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第五十五話 仏像これくしょん
しおりを挟む僕ね、オカルトマニアっていうのかな、宗教関連のグッズとか収集するのが好きで。
一時期は御朱印集めにもハマってたし、なにかの儀式で使うようなお面とか小さめの仏像とかめちゃめちゃ家に置いてたんですよ。
だけど、飽きっぽい性格でもあって、手に入れたらもう満足しちゃうんですよね。
集めるだけ集めてちゃんと管理してなかったんですよ。
そうしたら、それが原因なのか僕の部屋におかしなことが起き始めたんですよ。
最初は何も起きてないつもりだったんですけど、ある時から部屋で変なことが頻発するようになって。
例えば朝起きるとなんとなく部屋の雰囲気が変わってるんです。
家具の位置が変わるまでの大きな変化ではないんだけど……
棚に並べてた仏像の並び順が微妙に変わってたり、壁にかけてたお面が微妙に傾いてたり。
気のせいかもしれないって思っちゃうような微妙なラインの変化なんですよ。
だから最初は「なんか違和感あるな?」とは思うんだけど、なにがどう違うのかもわかりませんでした。
でもそれが日を追うごとにどんどん増えていって、それで気がつくようになったんです。
テレビ番組であったじゃないですか、じわじわと変化していく映像を見て、どこが変わったかわかるかな? ってやつ。
あれ、変化するのが一カ所だったら気付きにくいけど、たくさんあったらそのうちのどこかは気付きやすいじゃないですか。
それと同じことだと思うんですよね。
僕が「部屋に変化が起きてる」って気付いた時期には、もう部屋のいたるところが変化だらけって状況でした。
でもそんな状況になってもまだ僕は「気のせいだ」って思い込もうとしてました。
正体のしれないことが起きてるような、うすうすそんな気はしてました。
でも気付かないふりをしていたんですよ、だって、怖いじゃないですか。
ある日とうとう、目をそらしきれない事件が起きました。
週末に仲の良い同僚数人で家飲みしようってことになったんですよ。
僕の家に集まって、ビールとかチューハイとか買ってきて、みんなでワイワイやろうって。
そしたら、酒の勢いもあってかみんな僕がコレクションしてるオカルトグッズのことバカにしてきたんです。
「なんだよこの鏡、映んないじゃねーか」
「変な匂いがする、これ何のお香?」
僕はね、オカルトグッズをバカにされることは慣れっこだったんですよ、だって今までもそうだったし。
でも今回はなぜだか我慢できなかったんです、僕も酒が入ってたもんだから、ついつい熱くなっちゃって。
それで言い争いになって、手が出ちゃったんです。
そこからは殴り合いのケンカですよ、もう大惨事ですよ。
みんな頭に血が上っちゃってたもんだから、もう取っ組み合いの大乱闘。
今まではケンカなんてしたことなかったんですよ、でもその時はなぜか怒りでわれを忘れてしまったんです。
気がついたら泊まりの予定だったはずの同僚はみんな帰って、家にひとりきりになっていました。
何枚もの皿やグラスが割れていて、棚の上のものは落ちて床に散乱してて、壁には穴が空いていて……
僕の部屋は信じられないくらいに荒れ果てていました。
ひとりぼっちでその片付けをしてるうちに、僕はだんだんと冷静になってきたんです。
「どうしてあんなに怒ってしまったんだろう、オカルトコレクションが他人に理解されないなんてわかってたことだ。
それに、いつもは人が来る前に目に触れない場所に隠すぐらいはしてたのに」
どうしてあんなにもコレクションをひけらかしてしまったのか。
それをバカにされてどうしてあんなにも激怒してしまったのか。
その時ふと手に取ったのはあの「映らない」と言われた鏡でした。
映らないのは当然です、これだって儀式用のもので『鏡』とはいっても顔を映して見るためのものではないのですから。
それなのに、見ると僕の顔が映し出されているではありませんか。
そのことを不思議に思うよりも先に、映っている僕の顔に驚きました。
目の下には大きなクマがあり、頬はこけて顔色も青白く、何より目は落ちくぼみギョロッとした不気味な目つきをしています。
驚いて鏡から目をそらしたその先には、洗面所にある普通の鏡。
僕は慌てて儀式用の鏡を置き、洗面所へ行って顔を確認しました。
映し出されたのは、いつもどおりの僕の顔。
混乱した僕はもう片付ける気にもなれず、疲れからそのまま床に寝転がっていました。
そんなとき、帰った同僚の一人から電話がかかってきたんです。
「もしもし、俺だけど。
今日どうなったんだっけ?
おまえんちでみんなで飲もうって話」
電話の向こうで友人がそう尋ねてきました。
僕の家に来て、酒を飲んで、ケンカして帰った。
これほどインパクトのある出来事を、酒が入っていたとはいえ、覚えていないなんてことあるでしょうか?
「いや…… ごめん、みんな帰ったよ」
と言うと同僚は本当に驚いたようで、とぼけている様子はありませんでした。
「え? まじで? あれ、なんかあった?」
「ごめん」
と言うも、友人はまだ驚いた様子で聞き返してきました。
「なんでおまえさっきから謝るの?」
友人は酔っていて記憶が曖昧になっているんだろうとは思いました。
でも僕がやったことは帳消しにはできない、無意識のうちにそう思っていたのかもしれません。
「本当にごめん」
何度も謝りました。
友人は話にならないと思ったようで、そのうち電話を切りました。
僕は床に寝転がったまま、しばらくボーッとしていました。
そんな時です、突然インターホンの音が鳴り響きました。
モニターをのぞくと、電話をしていた同僚と、他にも数人いました。
「急に来て悪い、でももともとここに集まる予定だったしイイよな?
来るはずだったメンバー、全員じゃないけど声かけて来た。
一体どうなってんだ?」
僕は「うん」とだけ言ってみんなを家に上げました。
入ってきた同僚たちが部屋の惨状に驚いて「え」と声を上げたことで、僕もハッとなりました。
「あ、ご、ごめん、散らかってて」
そう、部屋は荒れ果てたままの状態だったのです。
僕が慌てて座る場所だけでも確保しようとすると、みんなが手伝ってくれました。
ある程度の範囲を片付け終わって、車座に座ります。
「で? なにがあったの?」
と、みんなを代表して最初に電話で話した同僚が僕に尋ねます。
みんなの記憶に残っていないからといって、あったことをなかったことにはできません。
僕は迷った末に正直に話しました。
ケンカになったこと、そのまま全員帰ってしまったこと。
どうしてあんなに怒ってしまったのかわからないこと、申し訳ないと思っていること。
すべてを包み隠さず話しました。
みんなは僕の話を黙って最後まで聞いてくれました。
説明が終わってしばらくの沈黙の後、静寂を破ったのはやはり電話の同僚でした。
「ごめん…… 全然覚えてない、と思ったけど……
話聞いてるうちになんとなくそんなことがあった、ような気もしてきた……」
それを聞いて、ほかの同僚たちも口々に同意し始めました。
「確かに、俺もだ」
「うん、そんな気がする」
僕はうなだれてもう一度謝罪しようとしました。
「ごめん、最初に僕がカッとなって、それで……」
だけど、同僚がそれを遮りました。
「いや、最初に俺がおまえのコレクションをバカにしたからだろ。
謝るのは俺のほうだ、ごめん。
だけど…… いや、ごめんだけど。
俺たちの記憶がなくなってたこともおかしいし、普段温厚なはずのおまえがそんな風になるのもおかしいよな。
これはバカにして言うことじゃないんだけど、落ち着いて聞いてくれよ。
何か…… 呪いとか、そういうアイテムがコレクションに紛れ込んでたりしないか?」
同僚はまた同じことが起きないように、慎重に言葉を選んでくれました。
僕ももうさっきみたいにカッとなったりせずに、冷静に話を聞きました。
いわれてみれば、常識で考えればありえないことが起きているのですから、そう考えるのも無理はありません。
「どうすればいいんだろう…… お祓い?
でも、どれがそうなのかわからないし、全部持っていくのはちょっと数が多いな」
そうつぶやくと、同僚のひとりがおずおずと語りだしました。
「実は、俺の知り合いにそういうのちょっと詳しい人がいて、相談に乗ってもらえるかも。
もしおまえがいやじゃなければだけど、話してみてもいいか?」
僕にはほかに手だてもなかったし「その人に聞くだけ聞いてみよう」という結論に。
同僚はその知人に連絡するとすぐに「いいよ」と返事が来て、後日会う約束を取り付けました。
そして後日、同僚は知人を連れてうちにやってきたんです。
同僚の知人は、僕の家に入るなり露骨に嫌そうな顔をしました。
「うわ、なにこれ。
ちょっと君こんな部屋によく住めるね」
開口一番そんなことを言うので、僕はちょっとムッとしてしまって彼の顔をにらみつけました。
彼はそんな僕の反応を気にするでもなく、部屋の中をキョロキョロと見まわしました。
「なんでこんなに集めたの?
大切に扱ってる様子もないし」
僕は自慢のコレクションをバカにされ、さらにはレイアウトにもケチをつけられたような気がして、ちょっとムッとしながらも答えました。
「僕が何を集めたって他人にとやかく言われる筋合いないんですけど」
「でも、これらが原因で困ってるから私を呼んだんじゃないの?」
そう言われてしまっては返す言葉もないはずでした。
だけど、僕はもうその時点でかなりイライラしていて、冷静な判断力を失っていたんです。
「呼んだのはそいつです、僕じゃない。
もういい、僕をバカにするために来たのなら帰ってください!帰れ!」
同僚とその知人をまとめて追い出してしまいました。
玄関の鍵を閉めてやったら、しばらくの間インターホンが鳴り響き続けていました。
「しつこいな……」と思いながらも、絶対に開けるつもりはありませんでした。
しばらくするとインターホンが鳴り止み、そのかわりに玄関の外から同僚の声が聞こえてきました。
「気を悪くしたなら俺が代わりに謝るよ。
このひとは口は悪いけど悪気はないんだ。
なあ、温厚なおまえがそんなふうになるの、自分でもおかしいと思わないのか?
少しでも話を聞いてくれ」
その様子に、僕は少しだけ冷静になることができました。
「ごめん、またついカッとなっちゃって」
そう言って扉を開くと、同僚の知人は悪びれもせず会釈だけして、またツカツカと家の中に入ってきました。
一瞬「失礼な態度だ」と思ったけど、なんとかこらえました。
同僚がいうように、やっぱり僕の怒りの感情はなにかに操られているように感じられるのです。
普段なら気にならないようなことがいちいち癇に障ってしまう。
僕がそうやってなんとか怒りをこらえている間に、彼はコレクションを勝手に触っていました。
止める間もなくいくつかの仏像を取り出し、テーブルの上に並べたのです。
「一番のお気に入りをひとつ選んで」
「????」
意味がわかりませんでした。
僕がポカーンとしていると、同僚が横から肘でつつくので、もう一度彼から言われた言葉を脳内で反すうします。
やっぱり意図はわかりませんが、とにかく言われた言葉を言葉通りに受け取って、従うことにしました。
特にお気に入りの順序など決めたことはありませんでしたが、しばらく眺めた末に決めた仏像をひとつ、指さしました。
すると、同僚の知人は選ばれなかった仏像をすべて紙に包み始めたのです。
「ちょちょちょ、何やってんですか勝手に」
僕は慌てて止めようとしました。
ですが彼はまるで動じず、ただ黙って作業を続けています。
さすがに同僚が助け舟を出してくれました。
「おい、説明くらいしろよ」
そう言われて、彼は深くため息をつき、さも面倒そうに説明を始めました。
──このコレクション類、ほとんどは形を模しただけの単なる『グッズ』だけど、一部に本物の…… いわゆる神様仏様が宿ってるものがある。
それも、ちゃんと修行した僧侶が拝んで『入って頂いた』ものじゃなくて、もともとは自然霊のようなものが『入り込んでいた』もの。
もともと人の形をしたものには入りやすいからね。
そのうえそれが単なる人形じゃなくて仏像の形をしているもんだから、運搬されるときにも普通より気を使われただろうし、店員だって陳列するときにも少しは丁寧に扱おうみたいな気持ちになったりもしただろう。
店に並んでるときだって、商品を見る客の目は仏像を見る目と近しいものになっていた。
そうして、ただの自然霊はだんだんとその気にさせられて、神格化して、本物になっていくことがあるんだ。
これだけの数をそろえてたら偶然そういうのが紛れ込むこともまあありえないとは言い切れないだろうけど、それにしてもちょっと多すぎるね。
もしかしたら途中からはこの部屋を混沌と化すために集められていたのかもしれない──
「部屋を混沌と化すため!? どうしてそんな」
僕がそういうと、彼は再び深くため息をついてから僕に向き直って語りだしました。
──店に並んでる時までは、周囲からその気にさせられてきて、それで本物になっていったって言ったでしょう。
それなのに、いざ店から購入したアンタは、全然仏像扱いしてくれなかった。
神様仏様になった中の霊たちは、ただのコレクション扱いされて気を悪くしたんだよ。
それでも、そういう存在がただ一体だけだったなら、この部屋の守り神としてのプライドを持ってがんばろうって気持ちにもなれたかもしれない。
だけど、この部屋にはなぜか本物と化したコレクションが複数あった、それがまたおもしろくなかったみたいだね。
だから、災いが起こってしまったんだよ──
その話を聞いて、僕は愕然としました。
だって、僕はただ好きなグッズを集めてただけで、神様を部屋に呼びたいなんて野心的なこと考えたこともない。
普通の雑貨屋で売ってただけの、仏像の形をした貯金箱やセンサーライトに何かが宿ってるなんて思わないじゃないですか。
言葉が出ないままの僕をよそに、彼はどんどんと僕のコレクションをしまい込んでいきます。
「ちょ、ちょっと待って!
説明はわかりましたけど、それをどうするつもりなんですか!?
仏像扱いはしてなかったけど、それなりに大切にしてたつもりだし、自慢のコレクションなんですけど」
すると、もう一度深いため息をついて「まだわからないのか」とでも言わんばかりの顔で彼は説明を続けました。
──アンタ、普段温厚だって言われてたでしょ。
それがそんなにカッカするようになったのも、これらが影響してのこと。
かりにこれらが悪いものじゃなかったとしても、こんなにも神仏の気配の濃い空間にいたら普通の人間は神経がおかしくなっちゃうよ。
だから、この部屋の守り神を担当する存在をひとつ選んでもらって、それ以外の方々はこちらで引き取ろうと。
何も入ってないグッズは今のところ大丈夫だから、新たに『なにか』が入りこまないように処置だけして残していくよ──
これだけのグッズを集めるのに一体どれだけかかったと思ってるんだ。
僕はそう叫びたかったけど、言葉が出てきませんでした。
その間にも彼はどんどんと僕のコレクションを片づけていきます。
何も言えずに情けない顔をしている僕に、彼は最後にこう言って帰って行きました。
「これに懲りたらオカルトコレクションなんてすっぱり足を洗って、もっとマシな趣味を見つけなよ。
アンタが自分で選んだ守り神様はずっと部屋で見守ってくれてるんだからさ」
それからしばらくの間、僕は喪失感でふさぎ込んでしまいました。
結局あの後オカルトグッズは、僕が選んだ守り神様一体だけを残してすべて処分したんです。
何も入っていない、処置済みのグッズは持ち続けてても影響はないらしいけど…… 正直、もう新たに増やすこともできないんだなと思うと熱も冷めてしまって。
まだ新しい趣味は見つかってないけど、あの喪失感もだいぶ薄れました。
同僚が気晴らしに遊びに連れ出してくれたりして、今はようやく立ち直ることができたんです。
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