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第四十二話 機織り婆
しおりを挟む私の祖母、施設に入ってるんです。
小さい頃からおばあちゃん子だった私は、学生の頃からちょくちょく面会に行ってました。
卒業して就職してからも、なるべく時間を作って会いに行ってたんだけど……
慣れない会社勤めで疲れ切っちゃって、だんだんと頻度は下がっていきました。
あるとき、すごく忙しい時期があったんです。
あのときはたしか、数カ月は面会に行けなかったかな。
ものすごく久しぶりに会いに行ったら、おばあちゃんは見る影もなくやせ細って、元気がなくなってたんです。
それでおばあちゃん、しきりに泊まり込んで欲しいって言うんですよ。
(私が会いにこなかったから寂しくてやつれちゃったのかな)
なんて罪悪感もあって、二つ返事で了承しました。
仕事が忙しい時期も過ぎて一段落とした頃でしたし、ちょうどその日は金曜日でしたから。
お泊まり用の荷物を取りにいったん家に戻って、とんぼ返りで施設へ。
施設に入ろうとするまさにそのとき、ちょうど施設の前を通りかかった学生の会話が耳に入ってきました。
「知ってる? この施設、幽霊が出るらしいよ」
「まじで? ここで亡くなった人の霊?」
「いや、そこまでは知らんけど」
……正直、ちょっとゾッとしましたね。
幽霊とか信じてるわけじゃなかったんですけど、自分がこれから泊まり込むところでそんなウワサを聞いちゃうと……。
まぁでも学生の言うことですし
(よくある作り話だろうな)
なんて、あまり気にしないようにしたんです。
荷物を置いてからはずっとおばあちゃんと話してました。
それでやっと、なぜおばあちゃんがこんなにもやつれてしまったのか、なぜしきりに泊まり込んで欲しいと言ったのかがわかりました。
おばあちゃんの部屋に夜な夜な幽霊が出るんだそうです。
施設のスタッフさんに訴えても全然信じてくれなくて、毎晩おびえて過ごすしかなかったんだとか。
「おばあちゃん、私は信じるよ。
ちょうど今さっき、この施設の前でそういうウワサを耳にしたの」
このさい、学生に対して疑いの目を向けていたことは棚に上げました。
「その幽霊はただ機織りしてるだけなんだけど……
私ももうこんなトシだからねえ。
お迎えが来たんじゃないかって気が気でなくて……」
その夜、私は
(幽霊が本当なら怖いな)
という気持ち半分
(おばあちゃんを連れて行かせない)
なんて気合半分で泊まり込みました。
そして夜になりました。
電気は消されて真っ暗になった部屋の中で、おばあちゃんが言った通り、確かに何かが織られる音が聞こえてきました。
カタッカタカタッ……
カタッカタカタッ……
一定のリズムで繰り返されるその音の方向を見ると、うっすらと人影が浮かび上がっていました。
部屋は真っ暗のはずなのに、その人物と織り機だけがぼんやりと光っているかのように見えるんです。
目を凝らしてみると、それは白装束の老婆でした。
老婆が手を止め、こちらを見てほほえみかけてきたので、私は思わず尋ねてしまいました。
「何をしているの?」
すると老婆は手を止めて
「未来を織っているのだ。良い未来も、悪い未来も」
と言い、また手を動かし始めました。
私はもう何も言えませんでした。
カタッカタカタッ……
カタッカタカタッ……
織り機の音が、だんだんと早くなっていくように感じられました。
私の心臓も早鐘のように鳴り続けていました。
カタッカタカタッ……
カタッカタカタッ……
一晩中その音が鳴り響いて、明け方頃に老婆の織物が完成したようでした。
でき上がった反物をよく見ると、まるで映像が映し出されているかのように笑っているおばあちゃんの姿が見えました。
私がそれを見たことを確認すると、老婆と織り機は姿を消し、私も気を失うように眠りに落ちていきました。
翌朝、おばあちゃんはまるで憑き物が落ちたようにスッキリとした表情でした。
まさにあの反物に映し出された笑顔そのものだったのです。
「久しぶりによく眠れたわ。
忙しいだろうに、泊まってくれてありがとうねえ」
あの老婆と対峙している間、おばあちゃんの様子をうかがう余裕はありませんでしたが……
どうやらぐっすりと眠れていたようです。
「いいの、私もなかなかおばあちゃんに会えなくて寂しかったから。
それより昨日言ってたことだけど……」
「ああ…… 幽霊の話ね。
昨日はあんたが泊まってくれて安心して眠れたから見なかったねえ」
あの幽霊の正体が気になってはいましたが、おばあちゃんにどこまで話していいのか迷いもありました。
(私も見たなんて言ったらおばあちゃんはますます不安になってしまうかもしれない。
でも幽霊を見た話を誰にも信じてもらえなかったなら、私も見たことを告げたほうがいいのかな)
考え込んでしまった私を見て、おばあちゃんは何かを察したようでした。
「もしかしてあんたも幽霊を見たのかい?
