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第三話 古代の謎
しおりを挟む私の体験談をお話しますね。
実は私、こう見えて考古学者やってました。ええ、過去形です。
というのも、これからお話する事件をきっかけに引退したんです。
現役だった頃、ペルーの遺跡を調査しに行ったんです。
知ってます? 日本でもニュースになってたと思いますけど。
新しい古代遺跡が発見されたんですよ。
その調査チームの一員として同行させてもらえることになって。
考古学者としてこんなに名誉なことはありません、だって未知の遺跡ですよ?
もう私嬉しくて嬉しくて、本当に興奮してました。
遺跡の調査を開始するまでは、ね……。
最初は調査もすごく順調だったんですよ。
次々に新しい発見が飛び出しました。
文字のようなものが刻まれた石版が見つかり、同行していた言語学者によって『タ』『ルテュ』『カ』と断片的に解読がなされました。
それで、我々はそこを仮に『タルテュカ遺跡』と名付けました。
その後の調査でも同じような石版や壁画が発見され、我々は大いに浮かれてどんどんと遺跡の奥へ調査の手を広げていったのです。
事件が起きたのはそんなときでした。
調査チームのひとりが、忽然と姿を消したのです。
最初は
『発見の連続に浮かれすぎて遠くに離れてしまっただけだ』
と思いました。
状態が良いとはいえ、そうとう古い遺跡の内部です。
反響の影響を考えると、あまり大声で呼びかけることもできません。
我々は手分けをして彼を探しましたが、やはり彼が見つかることはありませんでした。
それどころか、探しているうちに一人また一人と姿を消してしまうのです。
残った私たちは焦りました。なにしろ未知の遺跡なのです。
『もしかすると、入ったが最後出ることのできない、声も通さないような隠し扉があるのかもしれない』
『もしかすると、落ちたが最後自力で上ることが不可能な、深い穴があるのかもしれない。』
私たちは、緊張感を失っていたことを自覚しました。
「とにかく、一旦脱出して体制を立て直そう。
調査の再開と、メンバーの捜索はそれからだ」
満場一致で決まりました。そうと決まれば、長居は無用です。
私たちは急いで撤収を始めたのですが、その途中でもどんどんメンバーが減りました。
既に緊張感を取り戻していたはずの私達でしたが、全員が気をつけているにも関わらずメンバーが消えていくのです。
もう、
『浮かれ気分で隠し扉を通ってしまった』
とか、
『うっかり穴に落ちて戻れなくなった』
なんてお話では説明がつかない状況。
恐怖のあまり、ほとんど逃げるように我先にと外を目指しました。
そして…… 無事脱出できたのは、私一人でした……。
私は滞在していたホテルに戻り
「調査チームのメンバーが戻ったらすぐに連絡してください」
とフロントへお願いして、部屋でただうなだれていました。
どれだけ時間が経過したでしょうか……?
コンコンとドアをノックする音が聞こえました。
恐ろしくなってベッドの下に潜り込み、息を殺していると……。
『ドンッ! ドンドンッ!!』
激しい勢いで誰かがドアを叩き始めました。
私は怖くて怖くて震えていました。
ノックの音と共に、声が聞こえてきます。
「早くこっちへ来い」
そう言っているように聞こえました。
(仲間が…… 私を迎えに来た……)
そう思いましたが、そこで目が覚めました。
私の罪悪感が見せた夢なのか、それとも彼らが本当にさまよっていたのか。
とにかく、私はいつのまにか眠っていたようです。
フロントにもう一度聞いてみましたが、やはりチームのメンバーは誰も戻ってきてはいませんでした。私は
(これ以上時間を無駄にするわけにはいかない)
と思い、現地の警察に連絡しました。
すぐに行方不明事件として受理されましたが、私も失踪に関わる容疑者となり、監視が付けられることとなりました。
日本に帰ることもできず、調査を続けることもできずに、ただ時間ばかりが経過していくのです……。
何度も警察に尋問を受けました。
「遺跡に入った後に何があったのかを詳しく話しなさい」
と言われましたが、何も答えることができません。
なにしろ、私にだって何が起きていたのかまるでわかっていないのです。
タルテュカ遺跡は封鎖されて立ち入り禁止となっていました。
警察は周辺集落への聞き込みを重点的に行っていましたが、遺跡の内部までは捜索してくれません。
しばらくして、警察も捜索をあきらめ始めていました。
そんな時に、今回の調査チームを編成した研究室が根気よく警察と掛け合ってくれて、ついにタルテュカ遺跡の封鎖が解かれました。
新たな調査チームが組まれ、もちろん私も一員として名を連ねました。
警察からも数人派遣されてきました。
