夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第八話 ざしきぼう

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俺の体験談は、心霊っていう感じじゃなくて……。
たぶんみんな知ってると思う。

『座敷童』

そいつとの交流の話です。





そいつと初めて出会ったのは、一人暮らしだった祖父が亡くなって持ち家が宙ぶらりんになったことがきっかけでした。

『家や土地を売りに出して現金化し、遺産分配する』

って話もいったんは上がったんだけど、ちょっと不便なところにあって土地もあまり高くないし、家もずっと祖父が暮らしてきたところだから古くて……

『取り壊して土地だけにするにせよ、リフォームして家ごと売るにせよ、かかる経費を考えるとデメリットのほうが大きい』

ってことになって。
それで、俺は今までずっと親元で暮らしてきたんだけど

『その家をちゃんと守っていく』

ことを条件に念願の一人暮らしを始めることになったんです。





引っ越してから一週間くらい経ったころかなあ。
家の中がなんだか騒々しいんですよ。
何かが走り回る音とか笑い声みたいなのが聞こえたり、誰かに見られてるような感じがしたり。

最初は気のせいだと思ってたんだけど、だんだんはっきり聞こえるようになってきたんです。
夜中に目が覚めてベッドの中で耳を澄ませていたら、やっぱり足音がするし、人の気配を感じることもあって……。





(死んだじいちゃんが来てるのかな?)

とも思ったんだけど……。
じいちゃんの仏壇は俺が毎日きれいに管理してたし、線香もあげてたんですよ。
それがこの家の住む条件でもありましたしね。だから

『じいちゃんが成仏できずにさまよってる』

とか、そういうことはありえない…… と思いたい。
それに、そもそもどうも年寄りの気配じゃない。
もっと若い…… なんなら

『子供かもしれない』

ってくらい元気な印象を感じましたね。





それで、親戚じゅうに聞いて回ったんですよ。

「じいちゃん家でなんか感じたことある?」
「じいちゃんは何か見たって言ってなかった?」

って。でも何も情報は得られなかったんです。





(今のところ気配を感じるだけで、特にこれといった迷惑もない。
不思議と恐怖を感じることもない)

と思い、俺は特に何も対策をしませんでした。
せっかく念願かなって一人暮らしすることができたんです。
しかも自分で管理しなければいけないとはいえ、家賃を支払う必要もない持ち家、一軒家ですよ。

(ここを出るほどの問題は生じてはいない。
気にしなければ良いだけのこと)

そう思っていました。





ある日のことです。

バイトを終えて帰宅しました。
いつものようにドアを開けると…… そこには子供が立っていたのです。

着物を着た男の子、歳は五~六才でしょうか。
髪は長く、肌の色は透き通るように白くて目はくりっと大きく、顔立ちはとても整っていて可愛らしい子です。

その少年は驚いたような顔になり、走って逃げていきました。
俺も驚きでしばらく動けずにいたけど、すぐに我に返って追いかけたんです。

(外に通じるドアは俺の後ろ。
家の中で逃げ去ったところで、どこかでは行き止まりになる)

そうわかりきっていた…… はずでした。
しかし、追い詰めたはずの部屋のなかに少年はいませんでした。
訳が分かりませんが、とにかく

(俺が感じていた気配はあの少年のものだった)

と確信しました。
その時は、俺はまだ少年を座敷童だと認識してはおらず、ただの少年の霊だと思っていました。





とはいえ、やはり実害があるわけでもないので、放置したまま生活を続けました。
今思い返せば、ある意味現実逃避していたのかもしれません。

その後、たびたび少年を見かけることがありました。
最初は俺におびえた様子を見せていた少年でしたが、徐々に慣れてきたのか、見る頻度はどんどん上がりました。

そしてついに、話しかけてくるようになったのです。

「あそぼう…… あそんで」

そんなふうに声をかけられ、恐ろしさは感じないし、寂しがってるのかなとも思えました。
俺も戸惑いながらも反応を返します。

「何して遊ぶ? ゲーム? 対戦する?」

そういいながら、ゲーム機を起動してみます。
でも、背後で少年の戸惑う気配を感じ、すぐに終了させました。

「わからんかぁ……」





少年の風貌からして

(古い時代の霊かな)

と思っていました。
ゲーム機のない時代に生きて死んで霊になったのならば、ゲームの遊び方を知らなくても無理はありません。

そこで俺は、自分の記憶にある限りの、昔からある遊びを片っ端からやってみることにしました。
トランプや花札、双六、オセロ、将棋、チェス、囲碁、かるた、けん玉やヨーヨー、竹馬、お手玉など、ありとあらゆるものを用意してみたのです。
俺が子供のころ、じいちゃんに習って遊んだものが押し入れにしまいっぱなしになっていたので、役立ちました。

少年が特に興味を示したのは、けん玉と独楽まわし。
道具が古くてボロかったのですが、それでもとても嬉しそうに遊んでくれました。





そうして、家にいるときは少年と遊んで過ごす日々が続きました。
楽しく、幸せな日々でした。

少年と遊んでいるときには、自分も少年時代に戻ったような気持ちになり、リフレッシュできました。
そのおかげか、大学生活も順調で、バイトでも働きを認められ、すべてが順風満帆でした。





ただ、やっぱり俺も大学生ですから、遊んでばかりはいられない時期もあるんです。

あるとき、レポートに追われて少年と遊んであげられない日々が続きました。
明らかに少年の機嫌が悪くなっていくのを感じました。

でも、俺も提出期限に追われてイライラしていて、つい感情に任せて

「俺は生きた人間だから、生きていくうえで必要なことをしているんだよ!
ただ遊んで過ごしていればいいだけのお前にはわからないだろうけどな!」

そんな感じのことを言ってしまったんです。





そうしたら、少年は一瞬怒ったような泣きそうな複雑な顔をして、そしてフッと消えました。
それ以来、少年の気配は家からすっかり消え去ってしまったのです。

俺はその時は

(これでレポートに集中できるな~)

