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こわい
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その日も朝から酒造りのため工房へ行くと黙々と1人作業をしていた。
従業員は自分しかいないため誰にも気兼ねする必要もなく、周りを警戒することなくできるのがありがたかった。
「………」
1人でする作業は限界があるが人への不信感を持つ自分にはこれがちょうどいい。
昔は賑やかだった。
家族とたくさんの従業員で回していた工房も、家族が亡くなり父から自分へと継がれた途端、今までが嘘だったかのように彼らは店を出ていき大切な酒や道具まで持っていってしまった。
全てがなくなった工房に呆然とどうしていいか分からず寝込んでいる自分を訪ねてきたのが叔父だった。
水も食べ物も喉を通らず痩せ細った自分に驚き、何があったと聞かれた時にはもう我慢ができなかった。
従業員がいなくなり酒まで奪われたと泣いて言えば、数日の後犯人たちを捕まえ酒を売って儲けた金も道具も取り返してくれた。
いくら感謝しても足りず、その上新しく従業員も用意してくれようとしたが断った。
また裏切られるかもしれないと怯えながら作るより、1人で少ないながらも酒作りをする方が自分にはいいと思ったのだ。
そんな自分を叔父は心配してくれていたが、ならばと作った酒は叔父を通して店に卸してもらうことにした。
これでまた何かあれば気づいてもらえ、酒造りだけに専念できる。
甘えっぱなしは申し訳ないと売り上げの何割かを渡そうとしたが断られてしまい、代わりに上手く出来た時は酒を持っていくことで納得してくれた。
未だに叔父以外の人間は怖くて仕方がなかったが、それでもこうして好きなことだけしていられるのが嬉しかった。
今日もそんな一日だと思っていれば、何故か叔父以外の人が工房を訪ねてきた。
派手ではないが綺麗な同年代ぐらいの男の子と、奴隷の獣人だろう青年を連れたその子はとても変わっており、笑顔で話しかけてきたかと思えば碌に聞こえないだろう自分の声にも怒ることなく何度も話しかけてくれる。
「麴……あります」
何に使うのかは分からなかったが、優しく接してくれる彼に少し勇気を出してみた。
叔父を知っていたのもあったが。
彼がここへ案内したということは彼らは自分にとって大丈夫な人だと思ったのだ。
「それはよかった。少し購入させて頂くことはできますか?」
「は、はい。あの、大丈夫です」
笑顔で丁寧に接してくれる彼に待たせるのも申し訳ないと急いだが焦りすぎて何度か転びそうになった。
「こ、こ、これです」
「ありがとうございます。ずっと探していたので嬉しいです。あのお店の方とはお知り合いなんですか?」
礼を言うと大切そうに鞄にしまう姿に本当に喜んでくれているのが分かった。
「お、叔父なんです」
「なるほど。1人でこの工房を?」
「…今は……そうです」
昔を思い出してしまい声が小さくなる。
「……え」
自然俯く顔にそっと何かが頰に触れた。
それが手だと気付いた時には顔を上げられており目の前には彼の顔があった。
「もう昔のことでしょう?今こうして1人でも酒造りをしている貴方は素晴らしく、とても立派です」
だから俯く必要なんかないと言われれば、昔優しく頭を撫でてくれた母の姿を思い出した。
「立派なんて……ぼ、ぼくは、全然ダメで。ほんと、1人じゃ、なにもできなくて。ひ、人といるのも、こわ、こわくて、だ、だから、1人で…」
こんなこと言ってどうするんだと頭では分かっているだが口が止まらない。
泣き声混じりで弱音を吐く自分はまるで幼い子どものようだっただろう。
「誰にでも苦手なものの一つや二つありますよ。それに今はこうして私と話せているでしょう?」
頰に触れていた手を離したかと思えば、震える両手を優しくその綺麗な手で握られた。
「良ければ私とお友達になってくれませんか?まだ同年代の友達がいないので貴方が良ければですが」
嬉しかった。
彼は自分の過去を知っているわけではない。
それを聞き出そうとしてくるわけでもない。
それでもそれはもう過去のことで、今こうして話せているのなら友達にならないかと言ってくれている。