『警察の人間を同行させること』が封鎖を解く条件のひとつだったのです。
そして…… 二度目の調査でもまた、行方不明者が多数出ることとなりました……。
前回の事件を受けて、今回はあらかじめ対策を練って装備を整えて挑んだんですよ。
一人で突然消えることのないよう、全員が命綱で繋がって行動するようにしました。
それなのに…… ふと気がつくと、つながっていたはずの人間が忽然と姿を消し、命綱だけがだらりと垂れ下がっているのです。
まるで最初から存在しなかったかのように……。
最初の一人が消えた時点で、我々はすぐに撤収を決定しました。
ですが、外へ向かう道中にも人数は減り続け、無事に脱出できたのは私を含めて5名でした。
同行していた警察の人間も行方不明になってしまったため、私はまたひどく疑われることとなりました。
ですが、二度の調査でわかったことがひとつあったんです。それは、
『女性だけが無事である』
という点です。
前回の調査チームは、私以外は全員男性でした。
そして、今回のチームには、女性は私を含めて5名。そう、脱出できた5名です。
『男性だけが行方不明』となり、『女性だけが生還』できているのです。
偶然ではないはずです。何か意味があるに違いありません。
私がまた無事に生還できてしまったことで、警察からの疑いの目はますます厳しくなりました。
さらに、行方不明者の親族や、今回は調査に参加していなかった考古学関係者からも批判を浴びることに。
「私の愛する家族が廃墟で行方不明になったのに、なぜお前だけが!」
と石やゴミを投げつけられたりもしました。
「あなたに考古学に携わる権利はない!」
と怒鳴る学者もいました。
私は、
「だからこそ彼らを助けたい、そのためにも調査の続行が必要だ」
と説明しようとしましたが、誰も聞く耳を持ちません。
ただただ私を罵倒し、
「行方不明事件はお前のせいだ」
「責任を取って引退しろ」
「命をもって償え」
と責め立てました。
でも、ここであきらめるわけにはいかない。あきらめたくはなかった。
「責任を」というのなら、なおさら、何が何でも彼らに何があったのかを突き止めなければならないんです。
私は厳しい批判にさらされながらも、失踪事件の真相を明らかにする決意を固めました。
それから数ヶ月が経過したころ、やっと次の調査の許可を得ることができました。
現地のガイドや護衛、そして私を監視する警察の人には、
「遺跡には入らずに外で待ってもらう」
ことで話がつきました。
もちろん、
「外なら安全という保証もないので十分に気をつけてもらう」
と念を押し、
「命綱で全員をつなぐ」
そして、さらには
「遺跡入り口を監視する警察官は警察本部と常時無線で連絡を取り合う」
ようにと提案しました。
ここまでやってようやく得た、遺跡に入る許可です。もう失敗は許されません。
今回でまた犠牲者を出し、なんの成果も上げられなければ、私はもう二度と遺跡の調査を許されることはないでしょうし、考古学者として界隈に在籍することもできなくなるでしょう。まさに決死の覚悟でした。
しかし、遺跡の中に入り調査が開始されるとすぐに、私は自分の考えの甘さを痛感することになります。
というのも、今回は
『女性だけでチームを編成すること』
が最重要事項でした。
学者としての経験や地位は度外視とされたのです。
また、既にかなりの数の犠牲者が出ていることからも、たとえ女性であっても行きたがらない人も多くいました。
そのため、
『女性であり、かつ、恐れることなく調査に自主的に参加してくれる人』
をかろうじて集めた、まさに
『寄せ集め』
といって差し支えない集団だったのです。
初回の調査とはうってかわって、新たな発見があったとしてもその場である程度の解析を行えるものはいませんでした。
それでも、今回の目的は
『遺跡の調査』
というよりも
『行方不明者の捜索』
がメインです。
学者としては未熟でも熱意を持って参加してくれた仲間たちと、必死に行方不明者の痕跡を探し、遺跡の謎についてお互いの意見をぶつけ合いました。
前回までの調査で発見された壁画には、『大きな異形の神』と『小さな人間』が描かれていました。
ベッドのような台に寝かされた人間、そしてそれを取り囲み祈る人間。
まるで人間が生贄に捧げられているようでした。
「この遺跡は古代文明の宗教施設、神殿のような役割なのではないか?」
「古代人には、人間を生贄に捧げて祈る、そういった風習があったのでは?」
と推測がなされていました。
二度目の調査にも参加していた、5名の生還者の一人・樹里さん。
彼女がふと思いついたようにつぶやきました。
「これは、学者としてはいささか突飛な、非現実的な発言ではありますが……
もしかすると…… 神殿には本当に神がいたのではないでしょうか?
行方不明者たちは、生贄として連れて行かれた…… つまり、神隠し……」
行方不明になったのはベテランの考古学者ばかりでした。
彼らは発掘調査に何度も参加していて、古い遺跡の危険性や、そこでの振る舞いかたもよくわかっていたはず。
なのに、遺跡から忽然と姿を消し、そのまま行方不明になってしまったのです。
『そこに何か人智を超える力が働いたため』
だとすると、納得もできるというものでしょう。
他に有力な意見も上がっておらず、私たちの調査は早くも行き詰まっていました。
「樹里さんの仮説の裏付けとなりそうな手がかりを探しつつ、捜索を進めよう」
ということになりました。
「男性と女性で違いが出たのはなぜなんでしょうね」
そう疑問を口にしたのは、今回が初参加のペルー人、リラさん。
生贄説を信じるにせよ、まだ情報が足りないのは事実です。
「男女の差…… それが彼らを探す手がかりになるかもしれませんね。
荒唐無稽だと思うようなことでも、思いついたことはどんどん発言していきましょう。
そもそも既に人間が大勢忽然と消えるという、ありえない現象が現実として起こっているんですから」
私たちは遺跡の調査を続けていきました。
ある時、また樹里さんがつぶやきました。
「文化によっては、女性の地位が高い場合がありますよね。
動物にもメスのほうが体が大きかったり、夫婦関係において立場が強いとされる種もある。
同じように、この神殿を祀っていた文明においては、女性がより尊重されていた、ということは考えられないでしょうか?」
リラさんが不思議そうな顔をしていたので、私が補足しました。
「日本の伝承では、生贄と呼ばれるものは女性が選ばれてきました。
これは、男性が働き手や家を継ぐ役割として重視され、女性が『消えても損失にならない』と軽視されていたからではないか、という理論があります。
若く美しい女性が神様への捧げ物として適しているとされたのは後付けという見方です」
「なるほど、逆にこの神殿を祀っていた文明では女性が重視されていて、男性が生贄として優先的に選ばれていた、だから男性だけが消えたのでは、と。樹里さんはそうおっしゃるんですね」
そう言うリラさんに樹里さんは無言でうなずきました。
(何か見落とした手がかりはない?)
私は既に発見済みの壁画を何度も見返していました。
しかしそこで、あることに気付いてしまったのです。
壁画では
『男性が大きく尊大に立ち、女性は小さく傅く』
ように描かれているのです。
とても『女性の立場が強い文明』が書き記したものとは思えません。
「また別の可能性を考える必要がありそうです」
と全員に通達して、私は『生贄の壁画』の前まで移動しました。
改めて壁画をじっくりと観察しますが、やはり捧げられているのは男性です。
『女性の立場が強かった』説は壁画によって否定されました。
(では、なぜ生贄は男性なのか……?)
私たちは再び頭を抱え、壁画と壁画の間を何度も行き来しながら話し合いました。
(本当に何の根拠もない思いつきでも、今は可能性にすがりたい)
様々な憶測が飛び交いました。
「男性だけが神の恩恵を受けられると信じられていた」
「神に祈る内容が男性による戦の勝利などだった」
「男性が家長なので、家族を守るために自ら生贄となった」
「神が男性を好んでいた」
しかし、壁画から思いついた推測は、別の壁画によって否定されました。
そんな時、リラさんが現状を打破すべく別の提案をしました。
「一度遺跡から撤収して、シャーマンに相談してみませんか」
と言うのです。
他にアイディアもなかった私たちは、早速リラさんに連れられて現地の女性シャーマンの元を訪ねました。
神殿遺跡の件を相談したところ、
「現地に行ってみなければわからない」
と言うので、私はまたこのシャーマンを調査チームの一員として加え、遺跡に入る許可を得るために奔走するハメになりました。
しかし、そのかいあって彼女は調査に大きな進展をもたらしてくれたのです。
『神殿には本当に神がいて、生贄として男性たちを攫った』
という私達の予測は当たっていました。
『その古代文明においては、神への捧げ物は大事な物こそ良いとされ、重要視されていた男性が常に生贄として選ばれていた』
ということです。
最初のチームでも、二度目のチームでも、調査メンバーには野心に燃えるものも多くいました。その
「調査で大きな結果を残したい」
「歴史的な発見をしたい」
といった気持ちに神が反応し、その願いを叶える代わりに生贄を要求したと……。
シャーマンの提案で、私たちは壁画を参考に古代の儀式を真似ることにしました。
生贄の代わりに、供物として我々が持参した食料を捧げ、祈りました。
そしてシャーマンが私達に代わり、神と交信を始めました。
「彼女らは、神々に食物を捧げる風習のある部族だ。
神よ、あなたは『民衆にとって大切なもの』をお供え物として受け取ってきた。
彼女らの国では、男女の差はなく、平等だ。彼女らにとって、食は最も大切なものだ。
だからこそ、今この場で最もふさわしい供え物は、この食べ物なのだ。
どうぞお受け取りいただきたい。そして、どうか彼女らの仲間を返してほしい。」
シャーマンは祈り続けました。
私達もその後ろで、見よう見まねで祈りました。
すると突然、ゴゴゴと大きな音がして、部屋の扉が閉まりました。
急いで扉に駆け寄り開けようとしましたが、扉はびくとも動かず、私たちは完全に閉じ込められてしまったのです。
「か、神様を怒らせてしまったのでしょうか……?
私達にできる礼を尽くしたつもりでしたが、やはり文化の違いは否めない……?」
樹里さんは怯えて震えていました。それを支えるリラさんの目にも涙が溜まって、いまにも零れそうでした。
しかし次の瞬間、シャーマンのよく通る声が響き渡りました。
「落ち着きなさい。神から怒りの念は感じない」
他のメンバーたちもパニックを起こしかけていましたが、その一言で冷静さを取り戻しました。
落ち着いて観察すると、私達が入ってきた入り口が閉まると同時に、反対側の壁に通路が出現していました。
私たちは、恐る恐るその先へ進むことにしたのです。
しばらく狭い通路を進むと、やがて大広間に出ました。
そこには棺桶のような石箱がたくさん並んでいました。
「なんてこと……」
私は思わず声をあげてしまいました。
そこにはまさに、行方不明者たちが横たえられていました。
私達は急いで駆け寄り、一人ひとり確認しました。しかし……。
そこにあったのは、変わり果てた姿で息絶えている仲間たちの姿でした。
顔はミイラのように痩せ細り、手足は枯れ枝のようになって……。
それからは本当に大変でした。
ひとりひとりの遺体を確認し、遺族のもとへと送り届ける手続きは、すべて樹里さんにお任せしました。
というのも、行方不明者が全員亡くなっていたことで、私にかけられた容疑は殺人ということになってしまったのです。
証拠不十分で釈放された頃には、日本でも報道されていたらしく、私はすっかり世間から嫌われ者になっていました。
外国で起きたことですし、その後続報もないものですから、今ではすっかり忘れ去られたニュースだと思いますが……。
私はあれ以来、考古学者をやめてからは気まずくて当時の仲間とも距離を置いて、今でもずっと孤独に生きています。
でも、いいんです。
私のおそばには、いつも神がいらっしゃるのですから。
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