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ロゼについて、騎士団の拠点へと向かう。
拠点には、とんがり帽子の屋根がついた、トイレットペーパーの芯のような形をした石造りの塔が、全部で三つある。
昨日のロゼの説明によると、屋根の色で見分けがつくようにされていて、第一部隊が緑、第二部隊が青、第三部隊が赤らしい。
周りには、芝生の上で筋トレをしていたり、馬に乗ったりしている隊員らしい男たちが、ざっと十数人いた。
昨日は外側からここまで見ていただけで、中にはいるのは初めてだ。
騎士団の拠点って、どんなところなんだろう? わくわくしながら、赤い屋根の建物――第三部隊の塔に向かうロゼに続く。
すると、ちょうど向かい側から歩いてきた貴族っぽい身なりをした男が、オレたちを見て、隣の同じく貴族っぽい男にひそひそと言った。
「あの娘も騎士団員なのか?」
「ああ、どうやらあの子が噂の、アメーリア家の長女らしいな」
「ふーん、あんな若い女が騎士団に入るなんて、この国も落ちたものだな」
「………………」
そんなことを、ロゼをチラチラと見て言いながら通り過ぎてゆく。
ロゼはいつになくブスッとした顔をして、男たちを完全に無視していた。
けどオレはちょっとイラついて、彼らを振り返ってロゼに聞いた。
「何? あいつら」
「気にするな、ただの噂話が好きな政治家だ」
ロゼは素っ気なく答える。
なるほど、政治家ねえ。
ニヤッと笑って、あいつらに聞こえるような声の大きさで、言った。
「へえ、あんなヤツが政治家やってるなんて、この国も落ちたものだなー」
男たちは直ぐにこっちを振り返ってきた。オレは目が合う前に前を向いて、素知らぬ顔をする。
ロゼは、そんなオレを見て吹き出した。
「ふはっ、全く、セキは……そんな態度で過ごして、いつか職を失っても知らないぞ?」
「えっ、宮廷画家って、政治家に喧嘩売ったらクビになるの?」
「まあ、全ては国王様がお決めになるが、政治家は国王様の直接の部下だから、彼らにセキのことを悪いように告げ口されたら、国王様の印象を損ねる可能性はあるな」
そっか、天皇は象徴の日本とは違って、ここはがっつり王政だもんな。その辺り、今度から気をつけよ。
でも、ロゼに笑顔が戻って、オレは満足だった。
からからと音を立てて、第三部隊の塔の扉が開く。
塔の中を見てまず思った感想は、ここって郵便局? だ。
手前には、木製のカウンターが置かれている。そこを挟んで、一人の図体のデカい隊員が、一般人らしい服の人たちに何か説明をしている。
カウンターの奥には、たくさんの書類棚と机、その中央には上に続く螺旋階段があった。
珍しくてキョロキョロしていると、前にいたロゼが急に声を上げた。
「ピノ!」
視線の先を見ると、一人の男がカウンターに寄りかかって立っていた。
男にしては長めの、ふわふわしたプラチナブロンドの髪。
中性的な、端正な顔立ちをしている美青年だ。年は、オレより少し上だろうか。
片手に杖を持っていて、金の刺繍が沢山施された上等な紫のベストを着ていた。
男はロゼに気づくと、ぱあっと顔を輝かせた。
「ロゼ!」
そう言って男が手を広げると、ロゼは彼の胸に飛び込んだ。
そのまま二人は抱きしめ合う。
「へ…………?」
いや……ど……どちらサマ?!
えっ、ま、まさか、ロゼの、か、彼ッ……?!
呆然としていたとき、ロゼは思い出したようにオレを振り返って、一度男から離れてから言った。
「セキ、紹介する。彼は私の兄、ピノだ」
「そっか~!」
そっか、お兄ちゃんか! そっか~~!! すっげえ安心した!
確かに言われてみれば、目の色がロゼと同じ紫色だ。
オレは満面の笑みで、ピノに手を差し出した。
「初めまして、ロゼのお兄さん! オレはセキ、昨日から新しい宮廷画家として、ここに来ました! ロゼの友達です!!」
「ああ、君が。噂には聞いていますよ、優秀な画家さんだって」
ピノはゆったりそう言って、優しい笑みを浮かべ、オレの手をとって握手してくれた。
お兄さんはどうやら、キビキビはきはきしているロゼとは違って、ふわふわ脱力系みたいだ。
ロゼは隣で、オレを不機嫌そうに見た。
「待て、私とセキがいつ友達になったんだ」
「えー、オレたち友達じゃないの? つれないなぁ」
「そうだよロゼー。みんなお城で働く仲間だよ、みんな仲良くしなきゃ。今日から俺とセキくんも、友達だね」
「うん! 友達友達!」
そう言ってピノとオレは笑い合い、両手をぱちんと合わせる。お兄さんとは波長が合いそうだ。お義兄さんって呼んでいいですか?
ロゼは呆れた目でオレたちを見てから、ピノを見上げて聞いた。
「ピノ、どうして騎士団の拠点にいるんだ?」
「ふふ、それはもちろん、可愛い妹に会いに来たんだよ」
ピノがにこやかにそう言って、ロゼの頭を撫でると、ロゼは困ったような、照れているような笑みを浮かべる。
「そんなことを言ったって、私はごまかせないぞ?」
「なんてね。少し問題が発生したから、隊長に呼ばれたんだ」
ピノはロゼの頭を撫でるのを止め、カウンターの前で話している人たちに目を向けた。
カウンターの前には、中年の男が二人と女が一人。何やら隊員の男と話している。
「――しかし、国王様のご要望は、ドルテ殿のルビーベリーであり……」
「けれど、本当のことなのです。今年はどうも……」
男の一人は麦わら帽子を被っていて、その人が主に受け答えをしている。
しかし麦わら男は途中でピノの視線に気づき、話すのを止めて彼を見た。
「貴方は?」
ピノは麦わら男に、微笑んで言った。
「私は、ピノ・アメーリア。国王様と市民との間を取り持つ政務官です。お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「政務官様でしたか! はい、もちろんです!」
ピノの紹介を聞き、麦わら男は一気に緊張した面持ちになり、姿勢を正した。
……政務官?
「ロゼのお兄ちゃん、ひょっとしてすごく偉い人?」
「いや、すごく、ではないな。大臣の次の次だ」
ロゼに小声で聞くと、そう小声で返される。
いや、それ、十分偉いと思うけど?!
ピノさん、こんなにふわふわした雰囲気なのに、実はすごいエリート?! めちゃくちゃモテそう。
馬鹿みたいな感想を思っている間に、麦わら男はピノに話を始めた。
「私はドルテという者で、ルビーベリーを生産する農家をしています。こちらは私の妻。この男は同じベリー農家の友人スフロです」
麦わら男――ドルテの紹介に、隣の二人は一礼する。
スフロと呼ばれたもう一人の男は、イチゴをいくつか乗せたかごを手に持っていた。
どうやらこの星では、ルビーベリー=イチゴ、ということらしい。
「私は、十年もの間、毎年ルビーベリーを国王様に献上して参りました。しかし……」
「けれど、今年だけ不作だなんて、おかしいじゃあないですか」
ドルテさんがそう言ったとき、先程までドルテたちと話していた隊員の男が、困ったように言った。
その隊員の男は、見た目アラフォー。燃えるような赤い髪を無造作に伸ばし、身体が大きく、髪と同じ色の赤い髭を生やしている。
まるでクマみたいだ。
「他の春の果物は、いつも通りきちんと収められています。それも、今年は豊作であると聞いていますし……」
