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 それからまた歩いて、騎士団の拠点や、王宮の場所を軽く紹介された後。使用人たちが寝泊まりしている寮へ来た。
 質素なホテルみたいになっていて、カウンターには先程のメイド長がいる。
 ロゼに連れられ、カウンターの前に行く。

「メイド長、改めて紹介する。本日付けで宮廷画家として、王城の一員になったセキだ」
「あら、さっき一緒にいらした可愛らしい方」

 メイド長は、オレを見下ろしてにっこり笑う。

「あはは可愛いなんて」

 照れるなあ。知ってるけど。
 隣のロゼはメイド長とオレを見比べ、まるでその評価は信じられないと言いたげな目で見ていた。何だよ。可愛いだろ!?

「国王様からお話は伺っておりますわ。優秀な画家さんがいらしたとお喜びなさっていました」

 メイド長は引き出しを開け、一つの鍵を取り出した。

「こちらはお部屋の鍵。五階の一番西の部屋。今、画家はセキさんしかいませんから、一部屋お好きに使ってよろしいですよ」
「ほんとに? やったぜ」

 ルームメートがいないのは、気が楽でいいね。
 喜ぶオレを、ロゼはジトっとした目で見た。

「はしゃぎすぎて、寮を追い出されないようにな」
「いや一人でそんなに騒がないよ?! オレのことなんだと思ってるんだよ!」
「というわけで、全ての案内は終わった。セキ、明日の朝十時にアトリエに来い。わかったな。私はこれにて失礼する」
「ちょっとスルーしないでってば!!」
「まあまあロゼさん」

 出口に向かおうとするロゼを、メイド長が呼び止めた。

「もうお夕食の時間だし、ついでに食べて帰ったらどうかしら?」
「そうか……それもそうだな」

 ロゼは足を止め、頷く。メイド長はオレの方を見た。

「セキさんもどうでしょう? 王城で働く人は皆、無償でここの食堂を利用できますのよ」
「へえ、つまりタダ?」
「つまりタダです」

 タダ飯につられて、ロゼに着いて食堂に向かった。

 食堂の入り口に立つと、ふわりといい匂いが鼻をかすめた。急にお腹が空いてきた。
 寮の食堂は、高校や大学にあるような食堂と似ていた。大きな部屋に、大きなテーブルとたくさんの椅子がある。
 学食と違うのは、食券販売機が無くて、列に並ぶとメイドさんがそのままご飯をよそってくれる点だ。
 『今日のメニュー』という文字の下に、お品書きが書かれている。今日はラザニアとグリル野菜らしい。イタリアンっぽい!
 ロゼは四角い木製のお盆を二枚とって、オレに一枚くれた。

「食べられないものはあるか? 事前に言えば除いてもらえるけれど」
「ううん。好き嫌い特にないから、大丈夫!」

 この世界のご飯は、初めて食べるけど。虫料理とかじゃなさそうだし、いけるだろ! と過信。
 メイドさんがラザニアをよそって、お皿にのせてくれる。なんか学校の給食みたい。懐かしいな。
 ラザニアにはミートソースとナスが入っていて、チーズがたっぷりかかってる。作りたてなのか、ほんのり湯気が出ていた。めっちゃ美味しそう!
 食堂はにぎわっていて、席も大半埋まってきていた。
 ロゼは誰もいない六人テーブルの隅に、自分のお盆を置く。
 オレはその正面に着いた。

「前、座っていいよね?」
「嫌だ。仲良しだと思われるだろう?」
「えーん冷たいなあ。オレまだここに友達いないんだからさあ」
「しょうがないなあ……」

 泣きまねをすると、ロゼはちょっと笑って頷いた。やったね。

「いただきます」
「いただきまーす」

 手を合わせてそう言って、早速フォークを使ってラザニアを口に運んだ、その時だった。

「ここ、良いですか? 他に席が空いていなくて」

 聞き覚えのある声が、上から降ってきた。
 見上げると、テーブルのそばに、あの王立研究所で会った青年・ルイが立っていた。

「どうぞ。誰もこないので」

 オレが答える前に、ロゼが承諾を出した。
 ルイは少し頭を下げて、ロゼの隣を一席空けた椅子、つまりオレの対角側に座った。
 ……な、何でよりによってお前が来るんだよ! せっかくロゼと二人で食べて、あわよくば好感度を上げたかったのにー!
 そんな思いはルイには届かず、彼は食事を始めた。
 ロゼはルイから目を離して、オレの方を見て聞いた。

