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第五話 美の闇に潜む恐怖
しおりを挟むでは私からは、呪われた絵画のお話をしましょう。
その絵画は、昔から
『所有者を呪い殺す』
という伝説がありまして。
実際に、過去に何度も人が亡くなっているんです。
当時『幻彩の美術館』という美術館にその絵画はありました。
その美術館に絵画が寄贈された経緯は謎に包まれていました。
美術品を管理する時に必ず入れるはずの、鑑定書や目録などの書類がなかったんです。
それでも、当時の館長さんはこの絵画をとても気に入ったらしくて、そのまま展示することにしました。
絵の前には
『詳細不明』
と書かれたプレートが置かれていて、作者すらわかりませんでした。
そんな状態で展示なんて、普通はありえませんよね。
ですが、その絵画はオカルトマニアの間ではとても有名なものだったそうで、すぐに情報が寄せられることとなったのです。
『いわくつきの絵画だ』
ということはすぐに知れ渡り、美術館の館長は
「ウワサが大きくなる前に」
と、絵画の公開を取りやめました。
そして、絵画は美術館の保管庫に厳重にしまわれたまま、数年が経過しました。
その間に、美術館の館長は人知れず亡くなっていたそうで……
副館長を務めていた人がいつのまにか館長になっていましたね。
黙っていなかったのがオカルトマニアの若者たちです。
彼らは
「どうしてもその絵画をじかに見てみたい」
と、署名活動を始めました。
最初は無視していた美術館側だったけれど、多数の署名が集まり公開を求める声が大きくなり、ついに無視しきれなくなりました。
期間限定で公開に踏み切ることになったのです。
公開期間は一週間。
初日は長蛇の列ができ、中には美術館内に入る前に熱中症で倒れてしまった人もいました。
二日目も似たような状況が続き
「人が倒れたのは絵画の呪いだ」
と騒ぐ人が現れました。
絵画の公開に至った経緯の特殊さから、興味本位で
「見てみたい」
と押し寄せていた人は、この騒動を受けてすっかり少なくなりました。
三日目にようやく落ち着きを取り戻し、最終日には数人しか見に来る人はいなくなっていたのです。
私もその数人のうちの一人でした。
というのも、実は私も署名活動に関わったオカルトマニアの一員なのです。
私たちはオカルト話が大好きとはいえ、呪いの類を手放しに信じ込むほど盲目的ではありません。
『この絵画を見たものは全員不幸に見舞われた』
というウワサは流れ続けていましたが、正直『全員』は言い過ぎだろと思っていたくらいです。
それを証明するためにも、私は個人的に聞き取り調査を始めたんです。
絵画を見たひとりひとりに
『実際どんな不幸が訪れたのか』
具体的に聞いて回りました。
その結果、私が思った通り…… 『ノシーボ効果』とでもいうのでしょうか?
普通に生活していれば当たり前に起こりうるちょっとした不運をなんでも
「呪いの絵画を見たからだ」
などとこじつけていたに過ぎない、と言える程度のものばかりでした。
「スマホを落として液晶画面が割れた」
「急に雨に降られてびしょ濡れになった」
「電車に乗り遅れて遅刻した」
そんなものが『呪い』のわけないじゃないですか。
でも、私が調査の結果導き出せた答えは
『絵画を見ただけで呪われた、とは言えない』
というだけのこと。
実際、過去の所有者は絵画を所有しているときに亡くなっているし、その死にざまも悲惨だったり突然だったりと、呪いを疑いたくなるに十分なものだったんです。
かといって、歴代の所有者全員が呪われて亡くなったというわけでもないようで……。
その違いがなんなのか気になるじゃないですか。
やはりマニアとしてはね、オカルトの線と非オカルトの線の両方を探ってみたくなりますよ。
私はさらに絵画について調べることにしたんです。
そうしたら『呪われたような亡くなり方をした人』と『そうでない人』の条件というか、差のようなものが見えてきました。
といっても単純なことで、呪われなかった人は絵画を所有していた期間が短かったんです。
「もしかしたら呪いが発動するまでにはある程度の時間が必要で、呪われなかった人は呪われる前に絵画を手放したから無事だったのかな」
と思いました。
なにしろ、呪われた人はイコール亡くなった人。
呪われなかった側のお話しか聞けませんからね。
周囲の人も巻き込まれて亡くなっているケースもあるし、そうでなくても身内を亡くした方に
「呪いについて詳しく聞かせてください」
なんてなかなか言い出せませんよ…… 呪われた側への調査はあまりはかどりませんでした。
でもある日、突然尋ねてきた方がいました。
私があの絵画の呪いについて調べていることを小耳にはさんだようです。
その方は、絵画の呪いによって亡くなったとされていた、とある資産家のご令息でした。
