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第四十八話 祖母の遺言と鏡
しおりを挟む私が中学生だった頃、大好きだった瑞江おばあちゃんが亡くなりました。
ショックが大きく、そのうえ当時私は学校でいじめにあっていて……
ひどく落ち込んでしまいました。
葬儀を終え、お母さんや叔母さんたちがいろんなことの処理にかけまわっているのを、私はただぼんやりと眺めていました。
死亡届とかそれに伴う事務手続きみたいなものはお父さんや叔父さんたちがやってたんですけど、お母さんたち女性陣がやってたのはまた別のことみたいです。
というのも、おばあちゃんは昔から霊感が強く、商売ではないのですが頼まれた時や身近な人が困っている時だけ立ち上がる、拝み屋のようなことをやっていたんです。
そのおばあちゃんが残した荷物の処理、それから今まで関わった人への連絡が一番大変だったみたいです。
なにしろ、おばあちゃんは自分の死期も悟っていたようで、きちんと準備を完璧に済ませて旅立ったんですよ。
『鈴木さんの事故物件にはった結界、2年しかもたないから絶対引っ越すよう念を押して』
『田中さんは先祖供養を怠らない限り大丈夫だから』
『小林さんの息子さん、体質的に憑かれやすいから、なにかあったら鏡森神社に頼るように伝えて』
『鏡森神社にもよろしく伝えてね』
『あなたたちもなにかあったらあそこに頼るのよ』
とか、びっしり書きこまれたノートを残していったんです。
そのノートの指示に従って、しばらくバタバタしていました。
やっと落ち着いた頃…… お母さんが、私宛に手紙を持ってきたんです。
「これ、あんたにおばあちゃんから」
おばあちゃんは私にもメッセージを残してくれていました。
──あなたがこの手紙を読んでいるなら、私はもうこの世にいないことでしょう。私の遺言があなたに届くと信じます。
私はある場所に何かを隠しました。それは私の人生で最も重要なものの一部であり、あなたに受け継がれるべきものです。
その場所を見つける手がかりは、私が生前から話して聞かせていたはず。覚えていますか?
これは、あなたが大好きなゲーム。私からの『ミッション』です。
それを見つけてごらんなさい。あなた自身の力で見つけることができたら、必ずあなたの人生に新たな光をもたらすことでしょう。
くれぐれも慎重に、そして心を開いてその場所を探してください。私の愛と祝福があなたとともにあります。瑞江より──
おばあちゃんは、私の好きなゲームにも理解があり、ユーモアのある人でした。
私が一番興味を持つ形式でメッセージを残してくれたんです。
最初はなんのことかサッパリわかりませんでした。
でも、おばあちゃんとの会話を思い返せば、たしかに手がかりになりそうな記憶があったんです。
(たぶん、おばあちゃんがこまめにお世話をしていた山の祠のことだ)
私がおばあちゃんの田舎に行くのは夏休みの時ぐらいでしたが、滞在中は毎日おばあちゃんについて山の祠へ通いました。
その道中もいろんな話を聞かせてくれて…… その中で言っていた覚えがあるんです。
「いずれおまえが引き継ぐんだよ」
私は、山の祠を探すことにしました。
いつもおばあちゃんに連れられて行っていただけなので、ひとりでたどり着けるかは不安でした。
でも、メッセージには『あなた自身の力で』と書いてありました。
お母さんや叔母さんたちに頼るわけにはいかない、そんな気がしたんです。
(一度だけチャンスがある)
ちょうど次の連休のとき、おばあちゃんの荷物の整理も終わっておばあちゃんの家が取り壊される前に、親戚一同で集まろうということになっていました。
この機会を逃せば、もうおばあちゃんの田舎へ行く機会さえ今後はなくなると思いました。
だいたい親戚が集まれば大人たちがお酒を飲むだけです。
「散歩してくる」
それだけ言って外に出ましたが、昼間から飲んでる大人たちには特に追求されることはありませんでした。
私は山道をまっすぐ進んでいきました。
いつもおばあちゃんと一緒に歩いた道を、思い出に浸りながら歩き続けました。
山の祠へ通じる道はきちんと舗装されているわけではなく、獣道のようなものでした。
こまめに通っていたおばあちゃんが通ることがなくなったので、少し草が生え始めて道がわかりにくくなっていました。
それでも、なんとか山の祠にたどり着いたんです。
私は祠の観音開きを開けてみました。
中に祀られていたのは、美しい装飾が施された手鏡でした。
私は持参した風呂敷にそれを包み、自宅に持ち帰りました。
祠から持ち出していいかどうか迷ったのですが、自宅に帰ってしまえば山の祠までは通えません。
山の獣道もすぐに草ボウボウになってわからなくなってしまうでしょう。
(『私が引き継ぐ』ということは、今はこれの責任者は私、ということ。なら私が判断していいだろう)
そんな考えから、持ち出すことにしたんです。
帰宅後すぐに自室に簡単な祭壇を組み、鏡を祀りました。
私、いじめにあってたって言ったじゃないですか。
その原因というのが…… もともとは別の子がいじめられてたんです。
でも、私そういうのイヤで、その子に積極的に話しかけて関わるようにしてました。
いじめの主犯格の子はそれが気に入らなかったみたいで、私にあの子を無視するように強要してきたんです。
私がそれを断ると、今度は私をターゲットにすることにしたみたいです。
不思議というかなんというか…… いじめをする人の思考回路ってどうなってるんでしょうね?
