夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

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第七話 親友との約束

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僕の話は…… 僕が体験した話というよりも、友人が体験したことを聞いた話、になるんだけど……。
それでもいいのかな? じゃあ、お話しますね。





友人がある日、しきりに夢の話を聞かせてこようとするんですよ。

(いや、他人の夢の話ほど面白くないことってなくない?)

と思って僕は右から左へ聞き流してたんです。
それでも構わずずっとしゃべってるの。

「本当にいい夢だった、また見たい、続きが見たい」

って。しまいにはネット検索して

「夢日記をつけるともう一度見られるとか続きが見られるとかいう説があるらしい」

とか言い出したんですよ。





だけど、知ってます? 夢日記ってやばいんですよ。

夢ってだいたい忘れちゃうじゃないですか。
目が覚めたとき、すごく印象的な夢だった、これ絶対覚えておいてあとで誰かに話そうと思ってても、忘れちゃう。
すごく頑張って何度も思い返して脳に刻もうと思ってても、頭の中でがんばってるだけだと忘れちゃう。

それ、どうしてだかわかります?

夢ってもともと忘れることが前提の記憶なんですよ。
脳に保存されてる記憶を整理するためのデフラグ中に見えてる映像だとも言われてますよね。
だけど、目が覚めた直後、まだ忘れてないうちに、文字に書き留めるなり、脳内だけじゃなく誰かに話して聞かせるなどしてアウトプットすると、覚えておける記憶に変換されるの。
それは、厳密には夢を覚えておけてるんじゃなくて、夢の話を日記につけた・誰かに言って聞かせた、という体験を記憶してるんだけど。

結果的に、本来忘れるべき記憶が脳内に残り続けてしまうわけ。
これが良くない。夢を記憶し続けることって、自然の摂理から外れた行為なんですよ。

だって、デフラグ中の映像なんて整合性もなにもない、筋の通らない映像なわけだから。
実際、夢から覚めた後思い返せばどう考えてもおかしいことが起きてても、夢の中では気付けないみたいなことあるでしょ。
それは忘れちゃうからいいのであって、記憶として脳に定着させてしまうと、その夢の中の整合性のとれていない出来事が現実として起きたことと同じ扱いになってしまう。

それが、脳は受け入れられなくて…… 夢日記をつけることを習慣づけてしまうと、そのうち脳が負荷に耐えられなくなって精神が崩壊しちゃうの。

夢日記をつけると夢と現実の区別がつかなくなるからヤバイって都市伝説あるでしょ。
あれはね、日記のせいで区別がつかなくなってるんじゃなくて、もう脳が正常な働きをしなくなってきてる影響なの。





だから僕、友人に

「夢日記をつけるのはやめろ」

ってさんざん言って聞かせたんですよ。
でも彼はかたくなにやめなかった。

「夢日記をつけたら本当に夢の続きを見られた、いつも同じ夢を見られる」

って興奮気味に語ってた。
しまいには僕にも

「夢日記をつけたほうがいいぞ」

って勧めてくる始末。
そんな勧められたって、僕は僕でかたくなに夢日記なんかつけなかったんですけどね。





そのうち友人とは疎遠になってしまいました。

なにしろ会うたび夢の話をされるし、なんだか薄気味が悪くなってしまって。
彼もまた、夢の話を真面目に聞いてくれない僕に対して思うところがあったんでしょうね。

お互い何か言い合うでもなく、自然と距離が離れていったんです。
しばらく後、風のうわさに彼はすっかり人付き合いがなくなってしまったと聞きました。

(誰に対してもあの調子だったなら、そりゃあいずれそうなるだろう……)

と思っていたんですけど、どうやら違うみたいで。

『仕事が終わったら、何か急いでいる様子ですぐに帰ってしまう』

のだとか。たまに同僚が呑みに誘ってもまったく乗ってこない。

「彼女でもできたかな」

なんて言う人もいたそうですけど、どうやら家にまっすぐ帰っている様子。

「さてはペットでも飼い始めた?」

と予想した人もいました。

「かわいくてかわいくて、留守番させとくのがかわいそうで、急いで帰ってるんじゃないか」

って。でもそれも間違いでした。





後からわかったことなんですけど、彼は夢を見るために急いで家に帰って、ただただ眠っていたようなんです。
毎日、毎日ですよ。
仕事を定時で終えて即帰宅し、ベッドに直行して夢を見るためだけに眠り続ける。

どうやら食事も満足にとっておらず、掃除も洗濯もしてないからどんどん部屋は荒れていった。
さすがに夢を最優先にしすぎて現実の生活が疎かになるのは問題ですよね。

でも、そんなのまだ序の口だったみたいです。
ついには、友人は無断欠勤をするようになったんだとか。





僕にその話が入ってきたときにはもうそういう状態でした。
ずっと疎遠になってたし、正直もう関わる気はなかったけど…… さすがにそのまま放っておくのもなんか後味が悪い。





もともとお互いの家を行き来する程度に仲はよかったので、様子を見に行ってみたんですよ。
チャイムを鳴らしても全然出て来ないけど、気配は感じるのでどうやら部屋には居るみたいなんですよね。

(ええい、もう乗りかかった船だ)

と思って、僕は大家さんに連絡をして合鍵を使ってもらいました。
どうやら近所の人の間でも少しウワサになってたみたいで、大家さんも「心配してた」んだとか。





鍵を開けてもらって部屋に入ったところ、彼はベッドの中にいました。
やせこけて、風呂にもあまりちゃんと入っていないような風貌で。
スヤスヤと眠り続けていました。





僕は彼をたたき起こしたんですけど

「邪魔をするな」

と怒られましたよ。

「怒りたいのはこっちのほうだ! お前無断欠勤したらしいじゃないか!」

って問いただしてやったんですけど、なんかよく理解できてないみたいでキョトンとしてるんですよ。

(これはいよいよヤバイ段階に足突っ込んでるな)

と思って、無理やり病院に連れて行きました。
だいぶ暴れたし大声で罵倒もされましたけどね。
大家さんも手伝ってくれて、どうにかこうにかって感じです。
で、薬を処方されたんで、次の診察の予約を入れて

「薬をちゃんと飲むように」

きつく言い聞かせて、その日は別れました。





だけどあの様子だもん、絶対薬をちゃんと飲まないだろうし、次の診察予約だってすっぽかしちゃうだろうなって予想はしてました。
なので、3日後にまた行ったんですよ。
今回も大家さんにお願いして鍵を開けてもらいました。

ただ、今度は様子が違っていたんです。
鍵を開ける前から、以前感じた『人が部屋にいる気配』を今回は全く感じなかったんです。
案の定、また彼はベッドの中に…… いるには、いたんですけど……。
息をしていませんでした。





僕は急いで救急車を呼んだんですけど、ダメでした。

『前日にはもう亡くなっていて、そのまま放置されていた』

状態だったようです。
結局、彼の死因は睡眠による衰弱死。
食事もろくすっぽとらず、風呂にも入らずに寝続けた結果、死んでしまったんです。





彼が見ていた夢はなんだったのか。
僕は友人とまだ親しくしていたころの会話を思い出し、夢日記を探しました。

それはすぐに見つかりました。
ベッドサイドの引き出しに、ノートが入っていたのです。
これに違いないと思い、僕はプライベートを暴くようなマネに多少の申し訳なさを感じつつもペラペラとめくりました。

そこには、こう記されていました。





……──

1月12日
高校時代に好きだった人の夢を見た。
すごく綺麗になっていて、話しているうちに意気投合して結婚式を挙げることになった。
夢って都合がいいなあ。ありえないことが起きる。
そういえばあいつに夢日記の話をしたらすげえ剣幕で怒ってたな。

1月15日
子供のころに住んでいた家の夢。
おばあちゃんとおじいちゃんもいて、子供のころに食べたお菓子を食べたりした。
あの家で過ごした日々が懐かしい。家の前の小川で魚を捕まえたり、鮮やかな蝶を追いかけたりした。
あの頃一緒に遊んでた子と再会できた。
また一緒に遊ぼうって約束した。

1月17日
約束したとおり、あの子とまた一緒に遊んだ。
あの子もちゃんと約束を覚えてくれていた。
いつものあの木のとこで待ち合わせ。
暗くなるまで遊んだ。

1月23日
あの子との約束は、もう毎晩のように続いている。
俺たちは親友だ。ずっと一緒だ。
毎日暗くなるまで一緒に遊んでる。
一日が終わって眠りにつくと、俺が大人になってて会社に行かなければいけない夢を見るのがつらい。

1月25日
毎日一緒に遊ぶだけでは満足できない。
どうして一日は終わってしまうの?
もっと、ずっと一緒に遊んでいたいのに。

1月26日
あの子が変わってきた。笑わなくなった。
でも、それでも、俺たちは親友だ。
あの子がいないと生きていけない。

1月33
夢の中で出会う人が襲ってくる。
無理やり押さえつけられて、変な薬を飲まされた。毒かもしれない。
誰も信じられない。助けて

3
あの子がこない。こないこないこないこないこな

──……





日記に記されている『夢の中で出会う人』に『変な薬を飲まされた』のは僕のことだろうと思います。
彼の中では既に夢の中が現実で、現実が夢であるかのような逆転現象が起きていたのでしょう。

薬を飲んだ後『あの子がこない』ということは、薬はきちんと効き目が発揮されて、彼の精神が正常な方向へ向かっていたことの証明ではないかと思います。





ところで、僕も疎遠になる前はまあまあ彼と仲がよかったつもりでいましたが、この日記に記された『あの子』のことは聞いたことがありません。
そんなにも彼が固執していた『あの子』が何者なのかちょっと気になりました。
いえ、嫉妬心とかそういうんじゃないんですけど。

亡くなってしまった彼の部屋を引き払いにご家族がやってきたので、日記のことを話しました。
それから『あの子』が実在するのかどうか、いるのならばどんな子だったのか、どういう関係だったのかも聞いてみたかったので、それとなく探りを入れたんです。





『あの子』は確かに実在しました。ご両親も

「毎日遊ぶ仲の良い友だちがいるようだ」

としか認識しておらず

「名前はわからない」

とのことでしたが……
友人が幼い頃暮らしていた家は結構な田舎で、村には同じくらいの年頃の子供は他におらず、毎日二人きりの世界にこもるように遊んでいたそうです。
でも、ご両親の仕事の都合で、友人が引っ越すこととなり『あの子』は一人ぼっちになってしまいました。





しばらくの間、川へ行ったり森へ行ったりと、友人と一緒に遊んでいたときの行動をトレースするように一人遊びをしていたとのこと。
そして…… ある日、川に流されたらしく、下流で遺体となって発見された。





『あの子』の命日は、2月3日。

偶然にも、友人の命日と同じ日付でした。
本当に偶然…… なのでしょうか?
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