「呪われていない人はどうして無事でいられたのか、その理由が知りたい」
そう言って私の前に現れたのです。
「そう言われましても、まだ何もわかっていない状況で……
私は警察でも探偵でもない素人ですし、確証のない憶測をおいそれとお話しするわけにも……」
「そう…… ですか……」
青年はひどく落胆している様子でした。
藁にもすがる思いで私を頼ってきてくれたのでしょう。
しかし、私もまた
『なぜ悲惨な亡くなり方をする人が出るのか、そうでない人との違いはなんなのか』
を知りたいと思っていました。
二人の利害は一致したと言っても過言ではなかったでしょう。
私は思い切って彼に質問してみました。
「あなたのお父上が亡くなった時の様子をもう少し詳しく教えてくれませんか?」
すると彼は当時を思い出しながら語ってくれました。
──父はあの絵画を本当に気に入っていました。
僕も父も、絵画の呪われたウワサは耳にしていましたが、信じてはいませんでしたし……
ウワサをさておいて絵画として純粋に評価するなら、素晴らしい作品だと思いました。
美術品の収集家というものは、自分の成果を自慢する相手・収集家仲間を持つもの。
父もまた、その絵のことを周囲に誇らしげに語っていました。
「どこで手に入れたのか」
と周りからしきりに聞かれて、ご満悦でした。
「皆が羨ましがる一品を手に入れた、二度と手放さないぞ」
と。
しかし、そうして周りの人に自慢していた矢先の出来事でした。
父はあの日、突然の腹痛で病院へ…… 専属の運転手が運転する車で向かいました。
しかし、信号待ちで止まっていたところへ、後ろから猛スピードの後続車が追突してきたのです。
父の乗っていた車は大破。
事故を目撃していた通行人によりすぐに救急車が呼ばれたのですが……
なんとその救急車までもが搬送中に事故を起こしたのです。
そして、運ばれた先の病院でもトラブルが続きました。
手術を執刀しようとした医師が急病で倒れ、急遽別の医師による緊急オペが決まるも、ここまであまりにもトラブルに見舞われすぎて、既に手遅れの状態だったようです。
医師は全力を尽くしてくれました。恨みはありません。
ですが僕は、この出来事をきっかけに、絵画の呪いのウワサをすっかり信じてしまいました。
手元に置いておくのが恐ろしくなり、父亡き後すぐに手放したのです。
その後はどういう経緯かわかりませんが、美術館に寄贈されていたようですね。
今になって冷静に考えてみれば、あれは父が特に大切にしていた一品だった。
僕にとっても大切な形見の品になるはずだったのに…… それを勝手に手放してしまって……。
僕は知りたいんです。僕の選択は間違っていたのか──
彼の話を聞いていて、ひっかかった部分がありました。
「二度と手放さないぞ、と、お父上は確かにそう言ったんですね?」
「え、は、はい、確かに」
実を言うと『呪い殺された』と思われる方の遺族にはお話を聞けませんでしたが、行きつけのお店などさほど親しくはない周囲の人からのウワサ話の聞き取りは進めていました。
そのなかでたびたび耳にしたのが
「絵画をたいそう気に入っていて絶対に手放そうとはしなかった」
という生前の行動。
「ここに呪い殺された人の共通点があるのでは?」
私はそう思い始めていました。
ただ、『共通点らしきものが見えた』だけのこと。
それ以上、推測を裏付ける情報を集められるとは思えませんでした。
私が口籠っていると、彼のほうから提案を持ちかけられました。
「あの、僕にも調査を手伝わせていただけませんか」
彼は…… そうですね、仮に『佐藤くん』としましょうか。
私はまずここまでの聞き込みの成果と私の推測を共有しました。
「遺族同士ということで、僕からならお話を聞きに行きやすいかもしれません。
この先の聞き込みは僕にまかせてもらえませんか?」
そう言ってくれたので、私は別の方向から調べることにしました。
調べなければいけないのは、絵画そのものについてです。
なにしろ、美術館にあった時点で『詳細不明』とされていて、展示されてからは
『呪いの絵画として有名な絵だ』
ということだけは広まったものの、結局作者などについては一切不明のままなのです。
私は呪いの話に詳しいオカルトマニアの仲間に連絡を取りました。
電話の向こうで彼は言いました。
「あぁ、その絵画、私も見に行きましたよ。実物にお目にかかれるなんて、署名活動したかいがありましたねえ。
あれを描いた画家ですか? いえ、残念ながらそこまで詳しいことは……」
そう答えた後、思い出したように付け足します。
「御存知の通り、私は特に呪いの話が好きなんですけど、呪いの品には美術品も多くあります。
それで…… 古美術商にツテがあるんですけど、よかったらご紹介しましょうか?」
確かに専門家なら何かわかるかもしれません。
ありがたい申し出に、私は即飛びつきました。
数日後、古美術商の事務所を訪れました。
