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第五十八話 命令の果て
しおりを挟む私の子供の頃、たまごの形をしたキーホルダータイプのデジタルペットが大流行したんですよ。
現在でもその流れの新作は出続けていますし、息の長いコンテンツになりましたよね。
でも、そのジャンルが出始めたばかりの頃って、本家の純正品が入手困難な時期が続いて類似品も多く出回ったんです。
私も本物は手に入らなくて、両親に類似品を買ってもらって遊んでいました。
当時の類似品って本当に怪しくて、おもちゃ屋さんじゃない店の片隅に売ってたり、そのウワサが広まったり。
「駅ビルの惣菜屋のレジ横で売ってたぞ」
みたいなウワサを聞きつけては駆けつけて、でも類似品でさえ品薄ですぐに売り切れてしまう状況だったんです。
私が類似品を買ってもらえたのも本当に偶然、両親と買い物をしているときに関係のない店で偶然見つけたからでした。
ちょっと前提が長くなりましたかね?
当時を思い出すとついついアツくなりすぎてしまって。
それだけ世間が熱狂したコンテンツだったんですよ。
で、私がお話しする怪談は、このデジタルペットにまつわるものなんです。
先日、押入れの整理がてら断捨離に勤しんでいたら、見つけたんですよ。
子供の頃、夢中になって育てていたそのデジタルペットです。
もうすっかり中年になってしまった私ですけどね、なつかしくなっちゃって。
電池を入れ替えてみたら、壊れてもいなくてしっかり起動しました。
しかも、ペットがまだ生きていたんです! その時は不思議にも思わず……
「奇跡だ! 感動の再会! ステキ!」
なんて無邪気に喜んでしまいました。
よく考えれば、何十年も放置していたのにペットがまだ生きてるなんてありえなかったんですよ。
普通にプレイしていたって、数日で寿命で死んでしまうものなのに。
うちの子はあんまりそういうおもちゃには興味を示さないタイプなんですよ。
案の定、それを見せても反応は薄くて、私なんだか旧知の友人をないがしろにされたような気持ちになっちゃったんですよね。
新しい電池を入れて起こしてしまった以上、かわいそうなので私が育てることにしたんですよ。
今にして思えば、もしかしたらその時からもう、私どこかおかしかったのかもしれませんね。
家事の合間に確認すると、画面には「あそんで」「おなかすいた」とか「そうじして」とかの指示が出ています。
「そうそう、エサをあげてトイレを流してあげるんだったな」
なんて子供時代を思い出しながら、せっせとお世話をしていました。
ちなみに、うちでは現実のペットも飼っているんですよ、ポメラニアンなんですけど。
デジタルペットを起動し始めた頃から、このポメが私によく吠えるようになった気がします。
もともと無駄吠えがある子ではあったんですけど、特に私がデジタルペットのお世話をしているときはひどくなりました。
まるで気が狂ったように吠えまくるんですよ。
その様子はあまりにも恐ろしく、毎年ちゃんとワクチンを打ってるのに狂犬病を疑ってしまうほどでした。
あ、もちろんデジタルペットにかまけてポメのお世話がずさんになってしまったなんてことはありませんよ。
ポメはペットというより、もはや家族の一員ですからね。
どんなに懐かしくてもおもちゃはあくまでもおもちゃ、現実の家族が優先順位では最上位。
そう、思っていたはずだったんですけど……
「なんだかおかしい」と思い始めたのは、それから数日後のことでした。
ちゃんとトイレを流したのに「そうじして」の表示が消えないんです。
最初は「やっぱり類似品は粗悪品だしバグもあるな~」と思っていたんですけど……
らちがあかないのでデジタルペットは一旦置いて、家事の続きにとりかかりました。
部屋の掃除を終えたときにふと見ると「そうじして」の表示が消えていました。
私はてっきり、時間が経過したことで消えたんだとばかり思っていました。
きっと処理がスタックして、表示が消えるのが大幅に遅延していたんだろうと。
だけどさらに数日が経過するうち、デジタルペットの指示と現実がリンクしている気がし始めたんです。
そして、だんだんとデジタルペットの指示は、明らかにプログラムされていないであろうものが表示されるようになってきました。
「テレビの音量を下げて」「エアコンを強くして」
なんてどう考えてもおかしいですよね。
でもなぜだか、当時の私はそのおかしさに気付けなかったんです。
指示の内容自体もその場でぱっとできることでしたし、私はただただ何も考えずに指示に従っていました。
この頃から、電化製品の故障が増え始めました。
さらに指示はエスカレートしました。
「今夜2時に窓の外を見て」とか「一人で静かな場所に行ってみて」なんて。
私は内心ではおかしいなと思いつつも、もう指示に逆らえなくなっていました。
だんだんと、指示に従うことがあたりまえのことで、従わないことが異常なことであるかのように刷り込まれていったのです。
この頃にはもう、家事がおろそかになり始めていて、夫や子供との衝突も増え始めていました。
でも私は、現実の家族揉めることでますますデジタルペットにのめりこんでいったのです。
そんな折、夫の実家に行く機会がありました。
デジタルペットはどこにいてもお世話ができるので、もちろん持っていきました。
持っていける形状でなかったならば、私は義実家行きを拒否していたかもしれません。
適度な距離感を保ってお互い自立した生活ができているおかげで、義両親との関係は悪くはありません。
それなのに、です。
それほどまでに私の生活はデジタルペット一色になっていました。
私は義実家でデジタルペットを起動し、何の疑問も持たずに指示に従ってしまいました。
「コンビニでお菓子を買ってきて」という内容の指示でした。
突然家を出てコンビニ袋をぶら下げて帰ってきた私に、夫の怒声が飛んできました。
「黙って家を出たと思ったら、なんだそれは?
茶菓子だってちゃんと用意されてるだろ?
うちの実家のもてなしが気に入らないっていうのか?
あまりにも失礼すぎる!」
怒鳴られて一瞬我に返った私は、でも上手く状況が説明できません。
「あ、ご、ごめんなさい……
で、でも、指示があって……」
様子がおかしいと玄関先へのぞきに来ていた義母が夫をなだめてくれました。
あらためて私は別室に通され、義母に事情を聞き出されることとなったのです。
私の説明はまったく要領を得ませんでした。
当然といえば当然です、私自身にも自分がどうなっているのか理解できていなかったのですから。
それでも義母は根気よく話を聞いてくれました。
「それがその、デジタルペットっていうものね?
見せてくれる?」
優しく、しかしどこか「断らせない」という意思を感じさせる義母に、私は素直に差し出すしかありませんでした。
義母に渡っても、変わらずデジタルペットは画面の中で生活し、ときには語りかけてきます。
それを見た義母の顔はみるみる青ざめ、私にデジタルペットを返してくれなくなりました。
今まで自分の行動を決めていた存在を突然取り上げられ、何をしていいかわからずソワソワしていたのを覚えています。
「確かにおもちゃに夢中になって、少しばかり家事がおろそかになっていた日もあったかも。
だけど、なにも取り上げることなくない!? 私子供じゃないんだけど」
なんて、口には出さないまでも不満を心に抱いてさえいました。
義母はその後どこかへ連絡したようで、ほどなくして見知らぬ老女がやってきました。
あとになって聞いたのですが、地元の神社の関係者で、現役住職よりも力が強くなにかと頼りにされている存在なのだそうです。
そして老女と私は奥の座敷へ通され、なぜか二人きりにされてしまいました。
頭にハテナマークを飛ばしながらも気まずさを感じていると、老女がゆっくりと説明をしてくれました。
「あなたが持っていたあのおもちゃね、何かよくないものがついてたみたい。
古い道具にはたまに何かが入り込んだり魂が宿ったりすることがあって、昔から付喪神なんて呼ばれてたりするんだけどね。
霊界のエネルギーと電気信号は性質が似ているらしくて、ああいう電池で動くものとも相性が良かったのかしらね」
「はあ」
私には何のことかわかりませんでした。
どうして突然、見知らぬ老女と二人きりで会話させられているのか。
一体なんの話を聞かされているのか。
「海外のSNSや動画投稿サイトで昔流行した司令ゲームを知ってる?
最初は簡単な司令を『クエスト』として出して、クリアするごとにちょっとずつ難易度が上がっていく、まさにゲーム的よね。
それを繰り返すうち、参加者は司令の内容がエスカレートしても『これはゲームだから』『続ければ難易度は上がるもの』って認識で、変に思えなくなっていくの。
そうして、最後には犯罪を犯すように指示されたり、自分の命を断つように指示されてしまうのよ」
「いくらなんでもそんな司令、従うわけが……」
「そう、概要だけをまとめて聞くとそう思うでしょう?
でもね、その『クエスト』を進めていく過程で、司令に疑問を持つ思考力も奪われていくの。
じっくり、じっくりと催眠術にかけられるようにね。
最後の司令を受け取る頃には、たとえおかしいと思っていても「でも司令だから」って従う方を選んでしまうんですって」
「はあ……」
そこまで聞いても私はどこか他人事でした。
海外で若い少年少女に起きている社会問題、それを私に話す意味が本気でわかっていなかったんです。
「今の話を踏まえて、ほら、見て、このおもちゃの司令」
指示の内容がさらに常軌を逸したものにエスカレートしていました。
『神社で小石を拾って』
『家の前に米をまいて』
『深夜2時にろうそくを灯して』
『鏡の前で自分の名前を言って』
義母はこれを見てしまったから、慌てて私からデジタルペットを取り上げて老女を呼んだのでしょう。
「これ、明らかに何らかの儀式をあなたにやらせようとしてるわ。
私はこういう手順を踏む降霊術のようなものに詳しくはないけど、ろくなことにならないだろうとは推測できるわね。
名前を言ったが最後、あなた正体のしれないものへの生贄になってたわよ」
私はあまりの展開にボーッとしていました。
何を言われているのかわからないながらも、底冷えしていく自分の心だけを感じていました。
だって私は間違いなく幸せだったんです。
子供の頃に夢中になってた懐かしいおもちゃに思いを馳せる……
平凡な繰り返しの日常の中にちょっとの彩りを加えるスパイスを手に入れただけだった。
なのにそれが本当は気付かないうちに私に害をなしていたなんて。
「どういうことですか、うちに悪いものがいたんですか?
それとも、デジタルペットに最初から憑いていた?
もしかして私が何十年も放置したからデジタルペットが私を恨んで?
というかどうやったらこれをどうにかできるんですか?」
老女に感情をぶつけるたびに老女は困ったような表情を浮かべ、言葉を選びながら告げてきました。
「おもちゃに憑いてるだけならそう難しくはないと思うわ。
でも、それは経過を見てみないとわからないの。
まずはそのおもちゃを預からせてくれるかしら?
あなた自身に憑いているのなら、別の媒体を使ってあなたにアクセスしてくるかもしれないし、おもちゃ自身が戻るかもしれない。
ほら、よく有名な怪談であるでしょ、捨てても捨てても戻って来る人形とかの話」
「は、はい……」
老女の話し方には何か独特の雰囲気があり、彼女が言葉をひとつ発するたびに私は一段ずつ思考が正常に戻っていく感覚がありました。
もしかしたら、話しながらお祓いとかなんらかの措置をしていてくれたのかもしれません。
私は言われるままにデジタルペットを老女に渡しました。
つてのある神社に持ち込んでお祓いをしてもらえることになったんです。
それから、懸念していた再発は今のところ感じられません。
幸い、デジタルペットに憑いていただけだったみたいです。
それでも、一件落着…… とはそう簡単にはいきませんでした。
いつのまにか現実の家族よりもデジタルペットを優先するようになってしまっていた私。
家族からの信頼を取り戻すのにずいぶんと時間を要することになりました。
子供は学校のことを話してくれなくなったし、夫との会話も必要最低限になりました。
私はデジタルペットのお世話をしなくなったぶん、せっせと家事にいそしみましたが、家族の反応は冷ややかでした。
ポメも、以前はいつもごはんをあげる私に一番になついていたのに、なでさせてもくれなくなりました。
それでも、家族をないがしろにした私が受けるべき制裁なのだと思っています。
義母や老女を疑うわけではありませんが、盲信することもできずにいます。
デジタルペットの状態はただのバグが偶然怪しげな儀式の手順のように見えてしまっていただけ。
電化製品の故障が増えたのも、私が司令に従って何度もオンオフを繰り返したせい。
私の状態も、デジタル画面を凝視し続けたために一種の催眠状態みたいになり、そこからゲーム依存症に発展した。
そんなふうに解釈しようとすれば、できなくもないですしね。
とはいえ、それだけで片付けられないと思っているからこそ、こうしてお話をする決心をしたわけなんですよ。
あとは怪談好きの方々に聞いて判断していただければ、と思っています。
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