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第二十九話 草を返せ
しおりを挟む私、先祖代々受け継がれてきた山を所有しておりましてね。
これの管理がなかなか大変なもので。
というのも、特に私の山はよそ者を絶対に入れないよう厳重に管理しているからなのです。
なぜそのような管理が必要なのか、それについてお話しします。
少し、前提の説明が長くなってしまいますが…… よろしいでしょうか?
私の山のふもとにある村、それが私の生まれ育った地です。
その村は、まあ…… 現代日本の、とくに都会に生まれ育った若い世代から見ると、少々閉鎖的というか排他的というか……
村独自の風習が今も根強く残っているのですよ。
年に一度、村の安全を祈願して大規模な祈祷が行われます。
これによって村は、長年守られてきました。
特に大きな災害や流行病の類の被害は起きることがなく、平和な村でした。
普通は台風が来たなら風雨の被害が、地震が起きれば揺れの被害が出るものでしょう?
実際、周囲の村々では、台風や地震の規模から想定できる程度の被害が普通に出ているんです。
なのにこの村だけは偶然が重なり、大きな被害がなぜか全く出ないということがよくありました。
ですが『何も起きない』状態が続くと『何も起こさないための尽力』に目を向けなくなる層というのはどこにでもいるもので……。
「毎年毎年面倒くせえ。
祈祷なんてただの慣習だろ。
それを証明してやるぜ」
なんて言って祈祷を妨害する若者が出た年があり、その年だけはひどい災害に見舞われたそうです。
その被害の規模は、不運に不運が重なったように周囲の村々よりも特別にひどかったのだとか。
昔々にそんな事があって以来、村はますます祈祷に依存するようになっていったそうです。
その祈祷の内容は、ある野草を護摩のように焚いて行われる儀式なのですが……
この『ある野草』が自生しているのが私の山、そのほんの一部の狭い範囲のみなんです。
そして村には、その野草を見分け、摘み取る役割を持つ『草探し』という一族がいました。
毎年その祈祷のために山に入り、必要な分だけ野草を摘み取ってくる……
ただそれだけの役割を持つ一族です。
私は山を所有しているにもかかわらず、その野草がどこに生えているのか、そもそもどんな野草なのかさえ知りません。
代々祈祷を担っている巫女の家系も『草探し』から受け取った草を開封せずに包みのまま扱うので、野草の知識はないのです。
若者の妨害以来、村はこの『役割を分担する』ということを特に重視するようになりました。
必要な役割の多くをほんの少しの人間のみが握ってしまうのを避けようと、リスクの分散化とでもいうのでしょうか?
祈祷に必要なさまざまな役割を細かく分けて村の一族に分担させ、さらに主一族に万が一のことがあったとき代わりとなる副一族を据えるのです。
もちろん私の一族も山に関してはそうですよ。
私が跡継ぎを残すことができずに死んでしまったとしても、山の所有権は自動的に副一族へ移るようになっています。
そして副一族が主一族となり、新たな副一族が選出されるのです。
これは村の歴史の授業で習いました。
あの村で生まれ育った人間ならば、みんなが知っていることです。
その教育を受けていない外部の人間は必ず祈祷の重要性を軽視します。
だからなんですよ、村が排他的になるのは。
前提としての村の説明はご理解いただけたでしょうか?
では本題に入っていきますね。
ある年、流行病がまん延して村に壊滅的な被害が出たことがありました。
「祈祷は滞りなく行われたのに」
「何かミスがあったのか」
「誰の責任だ」
村人たちは口々に言い合い、次第に村の雰囲気は悪くなっていきました。
その空気に耐えかねて、ついに『草探し』が白状したのです。
──実を言うと、今年の『草』は見つからなかった。
われわれは毎年、生息数の少ない『草』が絶えてしまわぬよう、使う分だけを摘み、来年また採れるようにと気を使ってきたはずだった。
なのに、なぜか今年の『草』が根絶やしになっていたのだ。
祈祷をしないわけにはいかないし、そのための『草』が揃わないなんて絶対にあってはならないことだ。
だからわれわれは、言い伝えられている『場所』以外でも『草』を見つけることができないか、とにかく探し回った。
やっと見つけて帰り、例年通り巫女の家へ届けたが……
それが、間違いだったのかもしれない。
植物の種類が同じであっても、伝えられた『場所』にあるものしかダメなのか……
そこまでの詳しい話は、われわれの家系には伝わってないんだ──
それから村は大騒ぎでした。
『草探し』へのバッシングも多少はあったが、祈祷に関係する主一族の重責はみんな理解してるんです。
話を聞く限り『草探し』にミスがあったわけでもない、ただ異変があっただけなんですから。
重要なのは誰が悪いかを突き止めることではなく、今年の祈祷をやり直せるか、来年以降の祈祷をどうするか。
村長や祈祷に関係する一族の代表たちが集まって話し合いが行われました。
話し合いは数日間続きましたが、特に良い解決策も出ないまま、ますます流行病の感染者は出続けました。
誰もがいよいよ村の全滅を覚悟しました。
ところが若いよそ者が突然村を訪ねてきたことで事態は急展開しました。
ただでさえピリピリしている上、もともと排他的な村です。
最初は話も聞かずに追い返そうとしましたが……
その若者が持っていたビニール袋からチラリと見えた『草』に『草探し』の老人が反応しました。
「おい、それはどこで手に入れた」
若者の胸ぐらをつかみ、いまにも殴りかからん勢いで問いただしたんです。
それで村じゅうが察しましたよ(ああ、あの『草』がそうなんだな)って。
若者は泣きながら答えました。
「大学の…… フィールドワークの一環としてあの山に入って……
見覚えのない野草を見つけたから、持って帰って調べてみようって……
珍しいもの見つけたら、教授に褒められるかなって思って……」
「それで根こそぎかっさらっていったってのか!?
来年までに育つ分さえ残さずに!?
大学ってやつは一体何をおしえてるんだ!!」
老人は怒り心頭で、今にもつかんでいる襟首を締め上げてしまいそうでした。
しかし、若者は必死で訴えかけました。
「ご、ごめんなさい!
採った野草を返しに来たんです!
これで全部です、このとおり!」
若者は涙でぐしゃぐしゃになった顔で背中のリュックから大量の野草を取り出して見せました。
その野草を見た瞬間、私はぞっとしました。
『草探し』が山に入って「見つからなかった」のが儀式の前日。
ということは若者はそれよりも前に山でこの野草を採集したはずです。
そして祈祷をしたにもかかわらず村では流行病がまん延。
つまり、この時点で野草は採集されてからかなりの日数が経過しているはずなのです。
それなのに、ついさっき摘まれたかのようみずみずしく、美しい緑色を保っていたのです。
確かに『この草には特別な力がある』と認めざるをえない存在感を放っていました。
巫女の家系の老婆が『草探し』の老人を止めて言いました。
「正しい『草』が帰ってきたのなら、すぐに祈祷のやり直しをするぞえ。
よそ者に構っている暇はないはずじゃ」
こうして今年二度目の祈祷が行われ、その効果はすぐに現れました。
みるみるまに流行病も収束、感染者も快方に向かっていったのです。
村じゅうがあらためて祈祷の重要性を認識した事件でした。
山によそ者を絶対に入れないように警備を厳重にすることになったのも、ここからですよ。
そうそう、実は、その若者が草を返しに来た裏にあったエピソードが怪談の本題なんです。
だっておかしくないですか?
村の誰も、よそ者が草を根こそぎ持ち去ったなんてまったくわかってなかったんですよ。
誰にもバレていなかったのに、突然草を返しに来るなんておかしいですよね?
草を返しに来た後、若者はしばらく大学を休んで村長の家に滞在しました。
まあ、聞こえはいいけど軟禁状態ですよ。
どれだけの大罪を犯したのか自覚させるため、村長と『草探し』の老人が数日かけてこんこんと『説明してあげた』そうです。
その滞在中、若者は村長に語ったそうですよ、草を返しに来た真相を。
──野草を採って帰った日から、眠れない夜が続きました。
毎晩金縛りにあうし、どこからともなく「返せ」「返せ」って聞こえてくるんです。
やっと寝付けたと思ったら夢見が悪くてすぐに目が覚めてしまうし……
その夢の内容も、必ずあの山で野草を見つけるシーンから始まるんです。
その後は崖から転落としたり獣に襲われたりして、ひどい目にあう夢ばかり。
寝不足が続いて野草のこともほったらかしになってたけど、ふと思い立って何の草か調べてみようとして驚きました。
花瓶に挿していたわけでもないのに、摘んだままの草が新鮮なまま保たれていて……
これは普通の植物ではないって思いました。
今まで部屋で起きる霊現象のようなもの、夢見の悪さ、体調の悪さ、それぞれ別のものだと思ってました。
でも、この草を中心にすべてがつながっているような気がしたんです。
よくよく調べてみれば、そもそもあの山に登ったことからが間違いだったんです。
入山許可を取った山とは別の山に間違えて登ってしまっていたようで……
つまり許可なく侵入し、勝手に野草を摘んできたということになりますよね。
ですから、慌ててあの山の所有者を調べて、草を持ってお返しに来たんです──
そう語っていた若者、村に訪れたときにはげっそりとしていたのに、村長の家に滞在している数日で少しずつ顔色が良くなってましたよ。
あれだけこってり絞られて、むしろげっそりしそうなものなのにね。
「草を返したことでゆっくり眠れるようになったんだろう」
「アイツを悩ませていたのは、われわれのご先祖様かもしれない」
「今後なにかあっても、ご先祖様たちが守ってくれてきっと村は安泰」
村人たちは口々にそう言ってました。
ただ最近…… 私の死んだじいさんが生前、声を潜めて言ってたことも思い出されるんです。
──この村は自然の摂理をも捻じ曲げる強力な力で守り続けられている。
そのしわ寄せはずっとどこかにたまり続けている。
守りが失われた時に通常以上の被害が出たのは、反動なんだよ。
われわれがやっているのは被害の先送りに過ぎない。
自分たちの世代で被害を出さない代わりに、子孫の代に押し付けているといっても過言ではない。
じいちゃんはそう思うけど、この村ではそんな事とても口には出せんよ──
今思い返すと流行病のときにも、これまで祈祷に守られていたがために、村人ひとりひとりの感染対策が不十分であった可能性も否めません。
もちろん私だってじいさん同様、あの村にいながらそんなこと口には出せないですけど。
昔々に祈祷を妨害したという若者にも、もしかしたらこんな思いがあったのかもしれませんね。
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