けれど、話している様子を見ている限り、見た目ほど獰猛な人柄ではなさそうだ。
クマと言っても、人を襲う肉食のクマではなく、のほほんと蜂蜜を食べていそうなクマさん、という感じ。
クマ男はピノを見て、
「ピノ、だから私達は、この男が王との契約を破って、ルビーベリーを別の誰かに売りつけたんじゃないかと疑っているんだ」
「なるほど……わかりました、隊長」
ピノはそう頷いた。
『隊長』、という言葉に、改めてクマ男を見ると、その胸には金の勲章があった。
隣のロゼに、また小声で聞いた。
「あのクマさんみたいな人が、ここの隊長?」
「ふふ、クマさん……そうだ。彼が第三騎士団の隊長、カベルネだ」
クマ、という表現が面白かったのか、ロゼは少し笑ってから、カベルネ隊長を見上げる。その眼差しは尊敬に満ちていた。
ドルテさんは困った様子で、カベルネ隊長とピノを交互に見上げる。
「どうにか、スフロの畑のルビーベリーでお許しを頂けないでしょうか? 彼の畑のルビーベリーも、とても上質で……」
「まあ、最終的には、そうするしかなくなるでしょうが……」
ピノは、考え込むように顎に手を当てる。
さっきのふわふわした雰囲気はいつの間にか消え失せて、その表情は真剣そのものだった。
「確かに、春の果物で不作であるのは、ドルテさんのルビーベリーだけ。それに、スフロさんの畑のルビーベリーはこうして実っている。つまり、原因はドルテさんの畑にあるはず……その原因が見つかれば、こちらも納得できますし、来年もこのような事態を防げるはずです」
そこまで言って、ドルテさんを見た。
「ドルテさん。畑の周りで、何か例年と変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……」
ドルテさんは呟き、後ろで奥さんとスフロさんとも顔を合わせる。
すると、奥さんが言った。
「そういえば、今年は蜂避けの薬を撒きましたわよねぇ」
「そうだな。けれど蜂がいないこととルビーベリーが実ることは関係ないだろう? むしろ、子供たちが蜂に刺されなくてよかった」
そのドルテさんの言葉に、一連の話を聞いていたオレは、思わず口走った。
「関係、あると思うけど」
皆が、一斉にオレの顔を見た。
……ヤバイヤバイヤバイ、皆が皆、注目してくるとは思わなかった。
思わず視線を泳がせて、保険をかける。
「あ! いや、ちょっと思い当たることがあっただけで……」
「セキ、何か知っているのか?」
「だって、ほら……蜂って花粉を運ぶじゃん?」
ロゼに聞かれて、中学校の理科の教科書の内容をぼんやり思い出して、そう答える。
植物の実が実るには、受粉が必要。
蜂は、花の蜜を集めるときに、その受粉の手助けをしている。
だから、蜂がいなくなっちゃったら、受粉ができなくて、実が上手くできないんじゃない?
そう思って言ったけれど、ロゼは首を傾げた。
「花粉を、運ぶ?」
「え?」
聞き返してきたロゼをまじまじと見るが、冗談でとぼけているわけではなさそうだった。
いや、けれど、ロゼは十七歳って言っていたはずだ。流石に、これくらいのことは……。
っていうか、見渡してみたら、ロゼだけじゃなく、ピノもカベルネ隊長もドルテさんも、不思議そうな顔をしてる。
え? なんでみんな、ピンとこないの?
「それは、僕から説明しよう」
突然、入口からそんな声が聞こえて、はっと振り返った。
そのはきはきとした男の声を、オレは知っている。
「ルイ?!」
そう、あいつだ。あの、顔よしスタイルよし性格最悪男だ。
ルイは、昨日初めて会った時と同じ、白衣のような服を着ている。
なんでこいつが騎士団の詰所に?!
突然の登場に驚いているオレを、ルイは一度見てから、再びカベルネ隊長を見て言った。
「僕が王立研究所の研究員、ルイだ」
「ああ、ルイ君、よく来てくれた。彼は私が呼んだんだ。研究員の人なら、我々より植物について詳しいと思ってね」
「なるほど、賢明です。それで研究員さん、説明というのは?」
カベルネ隊長の言葉に、ピノは微笑み、そしてルイに信頼の目を向けて聞いた。
このルイって人、性格悪いですよって大声で教えてあげたい。……いや、やり返されそうだからしないけど。
ルイは、持っていた紙を広げた。
「最新の、王立研究所の研究結果だ」
紙には、ただ線で書かれただけの、簡略化された花の断面図が描かれている。
ルイは、その図を指差し、
「果物が実るには、花粉がこの、花の中心に付着する必要がある」
うんうん、なるほどなるほど。これなら、小学生にもわかりそう。
王立研究所って、つまり理科の実験みたいなことしてるのか。じゃあ、研究員になれたルイは、元々理科が得意だったのかな。
年もオレとそう変わらないだろうし、前世は理系の大学生、とか? ……いや、別にどうだっていいけど。
ルイのことは考えるのをやめて、振り返ると、しかしドルテさんたちは揃って首を傾げていた。
「ええっと……どこが花ですか?」
マジか。そっからかよ。
ルイを再び見ると、彼は不満そうに眉を潜める。露骨に不機嫌になるなよ、性格悪いのバレるぞ。
そして彼は、
「おい、画家」
それだけ言った。
がか? 一瞬、何のことを言ったのか理解できなかったが、ロゼに背中を小突かれて、初めて自分のことだと気がついた。
「セキ、呼ばれてるぞ」
「はっ! ……いや、は?! 何?!」
ルイに駆け寄って睨み付けると、彼はポケットから羽ペンとインクを取り出し、そしてさっきの紙の裏側と合わせて、オレに差し出した。
ようやく、その意図を察した。
「もしかして、花の絵を描けばいいの?」
「ああ。写実的じゃないと、農民共には伝わらないみたいだ」
農民共。いや、ドルテさんたちはそれはもう農民共だけど。こいつ一般市民をなんだと思ってんだ。何様だ。独裁者か?
ルイは、嫌そうな目でオレを見下ろし、
「お前がどれくらい絵が描けるのかは知らないが、僕よりは上手いだろ。だから描け」
拠点には、とんがり帽子の屋根がついた、トイレットペーパーの芯のような形をした石造りの塔が、全部で三つある。
昨日のロゼの説明によると、屋根の色で見分けがつくようにされていて、第一部隊が緑、第二部隊が青、第三部隊が赤らしい。
周りには、芝生の上で筋トレをしていたり、馬に乗ったりしている隊員らしい男たちが、ざっと十数人いた。
昨日は外側からここまで見ていただけで、中にはいるのは初めてだ。
騎士団の拠点って、どんなところなんだろう? わくわくしながら、赤い屋根の建物――第三部隊の塔に向かうロゼに続く。
すると、ちょうど向かい側から歩いてきた貴族っぽい身なりをした男が、オレたちを見て、隣の同じく貴族っぽい男にひそひそと言った。
「あの娘も騎士団員なのか?」
「ああ、どうやらあの子が噂の、アメーリア家の長女らしいな」
「ふーん、あんな若い女が騎士団に入るなんて、この国も落ちたものだな」
「………………」
そんなことを、ロゼをチラチラと見て言いながら通り過ぎてゆく。
ロゼはいつになくブスッとした顔をして、男たちを完全に無視していた。
けどオレはちょっとイラついて、彼らを振り返ってロゼに聞いた。
「何? あいつら」
「気にするな、ただの噂話が好きな政治家だ」
ロゼは素っ気なく答える。
なるほど、政治家ねえ。
ニヤッと笑って、あいつらに聞こえるような声の大きさで、言った。
「へえ、あんなヤツが政治家やってるなんて、この国も落ちたものだなー」
男たちは直ぐにこっちを振り返ってきた。オレは目が合う前に前を向いて、素知らぬ顔をする。
ロゼは、そんなオレを見て吹き出した。
「ふはっ、全く、セキは……そんな態度で過ごして、いつか職を失っても知らないぞ?」
