38 / 59
可愛そうなお姫様の話
十一話
しおりを挟む
気が付けばほとんどの部員は姿を消しており、残っているのは口論を始めた二人を遠巻きにしている数人のみであった。喧嘩を仲裁してくれそうな柚葉の姿もとうにない。
梓はぽろぽろと涙を流す。言葉もなく、痛々しい姿だ。何がショックだったのか、しかし暁はわからなかった。やる気がないと、才能がないとだんじられたから?暁が自分のことをそうやって、部活のお荷物と思っていたのが?辛い自分を甘やかしてくれなったから?
時間が経てばたつほど気まずくなると分かっていたが、ちょっと意地悪したなんてレベルではない、赤裸々に積もり積もった本音と嫉妬を吐露しておいて今のは嘘です、などとしらじらしく取り繕うことも思い浮かばない。誰か助けてくれはしないかと、辺りに救いを求めて視線を走らせてみても、皆様子を窺うのみだ。
唯一、暁のすぐ傍を通り過ぎた小柄な人影を除いては。
「女って、こえー」
悪意の一つもあったほうがまだましだったかもしれない。ぽろ、と零れ落ちた、こちらに聞かせるつもりもなさそうな素朴な言葉に、暁の頬が赤く染まった。
山吹の教室を出ていく後ろ姿を呆然と見送る。仲裁など端から山吹には求めてはいないが、まさかトドメを刺されるとは。
彼の言葉は梓にも届いたのだろう。泣き声が大きくなる。
「梓、ねえ梓……帰ろう。私も、言い過ぎたけどさ。これ、恥ずかしいだけだよ。ねえ」
梓は動かない。強引にでも連れ出して欲しいのか、暁を拒否しているのかもわからない。
終わりなのかな、とも思う。
梓はそもそも困っていたところを自分が助けたから、暁に懐いただけなのだ。ただの一度でも梓がこちらをいじめる側、敵と判断したなら暁は梓の友達なんて二度と呼ばせてくれなくなるだろう。
鞄を掴む。苛立ちと燻る怒り、羞恥心とやりきれなさ。
「くっそ……!」
一人、教室を飛び出した。逃げることしかできなかった。
凄く、虚しかった。
梓は奇麗な子だ。加えてクラスに馴染めなかった過去がある。気がそれなりに強く、外見も美女とは言い難い自分と可憐で大人しい梓が言い争いなんかしていたら、誰もが暁が梓をいじめていると思うだろう。
当たり前のように梓を悪者にしようとしていた。すぐにその事実に気が付いてしまい、暁は愕然とする。しかも、性懲りもなく問題を見た目の優劣に落とし込もうとしている。
「もう、やだ……ほんと、最悪」
死にたくもなる。何時も人と比べて、自分は頑張っているのにと自己憐憫に浸る。そして八つ当たり。
梓と何も変わらない。
どうしてこうなったんだろう。
幼少の頃に拙いながらお芝居の楽しさを知った。中学まではそれだけで本当に楽しかった。妹に小馬鹿にされたところで大して気にならなかった。何時か俳優として華々しくデビューするんだからな、今に見ていろと思えば何の根拠もないのに、自信があった。人々を夢中にさせる映画やドラマ、スクリーンの中で輝く人達と同じ舞台に立てると信じていたのだ。
気が付いたら上靴から履き替えていて、校門に向かう途中に立ち尽くしていた。
当然だったが、梓の姿はどこにもない。暁は一人きりだ。
「何なのもう。どうしたら良かったんだよ」
誰にも聞かれちゃいない呟きは、何に向けてのものなのかすら暁自身分かってなかった。
都合の良い夢を見たまま、大人になりたかったのに。
一心不乱に自宅への道を走った。罪悪感と嫉妬と、気まずさとやりきれない思い。これまでは嫌なことがあっても部活に打ち込んでいたら忘れた。忘れることができていた。もやもやした感情も発散できていたが、今の暁の苦しみは大好きな芝居に繋がっている。この醜いコンプレックスをどう昇華したらいいのか。
何一つ解決することも煮えたぎった勘定を落ち着かせる手立ても思いつかず、暁は家に着くと同時に自室に引きこもった。
梓はぽろぽろと涙を流す。言葉もなく、痛々しい姿だ。何がショックだったのか、しかし暁はわからなかった。やる気がないと、才能がないとだんじられたから?暁が自分のことをそうやって、部活のお荷物と思っていたのが?辛い自分を甘やかしてくれなったから?
時間が経てばたつほど気まずくなると分かっていたが、ちょっと意地悪したなんてレベルではない、赤裸々に積もり積もった本音と嫉妬を吐露しておいて今のは嘘です、などとしらじらしく取り繕うことも思い浮かばない。誰か助けてくれはしないかと、辺りに救いを求めて視線を走らせてみても、皆様子を窺うのみだ。
唯一、暁のすぐ傍を通り過ぎた小柄な人影を除いては。
「女って、こえー」
悪意の一つもあったほうがまだましだったかもしれない。ぽろ、と零れ落ちた、こちらに聞かせるつもりもなさそうな素朴な言葉に、暁の頬が赤く染まった。
山吹の教室を出ていく後ろ姿を呆然と見送る。仲裁など端から山吹には求めてはいないが、まさかトドメを刺されるとは。
彼の言葉は梓にも届いたのだろう。泣き声が大きくなる。
「梓、ねえ梓……帰ろう。私も、言い過ぎたけどさ。これ、恥ずかしいだけだよ。ねえ」
梓は動かない。強引にでも連れ出して欲しいのか、暁を拒否しているのかもわからない。
終わりなのかな、とも思う。
梓はそもそも困っていたところを自分が助けたから、暁に懐いただけなのだ。ただの一度でも梓がこちらをいじめる側、敵と判断したなら暁は梓の友達なんて二度と呼ばせてくれなくなるだろう。
鞄を掴む。苛立ちと燻る怒り、羞恥心とやりきれなさ。
「くっそ……!」
一人、教室を飛び出した。逃げることしかできなかった。
凄く、虚しかった。
梓は奇麗な子だ。加えてクラスに馴染めなかった過去がある。気がそれなりに強く、外見も美女とは言い難い自分と可憐で大人しい梓が言い争いなんかしていたら、誰もが暁が梓をいじめていると思うだろう。
当たり前のように梓を悪者にしようとしていた。すぐにその事実に気が付いてしまい、暁は愕然とする。しかも、性懲りもなく問題を見た目の優劣に落とし込もうとしている。
「もう、やだ……ほんと、最悪」
死にたくもなる。何時も人と比べて、自分は頑張っているのにと自己憐憫に浸る。そして八つ当たり。
梓と何も変わらない。
どうしてこうなったんだろう。
幼少の頃に拙いながらお芝居の楽しさを知った。中学まではそれだけで本当に楽しかった。妹に小馬鹿にされたところで大して気にならなかった。何時か俳優として華々しくデビューするんだからな、今に見ていろと思えば何の根拠もないのに、自信があった。人々を夢中にさせる映画やドラマ、スクリーンの中で輝く人達と同じ舞台に立てると信じていたのだ。
気が付いたら上靴から履き替えていて、校門に向かう途中に立ち尽くしていた。
当然だったが、梓の姿はどこにもない。暁は一人きりだ。
「何なのもう。どうしたら良かったんだよ」
誰にも聞かれちゃいない呟きは、何に向けてのものなのかすら暁自身分かってなかった。
都合の良い夢を見たまま、大人になりたかったのに。
一心不乱に自宅への道を走った。罪悪感と嫉妬と、気まずさとやりきれない思い。これまでは嫌なことがあっても部活に打ち込んでいたら忘れた。忘れることができていた。もやもやした感情も発散できていたが、今の暁の苦しみは大好きな芝居に繋がっている。この醜いコンプレックスをどう昇華したらいいのか。
何一つ解決することも煮えたぎった勘定を落ち着かせる手立ても思いつかず、暁は家に着くと同時に自室に引きこもった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
13歳女子は男友達のためヌードモデルになる
矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
雨上がりに僕らは駆けていく Part2
平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女
彼女は、遠い未来から来たと言った。
「甲子園に行くで」
そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな?
グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。
ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。
しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる