夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

文字の大きさ
上 下
10 / 60

第九話 カルト宗教と姉妹の絆

しおりを挟む

私の祖母は典型的な古い人間でして、先祖供養の大切さを常々語ってきた人なんですけど……。
祖母の妹『梨江さん』は対照的に新しもの好きで、祖母の『菊江ばあちゃん』とはいつも衝突していました。





菊江ばあちゃんの家の仏壇はいつもピカピカに磨かれていて、キレイなお花と果物がいつも供えられてたのを、私は子供のころからずっと見ていました。
でも、梨江さんはあんまりそういうこと、ちゃんとしてないみたいでした。
仏壇にはほこりが積もっていて、お花なんか供えたこともないんでしょうね。

というのも、梨江さんはどうやら新しもの好きが高じて新興宗教にのめりこんでしまったようなんです。
仏壇なんかほったらかしで、教祖様のトークショーにばかり通っていたみたいです。

『教団にお布施をすればするほど、先祖も救ってあげるし子孫たちも繁栄させてあげる』

なんて教えられたんですって。
そんなわけないじゃない。
昭和の人間じゃないし信心深くもない私でさえ

『先祖供養を人任せにするなんておかしい』

ってわかりますよ。





菊江ばあちゃんも、梨江さんにしつこく宗教勧誘されたって聞きました。
でも、ばあちゃんは

「私は先祖代々受け継いできたこの仏壇とお墓を、次の世代にも伝えていかなきゃいけないから」

って断り続けてたの。むしろ

「新興宗教なんかやめなさい」

って言い返してもいいくらいなのに、ばあちゃんはあまり波風を立てたくないタイプだから……。
梨江さんは、だれかれ構わず顔を合わせるたびに勧誘してるもんだから、親戚中から疎まれ始めてたみたいです。
でも菊江ばあちゃんは実の姉妹だから、きっぱりと縁を切るなんてことができなくて、ズルズルと顔を合わせる関係が続いてたけど、正直だいぶまいってたんじゃないかなあ……。





そんなある日のこと。
菊江ばあちゃんの家に、新興宗教の教祖が直々にやってきたらしいのです。なんでも

「あなたの妹さんに不幸が訪れています。このままだと取り返しのつかないことになるでしょう」

とかなんとか言って脅かしてきたんですって。

その日を境に、菊江ばあちゃんは梨江さんが心配で心配で、すっかり落ち込んでしまいました。
梨江さんはいつも一方的にばあちゃん家に訪れては宗教の勧誘をしていく強引な人だったんだけど、菊江ばあちゃんからの連絡は無視し続けていたんです。
だから梨江さんがどうなってるのか、状況がわからないままずっと気をもむしかできなかったの。





でも、実はそれが梨江さんと教祖の作戦だったみたい。
菊江ばあちゃんを不安にさせておいて、心のスキマに付け込んで勧誘しようって魂胆。

しばらく経ってから、梨江さんがふらっと菊江ばあちゃんの前に現れたそうです。
梨江さんは真っ黒な服に身を包んでいたそうで、まるで喪服を着ているようだったという話でした。
そして、彼女は言ったそうです。

「わたしは教祖様に認められたの。これから神様に嫁入りするのよ。
そんなわたしの、血を分けた姉がいまだに神様に理解を示さないというのは…… わかるわよね?
姉さん、わたしのためだと思って…… 入信してちょうだい。
大丈夫、きっと姉さんもすぐに気に入るわ。素晴らしい神様なのよ」

そんなことを言われて、恐怖のあまり菊江ばあちゃんは梨江さんを強引に追い返してしまいました。





ばあちゃんはその日から数日間、誰とも会わずに引きこもっていたというのです。
私が様子を見に行っても、最初は会うことすら拒否して頑なに出てこなかったんですけど……。
会いに行っては拒絶されることを繰り返し数日、やっと菊江ばあちゃんが顔を出しました。

「ごめんねぇ、わたし…… なにがなんだかわからなくなっちゃって。
ずっと家に籠って、ずっと一人で考えて…… それで、気が付いたんだけど……
梨江は『神様に嫁入りする』って言ってたのよ。それってどういう意味かしら?」

