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第二話 庭師はクソ真面目だった
しおりを挟む俺さ、若い頃は結構ヤンチャしててよお。
個人経営の小さな造園業者に務めてたんだけど、そこの社長もなかなかのワルでさ。
いわゆる悪質業者ってやつ、それを通り越してもう犯罪組織みたいなもんだった。
いやぁ大変だったぜ、朝早くから深夜まで働かされてさ。
休日なんてなかったね。
ただ、給料だけは良かったな。
なにせまっとうじゃない仕事で荒稼ぎしてるんだ。
そりゃあ金払いもいいってもんだよ。
ああ、悪い悪い。怪談だったな。
若い頃の武勇伝語りだすと止まらねえのが俺の悪いクセなんだわ。
それでな……
丘の上に大きな屋敷があるだろ。
そう、今は廃虚になってるあそこだよ。
当時はちゃんと人が住んでてさ、まあご立派なもんだったぜ。
屋敷の主人が
「屋敷を手放す」
ってなったとき、金持ち連中がこぞってあの家を買いたがったけど……
ある噂が流れてきた途端に誰も買おうとしなくなったらしい。
「なんでもあの屋敷には悪霊がいるとかいないとか」
そんで誰も寄り付かなくなって、あっという間に廃虚になったんだ。
俺な。その噂の真相、知ってんだよ。
それを今から語って聞かせてやるからな。
それは社長がとんでもない計画を立て始めたところから始まったんだ。
まず、社長は社員全員を集めてこう言った。
「近々、どデカい仕事が入ることになった。
お前らも気合い入れて働け!」
って。
どうやら前々から計画を進めていたようで、俺は詳しいことは聞かされなかった。
いつものことだから特に気にしなかったけどな。
それからしばらくして、あの豪邸の庭を改装することになったんだ。
そりゃ大口の仕事だよな、社長も張り切るわけだ。
それで終わってりゃまっとうな会社なんだけどな、そうはいかないのがあの社長さ。
何度も言うけど、俺は詳しいことは聞かされてなかったからな。
そこだけハッキリさせとくぜ。
で、さ。
社長の計画ってのが
「庭の改装作業のなかで自由に屋敷に入り込める抜け道を作っておく」
って言うんだよ。
それさえ実現すれば屋敷から金品を強奪し放題ってわけだ。
あらかた頂戴したらトンズラするための夜逃げの準備も平行して進めてた。
でもな、この計画もそう簡単にはいかなかった。
屋敷の主人はお抱えの庭師に絶対の信頼を置いてたんだ。
その庭師は確か…… 『山田』とか言ったかな。
「庭の改装作業は任せるが、改装計画については山田に一任する。
山田主導で庭を作ってくれ」
って言うんだぜ。
そこで、社長は山田に金をちらつかせて仲間に引き入れようとしたんだけどな……。
そいつ、クソ真面目でどんだけ金積んでもなびかなかったんだよ。
こうなると焦ったのは社長のほうだ。
なにしろ、詳しく話してはないとはいえ
「屋敷に対して何らかの悪巧みを考えてる」
ってことは伝わっちまったんだからな。
買収することが無理と悟った社長は、次に山田を拘束して痛めつけた。
暴力で従わせようとしたんだ。
だけど、いくら暴力を振るっても、脅しても、脅えるどころか表情一つ変えない山田に業を煮やした社長は…… とうとうやりすぎちまった。
山田は動かなくなったよ。
これには流石に俺もビビったぜ……。
山田の遺体は密かに処理された、そんときゃ俺も手伝わされたよ。
兄貴たちの手慣れた感じが恐ろしかったなぁ……。
『まだ信頼されてない下っ端は本当はこういうヤバい仕事には関わらせないけど、実はあの社長の元ではちょくちょくこういうことがあったらしい』
ってのはだいぶ後になってから知ったんだ。
今回は山田が死んじまうところに俺が居合わせたもんだから、俺への口止めの意味もあって、あえて手伝わせたんだよ。
死体遺棄の共犯にしちまえば俺もそうやすやすと口を滑らせないだろって算段さな。
結局、表向きには
「山田が出勤してこない。連絡もない」
ってことで片付けようとした。
山田のことをえらく信頼していた主人は最初納得しなかったが、連絡がつかないことは事実。
結局無断欠勤が続けば納得するしかなかったようだな。
それで一応、庭の改装は終わり、社長の企みも実現した。
密かに屋敷に出入りできる、俺らしか知らない秘密の裏口の完成ってわけだ。
造園業者としては仕事は終わったから引き上げ、あとは夜な夜なちょっとずつ金品を盗み出して、適当なところでトンズラって寸法…… のはずだった。
だけどな、山田が行方不明のままなもんだから、主人が
「新しい庭師を雇いたい」
って言い出したんだ。
それで白羽の矢が立ったのが俺ってわけ。
俺は仕方なく新しい庭師として屋敷に入ることになったけど、正直ウンザリしたぜ。
クソ真面目な山田の仕事ぶりとなにかと比較されてよ、主人が口うるせーのなんの。
「山田の仕事はもっと丁寧だった」
「山田は庭でタバコなんか吸ったりしなかった」
「山田だったら」
「山田なら」
「山田が」
「山田」
「山田」
「山田」
クソがよ!
