まこまも

No.26

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四章 夏期講習

02

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 ――ミーンミンミン、蝉の鳴き声。
 暑い8月の日差しに、汗が流れる。

 家からしばらく歩いて着いたのは、『S進ゼミ』って書いてある、白い建物。
「やっと着いた」
 思わずそう呟いて、帽子をとった。

 外と比べて、中はクーラーが効いていて、ものすごく涼しい。寒いくらいだ。
「君は?」
 入り口にいたら、すぐに先生っぽい男の人に話しかけられた。
 あ、かっこいい。大学生かな? モテそう。
 守くんと付き合っていないときの僕なら、すぐにマークしてただろうな。
「夏期講習で初めてきました、佐々野です」
「ああ、はいはい。ササノ、っと」
 先生は、僕の出した申込用紙を受け取り、手元の名簿にペンを走らせた。
 すると奥から、少しふくよかな女の先生が来た。
 女の先生は、人の良さそうな笑みを浮かべ、
「私は、国語の講師の園田(そのだ)です。夏期講習のクラスはこっちです。ついて来てね」
「はい」
 園田先生について、階段を上がる。
 しかし先生はふと、僕を見て、
「今日は初めてだから良いけど、次からはなるべく制服できてね」
「え?……ああっ、すみません!」
 壁に貼られた張り紙の『授業は制服で受けましょう』の文字に気がつき、慌てて謝る。
 塾と連絡とってくれたのお母さんだし、僕に伝え忘れてたのかな……。
 しまったな、初っぱなからやらかしてしまった。
 けれど園田先生は怒っていなかったから、ちょっと安心した。
「……ここが二年生の教室ね。トイレは突き当たり、自販機はあっちよ。何かあったら、一階の職員室に来てね」
「わかりました。ありがとうございます」
 先生は、また一階へ戻っていった。
 教室のドアを開けると、教室にいる生徒が一斉に僕を見た。
 そして、固まっていた五人くらいのグループが、僕を横目に、ひそひそ話し始めた。
「……え?どこ高校?」「誰か、知り合いいる?」「私服じゃん」
 まあ誰もが思うようなことを言われたけど、気にしないで端の後ろの席に座った。
 授業が始まるまで十分くらいあったから、携帯を開く。
『塾、無事ついた?』
 守くんからライン来てて、嬉しくて夢中で返事を考えていると、「ねえ」と冷たい声が降ってきた。
 顔をあげると、そこには男の子がいた。
 背は僕と同じくらい(要するに低い)で、前髪がぱっつん、眼鏡。ザ・がり勉、みたいな感じ。
「……そこ、ボクの席だから」
「え?!あ、ごめん、自由席だと思って……」
「黒板見て」
 指差した方向には、座席表の紙が貼ってあった。
 そして、その子はまた、僕に指を向けた。
「あと、教室内、携帯禁止だから」
「そうなの?ごめん……初めてだからよくわかんなくて……」
「張り紙読めないの?あとキミ、制服ないの?」
「そういう訳じゃないけど……」
 会話に、周りからクスクス笑い声がおこる。
 やだな、間違えてばっかりだ。
 立ち上がって紙を確認すると、僕の席は前の方だった。
 あと、座席表からすると、この男の子の名前は浦瀬(うらせ)くん、というらしい。
 もー、浦瀬くんも、そんなに厳しくしなくていいじゃん。ね? そのおかげで僕、周りにめっちゃ見られてるよ。
 けど、浦瀬くんのシャツの校章はたしか、私立高校のすごく頭の良いところのだった気がする。
 だから、きちんと指示できる立場なのかもしれない。
 おとなしく教科書を見ながら待っていると、さっきの園田先生が出てきた。
「初めてこの塾に来る生徒もいますが、今日はまず、国英数の小テストをします」
 先生は話ながら、手元の紙を配り始めた。
「その結果で、明日から五日間の席順を決めます。成績が良いと後ろの席に行けますよ。みんながんばりましょう」


「――他に、塾でやっちゃいけないことって、何があるの?」
「そうだな、食事は、教室の外でするようになってる。飲食ルームがあるから、そこで……っていうか」
 隣の席の浦瀬くんは僕を見て、ふに落ちない顔をした。
「キミ、A北高なら、最初からそう言えよ」
「え?」
「てっきり、どっかのウェイ系だと思ってたよ……」
 浦瀬くんは僕の制服を見て、目を細める。
 夏期講習二日目の今日、成績順で席が並べかえられ、僕は浦瀬くんの隣に来た。
 小テスト、僕と浦瀬くんは満点で、一番だったんだって。
「うぇいけい……?たぶん違うよ」
「ま、A北は校則ゆるいから、しょうがないか……後は張り紙に書いてあるから、それを読みなよ。ボクは本を読むから、話しかけないで」
「うん、ありがとう。面白いよね、その作者さんの本」
 表紙を見て、そう付け加えると、浦瀬くんはすぐ本から顔をあげた。
「わかるの?」
「え?」
 浦瀬くんは眼鏡の奥で、目をきらりとさせた。
 そのとき、僕らは同時に、同じことを思ったことだろう。
 ――あれ、もしかして、君も好き?
「その人の本、ほとんど読んだよ」
「本当?ボクも。最初は、センター入試に出てたって聞いたから興味をもったんだけど、読んだらはまってさ」
「同じ!文章が綺麗だよね、詩みたいで」
「そうそう! 嬉しいな、まさか話せる人がいると思わなかったよ。ねえ、佐々野、あと何の話を読んでいないの?うちにあるかもしれない」
 浦瀬くんはそう言って、ニコッと綺麗な笑みを見せた。
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