劇中劇とエンドロール

nishina

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可愛そうなお姫様の話

四話

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「ちょっと、よく読んでよ。それは誤解だから」
 慌てて山吹の元に駆け寄る。ただでさえよく通る山吹の言葉はこの場にいる全員に聴こえたのは分かりきっていたが、出来るだけ不要な情報が流布するのを封じなければならない。
 それに、暁の言葉は本音でもある。確かに誤解なのだから。

 葵の真意は不明ではあるが内容を理解したらその表記は完全なる誤字であるとわかる筈だ。最初のページに書かれていた、登場人物の一覧に不自然に記載されたヒロインという注釈と、名指しの役者名。
 リリィ。姫の侍女……ヒロイン。尾根暁。
 あれだけ見たら誤解するのも無理はない。暁もそう思うし、実際そう思った。
 ばたばたと慌てながら山吹の身体に激突する勢いで、彼が手にしたノートを指差して叫ぶ。一瞬で広がった誤解は、一瞬で解いておきたかった。
「誤解って何、ここにでっかく書いてんだけど?ヒロイ……」
 しつこく繰り返す山吹に誤解を広めさせたい思惑でもあるのかと苛立ちながらも、重ねるように否定する。
「だから!最後まで読めばわかるんだって!ヒロインって書いてるのはこれ書いた奴のおふざけ!悪戯!私と顔見知りだからいじってんのよあいつ……!」
 未だ疑わしげな表情を浮かべる山吹を精一杯の迫力と、先輩としての威厳を作り出しながら暁は証拠とばかりに自分の名前が付け加えられた箇所を指差す。
「大体、ヒロインの名前が上から四番目に書いてあるって時点でおかしいと思わない?主人公はどこにいるのって話じゃない」
「あ、ほんとだ」
 そこの違和感には気が付いていなかったらしい。どうやらヒロインという文字に気を取られて些細な事だと、名前の並びに注意を払っていなかったようだ。山吹の間の抜けた声に気が抜けたが反面、これで皆納得してくれるかと暁は胸を撫で下ろしていた。
 そこに、割り込むチャンスと見て取ったのか自分達のやり取りの行く末を窺っていたらしい女子部員が話し掛けてきた。
「柏くん、それ例の脚本でしょ?」
「脚本ていうか小説だけどね」
「どっちでもいいから、副部長が来たら渡してよ」
 彼女の言葉が解決、解散の合図だったかのように暁と山吹の二人に注視していた様々な視線が立ち去り部室には自由なざわめきを取り戻す。
 そんな中、成る程ねという言葉が耳に届く。明らかに男性の声なのだが耳に跳ねるような印象を残す、高い声だ。
「まー、そうに決まってるかあ」
 声と同じように幼い印象の柔和だが大きなつり上がった瞳が印象的な、明るい髪の少年。
 彼が暁を上目遣いに見詰め、ふっと笑った。
 可愛らしい顔立ち。親しみのある声だが、言葉の通じないギョロッとした大きな瞳の齧歯類を彷彿とさせる。
「確かにアンタじゃ主人公なんか務まりそうもないもんね」
「な……によ、いきなり」
 喧嘩を売ってるのか。声を荒らげそうになるのをぎりぎりで抑えた暁の本音すら見透かしているとばかりだ。にやにやと笑みを深める彼は暁の言葉が通じてないのか。
 いや、違う。
 わかっている、こいつ。こいつはそういう人間だ。
 何の確信も無いがそう思った。
「怒んなよ。自分で言ったんじゃん、自分で」
 澄ました態度が憎たらしい。山吹は立ち尽くす暁を無視してノートを黒く染め上げる文字に視線を落とした。会話そのものを完全に、一方的に打ち切られ。
 それだけじゃない。
(言い返せない)
(だって、仕方がないじゃない)
 誰一人、友人である梓でさえ次の演目の話題で他の部員と話し込んでいる。自分には注目も、注意もしていない。先程は部内で大勢の注目を浴びて焦っていたというのに、今はここにいる誰もが自分が急にいなくなっても気にしない、関心などないと言われているような心細さを感じる。
 
 羞恥心と、微かだがしっかりと自分のなかに根を張っていた傷付いたプライド。少なくとも演劇部で自分は、少なからず皆から努力を認められていたという傲り。
(主人公なんか務まりそうもないもんね)
(自分で言ったんじゃん、自分で)
 たった一言。しかも後輩の互いによく知らない人間に侮辱された気がしてしまった。気がした。

 今の自分に出来る事は存在感を消すように振る舞うしかない。暁は自分など最初から視界に入っていなかったという態度の山吹の傍から離れた。
 呼吸を潜め、最初からいなかったような顔をして。
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