「えっ、宮廷画家って、政治家に喧嘩売ったらクビになるの?」
「まあ、全ては国王様がお決めになるが、政治家は国王様の直接の部下だから、彼らにセキのことを悪いように告げ口されたら、国王様の印象を損ねる可能性はあるな」
そっか、天皇は象徴の日本とは違って、ここはがっつり王政だもんな。その辺り、今度から気をつけよ。
でも、ロゼに笑顔が戻って、オレは満足だった。
からからと音を立てて、第三部隊の塔の扉が開く。
塔の中を見てまず思った感想は、ここって郵便局? だ。
手前には、木製のカウンターが置かれている。そこを挟んで、一人の図体のデカい隊員が、一般人らしい服の人たちに何か説明をしている。
カウンターの奥には、たくさんの書類棚と机、その中央には上に続く螺旋階段があった。
珍しくてキョロキョロしていると、前にいたロゼが急に声を上げた。
「ピノ!」
視線の先を見ると、一人の男がカウンターに寄りかかって立っていた。
男にしては長めの、ふわふわしたプラチナブロンドの髪。
中性的な、端正な顔立ちをしている美青年だ。年は、オレより少し上だろうか。
片手に杖を持っていて、金の刺繍が沢山施された上等な紫のベストを着ていた。
男はロゼに気づくと、ぱあっと顔を輝かせた。
「ロゼ!」
そう言って男が手を広げると、ロゼは彼の胸に飛び込んだ。
そのまま二人は抱きしめ合う。
「へ…………?」
いや……ど……どちらサマ?!
えっ、ま、まさか、ロゼの、か、彼ッ……?!
呆然としていたとき、ロゼは思い出したようにオレを振り返って、一度男から離れてから言った。
「セキ、紹介する。彼は私の兄、ピノだ」
「そっか~!」
そっか、お兄ちゃんか! そっか~~!! すっげえ安心した!
確かに言われてみれば、目の色がロゼと同じ紫色だ。
オレは満面の笑みで、ピノに手を差し出した。
「初めまして、ロゼのお兄さん! オレはセキ、昨日から新しい宮廷画家として、ここに来ました! ロゼの友達です!!」
「ああ、君が。噂には聞いていますよ、優秀な画家さんだって」
ピノはゆったりそう言って、優しい笑みを浮かべ、オレの手をとって握手してくれた。
お兄さんはどうやら、キビキビはきはきしているロゼとは違って、ふわふわ脱力系みたいだ。
ロゼは隣で、オレを不機嫌そうに見た。
「待て、私とセキがいつ友達になったんだ」
「えー、オレたち友達じゃないの? つれないなぁ」
「そうだよロゼー。みんなお城で働く仲間だよ、みんな仲良くしなきゃ。今日から俺とセキくんも、友達だね」
「うん! 友達友達!」
そう言ってピノとオレは笑い合い、両手をぱちんと合わせる。お兄さんとは波長が合いそうだ。お義兄さんって呼んでいいですか?
ロゼは呆れた目でオレたちを見てから、ピノを見上げて聞いた。
「ピノ、どうして騎士団の拠点にいるんだ?」
「ふふ、それはもちろん、可愛い妹に会いに来たんだよ」
ピノがにこやかにそう言って、ロゼの頭を撫でると、ロゼは困ったような、照れているような笑みを浮かべる。
「そんなことを言ったって、私はごまかせないぞ?」
「なんてね。少し問題が発生したから、隊長に呼ばれたんだ」
ピノはロゼの頭を撫でるのを止め、カウンターの前で話している人たちに目を向けた。
カウンターの前には、中年の男が二人と女が一人。何やら隊員の男と話している。
「――しかし、国王様のご要望は、ドルテ殿のルビーベリーであり……」
「けれど、本当のことなのです。今年はどうも……」
男の一人は麦わら帽子を被っていて、その人が主に受け答えをしている。
しかし麦わら男は途中でピノの視線に気づき、話すのを止めて彼を見た。
「貴方は?」
ピノは麦わら男に、微笑んで言った。
「私は、ピノ・アメーリア。国王様と市民との間を取り持つ政務官です。お話を聞かせて頂いてもよろしいですか?」
「政務官様でしたか! はい、もちろんです!」
ピノの紹介を聞き、麦わら男は一気に緊張した面持ちになり、姿勢を正した。
……政務官?