「味はどうだ?」
「ん、めっちゃ美味しいよ。オレ、イタ飯好きだし」

 ロゼに、少し不機嫌に答えたその時。
 ガタンと、椅子が鳴った。
 音の方を見ると、ルイが驚いた目でオレを見ていた。

「……?」

 オレは首をひねる。
 ロゼも、オレを見て首を傾げていた。

「いためしって?」
「え? だからイタリア料理……」

 説明しかけて、ふと気づく。
 そういや、ここ地球じゃないから、イタリアがないじゃん。

「えっとー、オレの村ではラザニアのことイタ飯って言うんだよねー」
「へえ、そんな方言があるのか。初めて聞いた」

 ロゼはそれで納得したようだったが、ルイはちらちらとオレを見ていた。何だよ。
 何か文句を言おうと思って、口を開いたその時、さっきのメイド長が現れた。

「ルイ様……こほん、ルイさん、それにセキさん。お食事中申し訳ないのですが、皆様に紹介したいので、壇上に上がっていただけませんか?」

 メイド長さんは美人だから好きだけど、このときばかりはタイミングが悪い。ちっ、折角文句ついでに、悪口言ってやろうとしてたのに。
 ルイはオレをもう一度目で見てからフォークを置いて、頷く。

「わかりました」
「いいよ、行くよ」 

 気を取り直し、オレも笑顔で返事をした。

 二人でメイド長についていく。壁際に段が一つ上がっている、ちょっとしたステージみたいなところがあった。
 三人でそこに上がると、ざわざわしていた食堂が、だんだん静かになっていく。
 改めて見渡すと、食堂にはいろんな人がいた。私服の人も多いけど、高そうな服を着ている初老がひとつのテーブルに集まっていたり、騎士のマントを着ている人も数人いたり。
 ざっと百人の目がこちらに向き始め、少し緊張する。
 ほとんど誰の声も聞こえなくなってから、メイド長がこほんと一つ、咳払いをした。

「皆さん。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、こちらが先日研究員になられたルイさん、あちらが今日新しく宮廷画家になられたセキさんです」
「よろしくお願いします!」

 オレはそう言って手を振り、ルイは隣で黙って軽く一礼した。
 「ああ、彼が噂の」「やっと画家が」「かっこいい!」「小さい!」とか小声が飛び交って、少しざわめく。誰だ小さいって言ったヤツ、しばくぞ。
 メイド長は先ほどより少し声を張って、続けた。

「ルイさんの部屋は三階、セキさんの部屋は五階です。同じ階の方はよろしくお願いしますね」



「さっきも言ったが、明日は十時にアトリエに来い。今日注文した備品が王都から届いているはずだ」
「ロゼも来るの?」
「それは明日にならないとわからないな」

 食事を終えて、ロゼとそんな話をしながら、人の流れに従って一緒に食堂を出る。
 寮の出口の近くに来たところで、ロゼは足を止めた。

「じゃあ、私は拠点の方に帰る。おやすみ」

 そう言って敬礼して、ニコッと笑う。オレも真似て敬礼して、笑い返した。

「了解、おやすみ! あ、そういえば、ロゼもここの寮に住んでるの?」
「いいや。私は家が城下町にあるから、家から通っているんだ。拠点で寝泊まりすることが多いけどな」
「あ、そうなんだ」

