夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第十一話 暴走する意思

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それは、僕の友人の『阿部』が突然の変貌を遂げたところから始まりました。
阿部はもともとは温厚で優しい性格で、誰からも好かれるやつだったんです。
けれど、急に暴力的な言動をとるようになってしまって……。





ある日のことです。
僕は大学の講義を終えて家に帰ろうとしていたとき、偶然に阿部の姿を見ました。
そのときの彼は、誰かと口論しているようでした。
相手のほうは僕の面識のない人でしたが、気になって後をつけることにしました。

彼らは遊具の少ない小さな児童公園に入っていきました。
そこで彼らは、言い争いを続けています。
僕は茂みに隠れながらそっと近づき、彼らの会話に耳を傾けます。

詳細はわかりませんが、断片的に聞きかじっただけでも

『阿部がむちゃくちゃを言っている』

ことが感じ取れました。とにかく相手の言う事全てにイチャモンをつけては大声で怒鳴り、しまいにはつかみかかって無理やりにも言うことを聞かせようとする勢いだったのです。

僕は、阿部がこんな暴力的な振る舞いをするなんて信じられませんでした。
何かわけのわからないものを見せられているようで、混乱して恐ろしくなって、その場を逃げ出すように帰宅しました。





また、別の日のことです。
お昼ごはんを買いにコンビニに行くと、先に来店していた阿部がレジに並んでいました。
阿部はイライラしているようで、ずっと舌打ちを繰り返していました。

僕はその様子を横目で見ながら、弁当コーナーでおにぎりを選んでいたのですが……。
店員が何を言っても、怒鳴り散らしていたのを目撃したのです。

「温めますか?」

と問われれば

「当たり前だろうが! 冷たい弁当食わせるつもりか」

と怒鳴り

「レジ袋は必要ですか?」

と問われれば

「いらねえよ! 数円すらがめつくもうけようとしやがって」

と怒鳴り。代金をたたきつけるように支払い、おつりをひったくるように受け取り。
おにぎりを選び終えた僕が後ろに並んでいるのにも気付かずに、大股で店を出ていきました。
それも、ちょうど入ってきた女性に肩からぶつかりつつ。





ずっとそんな調子なもんだから、友人たちもどんどん阿部から離れていきました。
元から付き合いのあった友人だけではありません。
まったく面識のなかった人間の間でも、阿部は有名人になっていきました。

「あいつはヤバいから関わるな」
「何か変なクスリでもやってるんじゃないか」

なんてウワサが立つほどに。





僕も…… 正直、近くにいるだけでどんな暴力を振るわれるか、どんな暴言を浴びせられるかわかったものではないので、阿部とは距離を置くようになりました。
なので、その後のことはウワサでしかわからないのですが……。

どうやら、周りからすっかり人がいなくなって孤独になった阿部は、自分に対しても暴力的だったそうです。
イライラにまかせて自傷行為をする姿も目撃されていたようです。

そのウワサを聞いて、さすがに僕も心配になりました。
僕は元の阿部の性格を知っています。

(なにかのきっかけで、多少は性格の変化もありうるのかもしれないけど……
阿部の変貌ぶりはあまりにもおかしい)

と思いました。まず疑ったのは、脳か精神の病気です。
ただ、本人にその手の病院にかかれと勧めてもまず聞き入れてはもらえないでしょう。





そこで僕は、阿部の自宅を訪ねました。
親御さんに相談してみることにしたのです。
阿部本人と鉢合わせないように、彼の講義のスケジュールに合わせて決行しました。

『あなたの息子さんがひどく暴力的になってますよ』
『周囲から避けられて、友達がいなくなりましたよ』

なんて告げ口をするようで気が引けましたが、放ってはおけませんでした。





阿部があんな風になってしまう前はよく遊びにいっていましたから、面識があります。
僕が訪ねていくと、阿部のお母さんは一瞬驚き、そしてほっとしたような表情になりました。

リビングに通された僕は、阿部の自宅での様子を聞いて驚愕しました。
外での様子と同じく

『自宅でも家族を相手に暴力的な態度を取るようになった』

というのです。

(だとすると説明不要、話は早い)

と思い、僕は早速本題を切り出しました。

「阿部があんな風になった原因に何か心当たりはありますか?
強いショックを受けたとか、ストレスを感じるようなこととか……」

僕がそう言うと、阿部のお母さんはしばらく考え込んで話し始めました。

「特にないと思うわ、ショックやストレスどころか……
あの子があんな風になる直前、ステキなオブジェを見つけたってご機嫌で帰ってきたの。
それをお部屋に飾って、ずっとウキウキな様子だったもの。」