応接室に通され、出されたお茶を飲みつつ待っていると、やがて一人の女性が入ってきました。
「お待たせしました、はじめまして。
私はこの事務所で絵画を専門に扱っている者です」
彼女があいさつを終えると、さっそく本題に入ります。
「例の絵についての話ですね? えぇ、もちろん存じております。
作者は画家としてはほとんど無名、作品も美術品としての値打ちはそれほど高くはないんです。
ただ、あの絵だけは作者が命を削って描きあげた最期の作品であると伝わっています。
それだけに、同じ画家の他の作品よりも数段高い評価を得ていますね」
やはり専門家にあたるというのは大正解でした。
無名の画家の作品ということなら、素人調べでは絵画自体の情報がなかなか得られなかったのも無理はありません。
「命を削って描きあげた……」
「ええ、もともと貧しい生活の中、食費を切り詰めて画材を買って絵を描いていたとか。
それで描いた絵も売れることはなく、ついには病を患ってしまいました。
薬を買うお金もなく、自身の余命を悟ったのでしょう。
死ぬ間際まで、渾身の力で描いたのだと伝えられています。
この色使い、このタッチ、まさに『鬼気迫る』といった言葉がピッタリだと思いませんか?」
私には絵のことはよくわからないけど、確かにこの絵には不思議な魅力があると感じていました。
それは、文字通り画家の魂が込められているのでしょう。
「その話、もっと詳しく教えていただけませんか?」
「ええ、構いませんよ」
彼女は話を続けます。
──彼は若い頃から絵が好きで、貧しい暮らしで絵を買うこともままならなかったため自分で絵を描きはじめたと言われています。
最初は地面に棒で。そして石に小石をこすりつけて。
そのうち、雑草をすり潰して出た汁を使って緑一色の水墨画のような絵を描くようになりました。
積極的にコンクールに出品するなどしていましたが、きちんとした画材を使っていない作品が評価されるわけもありませんでした。
それでも彼は、自分が納得できるものさえ描ければ満足していたそうです。
職業としての画家には向いていなかったかもしれませんが、根っからのアーティストだったのでしょうね。
彼は、少しでも多くの人に自分の絵を届けたい、と願い続けていました。
現実は非情なもので、彼がどんなに情熱を注いで描いても、世間の評価は低いものでした。
でも、彼は決して筆を折ることがなかった。
そうして晩年、ついに彼の作品が、とある美術展で入賞を果たしたのです。
それを機に少ないながらも支援者があらわれ、彼の絵に値段がつくようになった。
その矢先に病を患ってしまったのです──
『多くの人に自分の絵を届けたい』
という想い。
そして、絵画の呪いに殺されてしまった人々に共通した
『絵を手放したくない』
という想い。
相反するふたつの思想、そこに呪いの正体がある気がしました。
「貴重なお話をありがとうございます。とても参考になりました。これで失礼します」
私は深々と頭を下げ、早々に事務所を後にしました。
佐藤くんと合流した私は、お互いの成果を報告しあいました。
呪いなんてものを信じていない人も多く、お話を聞けなかったお宅も多かったものの……。
数人からの聞き込みの結果、やはり絵画の呪いの影響を受けたと思われる人たちは皆一様に
『絵画を手放そうとはしなかった』
という共通点がありました。
私は自分の憶測が確信に変わっていくのを感じました。
佐藤くんは私からの報告を聞き、納得したように頷いていました。
「父は…… いえ、父だけではなく、絵画を所有して亡くなったすべての人々は……
絵画の呪いに殺されたのではありません。
己の物欲、所有欲に殺されたのです。
そういう…… ことですよね」
私は何も言えませんでしたが、彼は何か吹っ切れたような表情をしていました。
「真相がわかってよかったです。
僕があの絵を手放したことも、間違いではなかったと思っていいんですよね」
「そうですね。絵をたくさんの人に見てもらいたい、それが作者の願いであるのならば、美術館に展示して常に人目に触れるようにしておくのが一番なのかもしれません」
私は調査の結果を美術館にも持ち込みました。
元副館長も
「いつ自分が呪い殺されるか」
と恐れおののきながら暮らしていたようで、私の提案にすぐに飛びつきました。
こうして絵画は美術館で常時展示されることとなったのですが……
『呪いの絵画』としてのウワサは、一度広まればそう簡単には払拭できません。
期間限定公開であったからこその希少性もすっかり薄れてしまい、あまり見に来る人は多くはなかったのです。
結局、呪いの絵画を抱え込んだまま美術館は閉館に追い込まれました。
今ではあの絵画、どこに行ってしまったのか…… わからないんですよねぇ……。
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