劇中劇とエンドロール

nishina

文字の大きさ
上 下
42 / 59
可愛そうなお姫様の話

十五話

しおりを挟む
 ちらほらと、休み時間に梓が自分の様子を窺っていた事には気づいていた。喧嘩はしたのは初めてだったが何かと困った事があると悲し気にこちらの様子を窺ってくるのだ。癇癪を起こした子供に接するように顔色を窺って猫なで声で接して手取り足取りやりたい事を率先して助けてあげないと梓はあの儘なのだ。
 葵の書いた物語と、演劇部の三年生にとっては残り少ない大舞台を成功させたい気持ちは当然あるのだがまた結局何時ものパターンを期待されてるのはわかりきっていたがどうしてもそうする気にはならなかった。
 昼休み二人は別々に昼食をとった。知り合ってからほぼ毎日暁にくっつきっぱなしだった梓が、暁とも親しい他の友人を誘っていた。それだけなら暁が気まずい思いをするだけで済んだ。
「いいの?暁」
 そう質問されるのも当然だろう。元々モデルをしていた上に、外見は近付き難い浮世離れの美貌を持つ梓は、人見知りなのもあって暁と仲良くなるまで友達らしい友達はいなかった。つまり、暁が誘った友人は暁を通して仲良くなった人間関係なのだ。
 昼休みの最中、梓はやはりちらちら不安そうにこちらの様子を見てくるだけだった。気まずいならそちらからでも話しかけてくればいいというのに。暁からの歩み寄りを待つのみの姿勢は、暁の神経を尖らせる。
 だったら、こちらもそれなりの態度をとるまでだ。暁は鞄ごと中に入っている弁当箱を抱えて教室を出た。
 廊下に出て行った暁を梓は見ていなかった。暁はそれを知らない。
 結局暁は他のクラスに在籍している演劇部の仲の良い友人に混ぜて貰い、昼食を食べることにした。
 少しは自分でも考えたら良い。行動するべきだ。
 梓が演劇部に入った動機も高校で最初に出来た友人である暁に、より近くにいる為なのはあきらかなのだ。下手をすれば退部する可能性すらあった。しかしそれならその時、演劇部の為に出来る事を考えれば良い。
 捨て鉢気味にそう考えながら放課後は一人で演劇部に向かった暁だったが結果として梓は来た。泣きもせず、死ぬ役に不平不満を漏らすでもなく。
(なんだ、一人でも平気なんだ)
 拍子抜けして終わると思っていたが少しばかりの苛立ちを覚えた。一人でも平気、嫌いな役を受け入れる。不服ながらもやる気はあるんだ。それはそれで暁の心はざわめき、苛立った。
 幸い今回の劇は、暁と梓は役柄上関わる事はない為、彼女を避けたところで何の問題もなかったのだが、他の部員が常に一緒にいるのが普通だった暁と梓が言葉一つ交わさないのを不思議に思うかもしれないが、それも仕方ない。少なくとも梓は魔女役を受け入れた。なら、暁も自分の役を全うするだけなのだ。
 そう、気持ちを切り替えたいのに。
「お前らいつまで喧嘩してんの?」
 理由は知らないけど気になる、と同級生が打ち合わせの合間に暁に尋ねてきた。
「何か黒神ずっとあんな感じじゃね?何があったかわからんけど、仲直りしてやれよ」
 やはりこうなるのだな、と暁は胸中で重く深い溜息を吐いた。想像していた事が現実になるのって、思っていたよりも面倒くさいものだ。
 梓は気が弱くて物静か。何より誰もが振り向く美少女だ。そんな彼女が、びくびくおどおどとはきはきしている女の様子を遠目にじっと窺っていたら、そりゃあ先日の現場を見ていなくてもはきはきしている女が美少女を苛めたと思うだろう。暁もお互いの関係性や事の経緯を知らなければそう考えると思う。いや、人によっては知っていたとしても同じように考えるかもしれない。あの子は内気で自分の意見を話すのは苦手なんだから、仲が良いお前が変わってやれよそれくらい。

