劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

九話

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 細かい役柄や舞台の時代背景と用意できる道具と道具係、その他裏方の役割決めと会計との予算準備立案などを詰めて本日の部活動は終了となった。

 皆注目しているのは山吹だ。確かに先日の小さな舞台で彼の実力の程は素人の集まりとはいえ、学校を代表する演劇部の面々を納得させるだけの技量であった。
 声の出し方、表情振る舞い、なんというかこなれたものを感じさせるのだ。柏 山吹という人間の見せ方を彼は良く知っているのかと疑う程に。自然に一番自分が魅力的な姿を見せ付けられている。嫉妬飲み込ませるそれは光とは違う才能だった。
 
 ……だから手放しで祝福します、て訳にはいかないよなあ。
 彼はお芝居という世界で生きていける人だと思う。小柄な事やあの性格はネックかもしれないが、なんというか憎めない可愛らしさすらある。憎ったらしい。矛盾している感情はひとえに羨ましさからきている。
「いかんいかん」
 暁は首を振った。今回は山吹だけじゃない、自分にも大事なチャンスが与えられているのだ。気を取り直して、その勢いを動作に変え、立ち上がる。
 鞄に配られたプリントやスケジュールの予定などを纏めたファイルと一緒に仕舞うと、傍らにいる梓に話し掛けた。
「梓、帰ろっか」
「……」
「梓?」
 どうしたのだろう。返事がない。具合でも悪いのかと思った暁は近付いて席に座った儘、うつむき加減で動かない、
 彼女の席の前にまわりこんで顔を覗き込もうとしゃがんで、暁は驚いた。彼女は今にも泣き出しそうに美しい造作の顔を歪めている。可愛そうな姿に、暁は慌てた。一体何があったというのか。
 動揺している間に、堪えていたのだろうか彼女の瞳からぽろ、と一粒涙が零れ、弾ける。
 焦った、叫んだ。
「ええ?なに、どしたの!!?」
 慌てふためき、立ち上がり鞄からハンカチだそうといやしかし先程手を洗った時にしっかり拭いた為に湿ったこのハンカチを使わせて良いのか悩む暁を意外にもしっかりと見据え、涙を長い睫毛に湿らせながら梓は口を開いた。
「……役だ」
 か細い声は、良くある事だ。お願いをする時、暁や他人を不快にさせた時、拗ねている時……梓の声はほろほろと聞き取り難くなるのだ。
「え?ごめん、なに?」
「死ぬ役なんかいやだ……ひどいよ」
「え、あ」
 はあ?と大声で問い詰めそうにならなかった自分に、暁はやや感心した。そして遅れて納得した。
 梓も今回の劇には演者側として役を振り分けられていた。そして、その役に彼女が不満を感じているらしい事を。
 作者の葵が言う通りこの物語には兎に角死者が多く出てくる。演劇部としても、戦争をテーマにした劇以外なら初めてじゃないかという位だ。
 その中にこういった役割を持つキャラクターがいた。台詞は殆ど無いものの絶世の美女という、中学時代モデルをしていた梓に持って来いではないかと部員も皆盛り上って、満場一致で決まった。こう言っては悪いが、台詞も少なく、感情の起伏も少ない役なのでお世辞にも演劇に向いているとは言えない梓に最適ではないか、暁もそう思った。難点と言えば台詞と同じ位に出番も少ない程度か。
「直ぐ、死んじゃう役なんか……」
 ぼけっと突っ立っているしかない暁に文句を連ねるように、弱々しくも刺のある声が未だざわつきのある教室の片隅で跳ねる。

 重要なキャラクターにも関わらず台詞や出番が極端に少ないのには理由がある。梓の演じるキャラクターであるメディアとは、その美貌と立ち回り故に早々に主人公の不興を買い、処刑されるのだった。
 魔女、メディアは姫君がこの大地を滅亡に導くと予言した為に姫の怒りと不敬罪との理由で殺される運命にある。
 困って暁は涙を溜め、睨み付けるように縋るように見詰めてくる梓を見下ろした。
 正直に言えば今更そんな事、しかも何の決定権も持たない一部員に過ぎない自分に不快な感情ごとぶつけられても困る。
「そんなに、嫌だったの?」
「嫌に決まってる」
 吐き捨てるように、そんな事もわからないのかと暁への侮蔑すら含んだ返事は思いの外強い声音だ。何の話してるんだろう、と近くにいた部員の視線が暁へと向いた。
 二人の雰囲気に怯えたのか、それとも最初から興味などないのか既に光の姿はない。
「じゃあ何で副部長に嫌だって言わなかったの。他の人にして貰えるかもしれないのに」
「言える訳ない」
「……」

 そうかもしれない。

 出番が少なかろうと、直ぐに死ぬとわかっている役だろうと梓が抜擢されたのは物語の鍵を握るキャラクターだ。他者からすれば何を我儘を言ってると言われたとしても致し方ない位だ。要するに『美味しい』役なのだ。台詞も役作りも少なくて良い。なのに印象には残る。最高じゃないか。
 梓も自分の演劇部での立場はわきまえていた、といったところか。
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