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監禁生活
七話・とば口の日③
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3時間ほど経った頃、漸く重たい体を起こす気になってベッドから這い出た。一度目覚めた時にさっくりと周囲を歩いてはいたが、やはりこの場に残されたメアの痕跡はキッチンにある洗われた後の綺麗な食器だけのようだ。開封済みの食パンの袋が棚の中で寝転んでいる。おそらくこれを食したのだろう。
「…………ぁ、」
何ともなしに目を向けた電子レンジ、その中で皿が一つ鎮座している。そのことに気が付いて、アイネの足が止まる。レンジ内を覗く為の黒く濁った硝子越しに、ラップが皿にかけられていることが分かった。何か食品を保管しているようだ。
レンジの蓋を開ける。仕舞いこまれて時間が経っているそこからは、もう熱気のようなものは何も感じなかった。皿の上にはレタス入りのハムサンドが二つばかり乗り、その断面はとても瑞々しい。綺麗に整えられた切断面は市販品を思わせるが、されどアイネにはこの光景に見覚えがあった。
幼い頃、清く純潔だった頃。
メアの家で今日のような光景を見た。寄り添うように二つ並んだサンドイッチ。具材は確かタマゴで、ハムサンドでは無かったけれど。「二人で仲良くお食べください」と家政婦の人が作ってくれたそれが、当時のアイネには嬉しくて、頬が落ちそうなほど美味しかったと覚えている。さっぱりとした塩味のタマゴにマヨネーズが絡んで、彩りに添えられたレタスがシャキシャキと食感を楽しませてくれた。
懐かしい記憶、郷愁を誘う愛おしい思い出。
あの頃のことを、メアも覚えているのだろうか。
それとも、これは偶然の一致というものか。
「……いただき、ます……」
見つけてしまったから。腐ったら勿体ないから。
そんな言い訳を自分の中で繰り返して、ハムサンドを一口齧った。塩味のきいたハムとシャキシャキのレタス。マヨネーズの代わりにバターかマーガリンの風味を感じる。あの日のような、違うような、そんな味。戻れる訳がないのだ、過去になんて。
昨日、メアと出会った時に食べさせられたサンドイッチでは何も思わなかったのに。今日はどこか違う味がする。
「アイツ、……帰ってきたら抱くのかな」
思い出の味が消えていく。タマゴはハムに、マヨネーズはマーガリンに、郷愁は戸惑いに。一口齧る度に何かが変わっていく。それでも、シャキシャキと音を立てるレタスと「美味しいな」と感じる味覚だけは変わらなかった。
メアは、何を思ってこんなことをしているのだろう。
自己停止させられぬ疑問が数十周目の周回を始める。何度考えたって答えは出ない。逃げ場も無い。昨日の今日で考えを改めてもくれないだろう。此処に帰ってきたのなら、きっとその時はまた身体を暴かれる。嫌だと言っても、やめろと言っても、きっと彼は聞いてはくれない。
残されていたハムサンドをすべて胃の中に収めた頃、アイネはぽつりと呟いた。
「…………お前がわかんねぇよ」
この言葉が、ちゃんとメアに届いたのなら――。そこまで考えて頭を振る。届いたところで、その先の関係性は変わってしまっている。たとえ良い方向へと歩めたとて、起こった事実は変わらない。彼が自分を何度もレイプしたこと、自分の身が穢れきっていること、彼が自分を監禁していること。今はまだ、どれだけ好意的に捉えたくとも上手く咀嚼出来はしなかった。
メアに犯された。
そう認識する度、昨夜の情交が瞼の裏にこびり付く。
胎奥に出された感覚が脳を焼く。
彼がこれからも交わりを求めるのなら、種が芽吹くのも時間の問題だ。
食事も摂り、しっかりと睡眠も取れたからだろうか。それとも、正常稼働を始めた脳が他人事として処理したがっているのだろうか。昨夜から起床直後にかけて味わったあの強い困惑と拒絶はあまり無く、これからどうなるのだろうと先のことを考えている。
……もっとも、おそらく待ち受けているのは最悪の未来なのだが。
――「俺はアイネを愛したいだけだよ」
