夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第四十一話 占い師の誤算

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以前住んでいた家のお話です。
私たち夫婦はずっとアパート住まいだったんですが、結婚5年目くらいの頃についに念願の一軒家に住むことになりました。

本当にたまたまだったんですけど、古い空き家を安く購入することができたんです。
その家は結構な築年数でかなりのボロだったんですが、ガタがきているところはすべてリフォーム済みで、生活に不便は感じませんでした。

当時は、こんなにも好条件で買えたことは奇跡だと思っていました。
この家で、これからきっと子供も生まれて、新しい生活を送れるんだと思うとワクワクしていたんです、それなのに……。





引っ越しを終えて一月ほどたった頃からだったと思います。
徐々に異変が起き始めたというか、違和感に気付き始めたというか。

最初は気のせいで済ませていたことが徐々にそれだけじゃすまなくなってきた感覚がありました。
日を追うごとに明らかにおかしなことが増えてきたんです。

まず、生き物の異常な発生がありました。
最初はクモやアリ、ハエのような、そこらにいる取るに足りない虫程度だったので

「まあ田舎だしな」

で片付けていたんです。
でも、それが徐々にネズミの大量発生に発展し、それを狙ってか近所の野良猫までもがうちに集まることになりました。
もはや人間の住処といえるのかも怪しい状態になりつつあったんです。

業者を呼んで駆除してもらえばしばらくの間は静かに暮らせるんですが、やがてまた元のありさまに戻ってしまういたちごっこでした。

それから、家電の故障も相次ぎました。
照明も、新しいものに交換してもすぐに切れてしまうので、頻繁に交換ばかりしていました。

この頃にはかなり

「何かがおかしい」

という考えはあったのですが、それでもまだ認めたくない気持ちが勝っていました。

だって、一大決心してついに手に入れたマイホーム、私たち夫婦の終の住処になるはずだったんですよ。
おかしいおかしいとは思いつつも、目をそむけ続けて必死に「気のせい」って自分に言い聞かせていたんです。

だけどとうとう、現実逃避のしようがない決定的な出来事が起こりました。

私はいつも、夫を仕事に送り出してから家のことを片付けて、お昼からのパートに出かけるんです。
ある日いつもどおりのルーティーンで朝の仕事をこなし、いつもどおりの時間帯に家を出たはずでした。

それなのに、人通りや車通り…… とにかく町の様子がいつもと違うんです。
ふとスマホを見ると、なんと夫を送り出した数分後でした。
おかしいじゃないですか、1~2時間はかかる朝の支度をすべてすませて家を出たんですよ。

その日帰宅した夫に確認しても、特にいつもより早く会社につくというようなことはなかったそうです。
まるであの家の中だけ、時間が止まってしまっていたかのようでした。





精神的に疲弊してしまってお互いピリピリしていたせいか、夫とも衝突することが増えました。
そんなとき、夫の同僚から心配の声がかかったそうなんです。

同僚の方は最近夫の顔色が明らかに悪く元気がないことを気にしてくれていたそうで……

「信頼できる占い師を知っている」

と紹介してくれたんです。普通なら

「占い師なんてうさんくさい……
不安にさせてお金を搾り取るつもり?」

なんて一蹴してしまったかもしれませんが、私たちの家では既に理解を超える現象が何度も起きていました。
私たちはワラにもすがる思いで、その占い師に面会の予約を取り付けたんです。

占い師は表向きは『占い師』として活動をしていますが『必要に応じて霊視・除霊のようなこともしている』とのこと。
その実力は確かなようで、私たちが相談を口にする前から既にすべてがわかっている様子でした。

とはいえ「現場を見て判断したい」というので、家まで見に来てもらったんです。
占い師は家の前まで来ると…… いえ、近くまで来た時点で確信を得たような表情になっていました。

「ああ、やはり」

そう言ってそのまま帰ってしまったので、てっきり

(手の施しようがなく見捨てられたのだ)

と思いましたが、違いました。

帰りの駅まで歩く道中で、占い師は説明してくれました。

「あの家は、私のお師匠様が昔々に処理した場所です。
屋根裏か軒下に封印…… 御札か何かがあったはずなのに、その存在が感じられませんでした。

ずいぶんキレイにリフォームされていますし、業者が作業中に撤去したんでしょうね。
封印が解けたことで、いままであの土地に封じられていた悪霊が解放されてしまったことが原因です」

そのお師匠様は既に亡くなられているそうです。

「自信はないけどお師匠様と同じ処理を施してみる」

とのことでした。





入念な準備が必要だそうで、占い師が再びわが家を訪れたのはそれから1カ月が経過したころでした。

なにしろ彼は『よく当たる』と評判の占い師らしいのです。
既に入っている予約の分をキャンセルするわけにはいかず、それらをこなしながら忙しい合間を縫って準備してくれました。