ぐらいの気持ちでいました。

(レポートが終わればまた遊んでやれるし、そのころには呼べば出てくるだろ)

って。でも、少年は二度と姿を現しませんでした。

心にぽっかりと穴が空いたようでした。
大学でもボンヤリとして失敗ばかり、バイトでも失敗の連続で叱られてばかり。
今まで順調だったのがうそのように、何もかもうまくいかなくなりました。





ちょうど夏季休暇、気分転換に実家に帰ることにしました。
久しぶりに会う両親は、俺の顔を見て驚きました。

「どうしたのあんた! そんなにやつれて」
「何かあったのか? 悩みでもあるなら相談に乗るぞ」

そう言われても、どう説明していいかわからない。

(俺は少年が現れなくなって寂しいのだろうか?
それで調子が狂ってしまって、すべてがうまくいかなくなった?
それをどう説明すればいいって言うんだ?
自分でもわかっていないこの感情を?)

結局、俺は答えを出せないまま、ただ黙って俯くしかなかった。
そんな俺の様子に、両親も困ったような表情を浮かべている。

「まあ、今はゆっくり休みなさい。夕飯はあんたの好きなもんたんと作ったるからね」

母さんが俺の肩を叩きながら、優しい声で言った。
その言葉がうれしくて、少しだけ涙が出そうになった。

──ああ、そうだ。
俺にはずっと、帰る家があり、温かく迎えてくれる家族がいる。

だけど、あの少年はずっとあの家で、俺しか遊び相手がいなくて……。

今さらながら、そのことに気がついた。
自分の感情が整理され、悩みの形が見えてきた気がした。
これでやっと説明がつく──

そんな気持ちでふと両親に少年のことを話しはじめた。





「前にさ、俺『じいちゃん家で何か感じたとか見たとか、それか、じいちゃんが家に何か出るみたいな話してたとか聞いたことない?』って聞いてまわったじゃん。実はさ…… 何かいたんだ、あの家。多分、子供の霊」

俺の言葉を聞いた二人は、驚いた様子を見せた。

「あんた、そんなにやつれちゃったのはそのせいなの!?
ええと、神社? お寺? お祓い、お祓いはどこで……!」

「お、落ち着けよ。あいつはそういうんじゃないんだよ。別に害はないっていうか……」

俺は慌てて説明をはじめました。





少年との出会い、一緒に過ごした日々、そしてひどいことを言って傷つけてしまったこと、それを悔いていること。そして、その少年がいなくなってしまったことも。
到底信じられる話ではないはずなのに、両親は静かに耳を傾けてくれました。

「なるほどねえ。その子は『ざしきぼう』かもしれないわね」
「ざしきぼう?」

聞き返すと、母は懐かしむような表情で言いました。

「お母さんの実家がある九州の方ではね、『ざしきぼう』って呼ばれてる妖怪…… それとも神様の一種なのかしら? ……の、伝説が伝わってるの。
『座敷童』って言った方が通りが良いのかな?
古い家の、人のいない部屋に勝手に住みついていて、その家に住み着いている間は家主を幸せにするんだけど、家を出て行くと家主に不幸が訪れるんですって」

母の話を聞いて、あの家での生活を思い出していました。
確かに、少年が家に住み着いていたときはすべてがうまくいって『人生はバラ色!』って感じだった。
少年がいなくなってしまってからは、なにもうまくいかなくなって……。

俺はてっきり

(いつもいた奴が急にいなくなったから、ストレスから来る不調だ)

と思い込んでいました。
でも、もしあの少年が座敷童だったとしたなら、納得がいくというものです。





夏季休暇も終わり、あの一軒家に戻る足はひどく重く感じました。

(きっと、彼はもう俺の前に現れることはないだろう。
俺はこれからずっと、なにもかもがうまくいかない人生を送っていくんだ)

そう思いながら玄関を開けました。

リビングへと進むと、床に散らばっているものに目がいきました。
少年が消えてしまってから使っていなかった、おもちゃ箱。
実家へ帰省する前にもしっかりしまってあったはずなのに、それがひっくり返され、中身が散乱しているのです。

不思議に思って中を覗くと、見覚えのない小さな人形が入っていました。
よく見ると、その人形はどこか不気味で、少年に似ていました。
そして、俺に向かって手を振ったのです。

(人形が動いた!!)

俺は驚き、思わず人形を手放してしまいました。

「いたっ」

床に落ちた人形から声が聞こえました。
まるで、本物の人間の子供のような声が。

(あの少年だ。戻ってきてくれたんだ)

俺は人形を拾い上げ、抱きしめました。

「おかえり…… ごめん、俺、ひどいこと言って」
「……ただいま」

俺たちは、仲直りをしました。
そして、また楽しく遊んで暮らすようになりました。
めでたしめでたし。





……だったらよかったんですけどね。

少年が人形の姿になって帰ってきてからも、俺のどん底人生にはまるで変化はありませんでした。
大学生活もバイトもうまくいかず、友達も俺から離れていきました。
彼女なんてもちろんできるわけがありません。

少年は座敷童としての力を失ったのでしょうか?

むしろ以前よりも不幸になった気がします。
ただでさえ不幸続きだったというのに、少年が帰って来てからはさらに不運に見舞われるようになりました。





だからといって、少年にまた出ていけなんて言えないじゃないですか。

俺は今でも忘れられないんですよ、姿を消す前の少年のなんとも言えない表情。
もう二度と彼のあんな顔を見たくはないんです。
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