夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第二十五話 指導霊

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高校生の頃の話です。
当時僕が所属していた文芸部に、ある男子が入部してきました。

彼の第一印象は、なんというか『不真面目な生徒』でした。
しょっちゅう授業中に居眠りをして先生に怒られるわ、毎日のように遅刻するわ……
正直あまりいい評判を聞きませんでしたね。

でも不思議なことにテストの成績だけは抜群にいいんですよ。
授業なんかろくに聞いてないようなのに。

ところで、彼には霊感があって「幽霊が見える」と言っていたんです。

僕はもともとそういう話題に興味があって、部活でもいつも創作怪談ばかり書いていました。
いつも彼が語ってくれる体験談が僕にはとても面白くて……
僕が何度も何度も彼に話をせがむうち、僕らは自然に親しくなりました。





親しく付き合うようになって彼の人柄を知れば、とても『真面目』なやつなんですよ。
居眠りや遅刻の常習犯とはとても思えないんです。

彼のそんな不思議な面も、仲良くなったことで謎が解けました。

彼は僕に秘密をうちあけてくれるようになったのです。
それは『彼が毎晩のように幽霊に悩まされて慢性的に寝不足である』ということ。
居眠りや遅刻はそのせいだったということですよね……。

僕はその話を聞いて

(彼のことを最初ウワサだけで判断して不真面目な生徒だと思いこんでいた)
(苦労を何も知らずに霊体験の話をせがみ続けていた)

と後悔しました。

「ごめん、僕なにも知らなくて」

そう頭を下げると、彼はニヤリとしてもう一つの秘密を教えてくれました。
それは『幽霊に勉強を教えてもらっている』ということ。
だから授業を聞いていなくてもテストだけはできていたんです。

「誤解のないよう言っておくけど……
テスト本番で幽霊を利用してカンニングするようなことだけはしてないからね。
これだけは信じて」

彼はそう言ってほほえみました。





夏休み前のある日のことです。
僕たち文芸部は、夏休み明けにある学園祭へ向けて部誌発行の準備に追われていました。

夏休み中は、美術部・漫画部・写真部に依頼した表紙や挿絵のデータと合わせたデザインを詰めたり、印刷して製本したりといった作業をします。
学校のパソコンとプリンターを使って出力した紙を手作業でひとつひとつ折り、学校の備品である大きなホッチキスでとじる作業です。

なので、本文は夏休み前には仕上げておきたかったのです。





その日は、僕と彼も含めた数人が居残りで執筆活動をしていました。
突然、教室の扉をノックする音が響き、僕らは驚きました。

外はすっかり暗くなり、グラウンドを使うような運動部は既に帰っている……
そもそも誰も来るような時間帯ではありません。
そのうえ、廊下には足音ひとつ聞こえなかったのに、突然ノックをされたのです。

僕たちは得体の知れない不気味さを感じて、ノックに応じることができず息を飲みました。
ただ一人、冷静に立ち上がったのが彼です。

「大丈夫、落ち着いて」

そう言って僕らを安心させてくれた彼は、ドアを開けました。

ドアの前に立っていたのは、明らかに僕らと同年代ではない、成人女性。
でも、先生や学校の関係者ではない、見たことのない人。

その女性は背が高く、手の甲に細い静脈が浮き出るほど痩せていました。
肌が青白くて、対照的な黒のロングスカートが強く印象に残ります。

彼が道を譲るように少し横に避けると、その女性は音もなく歩いて部室に入ってきました。
僕たちはわけがわからず、ただ硬直しているしかできませんでした。

すると彼が僕のそばまできてそっと耳打ちをしてくれました。

「僕に勉強を教えてくれてる、霊の人」

「え、なんでその霊の人がここに……?」

僕が思わずそうつぶやくと、彼はクスッと笑って言いました。

「みんなにも教えてくれるつもりなんじゃないかな、きっと」





彼は女性の前に立ち、執筆中のノートを広げて女性に見せました。
僕らはわけがわからないまま、彼と女性を眺めていることしかできません。

女性はノートをさらりと眺めたあと、いくつかの部分を指でさしました。
その場所をじっと見た後、ハッと何かに気付いたようにペンを持ち、カリカリとノートに書き込む彼。

そしてまた女性にノートを見せました。
女性はもう一度ノートを眺め、そして微笑んでうなずきました。

満足そうに僕らの元に戻ってきた彼は、ノートを広げて見せてくれました。
冗長表現や語順の修正などが彼の文字で書き加えられ、元の文章よりも格段によくなっていました。

修正すべき場所を女性が指摘してくれたということでしょうか。
といっても、女性が示したのは『場所』だけ。
そこを見てどう直すべきかを判断したのは彼であり、修正後もれっきとした彼の文章であることに違いはありません。





僕はたまらず、執筆途中のノートを持って部室の入り口横に立ち尽くす女性の元へ向かいました。

ノートを広げて、ドキドキしながら差し出します。
女性は無言でページをめくり、ある部分で手を止めた後、ほほえみました。

決して「ここをこう直せ」と具体的な指示をされたわけではありません。でも

(指摘されてみれば確かに直す余地がある!)

と思わせられる部分を的確に指してくれたのです。
僕は頭を下げ、すぐに机に戻ってノートに訂正を書き込み始めました。

そんな僕の様子を見ていた他の部員たちもハッとした様子で、次々にノートを持って女性の前に並びました。





部員たちは、こんなにハッキリと見えてる女性が幽霊だなんて思いもしなかったでしょう。

『文芸部のOGかなにかで、特別に指導をしにきてくれたのかな?』

くらいに思っているかもしれません。

僕だけは『この女性が幽霊である』と彼から聞いていたので、かなり恐る恐るでしたが……
何者であってもかまいはしないという気持ちもありました。

だって、いつも居眠りばかりしている彼がテストでは良い結果を残せることは現実。
そして今目の前で、明らかに彼の文章が良くなったのも現実。
僕にとってはそれがすべてでした。

彼もきっとそうだからこそ、この女性の存在を受け入れたうえで有効活用しているということなのでしょう。
僕だって文芸部員のはしくれですからね、文章が良くなるのであればなんであろうと活用したいですよ、そりゃ。





女性は全員分『指導』を終えたところで、その場にふわりと浮かび、そして消えました。

驚きました。
正直、彼から『幽霊である』と聞かされていた僕ですら

(あんなにハッキリと見える女性が幽霊だなんて信じられない。
もしかして彼に担がれているのでは?)

という気持ちが少なからずありました。
それなのにこんなにも突然に『幽霊である証明』を見せられたのです。

もちろん、あらかじめ教えてもらっていなかった部員たちの驚きは僕の比ではなかったでしょう。
腰を抜かす者、悲鳴をあげる者……
部室の入り口と反対側にある窓の方まで一瞬で後退りした者もいました。





彼も少し焦った様子でした。

『まるで生きている人間のようにノックしてドアを開けさせ、部室に入ってきた。
当然、去るときもそうであるに違いない』

と思いこんでいたのかもしれません。

やむなく、彼は部員たちにも『あの女性は幽霊である』ことを説明しました。そして

「幽霊って必ずしも怖いものばかりではなくて……
人間と同じようなものなんだ。

怖い霊もいれば、怖くない霊もいる。
人に害をなしたいと思う霊もいるし、人の役に立ちたいと思う霊もいる。

あの女性は後者だった、ってことだね」

と説明し、部員たちを少しずつ安心させていったのです。
『普段勉強を教えてもらってる』ことだけは伏せたままで……。





女性の指導のおかげで、その年の部誌は例年になくレベルの高い内容になりました。

幽霊の話なんて、普通なら信じられなかったり半信半疑になったりするものだと思います。
でも、僕らは目の前で浮いて消える様子を見てしまいましたから、信じるしかありませんよね。

その後、文芸部で創作怪談を書くことが流行したことに関しては、彼も苦笑いでした。
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