あんなもの、そうそう見られるもんじゃないよ」
おばあちゃんはやつれてしまうほど怖い思いをしたというのに、私を安心させるように笑って言いました。
だから私も、幽霊の話をすることに決めたんです。
「うん、見た。機織り婆。
未来を織ってるって言ってた」
「ええっ!? 幽霊と話したのかい!?」
おばあちゃんは顔色を変えて驚きました。
言われてみれば、私はいままで霊感が強いなんて思ったこともないし、幽霊と対話することができるなんて考えられませんでした。
私に自覚がなかっただけで能力があったというよりは、あの幽霊の側に人間と対話する意志があったと考えるほうが自然でしょう。
「なにか伝えたいことがあって出てきてるのかな?
おばあちゃんは婆が織ってるもの見た?」
「う、うん…… 隣の部屋のふじ子さんが亡くなる様子が見えたんだ。
それで次の日、本当に見たとおりに亡くなってしまったから……
こんどは私の死を織るんだと思ってた」
おばあちゃんは少し震えながらそう答えました。
「そっか…… でも大丈夫、あの婆は良い未来も悪い未来も織ってるって言ってた。
おばあちゃんがそのとき見たのがたまたま悪い未来だったってだけだよ。
だって私が見たのは、おばあちゃんに元気が戻って笑顔になる未来だったし、そのとおりになったもん」
あの機織り婆にとってはどんな未来もただの反物に過ぎず、それが誰かにとって良いとか悪いとか関係ないのかもしれません。
おばあちゃんは私の言葉に安心した様子でした。
その日は土曜日だったので、私はおばあちゃんの部屋でもう一夜を過ごすことにしました。
夜になり、私は電気を消しておばあちゃんとおしゃべりをしていました。
そのうちにふたりともウトウトしだした頃、また機織りの音が聞こえてきました。
カタッカタカタッ……
カタッカタカタッ……
おばあちゃんを見るとすでに眠っているようでした。
そっと機織り婆のほうを見ると、一糸乱れぬ手つきで織り続けていました。
私は怖くなって、しばらく身動きが取れずにいました。
カタッカタカタッ……
カタッカタカタッ……
老婆が織っている音が止み、反物ができあがったようでした。
恐る恐るそれを見ると、反射するように見えた映像は、私が会社でせわしなく働いている姿でした。
ふと気がつくとおばあちゃんも目を覚ましていたようで、青い顔で震えながら機織り婆を見つめていました。
ふたりで手を握り合って震えていると、やがて婆はスーッと消えていったのです。
「おばあちゃん、見た?」
「見たよ…… 施設のスタッフさんが泣いてる様子が……
また誰か亡くなるのかねえ…… まさか、私が……!?」
それを聞いて驚いてしまいました。
私とおばあちゃんでは、見えるものが違っていたのです。
ますますわけがわからなくなってしまいました。
「違う、違うよ! おばあちゃんまだ元気じゃん!
今日も1日じゅう私が一緒にいるから、そんなこと絶対ないもん!」
おばあちゃんを励ますつもりでそう言ったのに、なぜか私の目からも涙があふれてしまいました。
私があまりに取り乱すものだから、おばあちゃんは逆に冷静になったのかもしれません。
優しく私の頭をなでてくれました。
おばあちゃんが不安を忘れられるように、その日も1日、おばあちゃんと語り明かすつもりでした。
ところが、会社から急な呼び出しがあり、どうしても出社しなければならなくなりました。
「ごめんねおばあちゃん、次の休みにまた来るから」
「いいんだよ、あんたこそ休日なのに大変なことだねえ。がんばっておいで」
私は不安を抱えたままおばあちゃんと別れ、会社へ向かいました。
そして会社で業務に追われている最中、ふと気がついたんです。
(この光景、機織り婆の反物に映った映像だ)
機織り婆はこうなることを予測していたのです。
いえ、もしかしたら婆がこの未来を作り出したのでしょうか?