「オブジェ?」

本題とは関係ない話題ですが、僕はその言葉に妙にひっかかりを感じました。

「それを見せてはもらえませんか?」

「え、ええ、かまわないわ。
息子の部屋はわかるわよね?
模様替えもしてないから、入ってすぐのカラーボックスの上よ」

お母さんは

『気味が悪くて近寄りたくもない』

といった風でした。僕一人で、勝手知ったるかつての親友の部屋へ。





それはすぐにわかりました。

古い木箱のケースに守られるようにして鎮座する、ただの石のようなオブジェ。
不思議な形をしていて、見ようによっては人の姿に見えなくもない、しかし人の姿を模して彫られたというわけでもなさそうな石でした。

(自然のなかで削られて偶然このような形になるものだろうか?)

僕はその石を不気味に感じ、お母さんが近寄りたがらなかった理由がわかったような気がしました。
そしてリビングに戻り、お母さんとの話を続けました。

「阿部があんな風になったのはなにか原因があるんじゃないかと思ったんですけど、お母さんにもわからないのなら、もう…… その、失礼ですけど、病院にかかるって手段も……」

「え、ええ、確かにね。親の欲目かもしれないけど、優しかったあの子が急にあんな風になるなんて信じられないもの」

下手をすると

『うちの子をキチガイ扱いするな』

なんて思われかねない提案だったけど、お母さんは思ったよりすんなり受け入れてくれました。
ひとまず伝えたいことは伝えたので、阿部が帰ってくる前にとっとと退散しました。





帰宅したあとも、僕はずっとあのオブジェについて考えていました。
僕は特に霊感とかがあるわけではないけど、あの石はなにか説明のつかない嫌な感じがしていました。

お母さんには病院を提案してきたけど…… 実は、石を見たときからもう一つの手段が思い浮かんでいました。
でも、言い出せずに帰ってきたのでした。
それは『お祓い』です。

僕は脳神経科か精神科の管轄だとばかり思いこんでいたけど

『ちょうど阿部が変貌する境目の時期に部屋に置かれたオブジェ』

そこになにか原因がある可能性もあるのではないかと、そう思わせられる不気味さを漂わせていました。





木箱の古さから古物の類だろうと考えていたので、阿部があの石を購入したルートには心当たりがありました。
よく阿部と一緒に通っていたビンテージショップ。
あまり小遣いは持っていないのでもっぱらウィンドーショッピングでしたが、僕も古物が好きでした。

案の定僕の予想は的中し、石はそこで購入されたものだと判明しましたが……
なんだか様子がおかしいんです。

店主は最初

「そんなオブジェなんか知らない」

と明らかにとぼけた様子でしたが、バイトのスタッフが

「店長何言ってるんですか、先日常連さんにご購入頂いたやつじゃないですか~」

と口を挟んできたので判明したんですよ。その瞬間、明らかに

(しまった)

と、そしてバイトに対して

(余計なことを)

というような表情をしていました。とにかく

『オブジェは阿部がここから買ったこと』
『店主が僕にその事実を隠そうとしたこと』

この2点が明らかになったのですから、これはもう偶然とは思えませんでした。





(阿部の変貌と石にはなんらかの関係がある、そして店主は何かを知っている)

そう確信し、僕は店主を問い詰めました。
すると店主も観念したようで、しぶしぶ石のことを話してくれました。

「あの石は買われるたびに持ち主になんらかの不幸が降りかかり、そしてまた持ち主を失っては店に戻ってくる、いわくつきの商品なんです。
で、でも、私どもも何もしてなかったわけではありませんよ。
戻ってくるたびお祓いはしてますし、購入前にいわくの説明だってしてます。
それでも買うことを決めるお客様をお断りする理由なんかないんですよ……」

「阿部はその話を知ってたのに石を買ったっていうんですか?」

俺がそう聞くと、店長はションボリしたままうなずいた。

「……わかりました。別にそのことについてとがめるつもりはありませんよ。
そもそもそんな話、誰に言ったところで信じてもらえるわけもない」

そう言って僕は店をあとにしました。実際

『店主がオブジェのいわくを知っていて売った』

という事実がなんらかの法に触れるとは思えません。
不動産の事故物件でさえ、告知義務さえはたせば人を住まわせられるのですから。

ただ、それでも値札を貼り店頭に出し続けるしたたかさ……
僕はもう店主の人間性を信じられなくなりました。

もともと見るだけの冷やかしみたいなもので良い客ではなかったかもしれないけど、僕があの店に行くことは二度とないでしょう。





阿部のあの暴力的な様子だと、本人が納得しないまま強引に病院に連れていくことは難しいだろうと思いました。
オブジェの『呪い』のようなものが原因だとすると、病院に行っても解決するかどうかは怪しいものですが……。