「その山田はずっと無断欠勤してるようですが~!?」
ってよっぽど言ってやろうかと思ったけどな、その話を広げられるとヤベェのはこっちの方だからな
「へいへい」
って聞いてたよ。
数日が経過した頃かな、朝いつものようにダラダラと出勤すると、明らかに主人の機嫌がいいんだよ。
「やればできるじゃないか、この調子で頼むよ」
って。
俺はなんのことか理解が追いつかないまま、庭を見た。
前日俺がやった仕事なんてたかが知れてるのに、明らかにそれ以上の手入れを施された庭。
それに、庭師道具もすべて綺麗に整えられているんだ。
まるで山田が仕事をしていた時みたいに。
俺は不思議に思いつつも、いつもうるせえ主人が満足げにしているのを見て
「まあいっか」
ってなっちまったんだよな。
そしてもう数日が経過すると、もっと不思議なことが起こり始めたんだ。
世話をしていた植物が枯れるんだ。
俺だって真面目じゃないとはいえ
『造園業者の一員としてそれなりの経験を積んできていた』
自負はあった。
植物が枯れるようなことはありえないはずなんだよ。
絶対ちゃんと枯れない程度には世話してたんだって。
だけど、庭の植物はどんどん枯れていった。
さらには、主人が
「毎晩、庭から変な音や足音が聞こえる」
って言うんだよ。
「庭をうろつく幽霊のような人影を見た」
とかまで言い出した。ヤベーよな。
あの主人、すっかり怯えちまってよぉ……
どっから見つけてきたんだか、霊能者に連絡してんのよ。
んで、翌日にはすぐに霊能者が来た。
家と庭を徹底的に調査して
「確かに霊の存在があり、それがすべての怪奇現象を引き起こしていることが確認されました」
って言うんだわ。
俺はその段階ではまだ眉唾だろってたかをくくってたんだけどさ……。
その霊能者、主人には
「お祓いをしておきます」
みたいな話で簡単にしめくくっておいて、別で俺に言ったんだよ。
──霊の正体はここで以前働いていた庭師で、仕事に未練があって成仏できないでいます。
だから最初は生前同様に仕事をして庭の手入れをしていました。
多いんですよ、死後も生前と同じ行動を繰り返す霊は。
けど、霊というものは自然の摂理にそぐわない存在です。
だから、そこにいるだけで本人に害意がなくとも害を撒き散らす存在になっていくのです。いずれ
『きちんと仕事をしたい』
という意識も保てなくなり、ただの『害』という概念になります。
そんな悪霊に成り下がる前に、きちんと供養して成仏させてあげなければいけません──
「そんなこと俺に言われても……」
そう思ったんだけど、どうやらその霊能者は本物だったみたいだ。
『山田の死因』も『俺の正体』も全部見抜いてやがったぜ。
さらには
『社長はトンズラするときに俺を置いていくつもりらしい』
ってことまで教えてくれたよ。
(俺はてっきり、引き上げのときには俺を回収していってくれるものとばかり思ってたのに!トカゲのしっぽ切りかよ!)
