41 / 59
可愛そうなお姫様の話
十四話
しおりを挟む
僅かな沈黙が生まれた。初めての経験に対する葵が、ほんの少し感極まっているのだろうと、暁も水を差すのも悪いかと思って黙っていた。
そうしてたっぷり一分は経過しただろう沈黙ののちに葵がこぼした言葉は、葵らしくない可愛げのあるものだ。
「どうしよう。恥ずかしい」
何を言っているのかとも思うが自分の作品を他者に提供する事の意味が漸く実感を伴ってきたのだろう彼にはごく自然な感情の吐露だったのかもしれない。同じ年の、それもぶっきらぼうで愛想のない葵の言葉と思うと、意外さと共に可愛く感じてしまい、暁は笑ってしまった。初々しい。
「恥ずかしいのも含めて多分楽しいに変わると思うよ。私も最初、そうだったし」
初めて暁がそれを感じたのは随分と昔の事だ。小学校の時にあった学年別に演目の違う発表会で、暁の学年は劇をすることになった。
舞台に立った暁が見たのは沢山の、自分だけを見つめる人々だった。
大勢の保護者や他の学年もクラスも違う生徒達。真剣に見入っている者もいれば眠たそうな者も、友達とのお喋りに夢中な者もいた。それでも皆が暁を含めてこの劇を見る為にここにいる。その事実に暁の心は震えた。自分の言葉や動きに見ている人達はどきどきして、はらはらする。喜んでくれる。なんと素晴らしいことか、と幼い暁の心は興奮と感激で満たされていた。
今でも覚えている。今と同じく負けん気が強くて融通が利かない、授業中や掃除時間ふざけるのが大嫌いで、委員長でも何でもないのに遊んでる奴がいると怒りにいって、男子と喧嘩ばかりしているような子供だった。
そんな暁になにを間違ったのかまわってきたお姫様の役。男子がここぞとばかりに似合わないと、こんなお姫様嫌いだとからかってきたが、見ているものに暁の性格や普段の行動などどうでもよかった。
あのお姫様可愛かった。そんな言葉がちらほら聞こえる、友達も褒めてくれた。お芝居上手に出来たと親も褒めてくれた。それらが今の暁の全ての源だったと言っていい。
可愛げのない自分が、お姫様になれた。
「あのさ、加百」
俄然やる気が湧いてきた。問題はある。だって、梓と喧嘩してしまった。気まずい。だが、それ以上に葵に見て良かった。小説を書いて良かったと思えるような作品にしたいという思いが勝っていた。あの頃の自分と同じように、見て貰える喜びを知って欲しい。知らなくてもいいかもしれないけど、知って欲しいと強く思った。
演劇も、小説も。観客、読者の目に触れて初めて作品として完成するものだと思うから。
「私さ、絶対この役頑張ってやりきるから。皆で加百の書いた物を良い作品にして見せるからさ。絶対見に来て」
返事は、不思議と同じ葵のものなのに少し、甘えた子供のような幼い響きだった。
「わかった、見に行く」
きっと。どんなに努力してもうまくならなかったとしても、認められなくても。光のように出来なくても。自分は演劇が好きなのだから、大好きなのだから辞める選択肢などない。
通話終了してから、あんなに自分の中にヘドロのように溜まっていた感情が奇麗に消え失せていた。楽しいのだからいいじゃないか。。素直にそう思えた。否定されようが何にも結果に残せないと喚かれようが、暁が好きで楽しいのだから文句を言われる筋合いなどないし、言われても己の気持ちを優先すればいいのだ。
「まあ、うん」
だからといって梓と喧嘩した事実は消えないし、明日彼女にどう対応すれば良いのかと思うとまた違った感情の負荷がかかるのだが、差し当たって明日まで棚に上げることにする。梓は暁が言い過ぎたと一言謝ればきっと許してくれるのだろうが、今回ばかりは暁もそれで済ましたくないし、そもそも梓は暁が謝ったら許してくれるかもしれないが暁だって、謝ってくれなくちゃ今回ばかりは許したくない。暁には誰が謝ってくれるというのか。
あれから表面上は何事もない振りは出来ていた。
翌日の朝は何だかんだ考えて、結局謝るかなあ言い過ぎたのは確かだしなあとか安易な解決に流れそうになっていたのだが、登校してクラスに既に来ていた梓と目が合ってしまった瞬間、そのような殊勝な感情は霧散してしまった。
「……」
暁と目が合った瞬間梓は目をそらしたのだ。気まずそうに悲しそうに、怯えるように。
……私だけが悪いのか?
