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第五十一話 消えた微笑み
しおりを挟むこれは、僕の昔の友人の話。
いなくなってしまった、たぶんもう二度と会えないだろう友人の。
死んだわけじゃないと思うし、行方不明になったわけでもない…… と思う。
少なくとも騒ぎになるような事件性があったわけじゃない、はずだったんだ。
はじまりは、ある朝のことだった。
「おはよう」と声をかけた僕に、友人は「おはよう」と返してはくれた。
だけど、その彼の様子は明らかにおかしかったんだ。
無表情で、まるで生気を感じられないような目つきだった。
いつもなら「はよ!あのゲームどこまで進んだ?」みたいに、あいさつを返すと同時にたわいのない雑談が始まるのが当たり前だったのに。
会話が続くことなく沈黙が流れる中、僕はただ彼の様子をうかがっていた。
「どうかしたか? 何か変だぞ?」
そう声をかけると、友人はしばらくの間黙り込んでから「なんでもない」とだけ言い残して、僕の前から立ち去った。
隣のクラスのその友人とは、通学路で会ったら一緒に登校する程度の仲だった。
だけど、その日は朝の反応がなんとなく気になって、昼休みに隣のクラスまで様子を見に行ったんだ。
僕に気づいた友人はすぐに手を上げて笑顔を返してくれたよ。
「お、どした? 忘れ物か? 何貸してほしいんだ?」
そこにいたのは、いつも通りの友人だった。
(もしかして気づかないうちに友人の地雷を踏み抜いて距離を置こうとされていたのではないか)
なんてヒヤヒヤしてたんだ。心底安心すると同時に
(じゃあ朝のそっけない態度は何だったんだよ)
ってモヤモヤがわいてきた。
だけど、なんとなく言い出しにくくて……
「いや、なんでもない。またな」
と言って自分の教室に戻ったんだ。その時は
(朝はたまたま機嫌が悪かっただけかもな)
なんて、それで終わる話だと思ってた。
だけど…… それ以来、友人の様子がおかしくなることがたびたびあったんだ。
それなのに、次に会ったときには何事もなかったようにケロリとしていつも通りに接してくる。
あの日もそうだった。
放課後、校門で偶然出くわしたからなんとなく並んで歩き出して、なんとなく一緒に下校する。
それが僕らのいつものパターンだった。
だけど、並んで歩く僕にまるで気付かないかのように、友人は一言も発することなくスタスタと歩いていくんだよ。
さすがにヤツの機嫌に振り回されすぎだと感じて、思い切って指摘することにしたよ。
「おい、なんか怒ってんのか?
なんか俺が悪いことしたなら言ってくれよ」
すると友人はこっちをチラリと見てから「なんでもない」と一言。
そして、僕を置いてさっさと先に行ってしまった。
そんな風に別れたにもかかわらず、やっぱり次の日の登校時に会ったときのあいつはいつも通りだった。
「おーっす。今日さみーな! いよいよマフラー引っ張り出したわ」
ヘラヘラした様子であいさつしてくる友人に、僕はホッとしつつもカチンときた。
「……おす」
もう僕は普通にあいさつを返すこともできず、露骨に態度に出してしまっていたよ。
「えっ、なんか怒ってんの? 俺なんかした?」
「なんでもな……」
僕が様子のおかしい友人にどうしたか尋ねても、いつも返ってくるのは「なんでもない」の一言だった。
だから、最初はその仕返しでもしてやろうと思ったんだけど……
なんとなく、その一連の件の不自然さを指摘するタイミングは今だと思ったんだ。
「なんでもなくない。おまえ、心当たりないとでも言うつもり?」
「え? いや、マジなんなの…… ごめん、俺ほんとわからん」
詰め寄る僕に友人は冷や汗を浮かべながら後ずさりをする。
そんな彼の態度に僕はますます苛立ってきて、さらに語気を強めて言った。
「なんなのはこっちのセリフだよ。最近のおまえなんかおかしいよ。昨日の放課後だってさ……」
「昨日? 昨日の放課後は会わなかっただろ。誰かと間違ってない?」
友人は首をかしげる。
僕は自分の耳を疑ったよ。
確かに昨日、僕はあいつに会って……
あいつはすぐにスタスタ行ったけど、一度は真正面から顔を見て会話したんだ、間違えるわけがない。
「昨日、校門とこで会ったろ!
