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監禁生活
七話・とば口の日①
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風呂は命の洗濯だ。
そんな言葉をどこかで聞いたが、案外的を射た言葉なのだろうとアイネはぼんやり考えた。心中から溢れた記憶は浴槽の淵を乗り越えた水と共に滑落していく。今日一日の記憶を辿り終えた先には広々とした湯舟が待っていた。
仄かに花の香りをさせる温かな湯は、尖りささくれた心の表皮をじんわりと癒してくれる。静かに寄り添う心地よさ。思わずほぉと息を吐く。
「良い湯加減だね」
「そ、う……だな……」
メアに肩を撫でられて、弛緩していたアイネの身体に力がこもった。そのまま後ろからアイネを抱きしめたメアは、そんな変化など気にも留めていないのか不審に思う様子もなく「今日の入浴剤はねぇ」と話を勝手に進め始めた。
彼が一言話す度に、彼が肌に触れる度にアイネの体は冷えていく。冷水を浴びせられたように身体の芯が凍えてしまう。昼間はあれほど心地よかった筈の彼の体温が異質に感じて仕方が無い。身の内に染みわたる恐怖を押し殺し、アイネは極力メアの話に話を合わせ続けた。
彼が何をしたのか。自分は何をされたのか。すべて記憶している身体は混乱し震えそうになり、言葉は喉の辺りで方向転換を繰り返してマトモな言語の形を成さない。温かだった筈の湯はこんなにも冷たい。
――「やぁ、やだぁっ、やめ、やめてぇ…っ」
――「あはは、だーめ。これはバツなんだから。でも、安心して。それは今日だけだから」
――「んぅぅっ、や、あ、むりぃ、も、イケな、あ、あぁぁっ~~~~」
夢で見た光景が、数時間前の風景が脳裡に焼き付く。軋んだスプリングの音、接合部から溢れた淫猥な水音、荒れた息を吐く彼の声。すべてが現実に起こったことであり悪夢ではない。現に彼から向けられている執着は相変わらずの様で、浴槽の中ですら自由に身を動かせない。
鳥籠の扉を閉めるが如く彼の腕は常にアイネに巻き付いて、その胴の中へと隠されてしまう。そうすると、また犯されるのではないかと怯えた身体は勝手に身構えてしまいアイネは独り畏縮するのだ。
「あ、そーだ。明日からだけど、学校には行かなくていいから」
「えっ」
告げられた言葉に今日一番身体が固まった。「体の自由だけでなくお前は学ぶ自由すらも奪うのか」と「心すらも壊し尽くしたいのか」と信じられないモノを見る目で後ろを振り返る。されど、そこに映ったのは依然として穏やかな狂気だけだった。
「大丈夫」、そう言って笑う彼はこんなにも恐ろしい顔だっただろうか。
「訳あって通学できないってことにしておいたから。講義自体は此処で受けたらいいよ」
「んな勝手な……」
「オンライン受講出来るなんて良い世界になったもんだよね」
聞いていない。どれだけ異を唱えようと彼の耳には伝わらない。今日だけで何度拒絶を口にしただろう。もう覚えてもない。声は枯れ果て、全身は酷い倦怠感に覆われている。元々先客が居たことを抜きにしても、彼との情交で一方的に乱されたことは否めなかった。
「あぁ……ほんと、嬉しいなぁ」
とろぉり。水あめのように甘い声がアイネの首元に落ちた。くふくふ笑って、心から再会を喜び抱擁をするメアの姿はとても幼く見える。
あの頃の面影が唐突に現れて、アイネはまたどう受け止めればいいのか分からなくなった。自身を捕らえ罰だと言って手酷く犯しておきながら、次の瞬間には喜びに満ちている。まるで大人と子どもが精神世界で同居しているみたいに、ころりころりと声音と感情がすり替わる。
「……お前は、オレをどうしたいんだよ……」
堪らず感情が音となって漏れた。
「俺はアイネを愛したいだけだよ」
うっそりと微笑み腹部を撫でられて、また身体が強張った。