例え自分が悪かったとしても、暁に助けてもらったとしても、自分からは行動は起こさない。あたかも自分は被害者かのように悲し気に原因を避け、逃げ続ける。最初からそうだった。いじめとまではいかなくてもクラスで浮いていた彼女は目立つ外見を僻まれることも多く、一部の女子からは避けられていた。はっきりと悪意をこめて言うとハブられていた。暁が取り持ったのもあって彼女達は梓にいじめのような行動をとったと謝罪し、接点が増えた訳ではないが必要があれば普通に会話をするようになった。その件に関しては梓は誰かに謝る必要はなかったが、礼を言ってくれても良かったように思う。結果梓はお姫様のように暁に頼るようになった。自分は梓に仕える騎士ではないにも関わらず。
そうですか。謝罪待ちという行動での、無視ですか?
怒りは堪えた。黙って自分の席に向かう。梓は何の反応もしなかった。
そうしてたっぷり一分は経過しただろう沈黙ののちに葵がこぼした言葉は、葵らしくない可愛げのあるものだ。
「どうしよう。恥ずかしい」
何を言っているのかとも思うが自分の作品を他者に提供する事の意味が漸く実感を伴ってきたのだろう彼にはごく自然な感情の吐露だったのかもしれない。同じ年の、それもぶっきらぼうで愛想のない葵の言葉と思うと、意外さと共に可愛く感じてしまい、暁は笑ってしまった。初々しい。
「恥ずかしいのも含めて多分楽しいに変わると思うよ。私も最初、そうだったし」
初めて暁がそれを感じたのは随分と昔の事だ。小学校の時にあった学年別に演目の違う発表会で、暁の学年は劇をすることになった。
舞台に立った暁が見たのは沢山の、自分だけを見つめる人々だった。
大勢の保護者や他の学年もクラスも違う生徒達。真剣に見入っている者もいれば眠たそうな者も、友達とのお喋りに夢中な者もいた。それでも皆が暁を含めてこの劇を見る為にここにいる。その事実に暁の心は震えた。自分の言葉や動きに見ている人達はどきどきして、はらはらする。喜んでくれる。なんと素晴らしいことか、と幼い暁の心は興奮と感激で満たされていた。
今でも覚えている。今と同じく負けん気が強くて融通が利かない、授業中や掃除時間ふざけるのが大嫌いで、委員長でも何でもないのに遊んでる奴がいると怒りにいって、男子と喧嘩ばかりしているような子供だった。
そんな暁になにを間違ったのかまわってきたお姫様の役。男子がここぞとばかりに似合わないと、こんなお姫様嫌いだとからかってきたが、見ているものに暁の性格や普段の行動などどうでもよかった。
あのお姫様可愛かった。そんな言葉がちらほら聞こえる、友達も褒めてくれた。お芝居上手に出来たと親も褒めてくれた。それらが今の暁の全ての源だったと言っていい。
可愛げのない自分が、お姫様になれた。
「あのさ、加百」
俄然やる気が湧いてきた。問題はある。だって、梓と喧嘩してしまった。気まずい。だが、それ以上に葵に見て良かった。小説を書いて良かったと思えるような作品にしたいという思いが勝っていた。あの頃の自分と同じように、見て貰える喜びを知って欲しい。知らなくてもいいかもしれないけど、知って欲しいと強く思った。
演劇も、小説も。観客、読者の目に触れて初めて作品として完成するものだと思うから。
「私さ、絶対この役頑張ってやりきるから。皆で加百の書いた物を良い作品にして見せるからさ。絶対見に来て」
返事は、不思議と同じ葵のものなのに少し、甘えた子供のような幼い響きだった。
「わかった、見に行く」
きっと。どんなに努力してもうまくならなかったとしても、認められなくても。光のように出来なくても。自分は演劇が好きなのだから、大好きなのだから辞める選択肢などない。
通話終了してから、あんなに自分の中にヘドロのように溜まっていた感情が奇麗に消え失せていた。楽しいのだからいいじゃないか。。素直にそう思えた。否定されようが何にも結果に残せないと喚かれようが、暁が好きで楽しいのだから文句を言われる筋合いなどないし、言われても己の気持ちを優先すればいいのだ。
「まあ、うん」
だからといって梓と喧嘩した事実は消えないし、明日彼女にどう対応すれば良いのかと思うとまた違った感情の負荷がかかるのだが、差し当たって明日まで棚に上げることにする。梓は暁が言い過ぎたと一言謝ればきっと許してくれるのだろうが、今回ばかりは暁もそれで済ましたくないし、そもそも梓は暁が謝ったら許してくれるかもしれないが暁だって、謝ってくれなくちゃ今回ばかりは許したくない。暁には誰が謝ってくれるというのか。
あれから表面上は何事もない振りは出来ていた。
