今日もお嬢様はままならない

minmi

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第1章

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 「顔が大変なことになっておりますが大丈夫ですか?」

 使用人とは思えぬ言葉だが、先程からニヤニヤとダラしない笑みを浮かべる主人にヤバさしか感じない。

 「気になる言い方だが今日は許してあげよう。見てくれ!アメリが私のためにと態々自身の手で作ってくれたクッキーだ!」

 バンと掲げながら見せられた包みはお嬢様付きの侍女であるテティに頼まれ先日用意したものだった。
 先程の言葉が事実ならばその包みの中にはあのお嬢様手作りのクッキーが入っているわけである。
 くそっ、羨ましい!

 「アメリが、私のために、私のことを想って作ってくれたクッキー……ふふ、ふふふ」

 笑い方が気持ち悪い。

 「もしかして嫌われているのかもとずっと悩んでいたが、それが間違いだったと漸く証明された!」

 「ヨカッタデスネ」

 主人がお嬢様を溺愛していることは前から知っていた。
 それこそ倒れる以前から、亡くなった奥方にそっくりなその美しい容姿に誰にも嫁にはやらんと言い続けていた。
 だからこそ避けられた時はかなりの落ち込みようで、あまりの酷さからテティを使いお嬢様にどうにかして欲しいと頼んでいたのだ。
 主人の喜ぶ姿は使える者にとっても喜ばしいことなのだが、それとは別にイライラもする。
 私はまだもらったことがないのに。
 こうして自分に見せつけるように掲げているのもお嬢様が自分に想いを寄せてくれているからに他ならないからだろう。
 そう、使用人や主人であるアメリの父親でさえ気付いているのだから見つめられているセバス本人が気が付かないわけがないのだ。
 すぐに目が覚め、こんな年寄り相手にしなくなるだろうと思っていたのだがいくら待てどその熱い視線が止むことはなく、むしろ日に日に増していく熱量に他の使用人たちまで応援しだす始末。
 この歳にしてそんなことあるはずないと思っていたため初めは戸惑ったが、いくら歳をとろうとも想いを寄せられるというのはやはり嬉しかった。
 熱く視線を送ってくるくせに、目が合うと恥ずかしそうに頬を赤く染め逃げる。
 その可愛らしい反応に年甲斐もなく胸をときめかせてしまい、揶揄うように用もないのに話しかけてはその反応を楽しんでいた。

 「(チッ、こんなことなら手助けなんてするんじゃなかった)」

 「いやぁ、セバスのおかげだね。ありがとう。本当にありがとう」

 ボソリと呟いたセバスの言葉にまるで煽るかのように感謝を告げてくる。
 この主人はアメリの気持ちもセバスの気持ちも知っているからこんなことをするのだ。
 普通に考えれば大切な娘が自分とそう変わらない歳の男に想いを寄せているとすればそうなるのは頷ける。
 その上セバスも彼女を愛してしまったのだから親として怒りもするだろう。
 それでもセバスを辞めさせることも、娘を止めることもしないのが彼の優しさなのだが。
 もちろん嫌味と愚痴は嫌というほど毎日言われている。

 「形が悪いと気にしていたようだが、素人にしては上手くないか?」

 にこにこと包みを開いて中を確認していた主人の手元を覗き込んでみれば、確かに令嬢が初めて作ったわりには上手すぎる気がする。
 生まれてこのかた一度も調理などしたことがない彼女が何故?

 「筋が良いのか、はたまた偶然の産物か。どちらでしょうか?」

 美味いに越したことはないが、何かが引っかかる。
 あの一件以来お嬢様の性格は全くとは言わないが、かなり変化しているのは気付いていた。
 悪い方にではないので皆は喜んでいるが、疑問は残るばかりだ。
 目覚めたばかりの頃もまるで知らない場所に来てしまったような他人行儀な反応。
 夢ならいいかと抱きついてきた時はかなり驚いたものだ。

 「旦那様はお嬢様が変わられたとお思いですか?」

 「セバスが言いたいことは分かる。だが私が願うのはあの子の幸せだけだよ。以前のように何も感じないまま生きていくより今のあの笑顔を守ってやりたいんだ」

 父親である彼が気付いていないわけがないのだ。
 生き生きと毎日楽しそうに過ごす彼女に屋敷の者皆が癒されている。
 ならば何も言うことはないと主人が言うならば自分も今の彼女を見ることにしよう。

 「サジに習ったと言っていたが見事だな。頼んだらまた作ってくれるかな?」

 「どうでしょうね?お嬢様もお忙しいようですので無理かもしれません」

 遠回しに諦めろと言ってみるが、美味しい美味しいと貰ったクッキーを頬張りセバスの言葉を無視する主人に舌打ちしたくなるのだった。

 「そうだ。言い忘れてたがアメリと第3王子との婚約は話しを進めることに決めたよ」

 ガシャン!
 突然の言葉に動揺し紅茶を淹れていた手が滑った。

 「…………は?」

 執事であることも忘れ、何を言っているんだと見上げればニヤリと黒い笑みを浮かべる瞳とかち合った。

 「さぁセバス君はどうする?」


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