それまでの間に合わせとしてお守りと御札をいただいていたのですが、それで安心して過ごせたのは最初の1週間ほどでした。

2週間目くらいからまた不可解な現象が起き始めたので、あらかじめ生活に必要な最低限の荷物をまとめておいたものを持って家を出ました。
占い師からの連絡を待つ間、ずっとホテル暮らしをするしかなかったんです。

痛い出費ではありましたが『家で起きている不可解な現象は霊障である』ということが確定してしまったので、恐ろしくてそうするしかありませんでした。

そしてやっと占い師からの連絡があり、1カ月目にしてようやくわが家に再び足を踏み入れることとなったのです。





夫が家のカギを開けて占い師が中へ入り、私たちは玄関先で待機しました。

「私が呼ぶまでは絶対に家に入らないで待機していてください」

そう言って、占い師はお守りを持たせてくれました。

お買い得な物件だったとはいえ、そもそも安い買い物ではありませんからね。
一生物になるはずだったマイホーム…… できるならばちゃんと安心して住めるようにして欲しい。
その一心で、お守りを握りしめてひたすら祈るしかありませんでした。

やがて玄関のドアが開き、占い師がニッコリとした顔を覗かせました。

「もう大丈夫ですよ。さあ、入ってきてください」

そう言われて、私と夫は抱き合って喜びました。

ところが、玄関に入った瞬間に背筋が凍りつくような感覚に襲われました。
家の中は、部屋が暗く感じられるほど重苦しい雰囲気に包まれていたんです。

どういうことか訪ねようと顔を上げると、ついさっき玄関のドアから顔を出していたはずの占い師はどこにも見当たりません。
そのかわり、家の奥の方から戸惑うような占い師の声が聞こえてきました。

「えっ、どうして!? まだダメです、出て……!」

次の瞬間、占い師の悲鳴が聞こえてきました。





私は完全に足がすくんでしまいましたが、夫が慌てて駆け出すと、リビングに転がる占い師の姿があったそうです。
夫が肩を貸してどうにか脱出してきた占い師とともに、家を出、タクシーで私たちが宿泊していたホテルに戻りました。
占い師は少しずつ落ち着きを取り戻していました。

「とんでもないことになりました。申し訳ありません……」

そう言って深く頭を下げる占い師。
一体何が起きたのかを尋ねても要領を得ない答えばかりで、どうも話がかみ合わないんです。
根気強く話し合いを続けるうち、やっとその原因がわかりました。

私たちは占い師の許可があって家に足を踏み入れました。
しかし、占い師は私たちを呼びに来てはいないというのです。

「私が施していた術は非常にデリケートで、針の穴に糸を通すような絶妙なバランス感覚が必要です。
邪魔が入ることは想定すべきでした。
怪異は人間になりすますのが得意なものが多いんです、知り合いの声を真似てドアを開けさせたり……」

占い師は封印を失敗したことをひどく悔やんでいるようでした。

「こうなってしまっては、もうあの家に人間が住むことはかなわない」

ということです。
それでも、私たちには占い師を責めることはできませんでした。
だって、知らずにとはいえ私たちが封印の邪魔をしてしまったことが失敗の原因なのですから。





夫と話し合って、家を手放すことに決めました。
家を買ったときの不動産業者に連絡を取り、事情を説明して家を引き取ってもらうことにしたんです。

「人死にがあったわけではありませんので、厳密には事故物件という扱いにはなりません。
ですが、古くからずっとついている地縛霊がいます。

私が封印に失敗し、霊は並の能力者では手がつけられないほど悪霊化してしまいました。
事故物件と同様の告知をした上で、それでも同意した人以外は住まわせるべきではないでしょう」

契約の場に占い師も同行して、事のいきさつを説明してくれました。
もっとゴネられるかと思いましたが、家と土地の売却手続きはスムーズに終わりました。

「そもそも私が話した内容を信じていないのかもしれません。
頭がおかしいやつが来たから深く関わり合いにならないようにさっさと手続きを終わらせてしまおう、と。

だとしても私は告知義務ははたしましたので、ここから先はあの不動産業者の責任です。

もとはといえば、あの土地に憑いていた霊の封印を勝手に解いたのが原因ですからね。
それさえなけれあの家はずっと人間が住み続けられる家であったはずなんです」

そう言って、占い師は苦笑していました。





その後、私たちは夫の勤め先に近いアパートを借りて引っ越しました。
今度のアパートは占い師が内見に同行してくれて

「何の霊もいない安心安全の部屋」

とのお墨付きです。
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