翌日の朝は何だかんだ考えて、結局謝るかなあ言い過ぎたのは確かだしなあとか安易な解決に流れそうになっていたのだが、登校してクラスに既に来ていた梓と目が合ってしまった瞬間、そのような殊勝な感情は霧散してしまった。
「……」
暁と目が合った瞬間梓は目をそらしたのだ。気まずそうに悲しそうに、怯えるように。
……私だけが悪いのか?
例え自分が悪かったとしても、暁に助けてもらったとしても、自分からは行動は起こさない。あたかも自分は被害者かのように悲し気に原因を避け、逃げ続ける。最初からそうだった。いじめとまではいかなくてもクラスで浮いていた彼女は目立つ外見を僻まれることも多く、一部の女子からは避けられていた。はっきりと悪意をこめて言うとハブられていた。暁が取り持ったのもあって彼女達は梓にいじめのような行動をとったと謝罪し、接点が増えた訳ではないが必要があれば普通に会話をするようになった。その件に関しては梓は誰かに謝る必要はなかったが、礼を言ってくれても良かったように思う。結果梓はお姫様のように暁に頼るようになった。自分は梓に仕える騎士ではないにも関わらず。
そうですか。謝罪待ちという行動での、無視ですか?
怒りは堪えた。黙って自分の席に向かう。梓は何の反応もしなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
冬の夕暮れに君のもとへ
まみはらまさゆき
青春
紘孝は偶然出会った同年代の少女に心を奪われ、そして彼女と付き合い始める。
しかし彼女は複雑な家庭環境にあり、ふたりの交際はそれをさらに複雑化させてしまう・・・。
インターネット普及以後・ケータイ普及以前の熊本を舞台に繰り広げられる、ある青春模様。
20年以上前に「774d」名義で楽天ブログで公表した小説を、改稿の上で再掲載します。
性的な場面はわずかしかありませんが、念のためR15としました。
改稿にあたり、具体的な地名は伏せて全国的に通用する舞台にしようと思いましたが、故郷・熊本への愛着と、方言の持つ味わいは捨てがたく、そのままにしました。
また同様に現在(2020年代)に時代を設定しようと思いましたが、熊本地震以後、いろいろと変わってしまった熊本の風景を心のなかでアップデートできず、1990年代後半のままとしました。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
姉らぶるっ!!
藍染惣右介兵衛
青春
俺には二人の容姿端麗な姉がいる。
自慢そうに聞こえただろうか?
それは少しばかり誤解だ。
この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ……
次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。
外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん……
「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」
「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」
▼物語概要
【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】
47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在)
【※不健全ラブコメの注意事項】
この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。
それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。
全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。
また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。
【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】
【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】
【2017年4月、本幕が完結しました】
序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。
【2018年1月、真幕を開始しました】
ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる