楽なんて成功するやつは稀の稀だ。それに、大した金にもならないし。

 けれど……いまだに音楽をやってるやつを見ると、なんていうかモヤモヤする。
 認めたくないけれど、俺の心のどこかで音楽に対する未練とか、成功しているやつへの嫉妬とか、そう言う気持ちがあるんだ。
 今はまだお互いのことを深く知らないから良いかもしれないけど、これ以上関わるのはよくない。だから俺は自分の心の平穏のために、戸成との縁を切った。

(はあ、戸成としたかったな……いや、このこと考えるのはやめだ)

 今日こそ、配信されてるAVでも見て機嫌を直そう。そう思って冷たいコンクリートを踏む足を進めた。


 しかしアパートに着くと、そこには見覚えのある派手髪の男がいた。

「せーちゃん!」

 そう俺のあだ名を呼ぶ彼から、目を逸らす。
 そうだ、そういえばこいつは俺の家を知ってたんだ。

「なんだよ、家まで来て……」
「だって、急に約束断って既読もつかないし……オレ、悪いことしたのかなーって」

 そう言って、戸成は手元をいじりながら、困ったように目を泳がせる。
 しゅんとしている彼も可愛い。……いや違う、俺はもう決めたんだ。

「ワンナイトのつもりだったんだよ。つまりヤリ捨てってこと。怒っていいぞ」

 俺は眼鏡を掛け直し、嘘をついてそう最低な男を演じる。
 しかし戸成は軽蔑なんてせず、ただ困惑したように俺を見つめていた。

「えっでも、本気になりそうって……それにまた会おうって、あのとき……」
「……っ」

 痛いところを突かれる。
 ……ああそうだよ、お前のこと、ちょっと好きだったよ。
 喜怒哀楽が激しくて可愛いし、顔も声も好みだし。夜はそれはもう最高だったし。朝ごはん作ってくれたときは、柄にもなくときめいたし。
 ……でも。

「……だいたい、家まで来るなんてストーカーかよ」

 自分の気持ちに蓋をして、戸成にそう冷たく言う。
 けれど戸成は、急に得意げに胸を張って、俺の隣の部屋……以前浜崎さんが住んでいた部屋を指差した。

「大丈夫! オレ、ここに引っ越すことにしたから」
「は……はあ?!」

 思わず大きな声が出て、慌てて声を落として詰め寄る。
 
「ひ、引越し……?! 嘘つくな」
「本当だよ。ほら見て、契約書」

 そう言って戸成は、得意げに俺に紙を突きつける。
 それは、確かにこのアパートの賃貸云々について書いてあった。

「……な、何で、俺にそこまで……」

 お前は今をときめく有名なアーティストなんじゃないのか、他に相手なんていくらでもいるだろ。
 って喉まで出かけたけど、それは飲み込んだ。

「だって、オレ……せーちゃんのこと、本気で好きになっちゃったみたいだから」

 少し顔を赤らめてそう言ってきた戸成に、俺も心拍数が跳ね上がる。
 ……いや、何ドキドキしてるんだ。早く振り切れ、俺。

「諦めようって思っても、あの夜のこと思い出したら、全然納得できなくて……ずっとせーちゃんのこと考えちゃうんだ。こんなこと、初めてで……」

 けれど俺が逃げる間もなく、戸成は上目遣いで、

「嫌いなら、どこか嫌いかはっきり言ってよ。それで諦めるから……」
「……ッ、ああもう……!」

 俺は戸成の腕を掴んで、自分の家に引き入れた。



「…っ、ん、ふ……」

 すぐに扉の鍵を閉め、玄関の壁に戸成を押さえつけてキスをする。

「ん、ッ」

 上顎を舐めると、びくりと戸成の腰が震えたのがわかった。
 強くて抱きしめて、もっと深くキスをする。戸成もそれに応えて、俺の腰に手を回した。
 まだ暖房もつけていないのに、戸成の熱でだんだんと体の芯が熱くなっていく。
 しばらくそうしてから口を離す。かけていた仕事用の眼鏡もポケットにしまって、裸眼で彼を見下ろした。

「その……知ったんだ、お前が歌手だってこと」

 俺の言葉に、戸成は目を見開く。

「そ、そっか……オレのこと知って……」

 戸成は俯き、俺の腰から手を離した。
 けれどその次に出た言葉は、予想もしていない話だった。

「……オレなんて、頭良いせーちゃんとじゃ釣り合わないよね」
「え?」
「歌手とか、この先もずっと売れるかわからないし……塾の先生みたいにちゃんとした職業じゃないしさ」
「ち、違う、そういう話じゃない!」

 戸成の肩を掴み、彼の視線を引き上げさせる。
 俺は正直に話した。

「俺も、昔音楽やってたんだ」
「……せーちゃんが?」
「ああ。だからお前が音楽やってるって知って、昔のこと思い出すのが嫌だったんだ。……お前のことを軽蔑してるわけじゃないし、別に嫌いになったわけじゃない」

 気まずい思いで、そう言い終える。
 けれど戸成は目を瞬かせ、そして驚いたように言った。

「『嫌いになったわけじゃない』? ……オレのこと、す、好きだったってこと?!」
「違っ、おい、都合よくとるのやめろ! 『キライじゃない』だけだ!」

 まるで子犬のような純粋無垢な目をして喜ぶ戸成に、俺は必死に否定する。
 けれど俺の本心は戸成のことを嫌いになれなくて……それに身体が触れていると、またキス以上のこともしたくなってしまう。

「じゃあ、せーちゃんと一緒のときは音楽の話はしない。せーちゃんはオレのこと、ただのフリーターの年下だと思ってよ」
「…………」
「それでもダメ?」

 その条件は長続きしない気がする。けれど、そんな今後のことを考えて断る冷静さが、今の俺にはなかった。
 戸成が『良い』と言っているのに、なんでダメなのかと、そんなに重要なことかと、俺の身体……というか下半身がずっと訴えている。

「せーちゃん?」
「……いいよ、とりあえず、それで試しに付き合おう」

 ああ、今日が土曜日じゃなかったら、俺ももう少し賢かっただろうに。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

どうして、こうなった?

yoyo
BL
新社会として入社した会社の上司に嫌がらせをされて、久しぶりに会った友達の家で、おねしょしてしまう話です。

【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集

あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。 こちらの短編集は 絶対支配な攻めが、 快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす 1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。 不定期更新ですが、 1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 書きかけの長編が止まってますが、 短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。 よろしくお願いします!

催眠アプリ(???)

あずき
BL
俺の性癖を詰め込んだバカみたいな小説です() 暖かい目で見てね☆(((殴殴殴

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...