夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第五十話 キングの亡霊

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昔、対戦格闘ゲームのブームがあったの知ってます?

いえ、今だって対戦格闘ゲーム熱いですよね。
ただ、今って昔よりも据え置きゲーム機の性能も上がってるし、パソコンだって性能のいいゲーミングパソコンがそこまで高価でもなくなってきてるじゃないですか。
インターネット回線も格段によくなってますしね。

そんなふうに、環境が整って各家庭からネットを通じて対戦するのが当たり前、じゃなかった頃。
ゲームセンターで知らないもの同士が向かい合って対戦してた頃のことです。

そんな時代に、最強とうたわれたプレイヤーがいたんだそうです。
地元のゲームセンターでは当然負け知らず、各地から猛者が集う全国大会でも優勝常連で『彼が出場する限り他のプレイヤーは優勝のチャンスを奪われる』ってんで、殿堂入り扱いされて出場すらさせてもらえなくなっていたんだとか。
そして彼なしで決定したチャンピオンは、彼に挑戦する機会を得るんです。

ただ、ほとんどの優勝者は辞退したそうですけどね。
彼と対戦するとそれまでいっぱしのプレイヤーだと自負していたプライドがズタズタに引き裂かれるんですよ。
せっかく優勝したんだから、少しでもその気分に浸っていたいと思うんでしょうね。

そりゃあ、ごくまれにはいたそうですよ、挑戦する優勝者。
でもやっぱりボロ負けするんです。
そういう人は自信を失って次の大会からもう出場しなくなったんだとか。





や、ちょっと話がそれちゃいましたね。
そんな最強の、通称『キング』はさぞつまらない思いをしていただろうな、って思うんですよね。
勝ったり負けたり、白熱した試合が対戦ゲームの醍醐味なのに、自分を負かすほどの実力者が回りにいないばかりか、強さが知れ渡るほど挑戦するものさえ少なくなっていくんですから。

そんなとき、当時最も熱かったゲームタイトルで世界大会が行われることになったんだそうです。
今でいうeスポーツの走りですね。
国内で相手になるプレイヤーがいなかった彼は、まだ見ぬ世界のライバルとの対戦を心待ちにしていた……。

だけど、それは叶わぬ夢となりました。
大会の会場へ向かう途中、彼は交通事故で亡くなってしまったんです。
楽しみにしていた猛者との対決の機会を失った彼の未練は、彼の魂を現世へ縛り付けました。





俺がそんなウワサを聞いたのは高校生の頃でした。

授業中にスマホゲームで遊んでるのが見つかって先生にスマホ没収されちゃったんですよ。
で、放課後取りに来いって言われて職員室に行ったときに、先生が話して聞かせてくれたんです。
先生も若い頃はゲーマーだったんだそうです。

俺はゲームセンターなんて正直ギャルが行くものだと思ってましたよ、だってプリクラとクレーンゲームしか置いてないんですから。
だから(そういう時代もあったんだ)なんてちょっと不謹慎にもワクワクして聞いてたんです。

そしたら先生が脅すように言うんですよ。





──実はな…… そのキングがホームにしてたゲームセンターってのが、駅前裏路地にある廃ビルの地下にあったんだよ。

今はもう営業もしてないがらんどうなんだけど、なぜか一台だけ置き去りにされたゲーム筐体があるんだ。
廃ビル自体もう電気も通ってないしゲーム筐体のコンセントだってつないでなんかいない。

それなのに『ある条件』がそろったときだけそのゲームは動き出すんだそうだ。
それをプレイし始めると、筐体の向かい側には誰も座っていないのに『挑戦者が乱入しました』って表示が突然出てくるんだ。

ああ、当時の対戦格闘ゲームってのはそういう仕様でな。
向かい合わせになった筐体同士が連携してて、反対側からクレジットを入れてスタートを押すとCPU戦をプレイ中のプレイヤーに乱入対戦を仕掛けることができるんだ。
まあ仕様としては今でもそうなんだろうけど、そういうゲームを置いてる店自体あんまり見かけなくなったしなあ。

その姿の見えない乱入者ってのが、なにをかくそう『キング』の亡霊だってウワサだ。
そう……『ある条件』ってのは、キングの亡霊が出現したときさ。

どうしてこんな話をしたかって?

ことゲームに関してはこの町はキングのナワバリなんだ。
ゲームに夢中になるのは理解できる、先生も若い頃はゲーマーだったしな。
だけど、ゲームするときとしないときのケジメをきっちりつけろ。

授業中はもちろん、歩きスマホもダメだ。
あんまり四六時中ゲームのことばっか考えてると、対戦相手を求めてさまようキングに『呼ばれる』ぞ。
気をつけろ──





(なんだ。最後は説教につなげるのかよ。
それも『オバケが来るぞ』なんて脅し、まるで子供だましじゃないか)

なんて、少々ガッカリしましたよ。
若い頃ゲーマーだった話とか怪談とか、いかにも俺が食いつきそうな話から入っても言うことは結局ソレなんだもんな。
だから俺は「へいへい」って適当に返事をして、没収されてたスマホを受け取って帰宅したんです。

もうその話には興味を失ってましたから、その後はすっかり忘れていました。





ところが後日、同じ話を別の人間から聞くことになりました。ゲーム友達のMです。
彼は同中出身で、高校が別になってからもずっとつるんで、新しいスマホゲームが出るたび一緒にインストールして、最初に友達登録して…… そんな仲でした。

Mは俺が先生から聞いたのとほぼ同じウワサ話を語り、最後に「キングに挑戦してみたいと思ってる」と言い残して行方をくらましました。

すぐに先生に相談しましたが…… 先生は深刻そうな顔で「呼ばれたな」とだけつぶやきました。
その顔を見ただけで悟りました、あの話は本当だったんだって。

「そんな! 俺にゲームを控えさせるための方便じゃなかったのかよ!」

先生は首を横に振りました。

「やっぱり信じてなかったのか。
言ったはずだ、気をつけろってな」

どうして俺は先生の忠告を信じなかったんだろう、あのとき引き止めることもできたはずなのに。

「その友人はかわいそうだけど諦めるしかない。
今までにもキングの犠牲になったゲーマーたちは見つかっていないんだ」

そんな言い草の先生の薄情さに憤慨し、職員室の扉をピシャリと閉めて帰路につきました。





確かに、キングの亡霊のウワサ話を知らなければ、世間ではただ『多感な年頃の男子がひとり家出した?』程度の認識になるだろうとは思いましたよ。
だけど俺は知ってしまった、Mは自分で姿を消したんじゃなくて何らかの現象の犠牲になったんだって。

諦めるしかないと言われたけど、諦めきれずに俺は奔走しました。
知ってる限りの神社やお寺に足を運び、相談したんです。

でも、ダメでした。
どうやらあの廃ビルはそのスジでは有名な心霊スポットだったらしいんです。
それも、かなり凶悪な部類で、並の能力者では祓うことは難しいみたいで……。

「あそこは無理です」
「ヘタに障るともっと悪いことになる」
「近寄らないようにだけ気をつけて生活してください」

行く先々でそう断られました。





そんな時、また先生に職員室へ呼び出されました。

「諦めるしかないって言ったろう。

今までに何人も犠牲者が出てる話はしたよな。
その家族や仲間たちが何もしないでいたとでも思ってるのか?
誰にもどうにもできなかったから今に至るんだ。

これ以上深入りするとおまえも『呼ばれる』ぞ」

言われるまでもありませんでした。
その時点で俺は思いつく限りのあらゆる手を尽くして、ことごとくダメだったんです。
もう打つ手なしで、どちらにせよ諦めるしかない状況でした。

「わかった…… だけど、一つだけ教えて、先生。
そのゲーム機でプレイできる格闘ゲームってなんてタイトル?」

最後にそれだけを聞いて、俺はスマホゲームをきっぱりやめました。
ずっと一緒にプレイしてきたMがいないと張り合いがないってのもあるし、なにより時間が惜しかった。

そう、あれ以来俺は先生から聞いたタイトルの格闘ゲームの練習に時間を費やしています。
いつか『呼ばれ』たときのために。

当時、日本中の腕自慢が心を折られていったキングに、付け焼き刃の練習で勝てるなんて思わないけど……
それでも、何もせずにはいられないんです。
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