2 / 21
episode1 四年経っても治らない
02
しおりを挟む
「花畑(はなはた)くん。これ、御崎(みざき)先生のところに届けてもらえる?」
病棟の仕事にも少し慣れてきた、四月中旬のある日の午後。
上司の女事務員にそう言われ、書類を手渡された。
花畑は俺の苗字だけど、もう一方は聞いたことのない名前で、聞き返した。
「御崎先生、ですか?」
「そう、循環器内科の先生よ。もし診察中だったら受付に預けてもらっていいから」
すると、その上司の話を横で聞いていた、別の女事務員の先輩二人は顔を輝かせ、
「御崎先生ですか?! いいなあ、最近入った循環器科の先生ですよね。若くてすごくイケメンらしいじゃないですか!」
「花畑くんはまだ新人だしぃ、ここは私たちに行かせてくれませんか?」
そう言う先輩たちを、上司は冷たい目で見て、
「あなたたちだとそういう不純な動機があるから、花畑くんに行かせるのよ! それに、花畑くんには先生たちのいる場所も早く覚えて欲しいし」
「え~」
「いいなあ花畑くん」
「あはは…」
不満げな声を上げる先輩たちに、どう対応していいのか分からず苦笑いが出る。
とりあえず、言われたとおり、書類を持って、内科のフロアまで足を運んだ。
そして、『御崎 蒼』と書かれたプレートの診察室を見つけて、足を止める。
ドアは開いていたので、壁をノックして呼びかける。
「御崎先生、書類を届けにきました」
「はい、どうぞ」
そして、その御崎先生の姿を見て――オレは思考が止まった。
「……アオイ?」
その人は、紛れもなくアオイであったからだ。
アオイも、オレを見て目を見開いた。
「ソラ?」
その声も、アオイそのもので。やっぱり……やっぱりそうだ!
アオイも、口をぽかんと開けたまま、オレを見つめている。
「あら、お友達なの?」
近くにいた看護師のおばさんが、そう聞いてきて、オレはハッと我に返った。
「ええっと、まあ」
「はい。……まさか、事務に……偶然だな」
アオイは、そう言ってオレの名札を見たので、オレも頷いた。
「いや、オレもまさか……」
改めて、アオイを見る。
すごくすごく、白衣が似合っていた。
「……医者になってたなんて」
そう言うと、アオイはニヤッと笑った。
その笑顔がやっぱり好きで、胸が熱くて死にそうになっていると、看護師のおばさんが優しく言った。
「けど二人共、お仕事中でしょう?」
「あっ、はい!」
そうだ、そういえば仕事中だった。
慌てて立ち去ろうとしたら、アオイに呼び止められた。
「ソラ! 仕事、何時に終わる?」
「え? 五時だけど……」
「もし良かったら、終わった後、下のカフェで待っててくれないか?」
アオイの誘いに、すぐに頷いた。
「わかった!!」
けれど、急にカフェなんて誘われて、白衣のアオイがあまりにもかっこよすぎて、もう頭がパニックになって、真っ白になった。
そのままフラフラと仕事場に戻ったら、さっきの先輩たちが待ってましたとばかりにオレに話しかけてきた。
「花畑くん、御崎先生に会えた?!」
「ねぇ、どんな人だった?!」
「っ……え、えっと」
「こらこら、仕事しなさい、仕事!」
流石に『昔オレとセフレだったイケメンでした』なんて答えられず、オレがどもっていると、上司が叱ってくれたので、このときばかりは上司が大好きになった。
午後の仕事は、それはもう集中出来ずに失敗しまくり、上司にそれはもう叱られ、精神が疲弊したあと。
アオイとの待ち合わせの場所である、病院に併設されているカフェに来た。
五時半。ドキドキしながらアイスコーヒーを飲んでいると、上から声がした。
「ソラ、お待たせ」
振り返ると、そこには白衣を着ていないアオイがいた。
「いや、えっと、全然待ってないよ!」
慌ててそう答えると、アオイは優しく微笑んだ。
アオイはホットのコーヒーを買ってきて、オレの前に座った。
「ソラ……宇宙の宙って書くのか。いい名前だな」
オレの名札を見て、アオイは微笑む。
そういえば、名札をつけっぱなしだった。
「アオイは、プレートに書かれてた漢字であってる?」
「そうだよ。草冠の蒼」
名札を鞄に仕舞っていると、蒼はオレの顔を見て言った。
「宙、また会えて、すごく嬉しい」
その言葉に、胸がドキドキする。
けど、それはどういう意味で言ってるんだろうって、考える頭が沸騰しそうだ。
「オレも、蒼に会えて嬉しい。……あっ、たまたま医療事務を選んだだけで、別に、蒼を追っかけて来たわけじゃないよ!」
慌てて付け加える。好きだったけど、そこまでストーカーみたいなことはしてない。
蒼は笑って言った。
「俺はそれでも嬉しいけど」
「っ……!」
その返答に、言葉に詰まる。体温が上がった気がする。
「……あっはは、ほんとにお前わかりやすいなー! 顔真っ赤!」
蒼はそう笑って、オレの頭をくしゃくしゃ撫でた。
慌てて頬を抑えた。
「う、うるさいな! 子供扱いしないでよ、オレもう社会人三年目だかんね!!」
「そうか、あのソラが社会人かあ。変な感じだなあ」
蒼はニコニコしながらそう言う。馬鹿にしてない?
