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第十四話 放課後から始まった恐怖
しおりを挟む私がこれからお話しするのは、コックリさんにまつわる恐怖体験です。
コックリさんというのはご存じでしょう?
十円玉を動かして占いをするあれですね。
私は放課後、友達の『あやか』に誘われてコックリさんをやることになりました。
本当は断ろうと思ったんですけど……
あやかがあまりにも熱心に誘うもので、断りきれませんでした。
授業がすべて終わり掃除の時間も過ぎて当番がみんな帰った頃、人気のなくなった教室にメンバーが集まりました。
机の上に用意した紙と十円玉を置きます。
「じゃあ始めるよ」
そう言ったあと、あやかが呪文を唱え始めました。
「コックリさん、コックリさん、おいでください……」
すると十円玉がひとりでに動き出したんです。
私たちは一気に盛り上がりました。
この後は占いのように質問に答えてもらうのが定番ですよね。
でも私たちは、コックリさんとの会話を楽しもうとしてしまったんです。
「コックリさん、コックリさん、あなたの名前は?」
『ゆ』→『う』
「ゆうちゃんね!よろしく!」
それからも『ゆう』と名乗ったコックリさんへの個人的な質問ばかりを繰り返しました。
好きな食べ物とか、血液型とか。
そして誰かが
「ゆうちゃんは男の子ですか?女の子ですか?」
という質問をしました。
私はそれに何か違和感を覚えました。
いえ、そもそも最初から違和感しかありませんでした。
コックリさんは『ゆう』としか名乗っていません。
それは男の名前とも女の名前とも取れますよね。
それなのに、まるで相手が女の子であることを確信したかのように『ちゃん』付けで呼び始めたこと。
にもかかわらず、ここで急に性別を尋ねる展開になったこと。
今まで順調に動いていた十円玉が止まり、それっきりぴくりともしなくなりました。
私は恐ろしくなって逃げ出そうとしました。
でも、正しい手順で終わらせない限り、十円玉から手を離してはいけないのです。
他のメンバーに引き止められ、なんとか思いとどまりました。
その時、誰もいないはずの教室から声が聞こえたのです。
「僕は男だ。おまえたちは誰だ?」
それがゆうちゃんの声だったのでしょうか?
私たちは同世代ぐらいの女の子を想像しておしゃべりを楽しんでいたのです。
しかし、教室に響き渡ったのは野太い成人男性の声でした。
私の頭は真っ白になりました。
でも他のメンバーは平気みたいで、楽しげに会話を続けているんです。
「私たちのこと忘れちゃったの?一緒に遊んだ仲なのに~」
「そうだよ。思い出してゆうちゃん」
「仕方ないよね。まずは自己紹介からしよう」
「私はみゆ。こっちがまいちゃんで、そっちにいるのが……」
そう言ってあやかは私の方を見ました。
おかしいじゃないですか。
あやかはあやかで『みゆ』じゃないし、その後に指された同級生だって『まいちゃん』なんかじゃないんです。
(みんな、一体何の話をしているの!?
『ゆうちゃん』『みゆ』『まいちゃん』って誰なの!?)
私は混乱しました。
「そっちにいるのは…… 誰? あなたはだあれ?」
全員が私を見ました。
私は怖くなって、十円玉から手を離してしまいました。
すると十円玉がスーッと動き出して『いいえ』の文字の上で止まったんです。
私は叫びながら逃げ出しました。
しばらく走り続けて息が切れて、もう走れないくらい走りました。
振り返ると、みんなが追いかけてくる様子はありませんでした。
そのまま家に帰って布団にもぐりこみました。
次の日学校に行くと、コックリさんをやったメンバーは全員昨日のことを覚えていませんでした。
私は十円玉から手を離して帰ってしまったし、残ったみんなの様子もおかしかったし……
どう考えても正しい手順でコックリさんを終えられたとは思えませんでした。
あの時使った紙や十円玉はどこへ行ってしまったのか、わからないままになったんです。
なにしろ誰もコックリさんをやったときのことを覚えてないんですから。
そして私はそれ以来、怪現象に悩まされるようになりました。
授業中の静かな教室で、不気味な音が聞こえるんだけど…… どうやら私にしか聞こえてなかったり。
登下校中ふいに気配を感じるんだけど、振り返っても誰もいないなんてことも。
授業中なのに、目の前を人影が通り過ぎるように見えたこともありました。
悪夢を見るのは日常茶飯事、目を覚ましても金縛りにあってしまうんです。
日に日にやつれていく私を見かねて、親がお祓いに連れて行ってくれました。
お祓いをしてもらった後は怪現象も起きなくなり、やっと心が安らぎました。
でも、これで終わりではなかったのです。
あの日コックリさんに参加していなかった別の同級生『中村さん』が、やけに絡んでくるようになりました。
「どうして私も誘ってくれなかったの」
「あんたたちだけでやってズルい」
「私もやりたかった」
しつこく付きまとわれて困ってしまいました。
(私だって誘われて参加しただけで、言い出しっぺは私じゃないのに……)
「ねえ、またコックリさんやろうよ。今度は私も参加するから」
中村さんはそんな提案をしてきたんですよ。
(冗談じゃない、あんな目に遭ったのに!
もうコックリさんなんて懲り懲り!)
私だってここで折れるわけにはいきません。
かたくなに断り続けました。
ついに中村さんも諦めてくれたようで、数日後には私に話しかけてくることもなくなりました。
でも、だいたい同じくらいの時期だったと思います。
私の身に起きる怪現象がまた再発してしまったんです。
いえ、再発どころか…… 以前よりひどいものでした。
部屋の中で異音がするのに、音を発しているものは見当たらないし、私以外には聞こえてないらしかったり。
壁に触れたときに、手に何か粘り気を感じたこともありました。
突然に寒気がするなんてのはもう日常茶飯事になっていって……
鏡に映った自分自身が、他人のような顔をしていたり。
自分の部屋なのに、何かこう…… お線香? の香りが漂ってきたり。
私はやがて学校にもいけなくなり、不登校になってしまったのです。
心配してお見舞いに来てくれたのは、最初に一緒にコックリさんをやったメンバーだけ。
「大丈夫? 私たちで良ければ相談に乗るよ?」
優しい言葉をかけてくれるあやか達に、私は感謝しました。
でも、同時に恐ろしくもありました。
(コックリさんをやったあの放課後の、みんなの変貌。
今のみんなは本当に信用してもいい同級生なのかな?)
私は思い切って聞いてみたんです。
「ね…… ねえ…… みんな、さ、ゆうちゃん…… って、知ってる……?」
私の問いかけに、みんなキョトンとしてました。
「ゆうちゃん? 誰?」
「もしかして、そのゆうちゃんって子にいじめられてるの?」
「だから学校来れなくなっちゃったとか?」
みんなは口々にそう言いました。
演技をしている様子はありませんでした。
『ゆうちゃん』という名前に反応がないということは、いつもの私の友達ということですよね。
そこで、みんなが覚えていないあの時のことを説明することにしたんです。
「……うそ、そんなの全然覚えてないよ……」
「でも、確かに…… コックリさんやろうって約束したけどやった覚えないな……」
みんな、顔を見合わせながら思い出そうとしています。
表情から察するに、やっぱりウソをついているようには見えませんでした。
私はさらに、その後自分が体験した怪現象の数々について説明し、学校にいけなくなった本当の訳を話しました。
「そうだったんだ…… ごめんね、私がコックリさんやろうなんて言い出したせいで……」
あやかが頭を下げてくれました。