そんな言葉をどこかで聞いたが、案外的を射た言葉なのだろうとアイネはぼんやり考えた。心中から溢れた記憶は浴槽の淵を乗り越えた水と共に滑落していく。今日一日の記憶を辿り終えた先には広々とした湯舟が待っていた。
仄かに花の香りをさせる温かな湯は、尖りささくれた心の表皮をじんわりと癒してくれる。静かに寄り添う心地よさ。思わずほぉと息を吐く。
「良い湯加減だね」
「そ、う……だな……」
メアに肩を撫でられて、弛緩していたアイネの身体に力がこもった。そのまま後ろからアイネを抱きしめたメアは、そんな変化など気にも留めていないのか不審に思う様子もなく「今日の入浴剤はねぇ」と話を勝手に進め始めた。
彼が一言話す度に、彼が肌に触れる度にアイネの体は冷えていく。冷水を浴びせられたように身体の芯が凍えてしまう。昼間はあれほど心地よかった筈の彼の体温が異質に感じて仕方が無い。身の内に染みわたる恐怖を押し殺し、アイネは極力メアの話に話を合わせ続けた。
彼が何をしたのか。自分は何をされたのか。すべて記憶している身体は混乱し震えそうになり、言葉は喉の辺りで方向転換を繰り返してマトモな言語の形を成さない。温かだった筈の湯はこんなにも冷たい。
――「やぁ、やだぁっ、やめ、やめてぇ…っ」
――「あはは、だーめ。これはバツなんだから。でも、安心して。それは今日だけだから」
――「んぅぅっ、や、あ、むりぃ、も、イケな、あ、あぁぁっ~~~~」
夢で見た光景が、数時間前の風景が脳裡に焼き付く。軋んだスプリングの音、接合部から溢れた淫猥な水音、荒れた息を吐く彼の声。すべてが現実に起こったことであり悪夢ではない。現に彼から向けられている執着は相変わらずの様で、浴槽の中ですら自由に身を動かせない。
鳥籠の扉を閉めるが如く彼の腕は常にアイネに巻き付いて、その胴の中へと隠されてしまう。そうすると、また犯されるのではないかと怯えた身体は勝手に身構えてしまいアイネは独り畏縮するのだ。
「あ、そーだ。明日からだけど、学校には行かなくていいから」
「えっ」
告げられた言葉に今日一番身体が固まった。「体の自由だけでなくお前は学ぶ自由すらも奪うのか」と「心すらも壊し尽くしたいのか」と信じられないモノを見る目で後ろを振り返る。されど、そこに映ったのは依然として穏やかな狂気だけだった。
「大丈夫」、そう言って笑う彼はこんなにも恐ろしい顔だっただろうか。
「訳あって通学できないってことにしておいたから。講義自体は此処で受けたらいいよ」
「んな勝手な……」
「オンライン受講出来るなんて良い世界になったもんだよね」
聞いていない。どれだけ異を唱えようと彼の耳には伝わらない。今日だけで何度拒絶を口にしただろう。もう覚えてもない。声は枯れ果て、全身は酷い倦怠感に覆われている。元々先客が居たことを抜きにしても、彼との情交で一方的に乱されたことは否めなかった。
「あぁ……ほんと、嬉しいなぁ」
とろぉり。水あめのように甘い声がアイネの首元に落ちた。くふくふ笑って、心から再会を喜び抱擁をするメアの姿はとても幼く見える。
あの頃の面影が唐突に現れて、アイネはまたどう受け止めればいいのか分からなくなった。自身を捕らえ罰だと言って手酷く犯しておきながら、次の瞬間には喜びに満ちている。まるで大人と子どもが精神世界で同居しているみたいに、ころりころりと声音と感情がすり替わる。
「……お前は、オレをどうしたいんだよ……」
堪らず感情が音となって漏れた。
「俺はアイネを愛したいだけだよ」
うっそりと微笑み腹部を撫でられて、また身体が強張った。
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一言メモ(更新:2024/06/24)更新が一年振りと気付いて自分でドン引きました……申し訳ない……。ゆっくり更新にもほどがある!
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