「ぼ、僕なんかで、いいんですか?」
この綺麗な人に自分なんかが友達になんてなっていいのか不安になる。
「貴方がいいんです。時々でいいので私の話し相手になってくれると嬉しいです」
何を求めるわけでもなく、ただ話し相手になってくれという彼。
「ぼ、ぼくで、よければ」
ブンブンと音が鳴りそうなほど頷けば笑ってありがとうと言われた。
「今日は時間があまりないのでまた今度伺いますね。あ、良ければこれを。木苺とレモンのジャムです。パンに塗っても美味しいですし、水やお酒なんかと割っても美味しいと思います。叔父さんと召し上がってみて下さい」
そう言って渡された2つの瓶には赤と黄の液状のものが入っていた。
キラキラと輝くそれに魅入っていれば、ではと工房を後にする彼に慌てて見送る。
その姿が見えなくなるまで見送れば、ふとこちらに歩いてくる男の姿があった。
「……叔父さん」
「よう。あー、その、大丈夫だったか?」
彼らに紹介したはいいが心配だったのだろう。
どうやら様子見に来てくれたようだ。
「うん、大丈夫。あの、友達に…友達になったよ」
「そうか」
よかったなグシャグシャと頭を撫でる手は少し痛かったがそれ以上に嬉しかった。
小さい一歩かもしれないが確かに進んでる。
「そういえばコレ貰ったんだ。叔父さんと一緒に食べてって言ってたからお昼に一緒に食べよう」
キラキラと輝く2つの瓶を見せれば何だそれ?と言われたが、自分も彼が言っていたじゃむ?というものが何か分かってなかったので言われたまま説明する。
「ふーん、美味そうだな。ちょうどパンも買ってきたところだし、一緒に食ってみるか」
「うん!」
まだお昼には少し早い時間ではあったが、ワクワクした心を止められず準備を始める。
「あ、そういえば名前は聞いたか? ここを紹介したはいいが名前を聞き忘れちまってよ」
ハッ!
「………」
「……お前も忘れたのかよ」
友達になれたことが嬉し過ぎて肝心の名前を聞くのを忘れていたのだった。
「次はちゃんと聞いとけよ」
「うん」
また今度と言っていたから次こそは!と意気込んでいる裏では縁も「あ、名前聞き忘れました!」と同じことを言っていたことを知るよしもなかった。
従業員は自分しかいないため誰にも気兼ねする必要もなく、周りを警戒することなくできるのがありがたかった。
「………」
1人でする作業は限界があるが人への不信感を持つ自分にはこれがちょうどいい。
昔は賑やかだった。
家族とたくさんの従業員で回していた工房も、家族が亡くなり父から自分へと継がれた途端、今までが嘘だったかのように彼らは店を出ていき大切な酒や道具まで持っていってしまった。
全てがなくなった工房に呆然とどうしていいか分からず寝込んでいる自分を訪ねてきたのが叔父だった。
水も食べ物も喉を通らず痩せ細った自分に驚き、何があったと聞かれた時にはもう我慢ができなかった。
従業員がいなくなり酒まで奪われたと泣いて言えば、数日の後犯人たちを捕まえ酒を売って儲けた金も道具も取り返してくれた。
いくら感謝しても足りず、その上新しく従業員も用意してくれようとしたが断った。
また裏切られるかもしれないと怯えながら作るより、1人で少ないながらも酒作りをする方が自分にはいいと思ったのだ。
そんな自分を叔父は心配してくれていたが、ならばと作った酒は叔父を通して店に卸してもらうことにした。
これでまた何かあれば気づいてもらえ、酒造りだけに専念できる。
甘えっぱなしは申し訳ないと売り上げの何割かを渡そうとしたが断られてしまい、代わりに上手く出来た時は酒を持っていくことで納得してくれた。
未だに叔父以外の人間は怖くて仕方がなかったが、それでもこうして好きなことだけしていられるのが嬉しかった。
今日もそんな一日だと思っていれば、何故か叔父以外の人が工房を訪ねてきた。
派手ではないが綺麗な同年代ぐらいの男の子と、奴隷の獣人だろう青年を連れたその子はとても変わっており、笑顔で話しかけてきたかと思えば碌に聞こえないだろう自分の声にも怒ることなく何度も話しかけてくれる。
「麴……あります」
何に使うのかは分からなかったが、優しく接してくれる彼に少し勇気を出してみた。
叔父を知っていたのもあったが。
