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第五十九話 僕はもう写真を撮らない
しおりを挟む僕、趣味で写真を撮ってるんですよ。
といってもご立派なカメラを使う本格的な感じじゃなくて、スマホで撮ってSNSにアップするのが日課って感じ。
別に大した写真じゃないんですよ、町中でちょっと目についた風景とか、お洒落っぽい料理とか、よくあるやつです。
フォロワーもそう多くはないんだけど、それでも「いいね」がついたりコメントが来るとなんとなくうれしいもんなんですよね。
写真を撮るようになったのは、スマホを買い替えてからでした。
新品じゃなくて、新古品っていうんですかね?
一度は販売されたものがなにかの事情で未使用のまま返品されたもので、状態は新品同様なのに中古品並に安くなっててお買い得なんです。
それで、少しカメラ性能のいいモデルに買い替えることができたんですよ。
そんなわけで、写真はすっかり僕の日常の一部になってました。
あの日もそう、いつも通りのはずだったんです。
仕事帰りにたまたま通った公園ごしに見える夕焼けが綺麗だったから、何の気なしに撮ったんです。
特にこだわったわけじゃなくても、アングルを変えて何枚か撮った中で一番映えそうな一枚を選んでアップしました。
アップしてから数日間は、本当にいつも通りでした。
「綺麗ですね」とか「いい写真」とか、数少ないフォロワーからの半分社交辞令のような普通のコメントばかりですよ。
でも、数日が経過してから、だんだんとおかしな書き込みが増え始めたんです。
そもそもフォロワーではない知らない人からコメントされるなんてこと自体初めてのことでした。
「これ……怖い」
「心霊写真じゃん」
「後ろ、なんかいませんか?」
何のことだろうと思って、アップした写真をもう一度見返してみたんですけど、僕には普通の夕焼けと公園の景色にしか見えません。
それなのに、その後も同じようなコメントがどんどん増えていくんです。
「これ本物?」
「加工じゃないの?」
正直、意味が分かりませんでした。
いえね、僕も返信を返したんですよ。
「何のことですか?どこに何が写り込んでると言うのですか?」
でも、誰も教えてくれないんです。
本当に何度見返しても、コメントを書いてくる人がどこのなにのことを言っているのかまったくわかりませんでした。
「すっとぼけてる」
「これは加工だな」
「そうまでして注目浴びたいか」
そのうえ、批判まで増え始めたんです。
「こんな写真見たくない」
「閲覧注意の言葉もなしにこんなの載せないで」
そんな事言われたって何のことかわからないし、誰も教えてくれない。
コメント欄だとらちがあかないので、DMを送ってみましたが、誰も返信はくれません。
最初に好意的なコメントをしてくれていたフォロワーにも聞いてみました。
だけど、フォロワーからさえ返信が返っては来ないんです。
特にもめたりもしてないのに、完全無視ですよ、完全無視。
誰一人僕の写真に何が起きているのか教えてはくれないんです。
「どうして……?」
こうして夜も眠れない日々が続いていました。
SNSへの写真投稿も、何だか怖くなってやめました。
ただ、コメントのチェックだけはどうしても気になってしまい、ずっと続けていたんです。
新規投稿がないので数は減っていましたが、相変わらず心当たりのない写真へのクレームが続きます。
ある日、仕事の休憩中にコメントをチェックしていたら、後ろから後輩に覗かれていました。
「あれ、先輩SNSやってんすか、知らなかったな~
え、フォローさせてくださいよ、アカ名なんすか」
僕は一瞬ためらいました。
だって、今まではフォロワーでさえ僕の写真について訪ねても完全な無視を決め込まれてきたんです。
この気安く話しかけてくれる後輩でさえ、僕の写真を見た途端に態度が変わってしまったら……
そう思うと、簡単にアカウント名を教えて良いものかと悩みました。
ところが、後輩のほうが一枚上手。
一瞬後ろから覗いただけの僕のスマホ画面を見たときにしっかりと記憶していたようです。
「お、あったあった、これっすよね?
フォローしますね…… って、なんだァ!?」
案の定でした。
僕の投稿した写真を見た後輩の驚きぶりといったらなかったですよ。
どうして僕は、写真の新規投稿をやめるだけじゃなくて、既存の投稿を削除しておかなかったんだろう。
なんだかんだで、炎上商法みたいなかたちとはいえ閲覧数が爆伸びした写真を削除するのは忍びなかったのかもしれません。
SNSの数字の魔力に取り憑かれていたのかも……
「先輩、なんなんすか、この写真!?
キモ…… っていうか怖!! パねえんすけど!!
え、なんでこんな写真あげてんすか!?」
僕が今までネット経由で名前も知らない相手からさんざん投げつけられた言葉と同じ内容でした。
やはり、彼にもみんなと同じものが見えていて、見えないのは僕だけ。
「先輩! なんで黙ってんすか、ほらコレですよ!」
そう言って後輩が無理やり僕の眼の前にスマホを差し出し、見せてくる。
そこに映し出されたのは、僕のSNS、僕が投稿した写真。
今までコメントで指摘されまくってきた内容と一致する、数々の心霊写真。
「う、うわっ!! なんだよこれ!!」
僕は思わず悲鳴をあげてしまいました。
今まで見えなかったものが見える。
後輩のスマホからだから!?
僕は慌てて、会社のパソコンからSNSにアクセスしました。
本当はダメなんだけど、休憩中は結構みんなやってることだし、今はそれどころじゃない、確認しなければ。
案の定、会社のパソコンから見ても、その写真は明らかに心霊写真でした。
それも本当に気味の悪い、そして趣味の悪いとしか言いようがない、まさに『これぞ!ザ・心霊写真』といわんばかりの。
みんなにはこれが見えてたのなら、加工を疑われるのも当然と思えます。
僕はすっかり混乱してしまいました。
今まで見えなかったのは僕にだけ見えなかったのではなく、僕のスマホからだけ見えなかっただけなのか!?
そうだ、だったら……
「ちょ、ちょっとこっちを見てみてくれない?
お願いだよ、ちょっとでいいんだ、助けると思って」
嫌がる後輩をなだめすかして、なんとか僕のスマホに映し出される僕のSNSを見てもらいました。
後輩も僕が本気で驚く反応を見て、イタズラとか愉快犯とかではないとわかってくれたのかもしれません。
渋々ながらも見てくれました。
「あ、あれ……? なんで……?」
思った通りでした。
後輩が見ても、僕のスマホからは何も見えないようです。
そろそろ休憩が終わる時間だったのでモヤモヤを残しながらの解散となりました。
思い返せば、このとき有無を言わさず先に僕のスマホを見せておいて正解だったかもしれません。
僕の投稿写真にドン引きしてる状態で解散してしまっていたら、きっとその後は話す機会を失っていたかもしれないですからね。
その日、仕事が終わってからその後輩を連れて飲みに行くことになりました。
彼もきっとわけがわからなくて気になっているだろうし、僕に説明を求めているだろうから。
僕だって何もわからないけど、誰かに話を聞いてもらいたい。
やっと聞いてもらえそうな相手が見つかったんだから、このチャンスを逃す手はありませんもん。
こんな話をするには、少し騒がしい居酒屋がちょうどいい。
「で、なんなんすか、あれ」
後輩の彼は、注文した酒が届くのも待てずといった具合で切り出しました。
「いや、それが僕にもわからないんだ」
「わからないって、だって先輩、自分で投稿した写真じゃないすか。
なんかのトリックすよね? どうやってんすか?
いや、それにしたってあの心霊写真エグいっすよ、趣味悪いっすよ……」
「いや、今までも散々そう言われても本当にわかんなかったんだ。
この件に関して相談できたのもおまえが初めてなんだよ。
僕も混乱してるんだ」
僕は事の経緯を説明しました。
SNSへ写真投稿をアップすると、なぜか心霊写真になってしまうこと。
自分のスマホからは普通の写真に見えること。
そして、それを誰に相談しても無視されること……
「え~? そんなことあるんすか?」
後輩は半信半疑な様子でしたが、僕のスマホと彼のスマホを見比べて、納得するしか無いようでした。
「写真とってるのもスマホカメラで、投稿してるのもスマホからっすよね?
だったら、そのスマホがなんか…… 変っつーか…… 呪い? みたいな……」
「こ、怖いこと言うなよ……
でも確かにそれくらいしか考えられないよな……」
「お祓いしたほうがいいんじゃないっすかね。
俺、いい寺知ってんすよ。
ちょうど明日日曜だし、案内するんで行きませんか?」
「そこまでしてもらうのは悪いな、場所だけ教えてもらえば一人でも……」
僕は遠慮してそう言いかけたが、それを後輩がさえぎります。
「俺だってあんなん見ちゃってなんか気持ち悪いっすもん、ついでにお祓いしてもらいますよ。
あとは…… へへ、寺の近くにうまいカツ丼屋があるんすよね」
そう言われては、僕としても断る理由はありません。
「わかった、じゃあ案内頼むよ。
お礼も兼ねてカツ丼おごるわ」
「よっしゃ!」
こうして僕たちは次の日に後輩おすすめのお寺に行き、お祓いを受けました。
「これでもう大丈夫でしょう。
スマホは使い続けて結構ですよ。
しかし、本当に怖い思いをしましたね」
そう言って住職さんは優しく笑ってくれましたが……
……いや、違う、何かが引っかかる。
住職の笑顔が、どこか作り物めいて見えました。
そして、事情を聞く間も、お祓いの最中でさえ、住職さんが僕のスマホに一切触れなかったことに気づいたんです。
「あの……このスマホ、結局何だったんですか?」
住職はほほえみを崩さず、ほんの少しだけ沈黙しました。
その沈黙が、やけに重く感じられました。
「……気にしないことです」
気にしない? いやいや、こんなことが起きておいて、気にしないなんて無理じゃないですか。
それに、その言葉の裏に、何か別の意味があるように思えてなりませんでした。
結局、このスマホがどうなっていたのか、どうしてこんなことが起きてたのか、住職さんは一切教えてくれないんです。
もしかしたらただ単に、不安を与えないためにあえて詳細を口にしない方針なのかもしれないけど……
僕はもう、この「教えてくれない」って状況にトラウマじみたものを感じていたんです。
SNSで何を訪ねても誰も教えてくれなかった状況と重なってしまって、住職も影響を受けたんじゃないか? なんて。
お祓いを受けたことで、あの不気味な写真は見なくなったものの……
人間、わからないことほど怖いことってないんですね。
僕のSNSは、あの炎上をきっかけに増えたフォロワーがサーッと離れていって、以前の静かな状態に戻りました。
僕はもうSNSに写真を投稿する気はありません。
もう二度とあんな体験はしたくないですから。
え、お祓いを受けたのに、まだ不安なのかって?
いや、だってそうでしょう?
何が原因だったかもわからないんだから、いつまたあんなことが起きるか、本当にわからないんですよ。
今は僕のスマホは普通に使えてますよ?
でも…… なんかこう…… 怖いじゃないですか。
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