劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

十四話

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 僅かな沈黙が生まれた。初めての経験に対する葵が、ほんの少し感極まっているのだろうと、暁も水を差すのも悪いかと思って黙っていた。
 そうしてたっぷり一分は経過しただろう沈黙ののちに葵がこぼした言葉は、葵らしくない可愛げのあるものだ。
「どうしよう。恥ずかしい」
 何を言っているのかとも思うが自分の作品を他者に提供する事の意味が漸く実感を伴ってきたのだろう彼にはごく自然な感情の吐露だったのかもしれない。同じ年の、それもぶっきらぼうで愛想のない葵の言葉と思うと、意外さと共に可愛く感じてしまい、暁は笑ってしまった。初々しい。
「恥ずかしいのも含めて多分楽しいに変わると思うよ。私も最初、そうだったし」
 初めて暁がそれを感じたのは随分と昔の事だ。小学校の時にあった学年別に演目の違う発表会で、暁の学年は劇をすることになった。
 舞台に立った暁が見たのは沢山の、自分だけを見つめる人々だった。
 大勢の保護者や他の学年もクラスも違う生徒達。真剣に見入っている者もいれば眠たそうな者も、友達とのお喋りに夢中な者もいた。それでも皆が暁を含めてこの劇を見る為にここにいる。その事実に暁の心は震えた。自分の言葉や動きに見ている人達はどきどきして、はらはらする。喜んでくれる。なんと素晴らしいことか、と幼い暁の心は興奮と感激で満たされていた。
 今でも覚えている。今と同じく負けん気が強くて融通が利かない、授業中や掃除時間ふざけるのが大嫌いで、委員長でも何でもないのに遊んでる奴がいると怒りにいって、男子と喧嘩ばかりしているような子供だった。
 そんな暁になにを間違ったのかまわってきたお姫様の役。男子がここぞとばかりに似合わないと、こんなお姫様嫌いだとからかってきたが、見ているものに暁の性格や普段の行動などどうでもよかった。
 あのお姫様可愛かった。そんな言葉がちらほら聞こえる、友達も褒めてくれた。お芝居上手に出来たと親も褒めてくれた。それらが今の暁の全ての源だったと言っていい。
 可愛げのない自分が、お姫様になれた。
「あのさ、加百」
 俄然やる気が湧いてきた。問題はある。だって、梓と喧嘩してしまった。気まずい。だが、それ以上に葵に見て良かった。小説を書いて良かったと思えるような作品にしたいという思いが勝っていた。あの頃の自分と同じように、見て貰える喜びを知って欲しい。知らなくてもいいかもしれないけど、知って欲しいと強く思った。

 演劇も、小説も。観客、読者の目に触れて初めて作品として完成するものだと思うから。

「私さ、絶対この役頑張ってやりきるから。皆で加百の書いた物を良い作品にして見せるからさ。絶対見に来て」
 返事は、不思議と同じ葵のものなのに少し、甘えた子供のような幼い響きだった。
「わかった、見に行く」


 きっと。どんなに努力してもうまくならなかったとしても、認められなくても。光のように出来なくても。自分は演劇が好きなのだから、大好きなのだから辞める選択肢などない。
 通話終了してから、あんなに自分の中にヘドロのように溜まっていた感情が奇麗に消え失せていた。楽しいのだからいいじゃないか。。素直にそう思えた。否定されようが何にも結果に残せないと喚かれようが、暁が好きで楽しいのだから文句を言われる筋合いなどないし、言われても己の気持ちを優先すればいいのだ。
「まあ、うん」
 だからといって梓と喧嘩した事実は消えないし、明日彼女にどう対応すれば良いのかと思うとまた違った感情の負荷がかかるのだが、差し当たって明日まで棚に上げることにする。梓は暁が言い過ぎたと一言謝ればきっと許してくれるのだろうが、今回ばかりは暁もそれで済ましたくないし、そもそも梓は暁が謝ったら許してくれるかもしれないが暁だって、謝ってくれなくちゃ今回ばかりは許したくない。暁には誰が謝ってくれるというのか。


 あれから表面上は何事もない振りは出来ていた。

 翌日の朝は何だかんだ考えて、結局謝るかなあ言い過ぎたのは確かだしなあとか安易な解決に流れそうになっていたのだが、登校してクラスに既に来ていた梓と目が合ってしまった瞬間、そのような殊勝な感情は霧散してしまった。
「……」
 暁と目が合った瞬間梓は目をそらしたのだ。気まずそうに悲しそうに、怯えるように。
 ……私だけが悪いのか?
 例え自分が悪かったとしても、暁に助けてもらったとしても、自分からは行動は起こさない。あたかも自分は被害者かのように悲し気に原因を避け、逃げ続ける。最初からそうだった。いじめとまではいかなくてもクラスで浮いていた彼女は目立つ外見を僻まれることも多く、一部の女子からは避けられていた。はっきりと悪意をこめて言うとハブられていた。暁が取り持ったのもあって彼女達は梓にいじめのような行動をとったと謝罪し、接点が増えた訳ではないが必要があれば普通に会話をするようになった。その件に関しては梓は誰かに謝る必要はなかったが、礼を言ってくれても良かったように思う。結果梓はお姫様のように暁に頼るようになった。自分は梓に仕える騎士ではないにも関わらず。

 そうですか。謝罪待ちという行動での、無視ですか?
 怒りは堪えた。黙って自分の席に向かう。梓は何の反応もしなかった。
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