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第十二話 おばあちゃんの根付
しおりを挟む私の部屋で起こるようになった奇妙な現象のお話を聞いてください。
ある夜のこと、まず最初に停電が起きたんです。
暗闇の中、手探りで懐中電灯を探し出しました。
こういうときのために買っておいた、非常用の懐中電灯が壁に取り付けてあったんですよ。
妙な感触がしましたが、懐中電灯を無事探し当てその明かりを頼りにブレーカーを確認しに行きました。
でも、ブレーカーが原因ではなかったようなんです。
窓の外を見ると街頭や信号機はついているし、ご近所の窓からも明かりが漏れていました。
近所一帯の停電というわけではなさそうでした。
完全なる暗闇は我が家のみ、というわけです。
わけがわからなくて、懐中電灯でそこらを照らしました。
そこで…… 気が付いてしまいました。
懐中電灯で照らされた壁の丸い光のなかに、人影のようなものが動いているんです。
私は恐怖のあまり気を失ってしまったようでした。
気がつくと朝になっていて、部屋の明かりも元に戻っていました。
手元にある懐中電灯を見て驚きました。
それは私が購入して壁に取り付けた懐中電灯なんですよ。
なのに、見覚えのないストラップ…… いえ『根付』がぶらさがっているんです。
手探りで懐中電灯を探し当てたときの妙な感触はこれだったのか、と思いました。一度は
(捨ててしまおうか)
とも思いましたが、なんだか気味が悪くて
(普通に捨てていいのかどうか)
さえ悩みました。
そこで、母に電話で相談したんです。
私は実家から歩いて30分ほどの場所で一人暮らしをしていました。
母は私との電話を切った後、すぐに自転車を飛ばして駆けつけてくれて……
あれほど親の存在をありがたいと思ったことはありません。
鼻息荒く家に入ってくるなり、私に塩を振りかけてきます。
「大丈夫なの? 今日は泊まっていこうか?」
なんて言ってくれるのはありがたいけど……
「ううん、泊まってもらってもここで寝るのは気味悪いから、いったん家に帰って泊まらせてもらっていい……?」
そう母の顔色を伺うと、母はすぐに私の背中をバンバンと叩いて言いました。
「当たり前じゃない! あんたの部屋は物置になっちゃってるけど、ちょっと片付ければ寝泊まりぐらいはできるわよ」
善は急げということで、私は実家に泊まるための荷物の準備を始めました。
母はその間、わたしの部屋を物色していました。
そこで、懐中電灯に付けられた根付に気がついたようです。
「あら? これは……」
「あ! それ、いつのまにかついてて…… 心当たりがないから気味が悪くて、それでお母さんを呼んだの……」
母はその根付を手にとってくるくると角度を変えてじっくり眺めていました。
そしてそっとテーブルの上に置き、静かに言ったのです。
「これは、お母さんのお母さん…… あんたのおばあちゃんのものだわ」
祖母はこの根付を愛用の巾着袋に付けて、いつも持ち歩いていたそうです。
(どうしてそれが私の部屋に……?)
原因不明の停電がおきたことは、そのとき根付がついた懐中電灯を手に取ったのは、本当に『たまたま』だったの……?
「おばあちゃんは成仏できずにこの部屋に来ているのかな」
ふとそんな言葉が口をついて出ていました。
母も神妙な顔で私を見て言いました。
「あんたは特におばあちゃんにかわいがられてたから、未練があるのかもね……」
(そんな事言われても、困る……)
祖母が亡くなったのは私が5歳のときだったので、私は覚えていません。
そんな覚えのない親戚が私を慕って来ていると言われても、懐かしいも嬉しいもなく、たたただ気味が悪いだけとしか思えません。
母の気持ちを考えると口には出せませんでしたが、正直(勘弁してよ)という思いでした。
それからしばらく、私は実家で寝泊まりをすることになりました。
しかし、それでも私は怪現象から逃れることはできませんでした。
ある夜、またしても原因不明の停電が起きました。
ブレーカーが落ちていないのは確認したのに、外を見ると停電が起きているのはうちだけのようで……
真っ暗な空間に閉じ込められてしまったことでまたあの恐怖を思い出してしまい、私はパニック状態に陥りました。
両親が必死に私を落ち着かせようとしてくれたのですが、恐怖感はさらに増すばかりでした。
さらに、例の根付は一人暮らしをしていた部屋に置いてきたはずなのに、いつのまにか実家の自室にあったこともまた、私を恐怖に陥れました。
シャワーを浴びていると血のような真っ赤なお湯が出てきたこともありました。
ドアや窓、戸棚が勝手に開閉するのはもはや日常茶飯事となっていきました。
困ったのは冷蔵庫の扉が開けっ放しになってしまうことです。
冷気がすっかり流れ出てしまい、ドアポケットに収納してあった卵が悪くなってしまうこともありました。
お風呂の火が勝手についてしまうこともあって、空焚きで風呂釜が危うくダメになってしまうところでした。
このままではいつか火事が起きてしまうかもしれないと思いました。
(おばあちゃんは、私達家族を殺すつもりなの……?
