31 / 59
可愛そうなお姫様の話
四話
しおりを挟む
「ちょっと、よく読んでよ。それは誤解だから」
慌てて山吹の元に駆け寄る。ただでさえよく通る山吹の言葉はこの場にいる全員に聴こえたのは分かりきっていたが、出来るだけ不要な情報が流布するのを封じなければならない。
それに、暁の言葉は本音でもある。確かに誤解なのだから。
葵の真意は不明ではあるが内容を理解したらその表記は完全なる誤字であるとわかる筈だ。最初のページに書かれていた、登場人物の一覧に不自然に記載されたヒロインという注釈と、名指しの役者名。
リリィ。姫の侍女……ヒロイン。尾根暁。
あれだけ見たら誤解するのも無理はない。暁もそう思うし、実際そう思った。
ばたばたと慌てながら山吹の身体に激突する勢いで、彼が手にしたノートを指差して叫ぶ。一瞬で広がった誤解は、一瞬で解いておきたかった。
「誤解って何、ここにでっかく書いてんだけど?ヒロイ……」
しつこく繰り返す山吹に誤解を広めさせたい思惑でもあるのかと苛立ちながらも、重ねるように否定する。
「だから!最後まで読めばわかるんだって!ヒロインって書いてるのはこれ書いた奴のおふざけ!悪戯!私と顔見知りだからいじってんのよあいつ……!」
未だ疑わしげな表情を浮かべる山吹を精一杯の迫力と、先輩としての威厳を作り出しながら暁は証拠とばかりに自分の名前が付け加えられた箇所を指差す。
「大体、ヒロインの名前が上から四番目に書いてあるって時点でおかしいと思わない?主人公はどこにいるのって話じゃない」
「あ、ほんとだ」
そこの違和感には気が付いていなかったらしい。どうやらヒロインという文字に気を取られて些細な事だと、名前の並びに注意を払っていなかったようだ。山吹の間の抜けた声に気が抜けたが反面、これで皆納得してくれるかと暁は胸を撫で下ろしていた。
そこに、割り込むチャンスと見て取ったのか自分達のやり取りの行く末を窺っていたらしい女子部員が話し掛けてきた。
「柏くん、それ例の脚本でしょ?」
「脚本ていうか小説だけどね」
「どっちでもいいから、副部長が来たら渡してよ」
彼女の言葉が解決、解散の合図だったかのように暁と山吹の二人に注視していた様々な視線が立ち去り部室には自由なざわめきを取り戻す。
そんな中、成る程ねという言葉が耳に届く。明らかに男性の声なのだが耳に跳ねるような印象を残す、高い声だ。
「まー、そうに決まってるかあ」
声と同じように幼い印象の柔和だが大きなつり上がった瞳が印象的な、明るい髪の少年。
彼が暁を上目遣いに見詰め、ふっと笑った。
可愛らしい顔立ち。親しみのある声だが、言葉の通じないギョロッとした大きな瞳の齧歯類を彷彿とさせる。
「確かにアンタじゃ主人公なんか務まりそうもないもんね」
「な……によ、いきなり」
喧嘩を売ってるのか。声を荒らげそうになるのをぎりぎりで抑えた暁の本音すら見透かしているとばかりだ。にやにやと笑みを深める彼は暁の言葉が通じてないのか。
いや、違う。
わかっている、こいつ。こいつはそういう人間だ。
何の確信も無いがそう思った。
「怒んなよ。自分で言ったんじゃん、自分で」
澄ました態度が憎たらしい。山吹は立ち尽くす暁を無視してノートを黒く染め上げる文字に視線を落とした。会話そのものを完全に、一方的に打ち切られ。
それだけじゃない。
(言い返せない)
(だって、仕方がないじゃない)
誰一人、友人である梓でさえ次の演目の話題で他の部員と話し込んでいる。自分には注目も、注意もしていない。先程は部内で大勢の注目を浴びて焦っていたというのに、今はここにいる誰もが自分が急にいなくなっても気にしない、関心などないと言われているような心細さを感じる。
羞恥心と、微かだがしっかりと自分のなかに根を張っていた傷付いたプライド。少なくとも演劇部で自分は、少なからず皆から努力を認められていたという傲り。
(主人公なんか務まりそうもないもんね)
(自分で言ったんじゃん、自分で)
たった一言。しかも後輩の互いによく知らない人間に侮辱された気がしてしまった。気がした。
今の自分に出来る事は存在感を消すように振る舞うしかない。暁は自分など最初から視界に入っていなかったという態度の山吹の傍から離れた。
呼吸を潜め、最初からいなかったような顔をして。
慌てて山吹の元に駆け寄る。ただでさえよく通る山吹の言葉はこの場にいる全員に聴こえたのは分かりきっていたが、出来るだけ不要な情報が流布するのを封じなければならない。
それに、暁の言葉は本音でもある。確かに誤解なのだから。
葵の真意は不明ではあるが内容を理解したらその表記は完全なる誤字であるとわかる筈だ。最初のページに書かれていた、登場人物の一覧に不自然に記載されたヒロインという注釈と、名指しの役者名。
リリィ。姫の侍女……ヒロイン。尾根暁。
あれだけ見たら誤解するのも無理はない。暁もそう思うし、実際そう思った。
ばたばたと慌てながら山吹の身体に激突する勢いで、彼が手にしたノートを指差して叫ぶ。一瞬で広がった誤解は、一瞬で解いておきたかった。
「誤解って何、ここにでっかく書いてんだけど?ヒロイ……」
しつこく繰り返す山吹に誤解を広めさせたい思惑でもあるのかと苛立ちながらも、重ねるように否定する。
「だから!最後まで読めばわかるんだって!ヒロインって書いてるのはこれ書いた奴のおふざけ!悪戯!私と顔見知りだからいじってんのよあいつ……!」
未だ疑わしげな表情を浮かべる山吹を精一杯の迫力と、先輩としての威厳を作り出しながら暁は証拠とばかりに自分の名前が付け加えられた箇所を指差す。
「大体、ヒロインの名前が上から四番目に書いてあるって時点でおかしいと思わない?主人公はどこにいるのって話じゃない」
「あ、ほんとだ」
そこの違和感には気が付いていなかったらしい。どうやらヒロインという文字に気を取られて些細な事だと、名前の並びに注意を払っていなかったようだ。山吹の間の抜けた声に気が抜けたが反面、これで皆納得してくれるかと暁は胸を撫で下ろしていた。
そこに、割り込むチャンスと見て取ったのか自分達のやり取りの行く末を窺っていたらしい女子部員が話し掛けてきた。
「柏くん、それ例の脚本でしょ?」
「脚本ていうか小説だけどね」
「どっちでもいいから、副部長が来たら渡してよ」
彼女の言葉が解決、解散の合図だったかのように暁と山吹の二人に注視していた様々な視線が立ち去り部室には自由なざわめきを取り戻す。
そんな中、成る程ねという言葉が耳に届く。明らかに男性の声なのだが耳に跳ねるような印象を残す、高い声だ。
「まー、そうに決まってるかあ」
声と同じように幼い印象の柔和だが大きなつり上がった瞳が印象的な、明るい髪の少年。
彼が暁を上目遣いに見詰め、ふっと笑った。
可愛らしい顔立ち。親しみのある声だが、言葉の通じないギョロッとした大きな瞳の齧歯類を彷彿とさせる。
「確かにアンタじゃ主人公なんか務まりそうもないもんね」
「な……によ、いきなり」
喧嘩を売ってるのか。声を荒らげそうになるのをぎりぎりで抑えた暁の本音すら見透かしているとばかりだ。にやにやと笑みを深める彼は暁の言葉が通じてないのか。
いや、違う。
わかっている、こいつ。こいつはそういう人間だ。
何の確信も無いがそう思った。
「怒んなよ。自分で言ったんじゃん、自分で」
澄ました態度が憎たらしい。山吹は立ち尽くす暁を無視してノートを黒く染め上げる文字に視線を落とした。会話そのものを完全に、一方的に打ち切られ。
それだけじゃない。
(言い返せない)
(だって、仕方がないじゃない)
誰一人、友人である梓でさえ次の演目の話題で他の部員と話し込んでいる。自分には注目も、注意もしていない。先程は部内で大勢の注目を浴びて焦っていたというのに、今はここにいる誰もが自分が急にいなくなっても気にしない、関心などないと言われているような心細さを感じる。
羞恥心と、微かだがしっかりと自分のなかに根を張っていた傷付いたプライド。少なくとも演劇部で自分は、少なからず皆から努力を認められていたという傲り。
(主人公なんか務まりそうもないもんね)
(自分で言ったんじゃん、自分で)
たった一言。しかも後輩の互いによく知らない人間に侮辱された気がしてしまった。気がした。
今の自分に出来る事は存在感を消すように振る舞うしかない。暁は自分など最初から視界に入っていなかったという態度の山吹の傍から離れた。
呼吸を潜め、最初からいなかったような顔をして。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
イルカノスミカ
よん
青春
2014年、神奈川県立小田原東高二年の瀬戸入果は競泳バタフライの選手。
弱小水泳部ながらインターハイ出場を決めるも関東大会で傷めた水泳肩により現在はリハビリ中。
敬老の日の晩に、両親からダブル不倫の末に離婚という衝撃の宣告を受けた入果は行き場を失ってしまう。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
ほつれ家族
陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。
Cutie Skip ★
月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。
自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。
高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。
学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。
どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。
一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。
こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。
表紙:むにさん
土俵の華〜女子相撲譚〜
葉月空
青春
土俵の華は女子相撲を題材にした青春群像劇です。
相撲が好きな美月が女子大相撲の横綱になるまでの物語
でも美月は体が弱く母親には相撲を辞める様に言われるが美月は母の反対を押し切ってまで相撲を続けてる。何故、彼女は母親の意見を押し切ってまで相撲も続けるのか
そして、美月は横綱になれるのか?
ご意見や感想もお待ちしております。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/youth.png?id=ad9871afe441980cc37c)
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
新陽通り商店街ワルツ
深水千世
青春
乾いた生活を送っていた憲史が6年ぶりに実家の写真館に戻ってきた。
店があるのは、北海道の新陽通り商店街。
以前よりますます人気のない寂れた様子にげんなりする憲史。
だが、そんな商店街に危機がおとずれようとしていた。押し寄せる街の変化に立ち向かう羽目になった憲史が駆け抜けた先にあるものとは。
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体などとは一切関係ありません。
カクヨム・小説家になろうでも公開中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる