劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

二十五話

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 容姿について褒められる事はそう多くなかった為に髪を抑えながら狼狽える暁だったが、正気に返る。そういう問題じゃない。
「に、似合ったとか、かわいい……とか、そういう話じゃなくない!?こんな髪型でやる役とか聞いてないんだけど!」
「だって言ってないもの」
「あー!」
「叫ぶな、叫ぶな。副部長から許可は貰ってるよ。ファンタジーで実際の歴史を元にした演目でもないんだから、ある程度は過剰演出してもいってさ」
 副部長の名前を出されては暁もそれ以上いい募る事も出来ずに押し黙る。可愛い可愛いと女子は囃し立ててくるが、一瞬の浮かれ具合が沈静化するとやってくるのは羞恥心だ。可愛いなんて言ってもどうせ大したもんじゃない。大体ツインテールなんて今時アイドルだってやってるのはそうそう見ない。身長だけは平均より高いだけの華やかさの欠片もない自分に、こんな可愛いから許される髪型する事になると思ってなかった。
 服装だけはそれなりに時代考証を取り入れたらしき暗い色合いのロングスカートにエプロンだから、髪型だけ浮いている。いっそメイドカフェみたいな格好ならまだ服装と髪型のちぐはぐさは回避できただろうに。
 そうやって一人じめじめしていると少し離れたところで歓声があがった。驚いてそちらを振り向いた先には部員の殆どのメンバーで人だかりが出来ていた。よくよく目を凝らせば、人だかりの中心にいるのはよく知る人物であった。
 魔女の衣装を身に纏った黒神 梓がそこにいた。
 ベースはシンプルな黒いワンピースのようだが、幾重にも黒の透き通る素材の布を重ねて縫い、ロングドレスのように仕立て上げ、両手は黒のレースの手袋で覆われている。目元をぎりぎり隠さない程度のところに黒のベールをかけられた姿は漆黒の花嫁衣装のようで不吉ながらも、魅惑的な美しさを放っていた。とても同じ歳には思えない。男も女もその場にいる皆が彼女の姿に目を奪われている。
 普段大人しく口数も少ない、自信がなさそうに俯いている梓の印象とは逆でモデルらしく背筋をのばしそこに立つと、全く別の世界の人間のようだ。レースが瞳に少しかかり、彫りの深い顔立ちに陰影を作り謎めいた美貌に儚さを加えている。

 暁も、普段は梓に批判的な歌乃すら彼女の美しさに目を見張った。歌乃も演者ではあるが脇役である為に、暁よりも更に装飾の少ないシンプルなメイド衣装に、髪もひとつに纏めている。彼女が無意識といった様子で溜め息のような言葉を放った。
「綺麗……」
 彼女の言葉が届いたのか。
 梓が歌乃と、歌乃の近くにいた暁がいる方向を向いた。呆けたように見惚れていた暁と目があった。はっきりと自分の存在を見つめてくる梓から慌てて目を逸らした。自分でもよくわからないが、いたたまれない気持ちになった。
 地味なエプロンとスカートにツインテールという自分の出で立ちを見て梓がどう思ったか知らないが、皆に注目されている彼女に、暁の方まできて声をかける余裕などないだろう。暁はそそくさと舞台の端に寄って、階段の影に座り込んだ。ちら、とこっそり梓がいる人だかりを見つめる。皆梓の美しさに称賛の声を上げている。その中心で嬉しそうな顔をしている梓がいる。
「月とスッポンってやつか」
 スタイルが良いだとか髪がきれいだとかも、お世辞みたいなもんだ。わかってる。今更傷ついたりはしていない。

 あらかた着替えが終わり、演者が召集をかけられる。柚葉の注目、という声がよく響いた。
 顔こそ兜で隠してはいないが、柚葉はおおよそ時代に即した騎士の衣装を着ている。よくもまあ素人技術でここまで再現したと思うが、勿論見た目だけで中身は張りぼてであり重さも大したことはないらしい。補強に厚紙などが使われているので、ある程度安っぽさが見てとれるのは仕方ない。
 柚葉の隣には梓とは対照的に華やかさの象徴のように、ピンクや明るい紫のレースやフリルで飾られてうっすら化粧を施された光が暗い表情で佇んでいた。髪の毛も出来る限り整えた上で薔薇の飾りをつけてお人形さんのように着飾っているが、肝心の表情が心もとない。山吹か誰かが放ったらしい地味、という言葉が聞こえていない事を暁は祈った。
 確かに光の表情は何時も苦しげに曇っていて気分の良いものではない。柚葉が副部長でなかったら許されてはいなかったかもしれない、とも思う。
 そんな周囲の中にある不穏な感情も見えていないかのように柚葉は話を始めた。
「今日は集まれたメンバーも限られているから、最初から通しで出来るメンバーだけでやれるシーン練習してみよう。
 衣装の動きや不具合なんかも各々確認しながらやっていって」


 かわいそうなお姫様の話。
 この物語は、命知らずにも姫君に対し不穏な予言をした魔女が処刑されるシーンから始まる。
 姫の本性を知らない恋人騎士も、王も、国の人間も全ての物語の登場人物が可憐な姫のやわな心を傷付けたにっくき魔女に罪を突き付け罰を受けろと叫ぶ。
 物語の冒頭にふさわしくない、生臭く狂気に満ちたシーンだ。
 但し姫の侍女である暁演じるリリィだけは姫、エリザーベトの正体を知っていた。エリザーベトは自身の悪魔のような本性を見透かすような予言をした美しい魔女を憎み、妬んだ。怒り狂う彼女の心は外見の愛らしさとは裏腹に醜く濁りきっていた。

「甲斐、糸田、黒神……光。舞台に上がって」
 監督役の生徒の指示に従って、指名された生徒が舞台へと上がる。
 今回は予行演習とも言わない軽い稽古である。最初のシーンの登場人物ももっと多いが彼らは今日は都合が合わず来ていない。演劇部顧問も会議が終わり次第見に来るとは言っていたが、何時になるかはわからなかった。

背景などの大道具もない、体育館の殺風景な舞台にてどれだけ役に入り込めるか。最初の簡単な練習だからと、台詞を覚えてこないような人間は演劇部にはいない。必要ない。
 梓は大丈夫だろうか。
 彼女が嫌がっていた魔女役はこの物語を、姫の狂気を印象的にする為の重要な存在だ。早々に退場する端役なんかでは決してない。暁と喧嘩した時のようなぶすくれた態度で芝居に望めば、あっという間に引きずり下ろされるだろう。

 暁の視線は自然と梓を追っていた。
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