でも私はそのことを恨みに思って話したわけではないんです。
「ううん、それはもういいの。
それよりみんなは大丈夫なのか聞きたくて」
「私たちは何もないよ、ね? みんな」
「うん、コックリさんのときに変になった話だって今初めて知ったぐらいだもん」
それを聞いてほっとした私は、そのまま眠ってしまったようです。
ずっと怪現象で寝付けない日々が続いていたので、久しぶりにぐっすりと眠れた気がしました。
それから、みんなは毎日お見舞いに来てくれるようになりました。
怪現象は相変わらず起きていますが、精神的にはかなり楽になっていったと思います。
ベッドから起き上がれるくらいに回復していた、ある日のことです。
お見舞いに来てくれたみんなと縁側に座っておしゃべりをしていました。
気持ちの良い陽気についウトウトしていたとき、やけにみんなが騒ぐので目が覚めました。
「ん、ん…… どうしたの?」
「あ! やっと起きた! ね、見てあれ」
指を指された方を見ると、飼い犬が庭の一角を掘り返しているところでした。
そして、その土の中から何か…… たたまれた紙のようなものが。
それを見た瞬間、寒気がしました。
私はサンダルをはいて庭に出て、勇気を振り絞りおそるおそるそれに近づきます。
震える手でそれを拾い上げ、広げてみると……
やはり、コックリさんの紙でした。
『み』の文字を書き損じてちょこっと曲がってしまった、あまり上手に書けなかった五十音。
私たちが使ったものに間違いありません。
さらにもう少し掘り返してみると、十円玉も一緒に埋めてありました。
「それ、ここに埋めてたの?」
あやかはそう問いますが、私は途中で逃げ出したので紙と十円玉の処分には関わってないはずなんです。
そしてさらにわけがわからないことが判明しました。
その日お見舞いにきてくれていたのは、最初にコックリさんを一緒にやったメンバーの他にも何人かいたんです。
その中の人が、こんなことを言い出しました。
「私、中村さんにしつこく誘われてコックリさんやったんだけど……
その時に使った紙も、それだったと思う」
(どういうこと!?)
私は混乱してしまいました。
「裏面みて、ちょっと汚れてるでしょ、ほら。
これ私のボールペンのインクがちょっとついちゃったの」
つまり、この紙は確かに私たちが使った紙だけど、中村さんも同じ紙を使ってコックリさんをした、ということでしょうか。
「中村さんはどこからこの紙用意してきたの?」
「わからない…… 本人に聞いてみる? LINEしてみる」
そう言って彼女はスマホを取り出し、文字を入力し始めました。
すぐに返ってきた返事がまたも驚くべき内容だったのです。
『知らない。あったから使っただけだけど、誰か用意してくれたんじゃないの?』
中村さんがコックリさんをやったときのメンバーは全部で3人。
一人は中村さん、そしてあとの二人はこの場にいて、顔を見合わせています。
「誰が用意したの? 私は知らないよ」
「私も知らない……」
ところで私はもう一つ、気になることがありました。
「中村さんとコックリさんをやったあと、紙と十円玉を処分したのは誰?」
「え…… そんなの覚えてない……」
やっぱり私たちのときと同様、誰も覚えてないようです。
つまりこの紙と十円玉は、私たちのコックリさんの後姿を消し、中村さんのコックリさんの現場に現れて使用され、それが終わるとまた姿を消した。
そして、姿を消していた間どこにいたかというと……
うちの庭。
そういうことでしょう。
私はこの紙と十円玉を持って、もう一度お祓いに行きました。
事情を話すと、紙と十円玉の処置も適切にしてくれるとのことで、預けて帰りました。
お祓いを受けた後は、今までの怪現象がウソのようにピタリとやみました。
ただ、私の体調自体は、呪いとか祟りとかが直接的な原因ではなく、睡眠不足や精神疲労によるものだと言われました。
コックリさんの怪現象が解決したからといって、すぐに学校に復帰できるわけではなかったのです。
それでも、根気よくカウンセリングに通い、お母さんが栄養のある食事を作ってくれて、毎日適度な運動をして。
数カ月後にやっと学校へ行けるようになったんです。
私の体験は正直わけがわかりませんし、信じられないって人もいると思います。
でも、これだけ伝えたくて、この話をしました。
コックリさんをやろうとしているあなたへ。
絶対にやめておいた方がいいですよ。
これは忠告です。
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