それなのに一人でさっさと帰っちまって、感じ悪いじゃん」
すると友人は「いや、マジで知らんけど……」と困惑した様子。
冗談を言っているわけでもなさそうだし、演技には見えなかったよ。
だけど僕だって冗談を言ってるつもりなんかない。
確かに間違いなく確実に絶対に、昨日の放課後あいつに校門前で会ったんだ。
僕はあいつに振り回されたくなくて、やがて距離を置くようになっていった。
別に毎日毎日待ち合わせて一緒に登下校してたわけでもないし、忘れ物をしたって他にも借りる友達ぐらいいる。
あいつも特に追求してくるでもなく、自然と疎遠になっていったよ。
もう、登下校中に偶然会ってもお互い気付かないふりをしてた。
そんなある日…… 突然、あいつから連絡が入ったんだ。
なんとなく気まずくなって疎遠になってはいても、別にケンカ別れしたってわけじゃない。
本当に突然メッセージが入った。
『相談したいことがある』
たったこれだけ。
僕はすぐに応じる旨の返答を返したよ。
やっぱりあいつの突然の変貌は気になってはいたし、ずっとモヤモヤしてたんだ。
放課後になって、僕と友人は待ち合わせて下校することになった。
校門の前で顔を合わせたときに少し気まずい空気が流れたけど、僕らはとにかく落ち着いて話ができる場所を目指した。
向かったのは通学路にあるバーガーショップ。
カラオケにしようか迷ったけど、曲入れてなくても案外うるさくて話をするには向かないんだよな。
「で、相談ってなんだよ?」
僕が促すと、友人は思いつめた様子で話し始めた。
「なんか最近、人からよく変なこと言われるんだよ。
そういえばおまえが最初に言い始めてたなって」
友人はそこで言葉を切り、しばらく無言の時間が流れた。
どう切り出せばいいか迷っているようだったので、助け舟を出すことにした。
「おまえが時々感じ悪い態度になってたことか」
「そ、そう! だけど、そんなこと言われても心当たりがないんだ」
友人は前のめりになって同意を示す。
「そりゃ機嫌の悪いときもあったかもしれない、そういうときには無意識に態度に出ることもあったかもしれない。でも、そもそも俺がいないはずの時間、いないはずの場所とかのことで俺がいろいろ言われてるんだよ!」
友人の必死の形相を見て、ウソをついているとは思えなかった。
(だけど、そんなこと急に言われても信じられるわけがない)
僕が友人の話を懐疑的に思っていると、彼はさらに続けたよ。
「もしかして俺はおかしいんじゃないかって不安になってきて……
二重人格とか、夢遊病とかさ…… そういうのって、どんな病院に相談すればいいんだ!?」
「え、ええと…… 精神科? 心療内科だっけ?」
僕は友人の言動に混乱しつつも、しどろもどろに返した。
そして、その前にひとつ伝えなければならないことがあると気づいたんだ。
「ごめん、僕さ、おまえがそこまで悩んでるって知らなくて、気まぐれで態度変えるようなヤツに付き合いきれねーって思ってた」
「あ、うん。察しはついてたよ。他にも疎遠になっちゃった友達は数人いるしな」
友人は寂しげに笑う。
僕は、なんだか悪いことをしてしまったような気がして、友人に全面的に協力すると誓ったんだ。
「そうだなあ、まずは即病院ってんじゃなくて保健室に常駐してるカウンセラーの先生に相談してみるのはどうだ」
すると友人は僕の提案に賛同し、少し表情が明るくなったように見えた。
「それから、おまえの様子がおかしくなったとき、元に戻らないかいろいろ試してみるよ。
そういうときに顔をひっぱたいたりしてもいいか?」
「お、おお、お手柔らかに」
二人して笑いあったのはいつぶりだっただろうか。
それから数カ月が経過し、事態は特に進展していなかった。
思いつく限りのあらゆる機関に相談して、アイデンティティ・自己認識について深く掘り下げるといった療法も試した。
だけど、相変わらず友人の様子はたまにおかしくなることがあった。
そういうときにはどんなに揺さぶっても、思い切って本当にひっぱたいてみても、変化は見られなかった。
いつもスタスタと足早に立ち去ってしまって、あわてて追いかけても絶対にどこかで見失ってしまうんだ。
「もうやめないか? これ」
ある日、唐突に友人が切り出した。
僕はたぶんポカンとした顔になっていただろう。
「……なんで?」
「原因もわからないし、解決も、軽減すらしない。
むしろ頻度は上がってきてるんだ、おまえも疲れただろ。
僕は現状、何も困ってない。困ってるのは周囲だ。
そしてみんな僕から離れていく…… もう、それでいいんだ」
僕は何も言えなかった。
本気で心配してたしなんとか解決したいと思ってた。
でも、どこに相談しても、どんな療法を受けても解決しなくて……
確かに、僕も疲れ始めてた。
それ以上に、そんな薄情なことを言い出す友人に腹が立った。
そんで僕も売り言葉に買い言葉みたいになっちゃってね。
「ああそうかよ! じゃあお望み通り、また疎遠になってやるよ!」
あいつとは、それ以来ほんとに疎遠になってしまったんだ。
後日冷静になってから、後悔して……
(二人で協力しあってもダメだったのに、一人で解決なんてできるわけがない。
一生ひとりぼっちで生きていくつもりなのかよ、そんなのダメに決まってる)
そう思い直して、謝罪のメッセージを送ったけど、既読がつかないんだ。
電話をかけてもつながらない。
休み時間のたびにあいつのクラスに様子を見に行くんだけど、いつもいつのまにか姿を消してるんだ。
同じクラスのやつに聞いてみても……
あいつがあんなふうになってから本当に誰とも親しく付き合えなくなってたんだな。
誰もあいつの居場所なんて知らないし、気にもかけてないって感じだった。
そのうちに、転校したんだか学校をやめたんだか…… いつのまにか、学校からいなくなってた。
先生に聞いても、個人情報を本人の承諾なく教えられないって言われたよ。
『親しい友人であれば本人同士で教え合ってるはずだ、学校に聞かなきゃわからんような相手には学校側から勝手に教えることはできない』
というような旨のことを、オブラートに包んで言われた。
その時はショックではあったけど、結局長い学生生活のなかで出会うたくさんの友人の中のたった一人のこと。
インパクトのある事柄があったから少しばかり記憶に残ってる時間が長かったけど、それもいずれ忘れてしまうようなことだった、はずだった。
僕は社会に出てから、同僚の影響もあってオカルト的な話題に興味を持つようになったんだ。
といってもネットで体験談を読んだりとかそんな程度だけどね。
そんな中で『ドッペルゲンガー』という現象のことを知った。
その瞬間、忘れかけてた学生時代の、あいつのことを一気に思い出したんだ。
当時はわからなかったけど、あの『様子の変わったあいつ』はドッペルゲンガーだったのかもしれない。
知れば知るほど、思い返せば当てはまることがあるような気がしてならなかった。
そして不思議と鮮明に思い出されたあいつの最後の言葉。
あのときのあいつは…… 本当にあいつだったんだろうか?
だって、あいつの一人称は『俺』だったはずなんだ。
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