「ロゼのお兄ちゃん、ひょっとしてすごく偉い人?」
「いや、すごく、ではないな。大臣の次の次だ」
ロゼに小声で聞くと、そう小声で返される。
いや、それ、十分偉いと思うけど?!
ピノさん、こんなにふわふわした雰囲気なのに、実はすごいエリート?! めちゃくちゃモテそう。
馬鹿みたいな感想を思っている間に、麦わら男はピノに話を始めた。
「私はドルテという者で、ルビーベリーを生産する農家をしています。こちらは私の妻。この男は同じベリー農家の友人スフロです」
麦わら男――ドルテの紹介に、隣の二人は一礼する。
スフロと呼ばれたもう一人の男は、イチゴをいくつか乗せたかごを手に持っていた。
どうやらこの星では、ルビーベリー=イチゴ、ということらしい。
「私は、十年もの間、毎年ルビーベリーを国王様に献上して参りました。しかし……」
「けれど、今年だけ不作だなんて、おかしいじゃあないですか」
ドルテさんがそう言ったとき、先程までドルテたちと話していた隊員の男が、困ったように言った。
その隊員の男は、見た目アラフォー。燃えるような赤い髪を無造作に伸ばし、身体が大きく、髪と同じ色の赤い髭を生やしている。
まるでクマみたいだ。
「他の春の果物は、いつも通りきちんと収められています。それも、今年は豊作であると聞いていますし……」
けれど、話している様子を見ている限り、見た目ほど獰猛な人柄ではなさそうだ。
クマと言っても、人を襲う肉食のクマではなく、のほほんと蜂蜜を食べていそうなクマさん、という感じ。
クマ男はピノを見て、
「ピノ、だから私達は、この男が王との契約を破って、ルビーベリーを別の誰かに売りつけたんじゃないかと疑っているんだ」
「なるほど……わかりました、隊長」
ピノはそう頷いた。
『隊長』、という言葉に、改めてクマ男を見ると、その胸には金の勲章があった。
隣のロゼに、また小声で聞いた。
「あのクマさんみたいな人が、ここの隊長?」
「ふふ、クマさん……そうだ。彼が第三騎士団の隊長、カベルネだ」
クマ、という表現が面白かったのか、ロゼは少し笑ってから、カベルネ隊長を見上げる。その眼差しは尊敬に満ちていた。
ドルテさんは困った様子で、カベルネ隊長とピノを交互に見上げる。
「どうにか、スフロの畑のルビーベリーでお許しを頂けないでしょうか? 彼の畑のルビーベリーも、とても上質で……」
「まあ、最終的には、そうするしかなくなるでしょうが……」
ピノは、考え込むように顎に手を当てる。
さっきのふわふわした雰囲気はいつの間にか消え失せて、その表情は真剣そのものだった。
「確かに、春の果物で不作であるのは、ドルテさんのルビーベリーだけ。それに、スフロさんの畑のルビーベリーはこうして実っている。つまり、原因はドルテさんの畑にあるはず……その原因が見つかれば、こちらも納得できますし、来年もこのような事態を防げるはずです」
そこまで言って、ドルテさんを見た。
「ドルテさん。畑の周りで、何か例年と変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……」
ドルテさんは呟き、後ろで奥さんとスフロさんとも顔を合わせる。
すると、奥さんが言った。
「そういえば、今年は蜂避けの薬を撒きましたわよねぇ」
「そうだな。けれど蜂がいないこととルビーベリーが実ることは関係ないだろう? むしろ、子供たちが蜂に刺されなくてよかった」
そのドルテさんの言葉に、一連の話を聞いていたオレは、思わず口走った。
「関係、あると思うけど」
皆が、一斉にオレの顔を見た。
……ヤバイヤバイヤバイ、皆が皆、注目してくるとは思わなかった。
思わず視線を泳がせて、保険をかける。
「あ! いや、ちょっと思い当たることがあっただけで……」
「セキ、何か知っているのか?」
「だって、ほら……蜂って花粉を運ぶじゃん?」
ロゼに聞かれて、中学校の理科の教科書の内容をぼんやり思い出して、そう答える。
植物の実が実るには、受粉が必要。
蜂は、花の蜜を集めるときに、その受粉の手助けをしている。
だから、蜂がいなくなっちゃったら、受粉ができなくて、実が上手くできないんじゃない?
