夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第二十三話 肝試し、何も起きないはずがなく

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大学時代の体験談です。
私は歴史研究のサークルに入っていました。

ある夏の日、所属するサークルのメンバーたちで合宿を行うことになりました。
場所は山奥の民宿です。
その民宿はかなり古い建物で『今はもう営業していない』とのことで、そこを貸し切って宿泊することになりました。





民宿に到着してから、メンバーたちは思い思いに過ごしていました。

研究サークルの合宿といっても、目的は研究よりも交流です。
夜には肝試しを行うことになっていました。

私は肝試しなんて初めての経験だったので、少し楽しみにしていました。
後々『あんなこと』になるとは想像もしていなかったのです。





夜になり、肝試しが始まりました。

『2~3人ずつに分かれて、民宿の裏手にある墓地へ行った証拠の品を取ってくる』

という内容でした。
最初はひとりずつ行かせる予定だったようですが、反対の声が多かったのと、単純に『時間がかかりすぎる』という理由で少人数グループに変更したとのこと。
証拠の品はあらかじめ昼間のうちに主催者が人数分置いてきたらしいです。

(なんか一部の人がヒソヒソやってるなと思ったらそういうことだったんだ……)

と私は妙に手の込んだ準備に感心していました。

私と同じグループに振り分けられたのは、男性がひとりに女性がひとり。私を含めて合計3人。
仮に『Aくん』『Bさん』としましょうか。

グループに男性がいるというだけでも安心感があり、ホッとしました。

あまり話したことのないメンバーでしたが、そういう人と交流を深めるのも合宿の目的のひとつ。
親しいもの同士で固まらないよう、公平にくじ引きで決まったメンバーです。

「じゃあ次、そろそろ出発よろしくね。暗いから足元には気をつけて」

主催のひとりである先輩女性が言い、Aくんが「はい!」と答えて懐中電灯を手にしました。
私は内心緊張しながらも、Bさんと手をつないでAくんの後に続き歩き出しました。

今回の合宿のためにあらかじめ整備してくれたとはいえ、既に営業をやめてしまっていた民宿です。
普段はほとんど廃虚であると言って差し支えないでしょう。
さびれてしまったこの周辺には街頭もなく、真っ暗な空間が広がりドキドキします。

「ゆっくり進むから、離れないようにしっかりついてきて」

そう言ってAくんは先頭に立ち、時々後ろを振り返りながら先導してくれました。
辺り一面は木々で覆われていて空の様子はほとんどわからず、ただ闇が広がるばかり。
暗闇の中に吸い込まれてしまうのではないかと思うほどでした。

「ねぇ、ちょっと待って。なんか、人の気配がさ……」

Bさんが突然立ち止まりました。

「どうしたの?」

Aくんは振り返り、私も隣のBさんの方を見ました。

「ねぇ、ふたりとも聞こえないの? ほら、こんなにハッキリと!」

Bさんは手で耳をふさいでおびえています。
私とAくんはふたりで耳をすませてみますが、遠くでみんながワイワイしている声がかすかに聞こえるだけです。
風もほとんど吹いていないので、木の葉がこすれる音さえあまり発生していませんでした。

「Bさん、何が聞こえてるの?」

私がそう言うと、

「何かいるの!! ずっと後ろをついてきてる!!」

とBさんは取り乱して叫びだしてしまいました。
その顔は血の気が引いて青ざめています。
私はBさんの肩越しに恐る恐る後方を見てみました。
しかし、私には誰も見えません。

「見たけど誰もいないよ! 大丈夫だよ!」

「いるの、いるの!!」

どうしていいかわからずBさんのパニックが伝染し慌てふためいていた私と違って、Aくんは冷静でした。

「Bさん、まだ後ろに何か感じる? 来た道を戻るのは無理?」

その落ち着いた口調に、Bさんも少し落ち着きを取り戻したようでした。

「向きを変えても常に後ろにいるの…… 回り込まれるみたいに……」

「なるほどね。じゃあ俺が最後尾を務めるから、戻ろう」

そうして私たちは肝試しのクリアを諦め、引き返し始めました。
先頭を行く私の後ろに、Bさんがピッタリとすがりついて、その後ろをAくんが歩きました。

私も正直、先頭なんて怖かったんですけど…… Bさんのおびえようではこれしか方法はありませんでした。
なんとか場を和ませようと発した

「私とBさん、タイタニックのクライマックスみたいね」

なんて冗談も『ラストに全員死んでしまう映画』であることを考えればただスベっただけでした。
Bさんは帰り道もずっとおびえていて、背中ごしに手が震えていることがわかりました。

「大丈夫、後ろを歩いてるのは俺だよ」

Aくんはずっとそう言ってBさんを安心させようとしていましたが……

「複数いるの、大勢なの!!」

Bさんが聞いていた『人の気配』はどうやら『Aくんがいるから』でごまかせるようなものではなかったようです。
とうとう泣き出してしまったBさんをなだめながら、私たちはなんとかスタート地点まで戻ることができました。





他のサークルメンバーたちは最初、Bさんを

「ビビりすぎwww」

なんてバカにしていました。
でも、私とAくんの深刻そうな顔を見て何かを察したのかもしれませんね……
それ以上あおるのはやめてくれました。

そして何事もなかったように、肝試しの続きが再開されていました。





私のグループだけ、その場から離れて民宿へ戻りました。

営業をしていない民宿の建物を借りただけなので、当然スタッフなどいません。
お風呂や食事の支度も自分たちでやることになっています。

サークルメンバーは全員まだ肝試し中ですから、民宿の中は私たち3人だけでした。
電気をこうこうと全灯にして、私たちは肝試しと関係ないことを話して気を紛らわせました。

「そういえば、あの民族を扱ったアニメ、みた?」

「みたみた! 私、あの鳥が好きなんだ~」

などと、Aくんと私がとりとめのないことを話すのを見るうち、Bさんの顔色も良くなっていくようでした。
ところが、今度は私までもが外に大勢の人の気配を感じ始めました。

(まさか、これがBさんがおびえていた『気配』!?)

って最初思ったんですけど、それが徐々に近づいてくるにつれて話し声も聞こえ始めました。
明らかに聞き覚えのある声に、私たちはホッと胸をなでおろしました。

「あ、みんな戻ってきたみたい。肝試し終わったんだね」

そういって、私はなにげなく部屋の入り口のほうを見ました。

戻ってきたみんなは、声が近づいてくるペースから察するに、そろそろ部屋の前まで来ているはずです。
いまにもふすまが開いて…… そう思っていたのに、いっこうに誰も入ってこないんです。

気がつけば、あんなにガヤガヤと口々に肝試しの感想を語り合っていたはずのみんなは、いつのまにか静まり返っていました。
見ればBさんはまた真っ青になってガタガタと震えています。

「みんなどしたの?」

そう言って、Aくんはふすまを開きました。
その向こうに広がる光景に、私も思わず「キャッ」と悲鳴を漏らしてしまいました。

なんと、サークルメンバー全員がふすまの前で無表情のまま立ち尽くしていたのです。
その目には生気がなく、見知った顔なのに知らない人のように感じられました。

「な、なに? 悪ふざけはやめて、Bさんホントに怖がってるんだから」

恐る恐る声をかけましたが、誰一人として反応してくれません。

「ね、ねえ、なにしてるのよ」

私は恐怖で足がすくみましたが、勇気を出してもう一度声をかけてみました。
しかしやはり何の反応もありません。





そして次の瞬間、全灯にしていた民宿のあかりが一斉に消えました。

人間、本当に恐怖を感じると悲鳴も出ないんですね。
暗闇の中、私とBさんが息をのむかすかな声だけが響きました。

Aくんが手探りでスマホの電源を入れることができたようで、少し離れたところにかすかなあかりが見えました。

「ブレーカー確認してくる」

そう言ってAくんが部屋を出ようとするので、私はBさんを支えてなんとか立ち上がらせ、一緒についていきました。
だって、あんな気味の悪い状態のみんなが部屋の前にいるのに、そこで待ってるなんて恐ろしすぎるじゃないですか。