彼がここへ案内したということは彼らは自分にとって大丈夫な人だと思ったのだ。
「それはよかった。少し購入させて頂くことはできますか?」
「は、はい。あの、大丈夫です」
笑顔で丁寧に接してくれる彼に待たせるのも申し訳ないと急いだが焦りすぎて何度か転びそうになった。
「こ、こ、これです」
「ありがとうございます。ずっと探していたので嬉しいです。あのお店の方とはお知り合いなんですか?」
礼を言うと大切そうに鞄にしまう姿に本当に喜んでくれているのが分かった。
「お、叔父なんです」
「なるほど。1人でこの工房を?」
「…今は……そうです」
昔を思い出してしまい声が小さくなる。
「……え」
自然俯く顔にそっと何かが頰に触れた。
それが手だと気付いた時には顔を上げられており目の前には彼の顔があった。
「もう昔のことでしょう?今こうして1人でも酒造りをしている貴方は素晴らしく、とても立派です」
だから俯く必要なんかないと言われれば、昔優しく頭を撫でてくれた母の姿を思い出した。
「立派なんて……ぼ、ぼくは、全然ダメで。ほんと、1人じゃ、なにもできなくて。ひ、人といるのも、こわ、こわくて、だ、だから、1人で…」
こんなこと言ってどうするんだと頭では分かっているだが口が止まらない。
泣き声混じりで弱音を吐く自分はまるで幼い子どものようだっただろう。
「誰にでも苦手なものの一つや二つありますよ。それに今はこうして私と話せているでしょう?」
頰に触れていた手を離したかと思えば、震える両手を優しくその綺麗な手で握られた。
「良ければ私とお友達になってくれませんか?まだ同年代の友達がいないので貴方が良ければですが」
嬉しかった。
彼は自分の過去を知っているわけではない。
それを聞き出そうとしてくるわけでもない。
それでもそれはもう過去のことで、今こうして話せているのなら友達にならないかと言ってくれている。
「ぼ、僕なんかで、いいんですか?」
この綺麗な人に自分なんかが友達になんてなっていいのか不安になる。
「貴方がいいんです。時々でいいので私の話し相手になってくれると嬉しいです」
何を求めるわけでもなく、ただ話し相手になってくれという彼。
「ぼ、ぼくで、よければ」
ブンブンと音が鳴りそうなほど頷けば笑ってありがとうと言われた。
「今日は時間があまりないのでまた今度伺いますね。あ、良ければこれを。木苺とレモンのジャムです。パンに塗っても美味しいですし、水やお酒なんかと割っても美味しいと思います。叔父さんと召し上がってみて下さい」
そう言って渡された2つの瓶には赤と黄の液状のものが入っていた。
キラキラと輝くそれに魅入っていれば、ではと工房を後にする彼に慌てて見送る。
その姿が見えなくなるまで見送れば、ふとこちらに歩いてくる男の姿があった。
「……叔父さん」
「よう。あー、その、大丈夫だったか?」
彼らに紹介したはいいが心配だったのだろう。
どうやら様子見に来てくれたようだ。
「うん、大丈夫。あの、友達に…友達になったよ」
「そうか」
よかったなグシャグシャと頭を撫でる手は少し痛かったがそれ以上に嬉しかった。
小さい一歩かもしれないが確かに進んでる。
「そういえばコレ貰ったんだ。叔父さんと一緒に食べてって言ってたからお昼に一緒に食べよう」
キラキラと輝く2つの瓶を見せれば何だそれ?と言われたが、自分も彼が言っていたじゃむ?というものが何か分かってなかったので言われたまま説明する。
「ふーん、美味そうだな。ちょうどパンも買ってきたところだし、一緒に食ってみるか」
「うん!」
まだお昼には少し早い時間ではあったが、ワクワクした心を止められず準備を始める。
「あ、そういえば名前は聞いたか? ここを紹介したはいいが名前を聞き忘れちまってよ」
ハッ!
「………」
「……お前も忘れたのかよ」
友達になれたことが嬉し過ぎて肝心の名前を聞くのを忘れていたのだった。
「次はちゃんと聞いとけよ」
「うん」
また今度と言っていたから次こそは!と意気込んでいる裏では縁も「あ、名前聞き忘れました!」と同じことを言っていたことを知るよしもなかった。
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