それにしても気になるのは、おばあちゃんと私とで見えている映像が違っていたということ。
そんなことを考えつつひたすら仕事をしているうちに、いつの間にか日は暮れて、終業時間。
ロッカールームで着替えをしながら、私と同じく休日に呼び出された同僚と雑談を交わしました。
「今日は災難だったね。でも無事乗り切ってよかった」
「そうね。私、施設にいるおばあちゃんに面会に行ってたのにな。
おばあちゃんがね、幽霊を見たって不安がってたからさ……」
私は、おばあちゃんが見たと言っているとしか伝えられませんでした。
自分も見たなんて言ったら、
『いいトシをした大人が、現代人が、なにをバカなことを』
なんて思われるかもしれない、って……。
でも、それは無用の心配だったようなんです。
「子供と老人は幽霊を目撃しやすいって言うもんね」
同僚は幽霊の目撃証言をバカにするどころか、なにやら事情通のようなことを言い出しました。
(このオカルト好きの同僚になら話してもいいかも)
そう思えたので、私は詳しい話をしてみることにしました。
だって、私も目撃しているのですから、おばあちゃんが幽霊を見たのは『老人だから』ではないんです。
「違うの。私も見たんだ…… おばあちゃんが怖がってるから、安心させようと思って泊まり込んだの。
そしたら…… 本当に出たの。機織り婆が」
「機織り婆!? その幽霊は婆なのね!? それで、幽霊が機織りをしてたの!?」
彼女は興奮気味に身を乗り出して、私に詰め寄ってきたんです。
私は同僚を落ち着かせ、私とおばあちゃんが体験したことを話しました。
彼女は真剣に聞いてくれて、それから少し考え込むように腕組みをしました。
「ふーむ…… おばあちゃんと見えたものが違った、ねぇ……」
「あ、ねえごめん、ちょっと施設に電話してみていい?
おばあちゃんが『自分が連れて行かれるかも』なんて言ってたからちょっと不安で……
なにかあったらすぐ連絡来るはずだから、連絡がない時点で無事ではあるとは思うけど」
考え込む同僚をロッカールームに残し、私は廊下に出て電話をかけました。
電話口のスタッフの口調はいつもと違う様子はありませんし、おばあちゃんに取り次いでもらうこともできました。
そしておばあちゃんから真相が語られたんです。
「仕事終わったのかい、お疲れさま。
うんうん、こっちは大丈夫だよ、な~んにもない。
夕飯を持ってきたスタッフさんの目が腫れてる気がしたからね、聞いてみたのさ。
そしたら……『休憩中にスマホ漫画を読んでて泣いてしまった』だって。
私が反物にみたスタッフさんの泣き顔の正体はそういうことだったみたい」
おばあちゃんの話を聞きながら、私は笑いを抑えることができませんでした。
電話口で二人して笑い合って、
(おばあちゃん、ずいぶん元気になった)
そう安心して電話を切りました。
もちろん幽霊が見えること自体が恐怖ではあるけど、それ以上に、その話を誰にも信じてもらえなかった。
そんな孤独感が、しばらく面会がなかったことと重なっておばあちゃんの心を弱らせていたのでしょう。
私と長時間一緒に過ごして、さらに一緒に幽霊を目撃したことで『孤独ではない』と感じることができたのです。
機織り婆が不幸だけを運んでくる不吉な存在ではないと思えたことで、幽霊への恐怖感も和らいだのかもしれません。
ロッカールームに戻ると、同僚はまだ考え込んでいました。
「あ、どうだった?」
「おばあちゃん、なにも問題ないって。
スタッフさんの泣き顔も、泣ける漫画読んだせいだってわかったみたい」
同僚はほっとしたようで表情がパッと明るくなりました。
私のおばあちゃんのことを本気で心配してくれていたようです。
「私ずっと考えてたんだけど……」
彼女が気を取り直したように切り出しました。
「二人が同じ反物を見て違う未来が見えたのって、その反物に具体的な未来が織り込まれてるっていうより、反物は『未来』っていう概念でしかないんじゃないかな?
だから、人によって見えるものが違うっていうか…… その人にとって身近な、周辺の未来が映し出される、みたいな。
まあ私専門家でもなんでもないし、ただの推測だけどね」
ただの推測といっても同僚の考察はとても興味深く、私は納得できるような気がしました。
「なんかわかるかも、でもそれはそれでショックだなあ。
おばあちゃんにとって、私よりも施設のスタッフさんのほうが身近な存在ってことなんだよね」
私がそう言うと、彼女は慌てて取り繕うような笑顔を見せました。
「仕方ないよ、常に世話やいてくれる人には距離感では勝てないって。
でも血のつながった家族って特別だからさ、ね?」
「ふふ、ありがと。わかってる」
こうして、突然の休日出勤を乗りこえた戦友とともにロッカールームを後にしました。
私はそれ以来、どんなに忙しくても休みの日には必ずおばあちゃんに面会に行くようにしています。
今でも機織り婆は出るらしいけど、もう怖がることはなくなったみたいです。
『夜空に星や月が見えるように、夜の病室に機織り婆が見える、ただそれだけのこと』
そんなふうに受け止めてるみたい。
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