夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第十三話 迫り来る影

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これはあたしが小学生の頃に体験した話です。

うちはお父さんもお母さんも働いてて、ふたりとも帰りが遅いから家に帰ってもひとりぼっちで……
よく学校帰りに公園でひとりで遊んでいたんです。





ある日、公園で同じくらいの年頃の男の子と出会いました。

(この辺じゃ見かけない顔だな?)

って思ったけど、何故か初めて会った気がしなかったです。
他の子たちはもう帰っちゃったような時間なのに、帰ろうともしてない様子でした。
何も言わないけど

(この子も、家に帰ってもひとりぼっちなのかな)

って思いました。なんとなく、仲間意識っていうのかな……

(あたしと同じなんだ)

って思って……
思い切って話しかけてみたんだけど、少し話してすぐに意気投合しました。





それ以来、その子と公園で会うことが増えました。

不思議だったのが、その子が来るときと帰るときのこと。
放課後公園に行ってすぐの時間にはいないんだけど、他の子たちが帰り始めるといつのまにかいるんです。
そして、帰るときは挨拶もなしにいつのまにかいなくなっちゃってるの。

最初は心配したんだけど、次の日になると何事もなかったようにケロリとして現れるから……
もう(そういう子なんだ)って思うようになっちゃいました。

色々と話をしていてわかったことなんだけど、男の子とあたしは誕生日が同じだったんです。
だからかな、初めて会ったときになんとなく他人とは思えなかったのは。

「そんな偶然ってあるんだね~!」

って、あたしたちはますます仲間意識が強くなっていきました。

もう、運命共同体みたいな。
当時はまだ幼かったから公園で会うだけだったけど……
もうちょっと大きかったら、アニメみたいに『秘密基地』を作るような間柄だったと思ってます。





だけど、男の子のことをお母さんに話したら

「二度とその子には会っちゃダメよ」

って言われちゃったの。あたしは何度も

「なんで? どうして?」

ってお母さんに聞いたんだけど、答えてもらえなかった。





それから急に、男の子の姿を見かけなくなりました。
まるであたしとお母さんの会話を察したかのように……。





そして、あたしにももうひとつの変化がありました。
男の子が現れなくなったのと時期を同じくして、あたしは悪夢を頻繁に見るようになったんです。

夢の中ではいつも、見知らぬ男性に追いかけられていました。
その夢を見た日は決まって、全身汗びっしょりになって目を覚まします。

いつも息が詰まるような恐怖を感じていました。
あたしは必死で逃げますが、男性は執拗に追いかけ続けます。
汗が流れ落ちるほどに疲れ果て、息も絶え絶えになっていきます。

夢の内容はいつも途中で終わるのですが、日に日に夢が展開していきました。

初めの頃は、ただわけもわからず男性に追いかけられ、走って逃げるだけの夢でした。
それがだんだんと、逃げてるうちに距離が詰まってきて……

あたしは走り続けても逃げ切れないと思って、隠れてやり過ごそうとするんです。
いったんはうまく切り抜けたと思ったんですけど、また見つかって追いかけられる。

その繰り返しで、寝ても覚めても休まらなくて、あたしは夢でも現実でも疲れ切っていました。

そして夢の展開はついに、あたしが男に捕まりそうなところまで進行してしまったんです。

恐怖のあまり、足がもつれて転んでしまい、泥にまみれた手で必死に立ち上がりました。
足音が近づいてきて、息が詰まりそうでした。
汗と泥でぐちゃぐちゃになった髪が顔に張り付き、視界を遮ります。

最後には、男性に追いつかれ、恐怖で身を震わせながら目が覚めました。

(次に眠ったら、あの男に捕まってしまうだろう)

朝、自分のベッドの上でそう悟りました。





その日重い足を引きずるように学校へ向かっていると、夢で見た男を見かけました。
現実で、です。

夢の中では繰り返し登場するけど、現実では知らない男でした。
まさか実在するとは思っていなかったんです。
でも…… あの男はまさに、あたしが毎日夢で見ていた男そのものでした。

(実在している見知らぬ男を、あたしが夢に見ている?
それとも、あたしが夢の男に囚われすぎてて幻を見ている?)

どちらにしても、あたしはその男を見た瞬間に「ヒッ」と声を上げ、過剰にビクリと反応してしまいました。

男もその声を聞いて、こちらに気付いたようでした。
チラリとあたしを見て、すぐに怒ったような顔つきになったんです。

恐怖に歪む表情のあたしを見て気を悪くしたのかもしれません。
怖い顔をして、大股でズンズンとこちらに近づいてきました。

あたしはもう、これが夢なのか現実なのかもわからなくなりました。
いつもの夢と同じく、とにかく逃げることしか考えられなくなったのです。
登校中であったにも関わらず、学校とは逆の方向へ走って逃げ始めました。

走り出したあたしを、男も走って追いかけてきました。
あたしはもともと走るのが早いほうではなくて、毎年の運動会が憂鬱なぐらいでした。

女子小学生の足で成人男性から逃げ切れるわけもなく、あっという間に追いつかれてしまったんです。

男があたしの腕を掴もうとしたところで、あたしはハッと我に返りランドセルに取り付けられていた防犯ブザーのひもに手をかけました。
それに気がついた男は、すぐに走って逃げ去っていきました。

あたしは怖くて動けなくなってしまいました。
震えながら立ち尽くしていたら、ちょうど通りかかった同級生に声をかけられました。

「おはよ! どしたの、ハアハアして。まだ走らなくても間に合うよ。一緒いこ」

事情を知らない同級生の呑気な言葉に、平和な日常へ引き戻してもらえた気がしました。

(そう、さっきまでの出来事は夢。あんなこと本当に起きるわけがない)

そう思い込んで、一緒に学校へ行きました。





でも、それだけでは終わらなかったんです。
放課後、男はあたしを待ち伏せていました。

あたしに気がつくと、朝と同じように怒りの形相を浮かべてズンズン近づいてきました。
また防犯ブザーのひもを引こうとしたんですが……
それよりも早く両腕を掴まれてしまい、なすすべがなくなりました。

男の力は強く、抵抗しても振りほどけません。
あたしはそのまま人気のない路地裏へと連れ込まれてしまいました。

「お前、知ってるのか!? どこまで知ってるんだ!!」

男の声は低く、とても威圧的でした。

「何をって…… わかんない、わかんないよぉ……」

あたしは答えに困ってしまいました。
だって、何も知らないんです。

「とぼけるんじゃねえ!! クソッ、お前も殺してやる!!」

そう怒鳴ると、男はあたしの首に手をかけてきたんです。
そのまま力いっぱい絞められて、苦しくなって意識が遠くなりかけた時、ふっと力が弱まりました。

「うっ、うわああぁあああぁぁぁぁあああぁ!!!!」

代わりに聞こえたのは、男の悲鳴でした。

「やめろ、やめろ、来るな!!」

男は腰を抜かし、なにかに怯えるように腕を振り回しながら後退りをしています。

わけがわかりません、あたしには何も見えないんですよ。
何もない空間に向かって腕をブンブンと振り回しているようにしか見えませんでした。

男はそのまま壁沿いに詰んであった箱にぶつかって、崩れてきた箱の下敷きになり気を失ったようでした。
音を聞きつけた周辺の大人たちが集まってきて、あたしは助けられました。

あたしはあまりの恐怖に、なかなかうまく声を発することもできませんでしたが……
怯えるあたしの様子と首に残ったアザから、すべてを察してくれた人がいたようです。
その場にいた数人の大人によって男は取り押さえられ、すぐに通報されました。





程なくしてパトカー数台が到着。
親にも連絡が入っていたようで、お母さんが真っ青な顔で涙を浮かべて駆けつけました。

男はパトカーに乗せられて連れて行かれました。

あたしとお母さんは別のパトカーに乗せてもらって、病院まで送ってもらえたんです。
すごく怖い体験だったけど、パトカーに乗ったのは生まれて初めてで、ちょっと嬉しかったな。
だって普通なら悪いことしなきゃ乗るチャンスなんてないですよね。





