8 / 30
第1章
3
しおりを挟む
「顔が大変なことになっておりますが大丈夫ですか?」
使用人とは思えぬ言葉だが、先程からニヤニヤとダラしない笑みを浮かべる主人にヤバさしか感じない。
「気になる言い方だが今日は許してあげよう。見てくれ!アメリが私のためにと態々自身の手で作ってくれたクッキーだ!」
バンと掲げながら見せられた包みはお嬢様付きの侍女であるテティに頼まれ先日用意したものだった。
先程の言葉が事実ならばその包みの中にはあのお嬢様手作りのクッキーが入っているわけである。
くそっ、羨ましい!
「アメリが、私のために、私のことを想って作ってくれたクッキー……ふふ、ふふふ」
笑い方が気持ち悪い。
「もしかして嫌われているのかもとずっと悩んでいたが、それが間違いだったと漸く証明された!」
「ヨカッタデスネ」
主人がお嬢様を溺愛していることは前から知っていた。
それこそ倒れる以前から、亡くなった奥方にそっくりなその美しい容姿に誰にも嫁にはやらんと言い続けていた。
だからこそ避けられた時はかなりの落ち込みようで、あまりの酷さからテティを使いお嬢様にどうにかして欲しいと頼んでいたのだ。
主人の喜ぶ姿は使える者にとっても喜ばしいことなのだが、それとは別にイライラもする。
私はまだもらったことがないのに。
こうして自分に見せつけるように掲げているのもお嬢様が自分に想いを寄せてくれているからに他ならないからだろう。
そう、使用人や主人であるアメリの父親でさえ気付いているのだから見つめられているセバス本人が気が付かないわけがないのだ。
すぐに目が覚め、こんな年寄り相手にしなくなるだろうと思っていたのだがいくら待てどその熱い視線が止むことはなく、むしろ日に日に増していく熱量に他の使用人たちまで応援しだす始末。
この歳にしてそんなことあるはずないと思っていたため初めは戸惑ったが、いくら歳をとろうとも想いを寄せられるというのはやはり嬉しかった。
熱く視線を送ってくるくせに、目が合うと恥ずかしそうに頬を赤く染め逃げる。
その可愛らしい反応に年甲斐もなく胸をときめかせてしまい、揶揄うように用もないのに話しかけてはその反応を楽しんでいた。
「(チッ、こんなことなら手助けなんてするんじゃなかった)」
「いやぁ、セバスのおかげだね。ありがとう。本当にありがとう」
ボソリと呟いたセバスの言葉にまるで煽るかのように感謝を告げてくる。
この主人はアメリの気持ちもセバスの気持ちも知っているからこんなことをするのだ。
普通に考えれば大切な娘が自分とそう変わらない歳の男に想いを寄せているとすればそうなるのは頷ける。
その上セバスも彼女を愛してしまったのだから親として怒りもするだろう。
それでもセバスを辞めさせることも、娘を止めることもしないのが彼の優しさなのだが。
もちろん嫌味と愚痴は嫌というほど毎日言われている。
「形が悪いと気にしていたようだが、素人にしては上手くないか?」
にこにこと包みを開いて中を確認していた主人の手元を覗き込んでみれば、確かに令嬢が初めて作ったわりには上手すぎる気がする。
生まれてこのかた一度も調理などしたことがない彼女が何故?