 なるほど、そういう人もいるのか。確かに、お城の人全員がここには住めなさそうだし。
 納得していると、ロゼはジトっとした目でオレを見た。

「言っておくが、女子寮は一階の階段からじゃないと行けないからな。それに階段前のメイドたちの監視の目をくぐらなければ」
「えっ何、くぐり方教えてくれるの?」
「違う!! 忠告だ!!」

 期待したら怒られた。



「やあ、君が新しい宮廷画家の子だね。君の部屋はこっちだよ」

 五階に上がると、食堂での紹介を聞いていたらしい劇団員の人が、そう教えてくれた。
 劇団員、って何でわかったのかと言うと、なんかすごいぎらぎらした真っ黒なマントとタキシードを着ていて、目元に仮面をつけていたからだ。近づいてきたときは変質者かと思ってめちゃくちゃ警戒した。話している感じは普通の人だ。

「トイレは各階の端で、大浴場は地下だよ。大浴場は朝の六時から八時と、夜の二十時から二十四時まで空いてるから、好きな時間に行けるよ」

 タキシード仮面は、身振り手振りしながら説明を続ける。

「俺たち劇団員や楽団員も五階なんだけど、公演の都合で寮に帰ってないことも多いんだ。もしわからないことがあったら、一階の使用人さんたちに聞くといいよ」
「わかったー。色々ありがとう」
「いいってことよ」

 タキシード仮面はニカッと白い歯を見せて笑って、親指を立てた。うわめっちゃイイやつそう。東京ドームシティと渋谷のハロウィン以外で歩いてたら補導されそうな格好してるけど。てかこの格好で飯食ってたのかこいつ。

「じゃあな、おやすみー」

 劇団員は両手でバイバイと手を振りながら、オレの二つ隣の部屋に入った。

「んー、オレも休もう」

 一つ伸びをしてから、さっきもらった鍵を取り出す。
 風呂は寝る前でいいや。そういえば着替えはどうしよう、寝巻きくらいは借りられるかな。
 そう思いながらドアを開けた、そのとき。

 後ろから誰かに押された。

「うあッ?!」

 バランスを崩し、視界が急落、木の床にドタンと倒れる。
 背後でバタリと、扉が閉じる音がした。

「なっ……何だ?! 誰?!」

 慌てて後ろを振り返る。
 扉の前には、あのルイという青年が立っていた。
 何? 何でこいつが……?
 動揺するオレを、ルイは見下ろして、言った。

「お前、何者だ」

 月の光を受けて、ルイの瞳がゆらりと、青白く光った。
 突然の質問に、困惑する。

「な、何者って……こっちのセリフだ! お前、オレに何の用だよ?!」
「良いから答えろ」

 ルイは声を強め、後ろ手でガチャリと中から鍵を閉めた。マジかよ。
 気迫に負けて、思わず正直に答える。

「さっきも言っただろ、新しく宮廷画家になったセキだよ」
「どこから来た」
「ど、どこって……」

 間髪を入れずに聞かれた。しかしその内容に、ハッとする。
 ――もしかして、別の世界から来たことがバレた?
 一瞬ひやりとするが、そんなはずはないと考え直す。
 だって、バレるとしたら――。

「もし心当たりがないのなら、これは聞かなかったことにしてくれ」

 ルイは屈んで、オレに視線を合わせて言った。

「僕は前世、日本に住んでいた」
「なっ……に、日本?!」

 予想外の単語に、バッと人差し指を突きつけた。

「お前も転生者なのか?!」

 オレが叫ぶと、ルイは頷き、そして頭をかかえた。

「やっぱりか……どういうことだ。転生者は僕一人じゃなかったのか?」
「それはこっちの台詞だ! オレの異世界ハッピーライフを邪魔するつもりか?!」
「そんな気はない。僕はただ、」

 ルイがそう言いかけた、そのときだ。

 突然、眩い光が部屋を照らした。
 それは赤と青と白の混ざったような、不思議な色に揺らめく光だった。
 光は窓から溢れている。窓の前に、二人の人影があった。

「――まさか、お姉様も同じことを考えていたなんて」
「やはり双子だ、思考も似ているのだろう」

 光が収まる。そこには二人の女性が立っていた。
 一人はフラルーナ、もう一人はフラルーナによく似た女性。
 フラルーナと違うところは、髪を結っていることと、水色の目をしていること。あと、フラルーナに比べて表情が固い。
 二人は、オレたちに一礼した。

「私はアルコステラの月の女神・フラルーナ」
「私は地球の月の女神・ティロルーナ」

 ……地球の月の女神?

「そうだ。私はそなたの故郷の、地球の月の女神。このフラルーナの姉のような存在だ」

 ティロルーナは、そう答えた。このお姉さんも、オレの心が読めるようだった。
 ……けれど、なんで地球の月の女神が、アルコステラの女神のお姉さんなんだ?

「私とフラの住む、それぞれの『月』は、元々は一つの星だった。しかし遠い昔、銀河の狭間で別れ、長い年月を経て、今は地球とアルコステラの加護の象徴になっている」
「つまり、地球の月とアルコステラの月は、同じ隕石から割れて出来たってこと?」
「地球の現在の科学的観点から言うなら、そういうことになる」

 オレの言葉に、ティロルーナは頷く。
 フラルーナは隣で微笑み、

「お姉様のお話は、いつも難しいわ。とにかく私とお姉様は、離れていても不思議な力で繋がっている。それに、地球とアルコステラを行き来できるの」

 現実的なのか、非現実的なのか、よくわからない。
 けれど、地球人のオレがアルコステラに飛ばされた理由を、今ようやく理解した。
 ティロルーナは、隣のルイを手で示した。

「フラルーナが、魔術とやらに苦労していると聞いてな。私は解決策に、彼――仁上累(にかみるい)という青年を、天の使いとしてアルコステラに転生させたのだ」
「私も同じく魔術に対抗するため、この篠宮積さんを迎えたの」

 フラルーナの言葉に、ルイはオレをちらりと見た。

「つまり、こいつも……」
「そう、ルイさんと同じ境遇よ」

 フラルーナは頷く。

「つまりね、謀ったわけじゃなかったけど、私たちが同じタイミングで同じことを思いついたせいで、天の使いが二人になっちゃったの」
「しかし、別に何も問題はない。得意な分野は違うだろうが、ここはそなたたち二人に協力して頂き、魔術に対抗してもらおう」

 ティロルーナは、真面目な顔でそう言った。
 …………協力???

「オレ、こんな性格悪そうなヤツと協力できる気がしないんですケド」
「はあ?!」

 オレの呟きは小さかったが、本人にはっきり届いていたようで、ルイはキッとオレを睨みつけた。

「僕だってお前みたいな、異世界ハッピーライフとか言ってる頭悪そうな奴と組みたくない」
「は……はあ?! 誰が頭悪そうだって?!?! おら言ってみろよ!!!」
「だからお前のことだよ馬鹿。凄んでも怖くないぞチビ」
「はああチビって言ったな?! 禁句だよそれは!!! 人の体型のことを悪く言うのは良くないって小学校で習わなかったのか?!」
「へえ、やっぱりその身長気にしてたのか。ふん、やーいチービ」

 反論すると、ルイはニヤッと勝ち誇ったように笑い、毒を吐いた。し、死ねーー!! やっぱこいつ性格悪いぞ!!! 小学校からやり直せ!!!

「うむ、問題大いにありだったな」
「どうしましょう、お姉様」
「なに、同じ境遇と使命を持つ者だ。分かり合える日が来るだろう」
「そうよね」

 うんうんと頷き合う二人の女神。いやおい!! 納得するな!! 

「無理だ。分かり合うにも、こいつ身長だけでなく知能まで低そうだからな」
「テメー人を馬鹿にするのも大概にしろよな?!?!」

 半笑いでそう言ったルイに、オレは叫んで、びしっと人差し指を突きつけた。

「協力なんて、こっちからお断りだ!! 転生者はオレ一人で十分だ!!」
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