やはり棒立ちのまま何の反応も示さないみんなの横を恐る恐るすり抜け、私たちは廊下へ出ました。





スタッフのいない民宿で寝泊まりする関係上、ブレーカーや消火栓の位置など最低限の情報はあらかじめ聞いていました。
まさかこんな風に役立つとは思いませんでしたが……。

Aくんがスタッフオンリーと書いてある扉を開けて配電盤を調べると、ブレーカーが落ちているわけではないようでした。
そして、それを確認した瞬間、またいっせいに民宿の電気がパッとついたのです。

「きゃああぁ!!」

突然の明かりに驚いた私は、つい大声で叫んでしまいました。
すると、それまでずっと微動だにしなかったみんなが急に何事もなかったかのように動き出したんです。

「うお、なんだなんだ?」
「いまの悲鳴なに!?」

私が上げた悲鳴に驚いたみんなが駆け込んできました。

立ち尽くすAくんと、その足元にしゃがみこんで頭を抱えた私とBさん。
みんなの疑惑の視線がAくんに集まり、慌てて弁明しました。

「ご、ごめん、虫がいてビックリしちゃって…… Aくんが追い払ってくれたの」

苦し紛れの言い訳ですが、これしか言いようがありませんでした。

本当のことを説明するとなると、どこから説明したらいいのかわかりませんし、信じてもらえるとも思えません。
それに、みんなの様子が普通に戻ったとはいえ、また何の拍子にあんな風になるかわからないじゃないですか。
そのきっかけになるかもしれないし、さっきのことには触れたくありませんでした。

「もう大丈夫だよ、虫は窓から出ていったから」

Aくんも私のウソに乗っかってくれました。

「びっくりした~」

ほっとした様子のみんなを見て、私は心の中で胸をなで下ろしました。
その後は何事もなく、合宿は終了。

合宿の目的であった『サークルメンバーとの親交をより深める』という目的は、ある意味達成されました。
全員とは無理でしたが、私とAくんとBさんはあれ以来何かにつけ一緒に行動するようになったのです。

結局、あの肝試しでBさんが経験したこと、そして民宿に戻ってからみんなに起きていた現象はなんだったのかはわからずじまいでした。





私たちグループは、本来のサークル活動内容である歴史研究の名のもとに、あの土地について調べてみました。
それでわかったことと、私たちの体験とのつながりはわかりませんが、一応お話ししておきますね。

なんでも、あの民宿があった土地は、もともと小さな村があったそうです。
そこには村の規模にそぐわない立派な神社があって、通称『病魔退散神社』として有名だったとか。

遠方からも病気の回復祈願のために訪れる参拝者は後を絶たないほど。
その効果は絶大で、医者がさじを投げた病人でもたちどころに治ってしまった事例も見られました。

ただ、その情報もどこまで信じていいものか…… なにしろかなり古い時代の話です。
医療もまだそこまで進歩していなかったでしょうし『医者がさじを投げた』病気といってもねぇ……。

そして、その裏では村人たちが犠牲になっていました。
もともとその村は、神社が病魔退散のいけにえとするために集められた、身寄りもなく弱い立場の独り者たちが身を寄せ合って暮らしていた…… そんな集落だったのです。

回復する参拝者と引き換えに『退散』された『病魔』は村人たちを襲い苦しめました。
やがて村人たちは一人また一人と病に倒れて亡くなっていき、ついにはいけにえを集めるスピードは参拝者の数に追いつかなくなりました。

いけにえもなく参拝者の願いだけが集まる神社の障りは関係者をも襲い、管理するものがいなくなって廃神社となった……。

資料を書いた人の主観や推測もかなり含まれていると思いますが、そんな歴史があの土地にはあったようです。

そんなことも忘れ去られた頃、景色の良さと自然の豊かさに目をつけてここを観光地にしようとした動きがあったようで、民宿もその頃に建てられたものですね。
しかし、観光地プロジェクトは失敗に終わり、民宿の経営も立ち行かなくなったのです。

……もしかしたらそれも、村人たちの恨みがそうさせたのかもしれませんね……。
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