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序章

蝶になれないカワズ ~序章~

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 自分が抱いているのが男であるという事実は、きっと客の中にはなかっただろう。

「いやぁ、とても良い夜だった。また来るよ」

 俺のナカに散々出した男はすっきりした顔で部屋を出ていった。男に啼かされ、イカされ、ぐちゃぐちゃと『愛された』俺は返事も出来ずに男を見送った。それでも、彼はとても満足そうな顔をしていたから戦果としては上々だったんだろう。
 あー……体がだるい……。はやくナカ洗わなきゃ……掻き出さないと……。重いなんて言葉では追い付かないほど鉛になった体を引き摺って、隣接された浴室に入ると蛇口をひねった。温かな湯が肌に触れて、少しだけ気持ちが落ち着く。

「んっ、……ぁ、……あぁっ、ひぃぅっ」

 掻き出す為に挿れた指すら気持ちよくて、掻き出すのも忘れて自慰をしそうになる。先に出すものを掻き出してからだと自分を律して、白く濁ったソレが体内から消えるまで指で掻き出した。……その間に、三回くらいイったのはここだけの秘密だ。


 風呂から戻ってくると、色々なもので汚れ乱れていたはずのベッドが整っていた。禿か小間使いの者がそっと整えて帰ったんだろう。ベッドサイドに置かれた小さな棚の上には見慣れた薬と水が置かれていた。
 ああ、もう薬の時間か。棚の上にあったのは、孕んでしまわない為のピルだ。排卵を抑制する効果がある。
 声もかけずに帰ってくれた気遣いに感謝して、俺は薬に向かって一直線に早足で駆けた。精子は掻き出したところで長くて三日くらい居座るらしいから、この排卵を止める薬は毎日手放せない。もはや馴染んだ流れ作業で薬を飲み込んで、それからようやっと清潔になったベッドへと倒れ込んだ。

「……つっかれた…………母さんの客、上手すぎ……」

 男娼が客にイカされまくるなんて。別にプライドなんてもった覚えはないけど流石にちょっと悔しかった。あんな下卑た笑顔をする男に啼かされイカされたってのが屈辱なだけかもしれない。それはある。大いにある。

 それでも、ここで生きていくには受け入れなきゃいけない。好きでもない奴の肉棒を突っ込まれることも、自分を女として扱われることも、男どもに無遠慮に中出しをされることも。誰とも知らぬ子をいつか孕む恐怖も。すべてを受け入れて、男に媚びないと金に出来ない。客を選べるほど俺はまだ高みに至れてない。

「……母さん、すげぇな。そりゃあんだけ努力するよ……」

 母の言葉を思い出す度、あの人が素晴らしい人だったと何度も思う。し、歯痒さで胸を締め付けられた。もしも、母さんの実家が貧しくなければ娼館になんて売られなかった。もしも、母さんが売られた先が普通の家だったらきっと足なんて開かずに済んだ。もしも、俺に外へ飛び出す勇気があったら母さんを連れ出せたかもしれない。
 でも、それは結局ただのもしもだ。現実はこれで、最期が穏やかだったことだけが救いだ。その一生を娼館で終えたことは変わらない。俺が男娼になることを選んだことも変わらない。

 蛙の子はいつだって蛙で、綺麗な蝶には成れやしない。
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