その時ターゲットにしてる人を孤立させるためなら、今までいじめてた人でもおかまいなしに仲間に引き入れるんですよ。
まるで何事もなかったように、今までもずっと仲良しだったみたいな顔をして親しげに。
いじめられてた側からしたら違和感しかないじゃないですか。
でもね、あの子はいじめの主犯格に従うことを選んだんです。
正直ショックでしたよ。でも気持ちはわからなくもないんです。
私がこうなったってことは、あの子が同じように私と関わることを選択したらまたターゲットにされるかもしれない。
一度経験してるからこそ、もう二度といやだって思っちゃう気持ち、わからなくもない。
それで、ですね……
山の祠から鏡を持ち帰った頃ぐらいから、私の学校生活に変化が訪れました。
「私、またいじめられっ子に戻るのがいやで、怖くて、だから……
ごめんなさい。あなたは私を助けてくれたのに」
あの子から、そう謝罪を受けたんです。
それ以来、他の傍観していたクラスメイトたちが徐々に私に話しかけてくれるようになりました。
おばあちゃんは何でも見透かすような、拝み屋でもあり占い師みたいなところもある不思議な人でした。
いじめられてることは誰にも相談できなかったけど、もしかしたらおばあちゃんだけは察していたのかもしれません。
(この鏡はもしかしたらお守りのようなもので、これをお祀りする限り人生は良い方向に向いていく、そういうものなのかな)
最初はそう思ったんです。でも、どうやらそうではなかったみたい。
いじめの主犯格にものすごく珍しい難病が発症したんです。
それの治療法は現代医療ではまだ確立していなくて、ただ日本で一人だけ研究をしている人がいるそうなんです。
だから、研究の協力者…… つまり被験者になることを条件に治療を受けることになったんだとか。
いじめの主犯格は学校を去る事になり、こうしていじめは自然消滅しました。
(これももしかして鏡の力!?)
そう考えると、私は恐ろしくなりました。
おばあちゃんが言っていた『なにかあったら鏡森神社を頼りなさい』という言葉を思い出しました。
私は土日を利用して、鏡を丁寧に風呂敷に包み、電車を乗り継いで鏡森神社を目指しました。
たどり着いた神社で私を出迎えてくれた神主さんは、私が言葉を発するより先に私の荷物を見てうなずきました。
「瑞江さんのお孫さんですね」
「おばあちゃんをご存じなんですか?」
「もちろんですよ。さぁ、こちらへ」
神主さんは私を社務所に案内すると、いろいろなことを教えてくれました。
やっぱり、おばあちゃんは私がいじめにあっていたことに気付いていたようです。
神主さんにも、いずれ孫が尋ねてくるかもしれないから、そのときにはよろしくと伝わっていたんだとか。
──まず、この鏡は単なるお守りではない。鏡が持つ力は『投影』と『反射』。
良く生きれば人生に反映されるし、降りかかる悪意を跳ね返すこともできる。
いじめの主犯格の子は『呪い屋』をやっていたような家系だった。
商売自体は大昔に廃業してしまっているけど、受け継がれた素質を特に色濃く持ってしまっていたのが、主犯格の子。
本人にその気がなくても、他人に悪意を向けるだけで発動してしまう呪い。
正式な手順を踏んでいないぶん弱いが、中学校という小さなコミュニティで絶対的な権力を持つため『圧』を発するには十分。
単なる『悪意』であれば、跳ね返ったものを受け取っても若干体調を崩す程度で済んだかもしれない。
しかし、未熟とは言え『呪い』の形を持ってしまったそれは、跳ね返された先で何倍もの威力となって襲いかかるだろう──
おばあちゃんからの情報を神主さんに聞かされて、私は心底驚き、そして恐怖しました。
「これはどうしますか? あなたなら人生を良くするために使いこなせるでしょう。
でも、荷が重いとお思いでしたらこちらで引き受けることもできます」
「正直、鏡の力は怖いです。でも、おばあちゃんのたったひとつの形見なんです」
「では『反射』の力を弱める処理を施しましょう。
今後、瑞江さんがやっていたように祀り上げる必要はありません。
ただ鏡に恥じない生き方をするだけでいいんです。
鏡の中から瑞江さんがいつも見ていると思ってね」
そうして私は鏡を持ち帰り、平穏な学校生活が戻ってきました。
あの頃のクラスメイトの何人かは、大人になった今でも連絡を取り合う仲なんですよ。
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