昨夜のメアの言葉が耳元で聞こえた気がした。
いっぱい愛してほしかった。
胎の底まで、満たすほど。
溢れるほどの空っぽな情欲でいいから……――満たして、そう願ってた。
でも、欲しいと思った現実はこんなものじゃなかったんだ。
「…………ぁ、」
何ともなしに目を向けた電子レンジ、その中で皿が一つ鎮座している。そのことに気が付いて、アイネの足が止まる。レンジ内を覗く為の黒く濁った硝子越しに、ラップが皿にかけられていることが分かった。何か食品を保管しているようだ。
レンジの蓋を開ける。仕舞いこまれて時間が経っているそこからは、もう熱気のようなものは何も感じなかった。皿の上にはレタス入りのハムサンドが二つばかり乗り、その断面はとても瑞々しい。綺麗に整えられた切断面は市販品を思わせるが、されどアイネにはこの光景に見覚えがあった。
幼い頃、清く純潔だった頃。
メアの家で今日のような光景を見た。寄り添うように二つ並んだサンドイッチ。具材は確かタマゴで、ハムサンドでは無かったけれど。「二人で仲良くお食べください」と家政婦の人が作ってくれたそれが、当時のアイネには嬉しくて、頬が落ちそうなほど美味しかったと覚えている。さっぱりとした塩味のタマゴにマヨネーズが絡んで、彩りに添えられたレタスがシャキシャキと食感を楽しませてくれた。
懐かしい記憶、郷愁を誘う愛おしい思い出。
あの頃のことを、メアも覚えているのだろうか。
それとも、これは偶然の一致というものか。
「……いただき、ます……」
見つけてしまったから。腐ったら勿体ないから。
そんな言い訳を自分の中で繰り返して、ハムサンドを一口齧った。塩味のきいたハムとシャキシャキのレタス。マヨネーズの代わりにバターかマーガリンの風味を感じる。あの日のような、違うような、そんな味。戻れる訳がないのだ、過去になんて。
昨日、メアと出会った時に食べさせられたサンドイッチでは何も思わなかったのに。今日はどこか違う味がする。
「アイツ、……帰ってきたら抱くのかな」
思い出の味が消えていく。タマゴはハムに、マヨネーズはマーガリンに、郷愁は戸惑いに。一口齧る度に何かが変わっていく。それでも、シャキシャキと音を立てるレタスと「美味しいな」と感じる味覚だけは変わらなかった。
メアは、何を思ってこんなことをしているのだろう。
自己停止させられぬ疑問が数十周目の周回を始める。何度考えたって答えは出ない。逃げ場も無い。昨日の今日で考えを改めてもくれないだろう。此処に帰ってきたのなら、きっとその時はまた身体を暴かれる。嫌だと言っても、やめろと言っても、きっと彼は聞いてはくれない。
残されていたハムサンドをすべて胃の中に収めた頃、アイネはぽつりと呟いた。
「…………お前がわかんねぇよ」
この言葉が、ちゃんとメアに届いたのなら――。そこまで考えて頭を振る。届いたところで、その先の関係性は変わってしまっている。たとえ良い方向へと歩めたとて、起こった事実は変わらない。彼が自分を何度もレイプしたこと、自分の身が穢れきっていること、彼が自分を監禁していること。今はまだ、どれだけ好意的に捉えたくとも上手く咀嚼出来はしなかった。
メアに犯された。
そう認識する度、昨夜の情交が瞼の裏にこびり付く。
胎奥に出された感覚が脳を焼く。
彼がこれからも交わりを求めるのなら、種が芽吹くのも時間の問題だ。
食事も摂り、しっかりと睡眠も取れたからだろうか。それとも、正常稼働を始めた脳が他人事として処理したがっているのだろうか。昨夜から起床直後にかけて味わったあの強い困惑と拒絶はあまり無く、これからどうなるのだろうと先のことを考えている。
……もっとも、おそらく待ち受けているのは最悪の未来なのだが。
――「俺はアイネを愛したいだけだよ」
昨夜のメアの言葉が耳元で聞こえた気がした。
いっぱい愛してほしかった。
胎の底まで、満たすほど。
溢れるほどの空っぽな情欲でいいから……――満たして、そう願ってた。
でも、欲しいと思った現実はこんなものじゃなかったんだ。
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