劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

十一話

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 気が付けばほとんどの部員は姿を消しており、残っているのは口論を始めた二人を遠巻きにしている数人のみであった。喧嘩を仲裁してくれそうな柚葉の姿もとうにない。
 梓はぽろぽろと涙を流す。言葉もなく、痛々しい姿だ。何がショックだったのか、しかし暁はわからなかった。やる気がないと、才能がないとだんじられたから?暁が自分のことをそうやって、部活のお荷物と思っていたのが?辛い自分を甘やかしてくれなったから?
 時間が経てばたつほど気まずくなると分かっていたが、ちょっと意地悪したなんてレベルではない、赤裸々に積もり積もった本音と嫉妬を吐露しておいて今のは嘘です、などとしらじらしく取り繕うことも思い浮かばない。誰か助けてくれはしないかと、辺りに救いを求めて視線を走らせてみても、皆様子を窺うのみだ。
 唯一、暁のすぐ傍を通り過ぎた小柄な人影を除いては。
「女って、こえー」
 悪意の一つもあったほうがまだましだったかもしれない。ぽろ、と零れ落ちた、こちらに聞かせるつもりもなさそうな素朴な言葉に、暁の頬が赤く染まった。
 山吹の教室を出ていく後ろ姿を呆然と見送る。仲裁など端から山吹には求めてはいないが、まさかトドメを刺されるとは。
 彼の言葉は梓にも届いたのだろう。泣き声が大きくなる。
「梓、ねえ梓……帰ろう。私も、言い過ぎたけどさ。これ、恥ずかしいだけだよ。ねえ」
 梓は動かない。強引にでも連れ出して欲しいのか、暁を拒否しているのかもわからない。
 終わりなのかな、とも思う。
 梓はそもそも困っていたところを自分が助けたから、暁に懐いただけなのだ。ただの一度でも梓がこちらをいじめる側、敵と判断したなら暁は梓の友達なんて二度と呼ばせてくれなくなるだろう。
 鞄を掴む。苛立ちと燻る怒り、羞恥心とやりきれなさ。
「くっそ……!」
 一人、教室を飛び出した。逃げることしかできなかった。

 凄く、虚しかった。
 梓は奇麗な子だ。加えてクラスに馴染めなかった過去がある。気がそれなりに強く、外見も美女とは言い難い自分と可憐で大人しい梓が言い争いなんかしていたら、誰もが暁が梓をいじめていると思うだろう。
 当たり前のように梓を悪者にしようとしていた。すぐにその事実に気が付いてしまい、暁は愕然とする。しかも、性懲りもなく問題を見た目の優劣に落とし込もうとしている。
「もう、やだ……ほんと、最悪」
 死にたくもなる。何時も人と比べて、自分は頑張っているのにと自己憐憫に浸る。そして八つ当たり。
 梓と何も変わらない。
 どうしてこうなったんだろう。
 幼少の頃に拙いながらお芝居の楽しさを知った。中学まではそれだけで本当に楽しかった。妹に小馬鹿にされたところで大して気にならなかった。何時か俳優として華々しくデビューするんだからな、今に見ていろと思えば何の根拠もないのに、自信があった。人々を夢中にさせる映画やドラマ、スクリーンの中で輝く人達と同じ舞台に立てると信じていたのだ。
 気が付いたら上靴から履き替えていて、校門に向かう途中に立ち尽くしていた。
 当然だったが、梓の姿はどこにもない。暁は一人きりだ。
「何なのもう。どうしたら良かったんだよ」
 誰にも聞かれちゃいない呟きは、何に向けてのものなのかすら暁自身分かってなかった。

 都合の良い夢を見たまま、大人になりたかったのに。

 一心不乱に自宅への道を走った。罪悪感と嫉妬と、気まずさとやりきれない思い。これまでは嫌なことがあっても部活に打ち込んでいたら忘れた。忘れることができていた。もやもやした感情も発散できていたが、今の暁の苦しみは大好きな芝居に繋がっている。この醜いコンプレックスをどう昇華したらいいのか。
 何一つ解決することも煮えたぎった勘定を落ち着かせる手立ても思いつかず、暁は家に着くと同時に自室に引きこもった。
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