何の恨みがあってこんなことを……?)
私はすっかり精神が参ってしまい、一人で眠ることもできなくなっていきました。
毎晩、怯える私をなだめながら寝かしつける母も、少しずつ疲れが隠しきれなくなっていきました。
ある日、母は
「お友達が紹介してくれたの」
と言って霊能者を連れてきました。
その人は『いかにも拝み屋』といった風貌ではなく、そこら辺にいる普通の主婦のような人でした。
事情を説明すると、霊能者は言いました。
「おばあさんが成仏できずに彷徨っているようですね。
かわいがっていた孫のあなたを頼って来ているのです。
でも、悪い影響が出るならば祓わねばなりません」
そう言って、まあまあ高額な料金を請求されました。
他に頼れるものもなかったので、母がなんとか父を説得してくれて、お祓いを受けました。
これでもう安心、そう思っていたんですが…… 相変わらず怪現象は起こり続けました。
母は霊能者にもう一度連絡を取り、相談したんです。すると
「かなり未練が強いようですね。
これはもう1段階高いグレードのお祓いが必要です。
追加料金をいただくことになりますが……」
なんて言うんです。
母も最初は渋っていましたが、結局払うことにしました。
そしてまた、お祓いを受けたんですが、結果は変わりませんでした。
これ以上お金を搾り取られてはかないません。
その後二度とその霊能者に連絡をすることはありませんでした。
一度だけ様子を伺うようなメールが届きましたが、無視しました。
「ごめんね、お母さんお友達の紹介だから信用できると思ったんだけど……」
「ううん、霊能者の言うことがホントかウソかなんて霊感がない私たちにはわかんないもん、しかたないよ……」
私たちはすっかり落胆してしまいました。
そこで父が初めて口を挟んできたのです。
「よう分からんけど、おばあちゃんが成仏できんってことだろ?
まずは、普通にお墓参りとか、仏壇の供養じゃないのか。
霊能者とかそんなんに頼る前に、ちゃんと家族でやるべきことがあるはずだ」
父の言葉でハッとさせられました。
(そうだ、祖母に必要なのはお祓いじゃなくて供養なんじゃないか)
私たちは次の休日、家族そろって祖母のお墓があるお寺へお参りに行きました。
お花とお線香をあげ、手を合わせていると、住職がやってきました。
「お盆とも命日とも違うのに、珍しいですね。どうしました?」
そう問われたので、私が体験したことをすべて話したのです。
恥ずかしいことですが、霊能者にお金をだまし取られたことまですべて。
「それは高い勉強代でしたね。
おっしゃるとおり、おばあさんに必要なのは供養でしょう。
そして、お嬢さんに付きまとっている悪霊に対しては別にお祓いが必要ですね」
「え…… え!? だって、おばあちゃんが私に…… え、違うの!?」
住職の言葉に、私はうろたえました。
だって、私に付きまとってる霊がおばあちゃんだと思ってたんですもん。
「通りすがりにたまたま波長が合って連れてきてしまったんでしょうね。
おばあさんは、守ろうとしてくれていたんですよ」
そう言われた私は、泣き出してしまいました。
今までずっとおばあちゃんが怖くて恐ろしくてたまらなかったのに、全部勘違いだったなんて。
「先祖の守りは、供養を重ねることで強固になっていきます。
こうして皆さんで揃ってお参りに来られたことも必ず良い結果に繋がります。
おばあさんの力はまだまだ弱いかもしれませんが、供養の心を忘れなければきっと大丈夫ですよ」
そう言って、私の肩から背中を叩きながらお経をあげてくれました。
あれ以来、実家では怪現象が起きることはなくなりました。
私が実家に帰るたびに、家族みんなでお寺にお参りに行くのが恒例になりました。
不思議なもので、実家の仏壇に飾ってある祖母の写真、以前は恐ろしげに見えていたのに今では優しい笑顔に見えるんですよ。
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