「蒼は、仕事忙しい?」
「今年入ったばかりだから、今はそんなに。これから担当の患者さんが増えたら、忙しくなるかも」
「ほえー、すごいなあ」
感心して、アイスコーヒーのストローをくわえる。
「なあ宙、今付き合ってる人とかいるか?」
だけど突然そう聞かれて、むせた。
「いっ……いないけど」
「セフレは?」
「いないよ!」
カフェなんだから、そういうこと、あんまり大きい声で話すなよ!……というオレの気持ちをわかってんのかわかってないのか、蒼は微笑んだ。
その蒼の手が、俺の指に触れる。
「俺、宙のことまだ好きなんだけど」
「……!!」
そう言った蒼の目は、真剣そのもので。
その言葉に、指先の温もりに、じわっと、視界が歪んだ。
いろいろ考える前に、答えが先に出た。
「お……オレも……好き、だよ」
病棟の仕事にも少し慣れてきた、四月中旬のある日の午後。
上司の女事務員にそう言われ、書類を手渡された。
花畑は俺の苗字だけど、もう一方は聞いたことのない名前で、聞き返した。
「御崎先生、ですか?」
「そう、循環器内科の先生よ。もし診察中だったら受付に預けてもらっていいから」
すると、その上司の話を横で聞いていた、別の女事務員の先輩二人は顔を輝かせ、
「御崎先生ですか?! いいなあ、最近入った循環器科の先生ですよね。若くてすごくイケメンらしいじゃないですか!」
「花畑くんはまだ新人だしぃ、ここは私たちに行かせてくれませんか?」
そう言う先輩たちを、上司は冷たい目で見て、
「あなたたちだとそういう不純な動機があるから、花畑くんに行かせるのよ! それに、花畑くんには先生たちのいる場所も早く覚えて欲しいし」
「え~」
「いいなあ花畑くん」
「あはは…」
不満げな声を上げる先輩たちに、どう対応していいのか分からず苦笑いが出る。
とりあえず、言われたとおり、書類を持って、内科のフロアまで足を運んだ。
そして、『御崎 蒼』と書かれたプレートの診察室を見つけて、足を止める。
ドアは開いていたので、壁をノックして呼びかける。
「御崎先生、書類を届けにきました」
「はい、どうぞ」
そして、その御崎先生の姿を見て――オレは思考が止まった。
「……アオイ?」
その人は、紛れもなくアオイであったからだ。
アオイも、オレを見て目を見開いた。
「ソラ?」
その声も、アオイそのもので。やっぱり……やっぱりそうだ!