まず山田のこと見抜かれてる時点でこいつは本物だって思ったし、そいつが言うなら社長の頭ン中の話だって本当なんだろうさ。
だから俺、すっかり頭に血が上っちまってさ、なんとか社長にひと泡ふかせてやりたくて、自首することにした。
(どうせいつかバレるんだし、社長に置いていかれたら俺一人で逃げおおせるわけもない。だったら社長が逃げる前にもろとも道連れにしてやろう)
と思ったんだよ。
俺は主人に社長のやったことについてすべてぶちまけた。
(その一味である俺だって、ただではすまない)
その覚悟もあったけど、以外にも主人は俺を気に入ってくれててな……
「現時点での仕事ぶりこそ山田には及ばないが、将来を期待してついつい厳しくしてしまった」
とかなんとか。だから
「よく正直に話してくれた!」
な~んて感激されちまったぜ。
盗みが発覚する前に社長は会社ごとドロンする予定だったからな、あまり猶予はなかった。
主人はすぐに警察に連絡して、社長にこちらの動きがバレねえように密かに準備と裏取りを進めて、ついに一斉検挙。社長も社員も全員お縄だぜ。
いや~あんときゃ気分良かったなあ。
さらに調べりゃ調べるほど余罪がボロボロ出てきてさ、刑期は結構な年数になったんだ。
俺はまだ若かったし、親にも見捨てられたワルの俺にとって社長は親代わりみたいなもんでな。
『関係性を利用して従わせられてた』
ってことを考慮されて、さらに
『俺だけが自首扱いになったこと』
『一連の逮捕劇に大きく貢献したこと』
もあって、刑はかなり軽くなった。
最終的には保護観察付きで釈放されたんだぜ。へへ。
俺の証言と霊能者の霊視も一致して、山田の遺体はすぐに発見されたよ。
そして山田の愛したあの庭で大規模な法要が行われた。
「子供のいない彼にとって、あの庭は我が子のように手をかけてかわいがってきた存在だった」
って、霊能者は言ってたな。
なんか俺もしんみりしちまってよぉ……
供養の後、不思議な現象はピタリとやんだから、罪滅ぼしの意味も兼ねて、できる限り庭を手入れしたよ。
そしてすっかり元通りの庭が完成する頃、俺も庭師をやめて屋敷を後にした。
主人はこんな俺にも別れを惜しんでくれたけどな。
社長たちの刑期がかなり長いとはいえ、いつかは出所してくるだろ?
そん時に恨みつらみを熟成させた奴らに復讐されることに怯えて暮らす必要のないように、俺には『証人保護プログラム』が適用されたんだ。
『名前も顔も変えて、別人になってその後の人生を生きていけるシステム』だよ。
あの事件をきっかけに、俺はそこそこ真っ当に生きるようになった。
山田みてえにクソ真面目には生きられないけどな。
だってよぉ、真面目すぎるのも命取りになるって身をもって知っちまったからさ。
今はまっとうな不動産関係の小さな会社で、下働きの身だよ。
ってことで、俺の話はこれで終わりだよ。
あ? ああ『噂の真相』の話だったな。
悪霊なんてのは本当はいねえよ。
山田はちゃんと供養したし、霊能者の話では
「無事成仏できた」
らしい。実際、あの法要以来、庭で人影を見ることもなくなったし植物も枯れなくなってたしな。
ただ、一時期は山田の霊がさまよってたことも事実なんだ。
近所の奴らは、霊能者が呼ばれて調査してる様子なんかも見てただろうしな。
そういう話に尾ひれがついて広まったんだろうぜ。
あの廃虚、もともとは立派な屋敷だったんだから、ちょっとリフォームすりゃすぐ住めるようになるだろ。
それが今は誰も買い手がつかなくて二束三文で手に入るんだぜ。
噂の悪霊は、出ない。
『今廃虚になってるのは、単純に人が住まなくなったから』
それだけだ。俺が保証する。
どうだ? ちょっと欲しくなってきたろ?
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