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第三十三話 白骨からのメッセージ
しおりを挟む俺さ、廃虚が好きなんだ。
いわゆる廃虚マニアってやつ。
怪談が好きな人のなかには、心霊スポットめぐりが好きな人もいるかもだよね。
もしかしたら現地で会ったりすることもあったのかもな~。
俺はさ、その荒廃した美しさに引かれるんだ。
廃虚の中に入ると、時間が止まったような不思議な感覚が広がってくる。
同好の友達と一緒に写真を撮りに廃虚を訪れることが、休日の楽しみなんだ。
そんな廃虚めぐりの中で体験した話をするよ。
ある日、俺たちはある廃屋に行ったんだ。
もとは豪邸だった建物は、周囲の癒やしの風景とは対照的に、威圧感を漂わせていた。
コケに覆われてたからかなあ、足音の響かない廊下だった。
しばらく細い通路を進んで、半分崩れかけた扉を見つけたんだ。
そこを壊さないようにそ~っと通り抜けたよ。
すると、目の前に霧が立ち込めているような光景が広がった。
(なんだろう、この不気味な雰囲気は)
一気に背筋が凍るような気がしたよ。
それまで歩いていた通路ではまったく足音が立たなかった。
なのに、そこに入ると足元から物音が響いてくるんだ。
床の質感が変わったのかとも思ったよ。
でも、通路と同じようにコケに覆われている。
コケのおかげで足音がしなかったのなら、ここだって同じはずだろ?
そう思ったとき、壁に映る奇妙な影が視界の端に見えたんだ。
一瞬(幽霊かな)と思ったよ。
その影は現れたり消えたりする…… ような気がした。
だってさ、よく見えないんだよ。
ホントに視界の端にしか見えないんだ。
怖くなって引き返そうと思ったんだけど……
なぜか、何かに引き寄せられるように進んでいってしまったんだ。
一歩ずつ、ゆっくりとね。
もう、後ろを振り返る勇気もなかった。
そのうち、別の部屋から物音が聞こえてきた。
最初は(誰かいるのかもしれない)と思ったんだよね。
廃虚マニアって全国に結構いて、偶然遭遇することも珍しくないんだ。
たまたま何度か出くわしたのをきっかけに、連絡先を交換した人もいる。
もともと同じ趣味の仲間みたいなもんだしね。
で、おそるおそるそっちをのぞいてみた。
薄暗くてよく見えなかったけど、家具のようなものが置かれていた。
家具といっても壊れかけの机とか椅子とかベッドくらいしかない。
人の気配はないと思う。
少なくとも誰もいないようだ。
(じゃあさっきの物音は……?)
混乱しつつも、俺たちはさらに奥へと進んだ。
今思えば、明らかに引き返すべき状況だったんだけど……
なぜかその時の俺たちはその判断ができなかったんだ。
そこは今までの部屋より一回り広くなっていた。
霧が濃くなっているような感じがして、空気がひんやりしている。
天井には照明器具が残っていた。
ところどころ割れているので、破片が落ちてきてケガしないように注意して進んだよ。
俺たちは辺りを見回しながら、夢中で写真を撮った。
恐怖心もあったものの、やっぱりなんだかんだで廃虚マニアでもあるんだよな。
「うわっ」
突然、友人の悲鳴が響き渡った。
何事かと思って振り返ると、友人は壁際にへたり込んでいた。
どうやら転んでしまったらしい。
彼は立ち上がろうとするのだが、うまくいかない様子だ。
足が震えているように見える。
「大丈夫?」
「うん…… だけど……」
俺が声をかけると、言いにくそうに友人は切り出した。
「もう帰らないか……?
なんかおまえ、こんな中ズンズン進んでて怖いよ……」
正直、俺も同意だった。
周囲の空気は重苦しく、霊感のない俺でも何かがいるような気がしてならなかった。
だけどその気持ちとはうらはらに、俺の口から出た言葉は……
「じゃあ俺ひとりでこの先に進んでみる。
おまえは帰っていいよ。気をつけてな」
なんでだよ。
自分で自分が信じられない。
どうして俺はあんなことを言っちゃったんだろう。
友人は俺の言葉を聞いて『もう何を言っても無駄だ』と思ったのか、本当にひとりで引き返してしまった。
俺だってその後を追うことができたはずだったんだ。
どうしてそうしなかったのか。
今思い返せば、何かに導かれていたとしか考えられないんだ。
さらに進んでいくと、反対側の庭のような場所に出た。
そこは山の斜面に面していて、野生動物が掘り返したのか、ところどころ土がボコボコになっててさ。
見つけちゃったんだよね、白骨化した遺体を。
なんだか、こう、なんていうかさ。
俺は思わずしゃがみ込んで、その遺体にカメラを向けたんだ。
それから、夢中だった。
シャッターを切るのに夢中だった。
気づいたときには、あたりはすっかり日が暮れて真っ暗になっていたよ。
俺が予定の時間に帰ってこないから家族が心配して電話をかけてきた。
それで俺はやっとわれに返ることができたんだ。
それほど険しいわけではないとはいえ、人里離れた山の廃屋。
『日が落ちてからの山移動は危険』ということもあり、俺はそこで一夜を明かすことにしたんだ。
懐中電灯は用意していたけれど、スイッチを入れても明かりはつかなかった。
電池切れかなと思ったけど、念のため予備の電池に交換してもやはりつかない。
仕方がないので、その晩は暗闇で過ごすことになった。
すっかり正気に戻った俺は、その廃虚に泊まるのは怖いと思った。
だから、廃虚から出て少し離れたところの空き地で野宿することにした。
俺はいつも廃虚探索するときには、いざというときのための備えを準備している。
寝袋は持ってるし、携帯食糧も多少はある。
ケガしたわけでも遭難したわけでもない。
(明るくなれば普通に帰宅できるから一晩だけガマンすればいい)
そう思って、眠ることにした。
でも…… 眠れなかった。
いくら目を閉じても、まったく眠くなる気配がなかった。
むしろ、ますます目がさえてくる。
何度も寝返りを打っていた。
すると、背後から誰かに見られているような気配を感じたんだ。
俺はとっさに振り返ってみた。
そこには誰もいなかった。
これはただの錯覚だと思い込もうとした。
だけどダメだった。
背中がゾクッとして、鳥肌が立った。
どうしても背後が気になった。
(充電がなくなる不安はあるけど、まだモバイルバッテリーもある)
俺は別の友人に電話をかけて、事情を隠して夜通し通話に付き合ってもらったよ。
そうでもしないとそこにいられなかったんだ。
正気を取り戻したこと、少し後悔したよ、はは。
そこから先は大騒動だったさ、警察に連絡して、いろいろ聞かれて……。
警察の調査の結果、白骨の身元は行方不明だった主婦と判明したらしい。
夫から捜索願が出されていたそうだ。
女性は趣味が登山だったらしい。
『登山道から足を踏み外すかして斜面を転がり落ちたのではないか』
との見解だった。
地面に打ち付けられて死亡したか、重いケガ負って身動きがとれないまま衰弱死か。
どちらにせよ事件性はないものと見られていたんだ。
でもさ俺、その主婦の生前の写真見せてもらって思い出したんだよね。
(この女性に一度、会ったことがある)
いや、会ったといっても目があった程度なんだけど。
彼女さ、夫からDV被害を受けてたんだよ。
ああいうのってだいたい外面を取り繕うために人目につかないところでやるだろ。
たまたま路地裏歩いてる時に、物陰でひどく暴力を振るわれてる女性が見えたんだ。
一瞬、目があった。
助けを求めるようなあの目、いまでもハッキリと思い出す……。
でも当時まだ学生だった俺は、恐ろしくて足がすくんで、何もできないままその場を立ち去ったんだ。
俺のこの証言により、警察はもう一度夫婦の周辺を洗い直すことにしたらしい。
そしてついに、夫が暴力の末に死なせてしまったことを突き止めたそうだ。
『動かなくなった妻をどうしたらいいかわからなくて、山に埋めに行った』
と。パニクって選んだ手段だったが、これが意外にも隠匿には有効だったようで……
遺体が土に埋まっていたことで分解が進んだのと、野生動物に食い荒らされたことで白骨化が早かった。
おかげで捜査に役立つ痕跡はほとんど残っていなかったんだそうだ。
俺の証言がなければ事故として処理されるところだったと、感謝状をもらったよ。
そうそう、あのときに撮影した写真、現像してみたら心霊写真が大量に撮れてたよ。
ほとんどの写真にオーブが写ってるし、黒い影だったり白い光だったり、不可解なものもたくさん。
それから、白骨を発見したあのときに撮影した写真を見て、おかしなことに気付いた。
頭蓋骨の一部、アゴの骨のあたりが動いているように見えるんだ。
俺は触ってないし、風なんか吹いてなかった。
もっとも、風が吹いたくらいで頭蓋骨が動くとも思えないけど。
一枚一枚、アゴの骨の角度が変わっているように見えてさ……
それを順番に並べてみると、まるで『ありがとう』って言われているような気がしたんだ。
「あのとき、突き放すようなことを言ってひとりで帰らせてごめん」
そうメッセージを送って、友人とは無事仲直りできたよ。
「おまえの様子がおかしいことに気付いていたのに、恐怖心に負けて帰って、こっちこそごめん」
って友人にも謝られた。
それにしても『目があったから縁ができた』なんてどこぞの特撮ヒーローみたいなこと、本当にあるんだな。
俺があの女性の遺体を発見したこと、偶然とは思えないんだ。
あのとき助けられなかった女性の無念を、これで少しは晴らすことができたのかな……。
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