アオソラ診察室

No.26

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episode1 四年経っても治らない

02

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「花畑(はなはた)くん。これ、御崎(みざき)先生のところに届けてもらえる?」
 病棟の仕事にも少し慣れてきた、四月中旬のある日の午後。
 上司の女事務員にそう言われ、書類を手渡された。
 花畑は俺の苗字だけど、もう一方は聞いたことのない名前で、聞き返した。
「御崎先生、ですか?」
「そう、循環器内科の先生よ。もし診察中だったら受付に預けてもらっていいから」
 すると、その上司の話を横で聞いていた、別の女事務員の先輩二人は顔を輝かせ、
「御崎先生ですか?! いいなあ、最近入った循環器科の先生ですよね。若くてすごくイケメンらしいじゃないですか!」
「花畑くんはまだ新人だしぃ、ここは私たちに行かせてくれませんか?」
 そう言う先輩たちを、上司は冷たい目で見て、
「あなたたちだとそういう不純な動機があるから、花畑くんに行かせるのよ! それに、花畑くんには先生たちのいる場所も早く覚えて欲しいし」
「え~」
「いいなあ花畑くん」
「あはは…」
 不満げな声を上げる先輩たちに、どう対応していいのか分からず苦笑いが出る。

 とりあえず、言われたとおり、書類を持って、内科のフロアまで足を運んだ。
 そして、『御崎 蒼』と書かれたプレートの診察室を見つけて、足を止める。
 ドアは開いていたので、壁をノックして呼びかける。
「御崎先生、書類を届けにきました」
「はい、どうぞ」
 そして、その御崎先生の姿を見て――オレは思考が止まった。

「……アオイ?」

 その人は、紛れもなくアオイであったからだ。
 アオイも、オレを見て目を見開いた。
「ソラ?」
 その声も、アオイそのもので。やっぱり……やっぱりそうだ!
 アオイも、口をぽかんと開けたまま、オレを見つめている。
「あら、お友達なの?」
 近くにいた看護師のおばさんが、そう聞いてきて、オレはハッと我に返った。
「ええっと、まあ」
「はい。……まさか、事務に……偶然だな」
 アオイは、そう言ってオレの名札を見たので、オレも頷いた。
「いや、オレもまさか……」
 改めて、アオイを見る。
 すごくすごく、白衣が似合っていた。
「……医者になってたなんて」
 そう言うと、アオイはニヤッと笑った。
 その笑顔がやっぱり好きで、胸が熱くて死にそうになっていると、看護師のおばさんが優しく言った。
「けど二人共、お仕事中でしょう?」
「あっ、はい!」
 そうだ、そういえば仕事中だった。
 慌てて立ち去ろうとしたら、アオイに呼び止められた。
「ソラ! 仕事、何時に終わる?」
「え? 五時だけど……」
「もし良かったら、終わった後、下のカフェで待っててくれないか?」
 アオイの誘いに、すぐに頷いた。
「わかった!!」

 けれど、急にカフェなんて誘われて、白衣のアオイがあまりにもかっこよすぎて、もう頭がパニックになって、真っ白になった。
 そのままフラフラと仕事場に戻ったら、さっきの先輩たちが待ってましたとばかりにオレに話しかけてきた。
「花畑くん、御崎先生に会えた?!」
「ねぇ、どんな人だった?!」
「っ……え、えっと」
「こらこら、仕事しなさい、仕事!」
 流石に『昔オレとセフレだったイケメンでした』なんて答えられず、オレがどもっていると、上司が叱ってくれたので、このときばかりは上司が大好きになった。

 午後の仕事は、それはもう集中出来ずに失敗しまくり、上司にそれはもう叱られ、精神が疲弊したあと。
 アオイとの待ち合わせの場所である、病院に併設されているカフェに来た。


 五時半。ドキドキしながらアイスコーヒーを飲んでいると、上から声がした。
「ソラ、お待たせ」
 振り返ると、そこには白衣を着ていないアオイがいた。
「いや、えっと、全然待ってないよ!」
 慌ててそう答えると、アオイは優しく微笑んだ。
 アオイはホットのコーヒーを買ってきて、オレの前に座った。
「ソラ……宇宙の宙って書くのか。いい名前だな」
 オレの名札を見て、アオイは微笑む。
 そういえば、名札をつけっぱなしだった。
「アオイは、プレートに書かれてた漢字であってる?」
「そうだよ。草冠の蒼」
 名札を鞄に仕舞っていると、蒼はオレの顔を見て言った。
「宙、また会えて、すごく嬉しい」
 その言葉に、胸がドキドキする。
 けど、それはどういう意味で言ってるんだろうって、考える頭が沸騰しそうだ。
「オレも、蒼に会えて嬉しい。……あっ、たまたま医療事務を選んだだけで、別に、蒼を追っかけて来たわけじゃないよ!」
 慌てて付け加える。好きだったけど、そこまでストーカーみたいなことはしてない。
 蒼は笑って言った。
「俺はそれでも嬉しいけど」
「っ……!」
 その返答に、言葉に詰まる。体温が上がった気がする。
「……あっはは、ほんとにお前わかりやすいなー! 顔真っ赤!」
 蒼はそう笑って、オレの頭をくしゃくしゃ撫でた。
 慌てて頬を抑えた。
「う、うるさいな! 子供扱いしないでよ、オレもう社会人三年目だかんね!!」
「そうか、あのソラが社会人かあ。変な感じだなあ」
 蒼はニコニコしながらそう言う。馬鹿にしてない?
「蒼は、仕事忙しい?」
「今年入ったばかりだから、今はそんなに。これから担当の患者さんが増えたら、忙しくなるかも」
「ほえー、すごいなあ」
 感心して、アイスコーヒーのストローをくわえる。
「なあ宙、今付き合ってる人とかいるか?」
 だけど突然そう聞かれて、むせた。
「いっ……いないけど」
「セフレは?」
「いないよ!」
 カフェなんだから、そういうこと、あんまり大きい声で話すなよ!……というオレの気持ちをわかってんのかわかってないのか、蒼は微笑んだ。
 その蒼の手が、俺の指に触れる。
「俺、宙のことまだ好きなんだけど」
「……!!」
 そう言った蒼の目は、真剣そのもので。
 その言葉に、指先の温もりに、じわっと、視界が歪んだ。
 いろいろ考える前に、答えが先に出た。
「お……オレも……好き、だよ」
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