そう思って言ったけれど、ロゼは首を傾げた。
「花粉を、運ぶ?」
「え?」
聞き返してきたロゼをまじまじと見るが、冗談でとぼけているわけではなさそうだった。
いや、けれど、ロゼは十七歳って言っていたはずだ。流石に、これくらいのことは……。
っていうか、見渡してみたら、ロゼだけじゃなく、ピノもカベルネ隊長もドルテさんも、不思議そうな顔をしてる。
え? なんでみんな、ピンとこないの?
「それは、僕から説明しよう」
突然、入口からそんな声が聞こえて、はっと振り返った。
そのはきはきとした男の声を、オレは知っている。
「ルイ?!」
そう、あいつだ。あの、顔よしスタイルよし性格最悪男だ。
ルイは、昨日初めて会った時と同じ、白衣のような服を着ている。
なんでこいつが騎士団の詰所に?!
突然の登場に驚いているオレを、ルイは一度見てから、再びカベルネ隊長を見て言った。
「僕が王立研究所の研究員、ルイだ」
「ああ、ルイ君、よく来てくれた。彼は私が呼んだんだ。研究員の人なら、我々より植物について詳しいと思ってね」
「なるほど、賢明です。それで研究員さん、説明というのは?」
カベルネ隊長の言葉に、ピノは微笑み、そしてルイに信頼の目を向けて聞いた。
このルイって人、性格悪いですよって大声で教えてあげたい。……いや、やり返されそうだからしないけど。
ルイは、持っていた紙を広げた。
「最新の、王立研究所の研究結果だ」
紙には、ただ線で書かれただけの、簡略化された花の断面図が描かれている。
ルイは、その図を指差し、
「果物が実るには、花粉がこの、花の中心に付着する必要がある」
うんうん、なるほどなるほど。これなら、小学生にもわかりそう。
王立研究所って、つまり理科の実験みたいなことしてるのか。じゃあ、研究員になれたルイは、元々理科が得意だったのかな。
年もオレとそう変わらないだろうし、前世は理系の大学生、とか? ……いや、別にどうだっていいけど。
ルイのことは考えるのをやめて、振り返ると、しかしドルテさんたちは揃って首を傾げていた。
「ええっと……どこが花ですか?」
マジか。そっからかよ。
ルイを再び見ると、彼は不満そうに眉を潜める。露骨に不機嫌になるなよ、性格悪いのバレるぞ。
そして彼は、
「おい、画家」
それだけ言った。
がか? 一瞬、何のことを言ったのか理解できなかったが、ロゼに背中を小突かれて、初めて自分のことだと気がついた。
「セキ、呼ばれてるぞ」
「はっ! ……いや、は?! 何?!」
ルイに駆け寄って睨み付けると、彼はポケットから羽ペンとインクを取り出し、そしてさっきの紙の裏側と合わせて、オレに差し出した。
ようやく、その意図を察した。
「もしかして、花の絵を描けばいいの?」
「ああ。写実的じゃないと、農民共には伝わらないみたいだ」
農民共。いや、ドルテさんたちはそれはもう農民共だけど。こいつ一般市民をなんだと思ってんだ。何様だ。独裁者か?
ルイは、嫌そうな目でオレを見下ろし、
「お前がどれくらい絵が描けるのかは知らないが、僕よりは上手いだろ。だから描け」
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