首を絞められたということで、検査のために一晩入院することになりました。

その病室の夜…… また夢を見ました。
でも、いつもの悪夢ではありませんでした。

いつも追いかけてくる男は手錠をかけられて、牢屋のなかに座り込んでいました。
その檻の前にあたしは立っていて…… 恐怖感はありませんでした。

そして隣りにいたのは、以前よく公園で遊んでいたあの男の子。
夢の中ではこれが夢だってわからないし、状況に疑問を抱くこともありません。

「あ! 久しぶり、どうしたの? 急に公園に来なくなって」

あたしは男の子にいつも通りの調子で話しかけました。
男の子はニコッと笑って、でも何も返事をしてくれませんでした。





目が覚めるとまだ夜中。
ベッドの横には付添人用の簡易ベッドに寝ているお母さんがいました。

なんだか目が冴えてしまって、もう一度眠る気にもなれなかったんですけど……
あたしが体を起こした気配を察してか、お母さんはすぐに起きて寄り添ってくれました。

「眠れないの? そうよね、あんな事があった後だもんね……」

そう言って抱きしめてくれました。
確かにあのときはすごく怖かったけど、今はなぜか

(もう大丈夫)

という確信がありました。

「お母さん、おはなしして」

そうねだると、お母さんはぽつりぽつりと語り始めました。





──あのね、今まで話してなかったけど……
あなたが生まれる前に、実はお兄ちゃんがいたのよ。

ちょうどあなたぐらいの年の頃に、不幸な…… 事故が、あって……
……ん、じゃったの。

その後すぐにあなたが生まれたわ、ちょうどお兄ちゃんと同じ誕生日に。
もしかしたらお兄ちゃんの生まれ変わりかなって思ってた。

だけど、前に

「公園で不思議な男の子に会った」

ってあなた言ったでしょう?

(誕生日も同じだし、特徴も似てる。きっとお兄ちゃんの霊だ)

としか思えなかったわ。
もしかしたら、お兄ちゃんがあなたを連れて行っちゃうかもって怖くなって…… それで

「二度とその子に会っちゃダメよ」

なんて言っちゃったの。ごめんね。

毎日毎日、お父さんもお母さんも仕事で帰りが遅くて、あなたを寂しくさせててごめんね。
この地域には見守り隊もあるし、放課後安全に過ごせる児童会館もあるし、あなたには防犯ブザーも持たせたし。

「仕事だから仕方ない」

って言い訳して

「お兄ちゃんを失った時代とは違う」

って油断してた…… ごめんね、本当にごめんね──





お母さんのお話を聞きながら、抱きしめられた温かさに気持ちも安らいで、あたしは眠りに落ちていました。
夢に見たのは、あの公園。あの男の子がいました。

「お兄ちゃんなの?」

そう尋ねると、男の子はにっこりと笑って頷きました。

「あたしを連れに来たの?」

あたしがさらに質問を重ねましたが、それに対しては首を横に降って答え、こう続けました。





──ぼくはあの男に殺されたんだ。
だけど、あいつは死んだぼくを車道に放り出して、まるで車にはねられて死んだように見せかけたんだ。
企みはまんまと成功して、ぼくは飛び出しによる事故死扱いになっちゃった。

だから、お母さんは知らないんだよ。
ぼくを殺した男の手で、妹まで失うことになるところだったなんて──





目を覚ますと、警察の人が来いてお母さんとお話をしていました。
あたしはベッドの上で寝たままのフリをしながら、聞き耳を立てていました。

警察の人の話では

『あの男は「少年が化けて出た」とか騒いでいてまともに取り調べもできない状態』

だそうです。

『薬物の使用が疑われ、身体と住処、所持品など徹底的に調べられることになった』

って。





『化けて出た』と供述する『少年』の話も、きちんと調べればあたしのお兄ちゃんのことだと判明するでしょう。

それがわかってしまったら、お母さんはショックを受けるかもしれません。
でも、それでやっとお兄ちゃんは成仏できるのかな、なんて思ってます。

え、あたしですか?
なんだろう、不思議と平気なんですよ。
もしかしたら、お兄ちゃんがあたしの恐怖心も不安もなにもかも、持っていってくれたのかな。
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