そこで、僕はそれを事実『呪い』であると仮定して、それを解呪する方法を調べることにしたのです。

まず考えたのはお祓いでしたが……。店主が

『オブジェが店に戻ってくるたびお祓いをしたが効果はなかった』

と言っていたのであまり期待はできません。
ただ、あのいい加減な店主の言う事ですし……
僕が問い詰めるのでそれから逃れるために適当な言い訳をしていた可能性もあります。





僕は美術系のサークルに頼み込んで、それっぽい偽物を作ってもらいました。
阿部のお母さんにお願いして、それと阿部の部屋にある本物を入れ替えてもらい、本物をお祓いに持ち込む作戦です。
それから僕は、近隣のお祓いができる場所をかたっぱしに調べて、何日もかけてあちこちに持ち込みました。

しかし、ビンテージショップの店主が言っていたことはウソではなかったようです。
持ち込んだものをひと目見ただけで、受付の人やお祓いを担当する人は「またか」といった表情をしていました。





そして、阿部の変貌の原因がオブジェであることを確信した出来事がありました。

僕は先に言ったように、お祓いのために偽物と入れ替えて本物を入手していました。
そのため、本物のオブジェは僕の手元にしばらく置いてあったのです。僕は

(なんとかしてお祓いを成功させなければ)

と、そればかりを考えていたので…… そもそも

『阿部があのオブジェを自室に置いていたことが原因で変貌してしまった』

ということを失念していました。





僕はふと

『自分が妙にイラつきやすくなっていく』

ことに気付いたのです。

ある日は、友人との会話中に相手が急に気に入らなくなり、なんでもいいからケチをつけたくなってしまって、相手の言うことにかたっぱしに反発してしまいました。
またある日は、いつもならスルーするようなささいなことでも、急に激昂してしまいました。

実際に、自分が徐々に暴力的な性格に変わっていくことを体験し、阿部に何が起きていたのかを理解しました。

僕はあらかじめ『阿部が変貌した』ことを知っていたし『その原因がオブジェではないか』とうすうす考えていました。
その情報があったからこそ、自分の変化に気付くことができたけど……

(これは確かに…… 何も知らずにオブジェを持っていたら、わけがわからないままイライラを抑えきれなくて、孤立してしまっていただろうな)

と容易に想像ができました。





僕は自分の意識がまだ冷静に保てるうちに、阿部に対してはできなかった『変貌した本人に対する措置』を試そうと思いました。
まずはお祓いです。
以前オブジェを持ち込んだ先に顔を出したところ、再び「またか」という顔をされましたが

『今回は僕自身が対象である』

と事情を説明してお願いしました。

ですが、お祓いをしても僕の衝動が落ち着いた感じはしませんでした。
まあオブジェにもなんの成果も得られないようなお祓いですからね、たかが知れています。

僕は次に、病院へかかることにしました。
脳神経科、そして精神科。
受付ではひどく待たされてイライラして、ずっと貧乏ゆすりをしながら太ももをガツガツと殴り続けていました。

『現代日本人は5人に1人がうつ病』

だとかなんとか広まったせいで、ちょっといやなことがあるとすぐに「うつだ」とか「病む」なんて言い出して、本当に困っている人が待たされる事態になってしまっています。嘆かわしいことです。
やっと順番が回ってきて、先生に相談しました。

「突然イライラするようになった」
「暴力の衝動が抑えられない」

など。こういうところの先生にオカルト話をしたところで『頭がおかしい』と思われるのがオチですから、オブジェの話はしませんでした。

薬を処方されただけで、先生は僕の話を全然ちゃんと聞いてくれませんでした。
診察時間は3分にも満たなかったんじゃないかな。
混み合ってるからといって、適当にあしらわれたようで気分が悪かったです。

その薬も飲んではいますけど、飲んでしばらくの間は効果が得られるのですが、効果が切れるとまた元通り。
これでは僕はいずれ薬なしでは普通の生活もままならないようになってしまいます。





神社も寺も病院も、何もかも誰も彼も役に立たない!





結局僕は、呪われたままなんです。




今この瞬間だって、暴れだしたい衝動を抑えるのに必死なんですよ。
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