菊江ばあちゃんはブルブル震えながら真っ青な顔で続けました。

「まさか…… 宗教の人に、いけにえにされようとしてるんじゃないかしら?
そう思ったら、いてもたってもいられなくなって…… ねえ、どうしたらいいのかしら?」

私は必死になってばあちゃんを励まして、それから二人で対策を考えました。





最終的に出た結論は

『相手は組織なので個人レベルで解決しようとしても無理。
宗教の問題は宗教に頼ろう』

ということでした。つまり

『菊江ばあちゃんが昔からずっとお世話になっているご住職に相談しよう』

ということです。
私たちは住職に電話をして事情を話し

『梨江さんが新興宗教にはまっている』

ことも包み隠さず伝えました。
住職は驚いていましたが

『とにかく一度直接会って話を』

ということになりました。





数日後、私たちが住職の家を訪ねると、住職は険しい表情で言いました。

「ああいう団体にはね、まともなところとそうでないところがあります。
梨江さんが関わっているのは、おそらく後者です。
信者というと聞こえはいいですが、洗脳に近いことをされているのでしょう。
足抜けを説いたところで聞き入れるとは思えません。ですが……」

住職は一呼吸おいて、菊江ばあちゃんの目をまっすぐに見て続けました。

「たった二人の姉妹ですから、おつらいでしょうね。
本来ならば縁を切ってしまうのが一番なのですが、それができないから私のところに相談に来た。
そうでしょう?」

菊江ばあちゃんはポロポロと涙をこぼして、何度もうなずきます。
住職はばあちゃんの肩に手を置いて、やさしく言葉をかけます。

「その気持ちはとても尊いものです。私もできる限り協力します」





こうして私たちの戦いが始まりました。

ご住職は、お師匠さんや兄弟弟子さんたちをあたって協力を募ってくれました。
とはいえ皆さんお忙しいので、実際に協力を申し出てくれたのは一人。
かりに『Tさん』としますね。

Tさんは初めて菊江ばあちゃんを見るなり、こう言いました。

「あなた、最近体調が悪いとか気分がすぐれないとか、なにかおかしいなと思うことはありませんか?」

「えっ? 確かに梨江があんな風になってからはご飯ものどを通らなくて、でも、あの、どういう……?」

戸惑うばあちゃん。
しかし、Tさんは構わず話を続けました。

「あなたに呪いをかけられたような痕跡を感じます。
新興宗教の関係者か、妹さんから、なにかもらったものはありませんか?」

「呪い……!? 呪いってなんですか、だって、梨江は実の妹なんです、まさかそんな……!」

菊江ばあちゃんは狼狽しますが、Tさんはいたって冷静でした。

「心当たりがあるんですね。妹さんに何をもらったんですか?」

ばあちゃんはしばらく黙り込んでいましたが、やがて意を決したように答えました。

「置物です…… かわいい、猫ちゃんの。わたし、動物が好きで、梨江もそれを知っていて……」

Tさんは引き出しから紙とペンを取り出し、菊江ばあちゃんに差し出しました。

「簡単でいいので家の間取り図を描いてください。家具の配置も。それから、猫の置物をどこに置いたか印を」

ばあちゃんは言われるまま、言われた通りに間取り図を描き、それから置物の印をつけます。
すると、Tさんは家の見取図の上に別のペンで印を付けました。

「ここにこのお守りを置いてください。これは絶対に開封しないように、このままで」

そう言って、厳重に紙で包まれた『お守り』を渡してくれました。

「置いてから1週間、普通に生活して日記をつけてください。
何がヒントになるかわかりませんから、どんなささいなことでも書き留めてくださいね」

「は、はい、あの、猫ちゃんは……?」

「そのままで結構です。意識もしないようにしてください。
まだ、宗教団体のほうには、こちらが呪いに気付いたことを悟らせたくない」

ばあちゃんは不安そうな表情を浮かべていました。
そりゃそうですよね。
自分の家に呪いの媒体が置かれてて、しかもそれが自分を狙ってるなんて。





Tさんの指示通り、一週間後に菊江ばあちゃんの日記帳を提出しました。
私は一週間の間ちょくちょく様子を見に行ってましたが、特に変わったことも起きず、変わらない日々だったようです。
微妙な体調の悪さも変わらず。

「Tさん、本当に大丈夫なんですか? お守りを置いたのに、祖母の体調よくならないじゃないですか」

私が聞くと、Tさんはニヤリと笑って答えました。

「日記を読む限り、お守りは正しく機能しているようですよ?
あのね、置いたからといってなにもかも一発で最高の状態にしてくれる魔法のアイテムなんてないんですよ。
お守りは菊江さんの体調を治すものではなく、あくまで梨江さんからの猫の呪いをかわりに引き受けるものです。
今まで呪いを受けてきた体の不調は幻でもなんでもなく、現実に起きていたことですから、呪いのターゲットをそらしたからといってすぐには体調は戻りません」