「筋が良いのか、はたまた偶然の産物か。どちらでしょうか?」
美味いに越したことはないが、何かが引っかかる。
あの一件以来お嬢様の性格は全くとは言わないが、かなり変化しているのは気付いていた。
悪い方にではないので皆は喜んでいるが、疑問は残るばかりだ。
目覚めたばかりの頃もまるで知らない場所に来てしまったような他人行儀な反応。
夢ならいいかと抱きついてきた時はかなり驚いたものだ。
「旦那様はお嬢様が変わられたとお思いですか?」
「セバスが言いたいことは分かる。だが私が願うのはあの子の幸せだけだよ。以前のように何も感じないまま生きていくより今のあの笑顔を守ってやりたいんだ」
父親である彼が気付いていないわけがないのだ。
生き生きと毎日楽しそうに過ごす彼女に屋敷の者皆が癒されている。
ならば何も言うことはないと主人が言うならば自分も今の彼女を見ることにしよう。
「サジに習ったと言っていたが見事だな。頼んだらまた作ってくれるかな?」
「どうでしょうね?お嬢様もお忙しいようですので無理かもしれません」
遠回しに諦めろと言ってみるが、美味しい美味しいと貰ったクッキーを頬張りセバスの言葉を無視する主人に舌打ちしたくなるのだった。
「そうだ。言い忘れてたがアメリと第3王子との婚約は話しを進めることに決めたよ」
ガシャン!
突然の言葉に動揺し紅茶を淹れていた手が滑った。
「…………は?」
執事であることも忘れ、何を言っているんだと見上げればニヤリと黒い笑みを浮かべる瞳とかち合った。
「さぁセバス君はどうする?」
使用人とは思えぬ言葉だが、先程からニヤニヤとダラしない笑みを浮かべる主人にヤバさしか感じない。
「気になる言い方だが今日は許してあげよう。見てくれ!アメリが私のためにと態々自身の手で作ってくれたクッキーだ!」
バンと掲げながら見せられた包みはお嬢様付きの侍女であるテティに頼まれ先日用意したものだった。
先程の言葉が事実ならばその包みの中にはあのお嬢様手作りのクッキーが入っているわけである。
くそっ、羨ましい!
「アメリが、私のために、私のことを想って作ってくれたクッキー……ふふ、ふふふ」
笑い方が気持ち悪い。
「もしかして嫌われているのかもとずっと悩んでいたが、それが間違いだったと漸く証明された!」
「ヨカッタデスネ」
主人がお嬢様を溺愛していることは前から知っていた。
それこそ倒れる以前から、亡くなった奥方にそっくりなその美しい容姿に誰にも嫁にはやらんと言い続けていた。
だからこそ避けられた時はかなりの落ち込みようで、あまりの酷さからテティを使いお嬢様にどうにかして欲しいと頼んでいたのだ。
主人の喜ぶ姿は使える者にとっても喜ばしいことなのだが、それとは別にイライラもする。
私はまだもらったことがないのに。
こうして自分に見せつけるように掲げているのもお嬢様が自分に想いを寄せてくれているからに他ならないからだろう。
そう、使用人や主人であるアメリの父親でさえ気付いているのだから見つめられているセバス本人が気が付かないわけがないのだ。
すぐに目が覚め、こんな年寄り相手にしなくなるだろうと思っていたのだがいくら待てどその熱い視線が止むことはなく、むしろ日に日に増していく熱量に他の使用人たちまで応援しだす始末。
この歳にしてそんなことあるはずないと思っていたため初めは戸惑ったが、いくら歳をとろうとも想いを寄せられるというのはやはり嬉しかった。
熱く視線を送ってくるくせに、目が合うと恥ずかしそうに頬を赤く染め逃げる。
その可愛らしい反応に年甲斐もなく胸をときめかせてしまい、揶揄うように用もないのに話しかけてはその反応を楽しんでいた。
「(チッ、こんなことなら手助けなんてするんじゃなかった)」
「いやぁ、セバスのおかげだね。ありがとう。本当にありがとう」
ボソリと呟いたセバスの言葉にまるで煽るかのように感謝を告げてくる。
この主人はアメリの気持ちもセバスの気持ちも知っているからこんなことをするのだ。
普通に考えれば大切な娘が自分とそう変わらない歳の男に想いを寄せているとすればそうなるのは頷ける。
その上セバスも彼女を愛してしまったのだから親として怒りもするだろう。
それでもセバスを辞めさせることも、娘を止めることもしないのが彼の優しさなのだが。
もちろん嫌味と愚痴は嫌というほど毎日言われている。
「形が悪いと気にしていたようだが、素人にしては上手くないか?」
にこにこと包みを開いて中を確認していた主人の手元を覗き込んでみれば、確かに令嬢が初めて作ったわりには上手すぎる気がする。
生まれてこのかた一度も調理などしたことがない彼女が何故?
