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第二十八話 オオカミ青年
しおりを挟む俺が住んでいた町で、ある都市伝説がすごい話題になったことがあったんだ。
これからそれについて話すけど……
実を言うと、その都市伝説自体は完全なでっちあげの創作なんだよ。
真実を知っているのは俺くらいのもんなんだけど。
なんで俺だけが知ってるか不思議か?
理由は簡単、その都市伝説は俺が考えた作り話だからだよ。
なんとなく『口裂け女』とか『アクロバティックサラサラ』みたいな都市伝説を作ってみたくなってさ。
普通はそういうの匿名掲示板のオカルト板とかに書き込むんだろうけど……
俺あんまりそういうの詳しくなくてな。
さも『人伝に聞いた』かのような顔して、知り合いとかに話してそれで満足してたんだよ。
その都市伝説は『鏡の中の少女』って名付けた。
──町にはいたるところに鏡となるものがある。
道路のカーブミラーや、車についてるミラーはもちろん、ショーウィンドウのガラス面だって反射する。
他にも水槽の側面や、ちょっとした水たまりの水面だってそう。
そういう、あらゆる反射面に、その少女は現れる。
もしその少女を目撃してしまったら……
少女の気が済むまで遊びにつきあわされるんだ──
そんな内容さ。
まあ創作で死人を出すのもちょっと気分のいいものじゃないからな、設定はかわいいもんだろ。
俺らが子供の頃都市伝説を信じてガクブルしてたみたいに……
今の子供たちがちょっとでも怖がってくれたら面白いかなって。
そんな顔するなって…… ほんとただのイタズラ心だったんだよ。
あそこまで広まるなんて思わなかったしさ。
そう、その創作都市伝説は思いの外、町中に広まってしまったんだ。
昭和の古い時代には『口裂け女』が広まって、小学生は集団登下校する事態にまで発展したらしいじゃん。
それくらいの規模になりはじめたんだよね。
俺、焦っちゃってさあ。
最初に作り話を伝えた知り合いたちに
「あれは俺が作った話だったんだ」
って言っても、誰も信じてくれないんだよ。
オオカミ少年みたいに
『一度ウソをついたから信用を失った』
とかじゃないんだよ。
みんなあまりにもあの都市伝説を実際にあるものとして信じ込みすぎてさ。
俺個人というちっぽけな単位から発生した話であるということを信じられないというか……
受け入れられない、脳が理解しないみたいなそんな感じだった。
何を言っても
「またまた~」
で流されちまうんだよ。
俺の言うことが相手の脳まで届いてない感覚。
さらに俺を焦らせたのが
「本当に鏡の中少女を見かけた」
っていう声が上がり始めたことだ。
それがひとりふたりぐらいだったら
『ウワサを信じるあまり、恐怖で何かを見間違えた』
って可能性も考えられるだろうけど……
町中が「自分も見た」「自分も」って口々に言い始めたんだ。
不思議なのがさ、俺が設定してない細かい部分まで目撃者の証言が一致してんだ。
「その鏡の中少女は最初後ろを向いていて、だんだんとこちらを振り返りそうになった」
「完全にこちらを振り向ききって目が合ってしまう前に逃げ去ったから、自分は助かった」
そう言う人がほとんどだった。
『創作者本人である俺さえ知らない設定が独り歩きしてる』
状態が定着し始めた頃、さらに事態が悪い方に進展した。
ついに行方不明者が出ちまったんだ。
といっても都市伝説の内容は
『少女の気が済むまで遊びにつきあわされる』
ってもんだからな……
神隠しのように行方不明の状態になって、後に何事もなかったかのように発見されるんだよ。
それは数日後だったり数時間後だったりと、まちまちだった。
被害者はみんな一様に失踪していた間の記憶を失ってるから、捜査は難航するし警察すら
『人間の仕業ではない』
と考えてるようだった。
俺はもうどうしたらいいかわかんなくなって……
ネットで検索したり町の図書館に行って、都市伝説について調べたよ。
ひとつ可能性として浮かんだのが『サイコメトリー』ってやつ。
ものや場所に残る残留思念を映像として見る能力のことだな。
その特殊能力を持ってる人間だけが使える必殺技みたいに思われがちだけど……
意外と、感受性の強い子供ならそういう映像を見ることはありうるようだ。
その思念が強ければ強いほど見えやすいってのも気になった。
つまりは、町中の人間が都市伝説を信じ込んでしまった。
みんなが鏡のような反射面を見るたび、都市伝説を思い浮かべてしまう。
ちょっとずつ思念がたまって、ひとつの大きな残留思念の塊として育っていくんだ。
それをキャッチした人が『鏡の中少女』を目撃したのかもしれない。
『目撃』に関してはそれで一応の説明がつく…… とは思う。
それもかなり非現実的ではあるけどな。
ただ、やっぱり行方不明事件に関してはどうしても説明がつかないよな。
俺もう怖くて怖くてさあ……
自分が作った話が原因でこんなおおごとになるなんて。
「あれは作り話だった」
って広めて、みんなが
『鏡の中の少女なんて存在しない』
って理解すれば、こんな騒ぎは収まるはずなんだよ。
でも、もっと拡散の規模も小さい頃に一度やろうとして失敗したんだ。
今それが可能だとは思えない。
なにより
『現実として行方不明事件が発生してしまってる』
『その発端が自分のウソにある』
なんてもう言い出せなくなってたよ。
それで俺、もっともっと都市伝説について調べて、ひとつ気付いたことがあるんだ。
対処法のある都市伝説も多いんだよ。口裂け女なら
『ポマードって3回唱えると逃れられる』
とかさ。だから、今度は
『鏡の中の少女に会ってしまったとき、どうすれば逃れられるか』
その設定を考えて広めることにしたんだ。
それは子供でも覚えやすくて、すぐに実行できることがいい。
いろいろ考えたよ。
『口笛を吹く』とかだと上手に吹けない子もいる。
『呪文』なんかは覚えられない子もいるだろう。
『鏡をふさぐ』もカーブミラーとか手の届かないとこだったら無理……。
結局『手を2回たたく』にしたんだ。めちゃ簡単だろ? 拍手には
『神社のお参りのときに神様を呼び出す意味がある』
『そこらに漂ってる程度の浮遊霊を除霊する効果がある』
とか、いろいろ説あるみたいだし、ちょうどいいかなって。
都市伝説の一部として広めるにもふさわしい。
これが本当に怪現象だったとしても何かしらの効果が期待できるかもしれない。
これが大当たりでさ。
俺が考えた対処法は、瞬く間に町中に広まっていった。
子供も大人もあちこちで拍手を打つのが普通の風景になりつつあったよ。
しばらくしたらもう、先手を打って
『鏡を見かけたら手をたたいておけば少女は現れない』
って話に進展してた。
それですっかり行方不明事件も収まったし『鏡の中の少女』を見かけたって声もすっかり聞かれなくなった。
目撃証言がないもんだから、しばらくすると町の住人たちは都市伝説のこと自体を忘れてしまうんだ。
鏡を見ても誰も意識をしなくなれば残留思念ってやつも薄まる。
そして『手をたたいたから大丈夫』なんてプラシーボ効果に頼らなくても、目撃されなくなっていくんだろう。
それにしても、俺が作った話が町中に広まって、大人も子供もあんなにも信じ込んでしまったっていうのはやっぱり不思議だよな。
普通はありえないことだろ?
『話したことが現実になる特殊能力』に目覚めちまったのかな、俺。
ちょっと試してみるか……
「俺さ、宝くじに当選したんだ。3億円」
な~んてな。
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