私はなんだか納得いかない気持ちもありましたが、Tさんは気にも留めずに淡々と説明しました。

「この1週間様子を見て、どうやら相手は呪いのターゲットがそらされたことには気付いていないだろうこともわかりました。
これで次の段階へ進めます。次に来るときには、猫の置物と私がお渡ししたお守りを一緒にして持ってきてください」

そう言って「念のため」と言いながら菊江ばあちゃんに数珠ブレスレットをつけてくれました。
次の機会は3日後。Tさんも忙しい中、ばあちゃんのために時間を割いてくれていたので、せかすことはできませんでした。





その日の夜、私は不思議な夢を見ました。

広い野原の上に1本の木がある光景です。
その木には、大きな鳥がとまっていました。
鳥は青く澄んだ瞳で私を見つめ、私が鳥に気付くと羽を広げて大きく飛び立ちました。
木が青々と輝き、まるで生命力にあふれているように感じました。

目が覚めたときなんとなく、問題の解決を予感しました。





さて、3日後。
言われた通りに猫の置物とお守りを一緒にしてTさんのもとへ。
Tさんはそれを受け取り「あとはこちらへお任せを」と言って私たちは帰されてしまいました。

詳しい説明もなく、また、菊江ばあちゃんに対して祈祷のようなことをするでもなく、拍子抜けです。
ずっと黙って付き添ってくださっていたご住職は申し訳なさそうに言いました。

「すみません、彼は秘密主義でして…… あまり自分の処置を人に見せたがらないし語りたがらないのです。
でも、実力は折り紙付きなのでご安心ください。菊江さんは大丈夫です」

「そうですか…… でも、梨江はどうなるのでしょう……」

菊江ばあちゃんは不安げです。
新興宗教にハマった上、実の妹でありながら自分に呪いまでかけてきた梨江さんのことを、まだ心配してるんだから……。
甘いというかなんというか、まぁ、そんなところが菊江ばあちゃんらしいんですけどね。

「梨江さんはあなたにとってはいつまでもかわいい妹さんかもしれませんが、本来もう孫を持つほどの年長者なんですよ。
ご自分のやったことの責任は取らなければいけません。それがどういう結果になっても、それは梨江さんが受け止めるべきものなんです」

住職はきっぱりと言い切ります。

「そう…… ですよね、私は妹を甘やかしすぎたのかもしれません」

菊江ばあちゃんは肩を落とします。

「気を取り直して、お経をあげに行きましょうね。
ご先祖様もきっとご心配なさっているでしょう」

そう言ってご住職はばあちゃんを慰めてくれました。

「はい……ありがとうございます」

菊江ばあちゃんもなんとか笑顔を見せました。





その後、菊江ばあちゃんは『年齢のせい』『心労がたたって』だと思っていた不調も体のガタもなくなり、すっかり元気になりました。

梨江さんがハマっていた新興宗教は、何があったのかはわからないんですが…… 解散したらしいです。
噂によると、夜逃げ同然で突然消えたとか……。

梨江さんは、あんなに好奇心旺盛で、いつまでも若々しくて、言葉を選ばずに言えばいつまでも子供っぽいおばあちゃんだったのに……。
なんかすっかり年相応、ううん、姉である菊江ばあちゃんよりも老け込んでしまって、寝たり起きたりの生活をしてました。
そして、とうとう、今年の冬を迎えられるかどうかも危ないと言われてしまいました。

菊江ばあちゃんは毎日毎日病院にお見舞いに行ってるみたい。
私も一応親戚だし、手遅れになる前にと思って一度だけ顔を出しました。
その手首には、菊江ばあちゃんがあのときいただいた数珠ブレスレットが光ってました。

(ばあちゃんそれ、梨江さんから自分の身を守るためのものだったじゃん)

そんな大事なものを、梨江さん本人にあげちゃうなんて…… ほんと、妹に甘すぎ。





でも、甘やかしてくれるのは菊江ばあちゃんだけなんですよね。
梨江さん、もしものときには…… ご先祖様に、ちゃんとお迎えに来てもらえるのかなあ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

【完結済】夜にも奇妙な怖い話を語ろう

野花マリオ
ホラー
作者が体験(?)した怖い話や聞いた噂話を語ります。 一部創作も含まれますのでご了承ください。 表紙は生成AI

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...