 我慢しているのは大人しい美少女だけではないのだよ。
 彼と目を合わせず、暁は答えた。
「それは梓に言ってよ。梓が何して欲しいのか私、わかんないんだよね」
 勝手にしてくれ。自分は自分のお芝居の事だけ考えていたいのだ。
 今は自分が夏に控えた舞台でリリィという娘として役になりきる。それだけだ。それしかないのだ。
 幸い、リリィという役は自分ととても相性が良かった。
 劇中我儘なお姫様の侍女であるリリィは彼女の権力と悍ましさに屈服してしまい、悪事に手を染めかけるものの、最後の最後に勇気を振り絞って姫君に逆らい、窮地に立たされた騎士を救うのだ。自分の命を賭しても、正義の為に。

 この話を読んだ時素直に暁はリリィというキャラクターに好感を持った。
 勇気がある人は素晴らしいと思う。正義を貫く事が出来る人間に憧れた。

 そもそも、この物語そのものが好き勝手悪行の限りを尽くしてきたお姫様が最後にしっぺ返しを食らうという物語だ。主人公が悪人という特徴はあれども物語そのものは王道の勧善懲悪ものと言っていいだろう。登場人物の殆どが不幸になることさえ除けば。


 台詞合わせ、重ねる稽古。細かい台本の変更点。時折柚葉から小説にある舞台装置や台詞など、細かい部分の変更点を了解とれるかと暁は作者に取次ぎを頼まれたが、作者は物語は完成したので好きにしていいと、飄々としたものだ。そして今日もノートに文字を書き連ねているのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イルカノスミカ

よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。 弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。 敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

冬の夕暮れに君のもとへ

まみはらまさゆき
青春
紘孝は偶然出会った同年代の少女に心を奪われ、そして彼女と付き合い始める。 しかし彼女は複雑な家庭環境にあり、ふたりの交際はそれをさらに複雑化させてしまう・・・。 インターネット普及以後・ケータイ普及以前の熊本を舞台に繰り広げられる、ある青春模様。 20年以上前に「774d」名義で楽天ブログで公表した小説を、改稿の上で再掲載します。 性的な場面はわずかしかありませんが、念のためR15としました。 改稿にあたり、具体的な地名は伏せて全国的に通用する舞台にしようと思いましたが、故郷・熊本への愛着と、方言の持つ味わいは捨てがたく、そのままにしました。 また同様に現在(2020年代)に時代を設定しようと思いましたが、熊本地震以後、いろいろと変わってしまった熊本の風景を心のなかでアップデートできず、1990年代後半のままとしました。

映写機の回らない日 北浦結衣VS新型ウイルス感染症

シネラマ
青春
世界中に広がる新型ウイルス感染症を前に、映画館で働く北浦結衣はどう立ち向かったのか。ある戦いの記録。 作者より:この短編小説は、二〇二〇年三月一八日から一九日の二日間をかけて書いた一話完結の短編『私には要も急もある 羽田涼子VS新型ウイルス感染症』に登場するサブキャラクターの結衣を主人公にしたものです。三月一九日前後と、いまでは世の中の状況は異なっています。いまの状況を見据えて、今度は連載短編として、私が感じたことを物語りに投影し、少しずつ書いていきたいと思います。

初恋の味はチョコレート【完結】

華周夏
青春
由梨の幼馴染みの、遠縁の親戚の男の子の惟臣(由梨はオミと呼んでいた)その子との別れは悲しいものだった。オミは心臓が悪かった。走れないオミは、走って療養のために訪れていた村を去る、軽トラの由梨を追いかける。発作を起こして倒れ混む姿が、由梨がオミを見た最後の姿だった。高校生になったユリはオミを忘れられずに──?

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

幼馴染に毎日召喚されてます

涼月
青春
 高校二年生の森川真礼(もりかわまひろ)は、幼馴染の南雲日奈子(なぐもひなこ)にじゃんけんで勝った事が無い。  それをいい事に、日奈子は理不尽(真礼的には)な提案をしてきた。  じゃんけんで負けたら、召喚獣のように従順に、勝った方の願いを聞くこと。  真礼の受難!? の日々が始まった。  全12話

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

処理中です...