アオイも、口をぽかんと開けたまま、オレを見つめている。
「あら、お友達なの?」
近くにいた看護師のおばさんが、そう聞いてきて、オレはハッと我に返った。
「ええっと、まあ」
「はい。……まさか、事務に……偶然だな」
アオイは、そう言ってオレの名札を見たので、オレも頷いた。
「いや、オレもまさか……」
改めて、アオイを見る。
すごくすごく、白衣が似合っていた。
「……医者になってたなんて」
そう言うと、アオイはニヤッと笑った。
その笑顔がやっぱり好きで、胸が熱くて死にそうになっていると、看護師のおばさんが優しく言った。
「けど二人共、お仕事中でしょう?」
「あっ、はい!」
そうだ、そういえば仕事中だった。
慌てて立ち去ろうとしたら、アオイに呼び止められた。
「ソラ! 仕事、何時に終わる?」
「え? 五時だけど……」
「もし良かったら、終わった後、下のカフェで待っててくれないか?」
アオイの誘いに、すぐに頷いた。
「わかった!!」
けれど、急にカフェなんて誘われて、白衣のアオイがあまりにもかっこよすぎて、もう頭がパニックになって、真っ白になった。
そのままフラフラと仕事場に戻ったら、さっきの先輩たちが待ってましたとばかりにオレに話しかけてきた。
「花畑くん、御崎先生に会えた?!」
「ねぇ、どんな人だった?!」
「っ……え、えっと」
「こらこら、仕事しなさい、仕事!」
流石に『昔オレとセフレだったイケメンでした』なんて答えられず、オレがどもっていると、上司が叱ってくれたので、このときばかりは上司が大好きになった。
午後の仕事は、それはもう集中出来ずに失敗しまくり、上司にそれはもう叱られ、精神が疲弊したあと。
アオイとの待ち合わせの場所である、病院に併設されているカフェに来た。
五時半。ドキドキしながらアイスコーヒーを飲んでいると、上から声がした。
「ソラ、お待たせ」
振り返ると、そこには白衣を着ていないアオイがいた。
「いや、えっと、全然待ってないよ!」
慌ててそう答えると、アオイは優しく微笑んだ。
アオイはホットのコーヒーを買ってきて、オレの前に座った。
「ソラ……宇宙の宙って書くのか。いい名前だな」
オレの名札を見て、アオイは微笑む。
そういえば、名札をつけっぱなしだった。
「アオイは、プレートに書かれてた漢字であってる?」
「そうだよ。草冠の蒼」
名札を鞄に仕舞っていると、蒼はオレの顔を見て言った。
「宙、また会えて、すごく嬉しい」
その言葉に、胸がドキドキする。
けど、それはどういう意味で言ってるんだろうって、考える頭が沸騰しそうだ。
「オレも、蒼に会えて嬉しい。……あっ、たまたま医療事務を選んだだけで、別に、蒼を追っかけて来たわけじゃないよ!」
慌てて付け加える。好きだったけど、そこまでストーカーみたいなことはしてない。
蒼は笑って言った。
「俺はそれでも嬉しいけど」
「っ……!」
その返答に、言葉に詰まる。体温が上がった気がする。
「……あっはは、ほんとにお前わかりやすいなー! 顔真っ赤!」
蒼はそう笑って、オレの頭をくしゃくしゃ撫でた。
慌てて頬を抑えた。
「う、うるさいな! 子供扱いしないでよ、オレもう社会人三年目だかんね!!」
「そうか、あのソラが社会人かあ。変な感じだなあ」
蒼はニコニコしながらそう言う。馬鹿にしてない?
「蒼は、仕事忙しい?」
「今年入ったばかりだから、今はそんなに。これから担当の患者さんが増えたら、忙しくなるかも」
「ほえー、すごいなあ」
感心して、アイスコーヒーのストローをくわえる。
「なあ宙、今付き合ってる人とかいるか?」
だけど突然そう聞かれて、むせた。
「いっ……いないけど」
「セフレは?」
「いないよ!」
カフェなんだから、そういうこと、あんまり大きい声で話すなよ!……というオレの気持ちをわかってんのかわかってないのか、蒼は微笑んだ。
その蒼の手が、俺の指に触れる。
「俺、宙のことまだ好きなんだけど」
「……!!」
そう言った蒼の目は、真剣そのもので。
その言葉に、指先の温もりに、じわっと、視界が歪んだ。
いろいろ考える前に、答えが先に出た。
「お……オレも……好き、だよ」
5
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんはお医者さん!?
すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。
如月 陽菜(きさらぎ ひな)
病院が苦手。
如月 陽菜の主治医。25歳。
高橋 翔平(たかはし しょうへい)
内科医の医師。
※このお話に出てくるものは
現実とは何の関係もございません。
※治療法、病名など
ほぼ知識なしで書かせて頂きました。
お楽しみください♪♪

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

こども病院の日常
moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。
18歳以下の子供が通う病院、
診療科はたくさんあります。
内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc…
ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。
恋愛要素などは一切ありません。
密着病院24時!的な感じです。
人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。
※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。
歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。


いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる