夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第五十三話 写真の裏側

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さて、俺の体験した現象をお話ししましょう。
俺の名前は『新井』って言います。

一応プロの写真家なんだけど、かけだしの頃は正直、写真だけで生計を立てることは容易ではありませんでした。
個展や写真集の出版に憧れを懐いてはいたものの、そんなのは夢のまた夢。

(なんらかの写真コンテストで入賞でもできれば)

なんて思ってがんばってはいたんだけど、落選ばかりで……
広告写真や素材写真の撮影でなんとか食いつないでるという状態でした。

もう、写真だけで食っていくことは諦めて、スタジオなり写真館なりせめてカメラに関わりのあるバイトでも探そうかななんて思い始めてました。





そんな時、素材写真をよく買ってくれる知り合いの雑誌編集者から、ある相談を持ちかけられたんです。

「実は今度、オカルト雑誌の編集に転向することになりまして。
心霊写真のコーナーなんかもあるんですけど、新井さんはそういう怪しい写真なんて見たことあります?」

今までにそんな写真とれたことなんかありません。
だけど俺は即答はせずに「探しておきますね」と返答を濁してその場は別れました。

そして…… 軽蔑しないでくださいね、その時の俺は本当に人生に悩んで切羽詰まってたんです。
実は、その。
心霊写真をねつ造することを思いついてしまったんですよ。

いまどきデジカメを使えば素人でも心霊写真をでっちあげることは可能ですよね。
写真をとってからレタッチソフトでいくらでも加工できるんだから、そういうのは扱う側としてもあまり信ぴょう性を感じてないんじゃないかと思うんですよ。
そこで俺が思いついたのが、カメラの知識を生かしてフィルム撮影したアナログ写真で心霊をねつ造するというもの。

いろいろと手段はありますよ、あんまり教えたくはないけど……

例えば、わざと画質を悪くした顔写真を切り抜いて、それを池とかちょっとした水に沈めるんですよ。
あとはそれをちょっと薄暗い環境でギリギリ見えるか見えないかぐらいの感じで撮影するんです。
こうすることで、撮影してから加工したものと違って信ぴょう性が高く本物っぽい心霊写真がとれるんですよ。

そんな風にしてとった写真を、俺はなにくわぬ顔で編集者に渡したんです。

「探してみたらちょっと気になるものが写ってたんだけど、自分では判断がつかないから……」

な~んて、判断も何も偽物であることは自分が一番よくわかってるくせに、よく言いますよね。
今思い返せばわれながら面の皮が厚いことやらかしてたなって思いますよ。
でも、何度も言いますけど、当時は本当に悩んでましたから……。

「これ預からせていただいてもよろしいですか!? 掲載されたらもちろん謝礼はお支払いします」

編集者は、渡した写真を見るなり興奮した様子で言いました。
俺は現像した写真と一緒にネガも渡しましたから、カメラの知識のない人間はそれだけでねつ造の疑いはないと判断してくれるんです。

「詳しいことが決まり次第、またご連絡いたしますね」

そう言って、打ち合わせに使っていた喫茶店を去っていきましたよ。

ひとり残った俺は、ゆっくりと編集者おごりのコーヒーを平らげてから席を立ちました。
一瞬立ちくらみがしたような気がしたんですが…… 思えば、異変はその時から始まっていたのかもしれません。




数日後、編集者からの連絡がありました。

「あの心霊写真、編集部とつながりのある霊能者に見てもらったところ、どうやら危険な写真だったようです。
一度撮影者とお話がしたいということになったので、ご足労いただけますか?」

俺はふたつ返事でOKを出しました。

(素材写真よりはるかに高い単価で『心霊写真』を買い取ってもらえるばかりか、インタビューも載せてもらえるかもしれない。もしかしたら、これをきっかけに写真家としての名が少しは知れ渡るだろうか)

そんな夢を見て、俺は有頂天になっていました。
だから、その後くらいから体調がかなり悪くなって、時々歩くことさえできないくらいのめまいに見舞われたりすることがあったとしても、まったく気にしてなかったんです。