「筋が良いのか、はたまた偶然の産物か。どちらでしょうか?」
美味いに越したことはないが、何かが引っかかる。
あの一件以来お嬢様の性格は全くとは言わないが、かなり変化しているのは気付いていた。
悪い方にではないので皆は喜んでいるが、疑問は残るばかりだ。
目覚めたばかりの頃もまるで知らない場所に来てしまったような他人行儀な反応。
夢ならいいかと抱きついてきた時はかなり驚いたものだ。
「旦那様はお嬢様が変わられたとお思いですか?」
「セバスが言いたいことは分かる。だが私が願うのはあの子の幸せだけだよ。以前のように何も感じないまま生きていくより今のあの笑顔を守ってやりたいんだ」
父親である彼が気付いていないわけがないのだ。
生き生きと毎日楽しそうに過ごす彼女に屋敷の者皆が癒されている。
ならば何も言うことはないと主人が言うならば自分も今の彼女を見ることにしよう。
「サジに習ったと言っていたが見事だな。頼んだらまた作ってくれるかな?」
「どうでしょうね?お嬢様もお忙しいようですので無理かもしれません」
遠回しに諦めろと言ってみるが、美味しい美味しいと貰ったクッキーを頬張りセバスの言葉を無視する主人に舌打ちしたくなるのだった。
「そうだ。言い忘れてたがアメリと第3王子との婚約は話しを進めることに決めたよ」
ガシャン!
突然の言葉に動揺し紅茶を淹れていた手が滑った。
「…………は?」
執事であることも忘れ、何を言っているんだと見上げればニヤリと黒い笑みを浮かべる瞳とかち合った。
「さぁセバス君はどうする?」
0
お気に入りに追加
25
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
初恋の兄嫁を優先する私の旦那様へ。惨めな思いをあとどのくらい我慢したらいいですか。
梅雨の人
恋愛
ハーゲンシュタイン公爵の娘ローズは王命で第二王子サミュエルの婚約者となった。
王命でなければ誰もサミュエルの婚約者になろうとする高位貴族の令嬢が現れなかったからだ。
第一王子ウィリアムの婚約者となったブリアナに一目ぼれしてしまったサミュエルは、駄目だと分かっていても次第に互いの距離を近くしていったためだった。
常識のある周囲の冷ややかな視線にも気が付かない愚鈍なサミュエルと義姉ブリアナ。
ローズへの必要最低限の役目はかろうじて行っていたサミュエルだったが、常にその視線の先にはブリアナがいた。
みじめな婚約者時代を経てサミュエルと結婚し、さらに思いがけず王妃になってしまったローズはただひたすらその不遇の境遇を耐えた。
そんな中でもサミュエルが時折見せる優しさに、ローズは胸を高鳴らせてしまうのだった。
しかし、サミュエルとブリアナの愚かな言動がローズを深く傷つけ続け、遂にサミュエルは己の行動を深く後悔することになる―――。
「婚約を破棄したい」と私に何度も言うのなら、皆にも知ってもらいましょう
天宮有
恋愛
「お前との婚約を破棄したい」それが伯爵令嬢ルナの婚約者モグルド王子の口癖だ。
侯爵令嬢ヒリスが好きなモグルドは、ルナを蔑み暴言を吐いていた。
その暴言によって、モグルドはルナとの婚約を破棄することとなる。
ヒリスを新しい婚約者にした後にモグルドはルナの力を知るも、全てが遅かった。
比べないでください
わらびもち
恋愛
「ビクトリアはこうだった」
「ビクトリアならそんなことは言わない」
前の婚約者、ビクトリア様と比べて私のことを否定する王太子殿下。
もう、うんざりです。
そんなにビクトリア様がいいなら私と婚約解消なさってください――――……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる