夜霧の怪談短編集

夜霧の筆跡

文字の大きさ
上 下
4 / 60

第四話 連鎖する怨念

しおりを挟む

俺の心霊体験…… って言っていいのかな。
それは、近所に住んでいた一人暮らしの老婦人『藤原さん』が亡くなったところから始まった。
いや、俺があの町に引っ越したときから始まっていたんだ。





俺があの町に住み始めてからというもの、藤原さんは

「町内会のあれが……」
「ゴミ出しは……」

などと、最初は煩わしいと思ってた。
だけど藤原さん

「息子は仕事でずっとアメリカにいるの」

って言ってた。
もしかしたら息子さんを俺に重ねて見てたのかもな。

おせっかいなぐらい世話焼いてくれて……。
俺もいつのまにか母親に対するみたいな気持ちで接するようになってた。





でも、本当に急だった……。
いつも年齢のわりに元気いっぱいで、体の悪いところなんてなさそうだったのに……。





藤原さんの訃報が入ったとき、俺はちょうど失業中だったんだ。
時間だけはたっぷりあるから

(生前良くしてくれた藤原さんへの恩返しだ)

って、雑務を積極的に引き受けた。





やっとのことでアメリカにいる息子さんと連絡がついたんだけど

「仕事が忙しくてすぐには帰国できない」

なんて言うんだ。

(実の母親が亡くなったんだぞ、そんなバカなことってあるか!?)

って内心憤慨したけど、他人の家庭のことだ。

(他人にはわからない事情があるのかもしれないな……)

そう、グッとこらえて、息子さんに頼まれるまま、葬儀の段取りなんかも全て代わりに引き受けた。





息子さん、本当に藤原さんに興味なさげな感じで……。

「家はいずれ売りに出すつもりです。
家財道具なんかも、欲しい物があったら持っていって構いません。
誰も欲しがらないものは、すべて処分してください。
費用はこっちで持ちますので」

なんて言うんだ。

「だったら」

とお言葉に甘えて、近所で藤原さんと仲良しだった奥さん連中集めて形見分けをした。何もかもすっかり終わったら

(あぁ、ほんとうに亡くなってしまったんだな……)

って実感して…… 涙が止まらなかったよ。





それから数日経ってからかな?

『藤原さんが成仏できずにさまよっている』

なんて噂が流れ始めた。
最初は半信半疑だったけど、実際に

「見た」

という人が何人も現れてきたんだ。

「藤原さんの家から出てくる人影を見た」
「灯りがついてた」
「物音を聞いた」
「藤原さんの家の前を通る時だけスマホの挙動がおかしい」
「野良猫が集まって藤原さんの家をじっと見ている」

とかなんとか……。





若い学生たちなんか、おもしろがって肝試し感覚で藤原さんの家を見に行ったそうだ。

深夜、懐中電灯片手に数人で藤原さんの家に忍び込んだんだ。
家の中にはもう電気も通っていないから真っ暗で、窓から差し込む月明かりだけが頼り。

そいつらは何を見たのか聞いたのか、全員悲鳴をあげて藤原さんの家から飛び出してきたとか。





それで気味悪がった人たちが集まって、町内会長に相談した。

「葬儀のときにも世話になった坊さんに連絡して、もう一度お経をあげてもらおう」

ってことになったんだけど、それでも怪現象の噂が収まることはなかった。
俺はあの『おせっかいなほど優しかった藤原さん』が、こんな風に人を脅かしたりするようなこと、どうしても信じられなかった。





「でも藤原さん、本当に成仏できてないのかしら?
もしそうだとしたら、かわいそうよね……
なのにむやみに怖がったり、面白がったりするような人ばかり」

藤原さんと仲良しだった奥さんとそんな話をしていて、ふと上がった話題。

「藤原さんの息子さん、仕事でずっとアメリカにいて、何年も帰ってなかったみたいだし…… 葬儀にも顔すら出さなかったでしょ?
きっと寂しがってるのよ。息子さんに会いたがってるんだわ」





(そうか…… そうなのかもしれないな)

俺も一人暮らしを始めてから、年末年始とお盆くらいしか実家に顔を出してない。
そう思ったらなんとなく、実家に電話をかけていた。
母さん、最初こそ

「何かあったの!? 突然電話してくるなんて」

ってびっくりしてたけど、すごく嬉しそうだった。
それで…… 藤原さんのことも話したんだけど、母さんも同じこと言ってた。

「藤原さんの気持ち、わかるわ。
何年も会ってなくて、死に目にも会えなかった。
そのうえ最後のお別れにさえ来てくれなかったなんて……。
さぞ寂しかったでしょうね。
そりゃあ成仏できなくても無理はないわ」





俺は藤原さんのために、息子さんを何度も説得した。

「一度でも墓参りをしてください」
「線香をあげに帰ってきてください」
「ちゃんとお別れしてあげましょうよ」

って。

最初はウザがられたし、ブチギレて電話をガチャ切りされたり

「忙しいって言ってんだろ!!
いい加減にしないと着拒するぞ!!」

って怒鳴られたりもした。
でも、最後には根負けしたようで、ついに息子さんが帰国してくれることになった。





帰国の日程を教えてもらったら

(ちょうど藤原さんの一周忌があるじゃないか! これはチャンスだ)

と思って、息子さんの帰国にあわせて、みんなに声をかけて法要を執り行うことにしたんだ。

当日は快晴だったのを覚えてる。雲ひとつない青空で、太陽が燦々と輝いていた。
まるで藤原さんが空から俺たちのことを見守っているようだった。





そして、いよいよ息子さんが帰国。
立派な仏花と『母が好きだった』という和菓子を山のように持参してきた。

(俺があんまりしつこいもんだからシブシブ来たものとばかり思ってたけど……
やっぱり実の母親だし、なにか思うところがあったのかもな)

坊さんがお経を上げ、みんなその後ろで手を合わせ、数珠をこすり合わせていた。





お経が終わって、坊さんが帰る準備を始めたときのこと。
ポツリポツリと雨が降り出したんだ。

もともとその日の予報は雨だったけど、朝から晴れ渡っていたから

「天気予報、外れて良かったねー」

なんて言い合ってたもんだ。
なのに、法要が終わったとたんに予報通りに雨が降り出した。

(まるで藤原さんの法要の間だけ天気を保ってくれていたみたいじゃないか)

なんだか天も祝福してくれているようで

(これで藤原さんは成仏できるだろう)

って確信があった。





息子さんは仕事をかなり調整してきたらしく、すぐにアメリカに戻っていった。

そして俺の町内では、それを境にすっかり怪現象は起きなくなってた。
近所の奥さんと

「やっぱり藤原さんは息子さんに会いたがってたんだ」
「ちゃんとお別れができたから満足して成仏したんだ」

ってワイワイ言ってた。
俺も

(息子さんにウザがられたりしたけど、最終的にいいことをしたんだ)

って気分良くなってた。
でも、それはとんでもない間違いだったんだ。





ある夜、突然

『藤原さんの息子さんが亡くなった』

との知らせを受けた。
心臓麻痺らしい。藤原さんの死因と同じ、心臓麻痺。

遺伝的に心臓に弱いところがあったのかとも思ったけど、そういう話はまったくなかったらしい。
体調に不安もなく、元気で暮らしていたところへ、突然の死。

葬儀はアメリカで同僚が執り行ったそうで、息子さんは遺骨になって帰ってきた。
あまりに唐突すぎて、誰も、理解も納得もできなかった。





息子さんを藤原さんと同じお墓に入れて、いつも世話になっている坊さんにお経をお願いするはずだったんだけど……。
いつもの坊さんは体調を崩してるらしくて、代理の坊さんが来た。

その坊さんは本当はすごい売れっ子で指名が殺到するくらいの人なんだけど、なぜかその忙しい合間を縫って今回の代理に立候補してくれたらしい。
坊さんは若くてイケメンで、声がセクシーな美声で、坊主頭じゃなければホストやモデルだと言われても信じてしまいそうな感じ。

(指名が殺到するのもそのせいだろう)

と思っていた。
でも、そうじゃなかったらしい。その坊さんの『力』は『本物』だった。それ故の人気だったんだ。





その坊さんが言うには『いつもの坊主が体調を崩した裏になにか原因がある気がした』とのこと。

それで今回、代理を買って出てくれたのだそうだ。
藤原さんの墓の前でお経を上げてくれた後、坊さんが言った。

「これは少々複雑かもしれません。家の跡地に案内してもらえますか?」

それで、俺たちは霊園を後にして町内へ戻った。

藤原さんの家は売りに出される予定だったが、息子さんの死によりそれも白紙となった。そのため、空き家のまま放置されている状態だった。





坊さんは藤原さんの家を見上げ、しばらく黙っていた。
やがてこちらに向き直り、口を開く。

「あなたの家は?」

(え、な、なんで俺の家? 関係なくない?)

と思ったんだけど、まあ隠し立てすることでもないし正直に答えた。

「あそこです。斜め向かいのアパートの一室」

「なるほど、やはり。だいたいわかったかもしれません」

そして坊さんは、真相を語り始めた。





──藤原さんのご先祖に、ひどい目に合って亡くなった人がいました。

そのご先祖は、身近な人に騙され裏切られ、誰にも助けてもらえないまま、すべての人間に絶望し恨みを抱いたまま息絶えました。
そして怨霊となり、成仏できずにずっとさまよい続けていました。

ただ、その時代はそんな風にして亡くなる人は少なくなかったし、ご遺族がきちんと供養を続けていれば、普通はいずれ浄化して成仏できるものです。

でも時代が移り変わって、だんだんと先祖供養の大切さを理解しない者が増えてきています。
最近では成仏できずにさまよう霊の数が爆発的に増えてるんです。

藤原さんはそんな時代に珍しく、信心深くて先祖供養に熱心な檀家さんでした。
そのかいあって、怨霊となったご先祖も徐々に浄化が進み、成仏への道をたどっていたはずでした。

しかしそこへ、あの斜め向かいのアパートへ、あなたが引っ越してきて状況は一変しました──





(さっきから何!? 俺関係なくない!?)

ってずっと思ってたんだけど…… めちゃめちゃ関係あったらしい。





──冷静に聞いてくださいね。

あなたのご先祖が、藤原さんのご先祖を騙した仇だったのです。

藤原さんの信心深さは、寺との縁が繋がり始めるほどでした。
だけど、藤原さんのお家と寺を結ぶラインを、ちょうど分断する場所に……
仇のご子孫であるあなたが住み始めてしまった。

刺激を受けた藤原さんのご先祖は怨霊に逆戻りしてしまいました。
藤原さんの魂は活性化した怨念に耐えきれず、亡くなったのです。

心優しい藤原さんは、亡くなった後もご近所の仲良しだった奥様方や、あなた、そして長年会っていなかったご子息のことを心配し続けていました。
しかし、それが『未練』となり、成仏への道が遠のいてしまいました。

そこに付け込まれ、ご先祖の怨念に取り込まれかけていたのです。
それが、この町内で起きていた怪現象の原因です。

さらにそこに、藤原さんのご子息まで帰ってきてしまった。
もともと根本の怨霊と血縁関係にある上、藤原さんが成仏できなかった原因『未練』のひとつでもあります。

ご子息がアメリカで急死したのは、怨念の塊と強い縁で結ばれてしまったためでしょう──





(俺の存在が、藤原さんの命を奪った……
そして、俺がやったことが息子さんの命をも奪った。

そんなこと急に言われても、にわかには信じられないし、受け入れられない。
だって、それが本当なら、俺は今後どんな顔をして生きていけるっていうんだ?

どうすれば藤原さん親子に償える?
何をしたって償いきれるわけがない。)





坊さんは静かに言った。

「ただ受け入れるしかない。そういうものなのです。
藤原さんらの死も、その後の魂の行く末も、藤原さん一族の課題であり、その結果でしかない」

坊さんはさらに淡々と続ける。

「そして、藤原さんの死によって、あなたが悩み苦しむこともまた、あなたの一族の課題です。
気持ちを切り替えて藤原さんを忘れて面白おかしく生きるも、一生思い悩んで後ろめたさを抱えたまま生きるも、あなた次第。
そしてそのあなたの今後の生き方の結果は、あなたの子孫に受け継がれ、影響を与えることになるでしょう」





(すべては、俺の先祖が犯した罪のせいだった。
藤原さんはあんなにも優しかったのに)

どうしようもない無力感に打ちひしがれていた。

(もう何も考えたくない、このまま死んでしまいたい)

とも思った。
でもそれじゃ、何も解決しない。





それで俺は、心を決めて…… 寺の門を叩いた。
坊さんに弟子入りして、修行して、藤原さんたちの供養を自分の手でしたいと思ったんだ。

寺は快く受け入れてくれて、一緒に暮らしながら供養の仕方を教えてくれている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

本当にあった怖い話

邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。 完結としますが、体験談が追加され次第更新します。 LINEオプチャにて、体験談募集中✨ あなたの体験談、投稿してみませんか? 投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。 【邪神白猫】で検索してみてね🐱 ↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください) https://youtube.com/@yuachanRio ※登場する施設名や人物名などは全て架空です。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

【短編】怖い話のけいじばん【体験談】

松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。 スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...