打ち合わせは以前のような喫茶店ではなく編集部の会議室に招かれました。
そこへやってきたのは、なじみの編集者と、雑誌のおかかえだという霊能者の二人でした。

全員が席に付くなり、霊能者は俺の写真を封筒から取り出して机の上に広げて言いました。

「率直に申し上げます、この写真に写り込んでいるものは非常に危険です。
何か心当たりはありませんか?」

「いや……特には……」

俺はすっとぼけた言葉を返しながらも、笑いをこらえるのに必死でした。

だって、ねつ造した写真を本物だと断定したばかりか、危険だなんて脅してくるんですから。
そんな脅し怖いわけないじゃないですか、俺自身が作り出した偽物なんですもん。

それでも、霊能者はいたって真面目な顔つきで俺のことを見つめていました。

「そうですか…… では、写真を撮影したときの状況など教えていただけますか?
あと、あなたとこの撮影場所の関係というか…… なぜここを撮影することになったか、などのエピソードを」

「わかりました」

俺は素直にうなずくと、撮影した時の状況や日時などのエピソードを話しました。
もちろんすべてデタラメです。
あらかじめある程度の設定を決めておいたので、そのとおりに話しただけです。

「ふーむ、なるほど…… ちょっとよくわかりませんね……」

話が終わると霊能者は眉間にしわを寄せて、腕組みをしながら考え込んでしまいました。

「先生、わからないって? 危険って言ってましたよね? 新井さんは大丈夫なんですか?」

霊能者の様子を見て不安そうな顔になった編集者が、しきりに霊能者に尋ねていましたが…… 霊能者は黙り込んだままなかなか反応を返しませんでした。





やがて霊能者が目を開き、編集者にコーヒーのおかわりを催促したんです。

(仕事の場でおかわりのおねだりなんて……
霊能者はおかかえだって言ってたし、わりと気心の知れた関係なのかな)

最初はそう思ったんですが、どうやら人払いの意味があったようで、編集者もすぐに察して給湯室に向かいました。
会議室に残ったのは俺と霊能者の二人きりになりました。

「あなたの言っていることは何ひとつ理解できません。
この写真から感じられることと、まったくつながらないんです。
失礼ですけどあなた、本当に事実をお話ししてくれているんですか?」

俺はドキリとしました。

「どういうことです……?」

俺は動揺を悟られないようにしぼり出すような低い声で尋ねました。

「あなた、最近体調すごく悪いでしょう?
もしかしてこの写真を撮影して以来じゃないですか?」

「え、ええ…… まあ……」

俺は冷や汗を流しながら答えました。
さっきまでは普通に会話していたはずの霊能者が、急に恐ろしくてたまらなくなったんです。
ただ、まだ(顔色やしぐさを見れば体調が悪そうなことくらいは誰だって見抜けるさ)って気持ちもありました。

霊能者はさらに俺の写真のねつ造部分を指して言いました。

「ここに写っている顔からは何も感じません。
問題はこっち。これが非常に恐ろしい」

そう言って、写真の別の部分…… 俺には単なる暗闇にしか見えない空間を指しました。
俺は目をこらして写真を見つめましたが、やはりそこには暗闇があるだけでした。

「真っ暗ですけど…… ここに何か見えるんですか?」

俺が尋ねると、霊能者は重々しくうなずきながら答えました。

「ここに映っているのはあなた自身ですよ」

「は!?」

思わず素っ頓狂な声を出してしまいました。

(何言ってんだコイツ?)

そう思っても無理はないと思います、だって俺がカメラを構えてシャッターを切って撮影した写真です。
そこに反射するようなものはなにもなかったし、俺の姿が写り込むわけはないんですから。
だけど、霊能者はかまわずに俺の目をまっすぐ見ながら言いました。

「ここに写っているのはあなたの生霊なんです。
何らかの切実な強い思い、願い…… それがここに強く残って見えているんです。
あなたが撮影したことでここに生霊が定着してしまったようですね。

危険だと言ったのは、人間は生霊を飛ばし続けていると魂を消耗し続けてしまうからなんです。
体調が悪くなったのはそのためです」

「じゃあ、この写真は本物の心霊写真だってことですよね!? 掲載されますよね!?」

事態の深刻さをまだ理解していなかった俺は、喜び勇んで聞きました。
でも……霊能者は渋い顔をして、首を横に振りました。

「本物…… といえばそう言えるかもしれませんね。
ただ、あなたにはここに自分の姿が写り込んでいるのが見えないでしょう。
雑誌に掲載しても同じこと、たいていの読者には何も見えません。
それが記事として成立するとお思いですか?」

(なん……だと!?)

俺は目の前が真っ暗になりました。
霊能者の言ってることはなにひとつ間違いはありません。
認めるしかない、頭ではそうわかってはいても…… どうしても認めたくない自分がいました。

「で、でもこの写り込んだ顔は!?
これこそ心霊写真ですよね!?
俺にも見えます、掲載に値するのでは!?」

俺はめげずに食い下がりました。
俺の問いかけに、霊能者は渋い顔をしたまま黙り込み、やがて重々しく口を開きました。

「こっちは…… ねつ造ですよね?

写り込んだあなたの生霊の姿が、あなたには見えなくても私には見えていると言いましたよね。
そう、はっきりと写り込んでるんですよ……
あなたが心霊写真を作り上げようと細工を施している姿が。

読者のなかにも、ある程度の霊感を持っていて、この姿を見ることができる人がいるかもしれない。
掲載されて困るのはあなたなんじゃないですか?」

霊能者の口調には確信がありました。
俺は観念して、すべてを認めるしかありませんでした。





ちょうどそのタイミングで編集者がコーヒーを入れ直して戻ってきました。

「ああすみません、聞きたいことは聞けました。
お時間をとっていただきありがとうございます。
今日は新井さんの体調もよろしくないようですし、このくらいにしましょう」

霊能者はそう言うと、話を打ち切って会議室を出ていきました。
正直その時のことはよく覚えていないのですが、たぶん俺は呆然自失だったと思います。

(心霊写真の掲載はもう無理。
俺がやったことを編集部にバラされて信用を失えば、今までほそぼそとやってきた素材写真の仕事さえ、もう……)

絶望に打ちひしがれたまま編集部を後にし、それから暫くの間俺は仕事もままならないほど寝込んでしまいました。

予想に反して、編集部には俺がしたことは伝わっていないようでした。
俺の体調を気遣い様子をうかがうメッセージをくれたり、お見舞いにも来てくれたんです。

「あの心霊写真は鑑定の結果、掲載しないことが決定しました。
せっかくのご提供でしたのに申し訳ありません」

自宅まで来てくれた編集者がそう頭を下げるので、俺はかえって恐縮してしまいました。

(本来ならば頭を下げるのは、あんな偽物をつかませようとした俺のほうのはずなのに……)

編集者はそんな俺の神妙な顔つきを見て、掲載されなかったことがよほど残念だったのだろうと思ったのかも知れません。
あの写真についてさらに話を続けました。

「霊能者の先生、あの写真が非常に危険だって言ってたじゃないですか。
どうやら、雑誌に掲載してしまうと新井さんの身に被害が及ぶ可能性があるとのことで……
掲載断念に至ったのは、そういう事情があってのことなんです」

俺は一瞬言葉を失いつつも、必死で冷静を装って聞いていました。
どうやら霊能者は『そういうこと』にしてくれたようです。





心霊に関して懐疑的だった俺も、ちょっとは霊能者という存在とその能力について信じる気持ちが芽生えました。

(能力を持った人間がまたどこかで俺の行動を見透かすかもしれない)

そんな不安も常につきまとうようにもなりました。

おかげで、あれ以来品行方正な人間として生きていますよ。
皮肉なもんですよね。
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